第09話:旅の仲間
前話の結果、感想欄が「ぼーっくす!」で埋め尽くされることに……。
「ええと……初めまして」
「!?」
玲治が挨拶すると、その少女はビクッと震えてあっと言う間にテナの後ろへと隠れてしまった。
「え?」
「あ、すみません。この子、結構人見知りが激しくて」
突然避けられて驚く玲治に対して、テナは申し訳なさそうに弁解する。テナの後ろに隠れたのはリリ、十歳ほどの栗色の髪をした少女だ。
元々邪神を崇める集団に生贄にされそうになっていた少女だが、アンリに拾われてからはテナの妹分として家事の手伝いなどを行っている。
「リリ、この人はレージさんです。
大丈夫、怖い人じゃないですよ」
「怖い人って……」
テナのフォローに玲治は思わず苦笑いを浮かべた。
自分はそんなに怖いのかとも思うが、どちらかと言えば線が細い方であり、怖がられるような要素は少なかった。
これがムキムキのマッチョとかであれば、怖がられても仕方ないところだが。
テナのフォローを受けて、リリはおそるおそる顔を出すとぺこりと頭を下げた。
「は、はじめまして」
「あ、ああ。今紹介して貰ったけど、俺は玲治だ。
よろしく」
「リリ、です」
まだ少し緊張気味だが、何とか挨拶を済ませたリリの頭をテナが優しく撫でた。
「さ、食事にしましょう」
そう言うと、テナは玲治を食卓へと案内した。
「おお、凄いな!」
食卓を見た玲治は、思わず感嘆の声を上げた。丸型のパンに肉と野菜のたっぷり入ったクリームシチュー、ステーキにサラダまでが付いている。
この世界の文明・文化レベルから玲治が想像していたものよりも、かなり上等なメニューだった。
「まだ沢山ありますので、遠慮なくお代わりして下さいね」
「ああ、ありがとう」
微笑ましそうに玲治を見るテナに、少しはしゃいでしまった玲治は恥ずかしそうに顔を赤らめた。
しかし、空腹が限界を超えそうなところにこれだけの料理を見せられたのだ、やむを得ないだろう。
「それじゃ……いただきます」
「いただきます」
「いただきます」
「いただきます」
アンリの号令に、玲治とテナとリリがそれぞれ続いた。
◆ ◆ ◆
「ふぅ、ごちそうさま」
「もう大丈夫ですか?」
「ああ、流石にもう入りそうにないよ。
美味かったから思わず限界まで食べてしまったよ」
「ふふ、ありがとうございます」
実際、玲治の食べた量はかなり多い。ステーキもパンもシチューもお代わりをし、ほぼ二人前を平らげていた。それだけ、空腹だったのだろう。
「食後のお茶を淹れますね」
「何から何まで、ごめん」
「いえいえ」
二人のその様子を食卓の反対側からジト目で見詰める者が二人居た。
尤も、そのうちの片方は仮面で目元を見ることは出来ないが。
「………………」
「………………」
「仲良さそうだね、リリ」
「そうですね、アンリ様」
テナは持ち前の世話好きを発揮しているだけで特に深い意図はないのだが、相手が男性であるというだけで別の意味合いに見えてしまうのは仕方のないことだろう。
「コホン!」
アンリが咳払いをすると、玲治とテナはそちらの方を向いた。
「貴方の今後の話をしようと思う。
テナはリリを寝かせてきて」
「え? でも……」
アンリの言葉にテナが疑問の声を上げる。今日は普段よりも多少遅い夕食となったが、まだ寝るような時間ではない。
「いいから、お願い」
「わ、分かりました」
改めてアンリが頼むと、テナは首を傾げながらも頷いた。
「おやすみなさい」
「ええ、おやすみ」
「おやすみ」
ぺこりとお辞儀をしながら就寝の挨拶をするリリに、アンリと玲治の二人はそれぞれ挨拶を返した。
それを受けて、テナとリリは連れだって部屋から出ていった。
二人の足音が聞こえなくなるまで待って、玲治が口を開いた。
「……何か彼女に知られたくない話ですか?」
露骨に席を外すように促した先程の行動に、玲治はそのように質問してきた。
テナに聞かれないよう、リリを寝かしつけるために席を外させたのではと考えたのだ。
はたして、それは正しかった。
「あの子は可愛い」
「は? ええと、テナのことですか?
た、確かに可愛いと思いますけど……」
「でも……手を出したら捩じ切るから」
「何処を!?」
具体的な箇所を指定しない物騒な脅しに、玲治は震え上がった。
「遅い時間だから泊めてあげるけど、はなれに寝て」
「信用ゼロかよ!?」
思わず敬語を忘れてツッコミを入れる玲治。
しかし、女所帯の黒薔薇邸に泊まるとなれば、ある意味当然の対応とも言えるだろう。
「まぁ、泊めてもらえるなら、はなれでも良いですけどね」
だから、玲治はそれで納得した。
「それにしても、例の手紙の試練に挑戦するとして、具体的に明日からどうすれば良いと思います?」
「手紙には、最初の試練は『この世界の魔王に実力を認めさせること』と書かれていた。
魔王に紹介することは出来なくもないけれど、今の貴方で実力を認めさせるのは無理だと思う。
実力を認めるようにと頼むようなイカサマも、邪神がどんな行動に出るか分からないから避けた方が良い」
アンリの言う通り、今の玲治はランダムに発動する魔法以外は特筆するような力はない。身体能力は元の世界に居た時よりもかなり上がっているが、それだけだ。
魔王というのがどれだけの実力者なのか玲治には分からないが、少なくとも一種族の王に認めさせるほどの実力が今の玲治にあるかと言えば、否と言う以外はないだろう。
「じゃあ、どうすれば……」
「鍛えるしかないと思う」
「鍛える、ですか?
年単位の時間が掛かりそうですね……」
鍛えると言われて玲治がイメージしたのは、素振りや筋トレのような修行だが、そんなことをやっていたらどれだけ時間が掛かるか分からない。
数十年を掛けて元の世界に帰っても、居場所はなくなっているだろう。
玲治としては、なるべく早く試練をクリアして元の世界に帰りたかった。
「この近くに良い場所がある」
「もしかして……話にあったダンジョンですか?」
良い場所と言われて、玲治はアンリの来歴を聞いた時に話にあったダンジョンを思い出した。
「そう、あそこなら実戦で短期間で鍛えられるし、他の場所よりも安全」
「確かに……わかりました、他に当てもないので行ってみます。
あ、そう言えば、この世界の魔王って何処に居るんですか?」
「魔王なら魔族領に居る」
「魔族領、そんなところが……」
響きからして過酷な旅になることが想像出来て、玲治の顔が曇った。
それを見たアンリは玲治が顔を曇らせた意図をくみ取り、アドバイスをする。
「一人では流石に厳しいと思う。
近くの街で仲間を集めた方が良い」
「それなら、私も一緒に行かせてください!」
「テナ!?」
戻ってきたテナが、突然話に割り込んできた。その言葉に玲治は喜びと驚きで声を上げてしまった。
「だめ」
しかし、テナの要望はアンリの一言で却下された。
「ど、どうしてですか?」
「どうしても何も、貴女が同行する理由はないはず」
「アンリ様、お願いします!
レージさんを助けてあげたいんです」
「会ったばかりなのに、どうして?」
食い下がるテナに、アンリが不思議そうにする。
玲治とテナは今日会ったばかりで共に過ごした時間が長いわけでもないのに、そこまで熱心に助けたいと言うことに疑問が湧いたのだ。
すわ一目惚れかとも考えたが、テナの様子を見ても玲治に対して恋愛感情を抱いているようには見えなかった。
「…………その、私にも良く分からないのですが、どうしてもレージさんのことが放っておけないんです」
アンリの問いに、テナは長い沈黙の後にそう答えた。
テナ自身ですら理解が出来ない玲治に対する複雑な感情、それは彼とアンリを無意識のうちに重ね合わせてしまったことが原因だった。
テナがアンリの従者となったのは、病で死に掛けた奴隷として売られていたところを買われて、加護付与スキルで病を治してもらったのが切っ掛けだ。
死に掛けていたところを救われた時の強烈な印象は、今もテナの心の奥底に根付いている。
この世界では珍しいアンリと同じレージの黒髪黒眼、それから異世界から単身でこの世界に放り込まれたという共通点に印象を重ね、テナはかつて自分がアンリに助けられた時の恩を返すように彼を助けたいと感じてしまった。
それは無意味な代償行為だったのかも知れないが、一度無意識に抱いてしまった感情はそう簡単には拭い去れなかった。
「どっちにしても、色々危ないからダメ」
「色々って……」
言いながらチラリと玲治の方を見たところを見ると、単なる身の安全以外の部分を言っているのは間違いなかった。
しかし、純粋なテナはそのことには気付かなかった。
「大丈夫です。
私も闇魔法が使えますし、レージさんの足手まといにはなりません!」
「足手まといなんてとんでもない。
俺もテナが一緒に来てくれると助かるよ」
「それくらいじゃ安心出来ない」
あくまで否定するアンリに喰い下がるテナ。
しばらくそのやり取りが繰り返された後、半ば諦めたアンリは渋々ととある条件を告げた。
「それなら、ダンジョンで十階層まで到達すること。
それが達成出来たら彼と一緒に旅をすることを認める」
「わ、分かりました!」
アンリが告げた条件に、テナは少し怯みながらも力強く頷いた。
そのまま横の玲治の方を向いて、彼の両手をその手で掴んで告げた。
「後付けになっちゃいましたけど、私も一緒に連れてってくれますか」
「ああ、助かるよ。
勿論、断る理由は何もないさ。
よろしく頼む」
柔らかい手の感触に顔を赤らめながらも、玲治は頷いた。
その様子を横目で見ながら、アンリは何事かを呟いていた。
<登場人物から一言>
アンリ「…………ない」
<作者からのお知らせ>
テナ が なかま に くわわった。
ただし、そう簡単には渡したくない。