第84話:審判
突然謁見の間に響き渡った声に、その場に集った者達は警戒心を露わにする。
しかし、周囲を見回しても元々部屋に居た者以外に新たに姿を見せた者は居ない。
それどころか、部屋の中の誰もが声の聞こえた方向を捉えられていなかったのだ。頭上から聞こえたようでもあり、下から聞こえたようでもある。右かも知れないし左かも知れない。
全ての方角から同時に響いたように感じ取られ、発生源が掴めない。この世界で最上級と言っていい力を持った者達が集まっているにも関わらず、だ。
「チッ、思ったよりも嗅ぎ付けるのが早ぇ!」
「残念ですが、向こうの方が一枚上手だったようですね」
「………………やっぱ無理か」
いち早く状況を把握したのは、やはり管理者である三柱だった。
声の主が誰かを理解し、焦燥感とわずかな納得感を見せている。
彼らもこの声の主に対して謀がいつまでもバレないとは思っていなかったし、最初からそれを警戒して備えを行っていた。
計算外だったのは、十分な防諜対策を行っていたにもかかわらず予想外の早さで『彼』が介入してきたことだ。
今、彼らが必死に考えを巡らせているのは、声の主が一体いつから彼らの様子を見聞きしていたかということだ。それによって、彼らの今後の出方が変わってくる。
もしも声を掛けてきた直前
からであれば、彼らの企みは完全にはバレていないかも知れない。
勿論、掛けられた言葉の内容から考えても叛意に近いものを以って何かを企てていたことは知られてしまっているだろうが、その詳細までは把握出来ていない可能性がある。
それは、状況を好転させる切っ掛けになるかも知れないのだ。
しかし、仮に彼らの計画の全容が知られてしまっているとすれば、一気に窮地に陥ることとなるだろう。
「おいおい、覗き見か?」
「随分と悪趣味ですね」
何処までだ。一体何処までバレてしまっている……?
そんな内心の焦りを隠しながら、闇神と光神は外面上平静さを保つように心掛けた。
まだ相手が全てを理解しているとは限らない以上、一縷の望みは繋がっている。
ここで迂闊に相手に探りを入れてしまうと、折角全容を知られていない敵にヒントを与えてしまう恐れがある。
だからこその平常心、ここは細心の注意を払いながら探りを入れなければならないのだから、動揺を見せるわけにはいかない。
アンバールとソフィアはアイコンタクトによってそれを確認し合い……。
「いつから見てたの?」
「おおい!?」
「な!? 待ちなさい、アンリ!」
魔眼のせいかアイコンタクトからハブられた邪神アンリは、そんな彼らの焦燥を知らずにストレートに尋ねた。
同格の管理者である光神や闇神には如何に邪神の魔眼と言えど効果はほとんどないが、鬱陶しいと思う程度には不快であるため基本的に彼らは彼女と目を合わせようとはしない。
それがここに来て裏目に出てしまったのだ。
二柱が彼女の暴挙に驚愕して叫ぶが、時既に遅し。
『え? 人族の君が檻の中で遊んでた時くらいからだけど?』
「最初からかよ!?」
「最初からですか!」
──そんな彼らの懸念はそもそも無駄だったわけだが。
玲治達と彼らのやり取りが始まる前から見ていたという答えに、ソフィアとアンバールは地団太を踏んだ。
最早早いとか遅いとかいうレベルの話ではなかった。
声を掛けて来た際の「ちょっとばかり遅かった」という台詞も皮肉でしかなかったのだろう。
あるいは、言葉を深読みして何処まで悟られているか探ろうとする三柱を嘲笑っていたのか。
その真実は『彼』にしか分からない。
「…………そー」
『そこ、逃げないでね』
「チッ」
悔しがる光神と闇神を置いて密かに部屋から去ろうとしていた邪神は、声に制されて一つ舌打ちをこぼした。
◆ ◆ ◆
玲治達一行は、光神や闇神が大きな声でツッコミを入れてから突っ伏した頃になって、ようやく我に返った。
彼らも三柱のこれまでの言動から、聞こえて来た声の主が誰であるかは察している。
すなわち、先程まで彼らが対策を目論んでいた真・邪神であることをだ。特に玲治は一度この世界に放り込まれる直前に彼の者の声を聞いているのだから分からない筈もない。
しかしながら、あまりにも急転回過ぎてこの状況に頭が追い付かないでいたのだが、ここに来て何とか平常心を取り戻しつつあった。
「ど、どうしましょう? レージさん……」
「いや、どうしましょうと言われても……」
小声で問い掛けて来たオーレインに、玲治は困惑した表情で答える。
実際、今の彼らに出来ることなど何もない。彼らより上位の力を持つ管理者達ですら、この状況を避けようとしていたのだ。そしてその上で失敗した。
今や生殺与奪の権利は敵に握られており、彼らの命運は相手次第となってしまったと言える。
「取り合えず、今は様子を見るしかないんじゃないですか?」
「それはそうですが……」
玲治は誰よりも当事者である筈なのだが、既に展開は彼の頭上を飛び越える形で進んでおり関与出来ない。
尤も、敵の居場所が分からない以上は方角的に頭上を通してやり取りされているかも怪しいのだが、三柱が彼らの後方を見ながら話しているために彼らの心情としてはそんな感じになっている。
オーレインは様子見という玲治の言葉にまだ不安そうな様子を見せているが、かと言って彼女に対案があるわけでもないため言葉を呑み込むしかなかった。
「で? 俺らの計画を知った手前ぇはどうするつもりだ?」
幾つかやり取りを交わした後、闇神アンバールは核心を突く問い掛けを発した。
最早主導権は相手の手元にあり、小手先ではどうにもならないと悟ってのことだろう。
良く言えば直球勝負、悪く言えば単に追い詰められて開き直ったとも言える。
『そうだねぇ……君たちが何かを企んでいるのは最初から分かっていたけれど、
まさか、彼をベースに三柱の力を擬似的に統合するなんてことを考えているとはね。
正直、感心したよ。
うん、面白い』
「貴方を愉しませるのが目的ではないのですが」
声が聞こえてくるだけで、こちらから相手の姿を見ることは出来ない。それにもかかわらず、部屋の誰もが愉しそうに笑っていると確信していた。
それも、見下して嘲笑うような笑いであればまだ良かったのだが、無邪気に喜んでいるようにしか感じられないところが玲治達の背筋を冷やす。
つまるところ、三柱の計略も玲治のポテンシャルも余興の一環としか見られていないということだろう。
しかし、これは同時に希望でもある。
もしも真・邪神が玲治のことや三柱の企みを脅威だと認識していれば、このまま何も出来ずに葬り去られた怖れがあった。
それがないということは、この窮地を乗り越えることが出来る可能性があるということだ。
『さて、どうしよう?
どうすれば一番楽しい見世物が見られるかな?』
「おひねりをはずむのがいいと思う」
「お前な……」
「はぁ、もう少し場を弁えてください」
邪神アンリのすっとぼけた答えに、アンバールとソフィアは思わず頭を抱えた。
しかし、次の瞬間それどころではなくなり血相を変える。
『アハハハ、おひねりか。
そうだね、やっぱり愉しませて貰うにはご褒美が必要だよね。
よし、決めた……こうしよう』
「──────ッ!?」
声から先程まで感じていた寒気が比較にならない程のゾッとする怖気を感じ、玲治達は身構える。
そんな彼らを嘲笑うかのように、部屋の中に膨大な魔力が発生した。それも三つ。
それが起こったのは彼らに対してではなく……。
「グッ!? て、手前ぇ!」
「闇神様!?」
「これは……」
「聖女神様!」
「ハァ……後お願い」
「囚われのお姫様役は交代?」
三つの魔力はそれぞれ三柱の居る場所で起こっており、彼らはつま先から少しずつ石になっていった。
エリゴールやフィーリナがそれぞれの信仰する神を案じて声を上げる中、邪神アンリは溜息を吐くと人族の自分と言葉を交わす。
やがて、この世界を管理する三柱は為す術なく石像と化した。
その事実に呆然としていた玲治達に、声は楽しそうに語り掛けてくる。
『君たちをこちらに招待しよう。
この三つの石像はご褒美さ。
各階層にそれぞれ一つずつ置いておくから、
見事全てを集めて僕のところまで辿り着いてよ』
その言葉と共に、彼らの視界は歪んだ。