第83話:奥の手
「でも、アンリ様。
いくらレージさんがこの世界に来た時よりも強くなったとは言っても、
アンリ様達が勝てないような人に勝てるのでしょうか?」
管理者三柱の誘いに頷いた玲治だったが、そこにテナからもっともなツッコミが入った。
邪神アンリや闇神アンバール達の言動から察すれば、真・邪神が彼らよりも上位なのは明白。
では邪神アンリ達と玲治の戦力差はどうかと言えば、玲治単独では眷属であるインペリアル・デスにも勝てないのだから、当然ながら管理者達の方が上だ。それも、おそらくは隔絶した差が存在する。
玲治が参戦することで他のパーティメンバーも抱き合わせでついてくるとしても、真・邪神との戦力差を覆す程の影響があるとは思えない。
果たして、彼らがわざわざ手間を掛けて彼を勧誘する意味は一体何処にあるのだろうか。
そこまで考えた玲治は、先程の話で上がって気になっていた言葉を思い出した。
「そう言えば、さっき切り札とか奥の手がどうとかって……」
「ええ。
しかし、それを説明する前にまず確認しておきたいことがあります」
玲治の問い掛けに、光神ソフィアが改まった表情で答えた。
「貴方は──自分の力を何処まで理解してる?」
「……え?」
邪神アンリからの質問に、玲治は一瞬意味が分からず戸惑った。
しかし、すぐに我に返って指を折りながら自分の持っているスキルを列挙し始める。
「ええと、魔法が勝手に飛び出すオート魔法に、会ったことのある人の力を借りるランダム召喚憑──」
「違う、そうじゃねぇ」
「え? でも……」
自分のスキルを挙げ始めた玲治だったが、そこにアンバールが口を挟む。
自分の力を挙げろと言われたにも関わらず「違う」と言われ、玲治はますます困惑する。
「それは、アレによって植え付けられたスキルでしょう。
そうではなく、貴方自身の力を聞いています」
「俺自身の……力?」
光神が噛み含んで教え諭すように説明するが、彼はそれによってますます困惑を深めてしまう。
しかし、それも無理はないことだろう。
元々、この世界に来る以前の彼は単なる学生であり、戦う力など持ち合わせてはいなかった。
この世界に召喚されたことによって──正確には召喚に便乗した真・邪神によって──付与されたスキルを除けば、特別な力など持ち合わせていない。
少なくとも、それが彼の認識だった。
「もしかして……」
玲治が首を傾げる一方で、薄紫髪の女性がハッと何かを思い付いたかのように呟いた。
その場に居る者達の視線が彼女に集中する。
「何か心当たりがあるのか?」
「ええ、ひょっとしてというレベルでしかありませんが……」
隣に立っていたエリゴールが声を上げたオーレインへと問い掛けると、彼女は少し自信なさげにしながらも頷いた。
「教えてください、オーレインさん」
「はい。
レージさんのランダム召喚憑依スキルですが、一度召喚した力をスキルの効果が切れた後も使えるようになってましたよね?
スキルの効果かとも思いましたが、やはり効果が切れた後も使えるというのは不自然です。
だとしたら、あれが『レージさんの力』なのではないかと」
「そう言えば……『俺の力』とはそのことですか」
玲治が発揮し、ダンジョン攻略の要となった彼の学習能力。
それこそが『彼の力』ではないかという推測を聞き、納得した玲治は管理者達の方へと振り返り答え合わせに臨む。
しかし、彼らの反応は芳しく無かった。
「四十点ってとこだな」
「確かにそれは貴方の力の一環ですが、その回答では満点は出せません」
「そう言われても他に心当たりなんて……」
辛口の評価に玲治達は困惑する。
オーレインが挙げた学習能力以外に心当たりが無かったためだ。
そんな彼らに向かって、邪神アンリが答えとなる一言を呟いた。
「貴方は器」
「器?」
しかし、残念ながら端的な言葉過ぎて意味が分からず困惑は深まるばかりだった。
補足するように光神が言葉を続ける。
「取り入れた全てを取りこんで己が物とする器です。
あらゆる能力を開花させる可能性を持った才能の原石と言ってもいいでしょう。
学習能力はそれに付随するものでしかありません。
元より極めることの出来る才があったからこそ、貴方は体験した力を会得出来たのです」
「つまり、この世界の全ての奴の力を習得出来るくれぇの才、それが手前の力ってこった。
自然に生まれたのか、人工的に作られたのか……そこは俺達にも分からねぇけどな」
「─────ッ!?」
光神と闇神によって告げられた自身の力に、玲治は驚愕する。
いや、彼だけではない。テナやオーレインを始めとする彼の仲間達も同様だった。
あらゆる能力を習得し得る才。
そんな途方もない、そして現実味のない回答に言い放った管理者達を除いて誰もが唖然とする。
しかし、なおも説明は続く。
「オート魔法も同じ。
『貴方が使用出来る魔法が』ランダムで飛び出すスキル。
それが全ての属性魔法はもちろん、回復魔法、飛翔魔法、転移魔法などあらゆる魔法を発動した。
それはつまり、貴方がそれら全ての魔法を発動させ得るだけの才を有していたことを意味する」
「い、言われてみれば……」
「魔族領で四属性の魔法を教えた時も、異様に習得が早かったのはそのせいか」
「その属性の魔法スキルを持っていないのが不思議なくらいでしたからね。
スキルを保持しているのと同等以上の才能を自前で持っていたから、ということですか」
黒髪の管理者によって告げられた事実はステータス上の表記とも一致しており、言われてみれば納得だった。
<オート魔法>
魔法を自動的に無詠唱発動させるスキル。
発動される魔法や頻度はランダムであり、選ぶことは出来ない。
魔法は基本的に掌を基点として発動する。
Lv.8は本人が発動させ得る全ての魔法が選択対象となる。
分類:常時発動 オンオフ:不可 ハイロウ:不可
「まぁ、そんなわけだ。
この世界に来た時の手前は無限の容量を持った空の器だったとも言える。
それこそ、詰め込めば詰め込む程に力を増すわけだ」
「じ、じゃあ奥の手と言うのは?」
アンバールが締め括った玲治の力の説明によって、おぼろげながら彼らが何を狙っているのかが理解出来始めて来た。
玲治は緊張に息を呑みながら、問い掛ける。
「アレは私達よりも上位の存在。
三柱掛かりでも敵わない」
「いくら三柱で掛かるといっても、所詮は個の存在の寄せ集めですからね。
一足す一足す一は最大でも三にしかなりません。
いえ、ロスを考えればせいぜいが二といったところでしょう」
「だが、俺達の力を一人に貸し与えて集約すれば……。
と言いてぇところだが、普通はそんなことは無理だ。
なにせ属性が真逆もいいところだからな」
「ですが、それが出来る人物が今この世界に一人だけ存在します」
三柱の視線が玲治へと集中する。
彼はその視線を真っ向から受け止めてしまい……邪神の魔眼のせいで土下座ポーズとなる。
見ようによっては、この世界の管理者達に平伏しているように見えなくもないが。
「それが、レージさん……。
確かに、先程のお話なら属性も関係ないですし、神族の方の力も受け入れられるかも知れませんね」
「つまり、聖女神様達の御力をレージさんに集めて、敵の邪神に対抗する。
それが聖女神様達のお考えということですか」
「そして、そのために必要な基礎力を付けさせるための試練か」
土下座している玲治は見なかったことにして、三柱の考えを理解したパーティメンバー達が納得した様子を見せた。
三柱の語った玲治の力が真実であれば、彼にはありとあらゆる力を受け入れる無限の器が存在する。
管理者三柱分という途方もない力を受け入れることも出来る、ということなのだろう。
しかし、流石にそこまでになると何の準備もなしにいきなりは出来ない。
その為に、真・邪神から押し付けられた試練を利用して玲治の準備を整えることを彼らは企んだ。
闇神の試練では、魔法の習得を通して学習に慣れさせることと習得した力の運用を。
光神の試練では、神族の力の一端に触れさせ。
邪神の試練では、様々な力を取り入れなければ越えられない難所を用意した。
「って、あれ?
邪神のアンリさんは最初金貨一万枚の奉納とかって……」
「……ナンノコト?」
玲治達はこれまでに与えられた試練を振り返ったが、その際邪神が最初に課そうとしていた試練をも思い出してしまった。
空中から落ちて来た金だらいによって妨害されたが、金貨一万枚の奉納はどう考えても今回の件にはそぐわない。
それを指摘すると、彼女はあからさまに明後日の方向に目を逸らした。
「あれは彼女の暴走です。
気にしないでください」
「そ、そうですか……」
深い溜息を吐きながら告げて来た光神に、玲治は冷や汗を流しながらそれ以上の言葉を呑み込んだ。
「それはさておき、これが今回私達が計画したことです。
今の貴方なら、短時間であれば私達三柱分の力をその身に受け入れられるでしょう。
とはいえ、力が大きい分どうしてもそれなりにリスクはあります。
本来なら実行するかゆっくりと考えてほしいところですが……」
「そろそろ危険」
「ああ、時間がねぇ。
これ以上はあの野郎に気付かれる──」
『フフフ。ちょっとばかり遅かったね』




