第82話:三柱の誘い
「なっ!?」
邪神アンリが座る玉座の左右にそれぞれ一つずつ新たな玉座が出現し、二つの人影がその上に座った状態で姿を見せた。
その人物達が放つ威圧感に、玲治達は思わず息を呑んだ。
玲治達から向かって右に座るのは、全身甲冑を纏った金髪の女性だった。
その女性の姿は以前、玲治達も見たことがある。
フィーリナの救出を試練として彼らに依頼した女性──。
「貴女はあの時の……光神?」
「その御姿は……せ、聖女神様なのですか?」
「だ、だとすれば、反対側に居るのは……」
玲治の言葉に、フィーリナが信じられないものを見る目で彼の視線の先に座る女性を見ながら呟く。
聖光教を信仰して育ってきた彼女にとっては、聖像として見て来た姿が実物としてそこに居るのだから無理もない。
……もっとも、教会の礼拝堂などに飾られている女神像は、当然ながら甲冑などという物騒な格好はしていないのだが。
一方、ミリエスは緊張を露わにして左側に座る者へと視線を向ける。
女性とは反対側、左に座るのは紅いコートを羽織った緑の長髪をした青年だ。
足を乱雑に組んで肘掛に置いた腕に頬杖を突いたその姿は、お世辞もガラが良いとは言い難い。
そんな青年に向かい、エリゴールは片膝を突いて頭を深く垂れた。
「闇神様……お目に掛かれて光栄です」
「や、やはり闇神様……」
魔族が信仰する神の姿を目の当たりにし、ミリエスも慌てて先代魔王に倣って平伏した。
動揺するパーティメンバーに向かって、新たに姿を見せた管理者達……光神ソフィアと闇神アンバールは告げた。
「かしこまる必要はありません」
「ああ、時間もないことだしな」
玲治達のパーティの中でもオーレインとフィーリナ、ミリエスとエリゴールは恐縮した様子を見せていたが、光神と闇神の言葉を受けて姿勢を崩した。
その時、新たに姿を見せた二柱に対して、元々居た邪神アンリが口を開いた。
「ソフィア、アンバール。
『耳』の方は大丈夫?」
「ええ、とは言っても正直なところギリギリです」
「あんま長い事はもたねぇぞ」
「『耳』?」
邪神アンリの問い掛けに、光神と闇神はそれぞれ頷いて答える。
そんな理解出来ない彼女達のやり取りに、玲治が思わず首を傾げて問い掛けると、彼女は彼の方に振り返って説明を始めた。
「ここでのやり取りを聞かれないように、二人に遮断して貰った」
「……? 一体何故そんなことを?」
「アレに話を聞かれないようにするため」
「────ッ!」
邪神アンリの答えに、玲治達は驚いた表情を浮かべる。
確かに彼女は先程も真・邪神からの接触がある前に話がしたいと言っていたが、そこまで相手に知られないようにしたいというのは意外だったためだ。
というのも、玲治の認識では彼女達は真・邪神の協力者である筈だった。
真・邪神からの手紙によって玲治に課せられた試練を用意したのが三柱なのだから、彼がそう考えるのも無理はないだろう。
その点を疑問に思った玲治は、管理者達に率直に問い掛けることにした。
「貴方達は、あの『声』の主に協力していたんじゃないんですか?」
「していたさ……表向きはな」
「なっ!? 表向き!?」
玲治の質問に答えた闇神の言葉に、ミリエスが驚く。
「確かに私達は『彼』に依頼されて、貴方に対する試練を用意しました。
不本意でしたが」
「不本意……ですか?」
首を傾げながら告げられたオーレインの言葉に、光神ソフィアは徐に頷いた。
そして、彼女はその真意を話し始める。
「勿論です。
アレは本来この世界とは無関係の存在。
我々が管理するこの世界に、面白半分に混乱を巻き起こされるのは不本意極まりない」
「そういうこった。
あの野郎は気に喰わねぇ事この上ない……だから、一杯喰わせてやりてぇのさ」
「一杯喰わせる……ですか。
相手に聞かれないように閉鎖したのも、そのためなのですね。
でも、俺達に何の関係が?」
玲治は管理者達の思惑に理解を示しつつも、嫌な予感を覚えて顔を引き攣らせた。
「それは、貴方がアレに対する切り札だから」
「つっても、勿論そのままではアレに勝つなんて出来る筈もねぇ。
奥の手を使うにしても、ベースが貧弱だったら無理だ」
「だから私達は、試練に乗じて貴方の力を向上させることにしました」
「え? ちょ……」
畳み掛けるように告げる神族達に、玲治は意表を突かれて困惑した様子を見せる。
そんな彼に代わって、オーレインが血相を変えて叫んだ。
「ちょ、ちょっと待ってください!
私達は兎も角、他の世界から来たレージさんには貴方達の計画に従う義務はない筈です!」
「そ、そうです。
レージさんは召喚によってこの世界に呼び寄せられた被害者ですよ」
この世界に住む者は人族であれば大半が聖光教の信徒であるし、魔族であれば闇神を崇拝している。
一部、例外は居るがその例外の大半も邪神アンリの教徒によって占められていた。
その意味で、彼ら三柱による指示・命令であれば、ほぼ全ての者が従う義務を負っていると言える。
ただし、それはあくまで「この世界に住む者なら」の話だ。
他の世界から放り込まれて来た玲治にとっては、目の前の管理者達は信仰の対象ではないし、従う必要はない。
「勿論、これは命令などではありません。
依頼ですので、断ってもらっても結構です」
「その時はその時。諦めるだけ」
オーレインとテナの反論を聞いた光神と邪神アンリは、怒る様子もなく頷いた。
その反応に、理不尽な命令をされる恐れはないと判断した一行はホッと胸を撫で下ろした。
「ただまぁ、そっちのガキにも俺達の計画に乗る理由がねぇわけじゃねぇけどな」
「? どういうことですか?」
闇神の言葉を聞いた玲治は、不思議そうに首を傾げながら問い掛けた。
玲治にとっては、真・邪神に挑む理由は……全く無いわけではないが、少なくとも目の前の管理者達の様子から見る限り、彼の持っている理由とは異なるものを想定しているように見受けられたためだ。
「簡単なことだ。
俺達からの試練をクリアして、元の世界に帰る。
それだけなら、確かにあの野郎に挑む必要なんざねぇ。
ただ、その後のことはどうだよ?」
「その後?」
「貴方は既にアレに目を付けられてしまいました。
今後、同じようにアレが何かを起こす際に面白半分に巻き込まれないという保証はありません」
「そ、それは……」
光神の言葉に、玲治は引き攣る。
この世界に放り込まれた時の「声」や手紙、そして管理者達による説明から、真・邪神の愉快犯的な行動については玲治も痛感している。
「聞いた話だと、私達の試練をクリアすれば元の世界に返すと手紙には書いてあった。
でも、一度返した後にもう一度召喚しないとは書いてなかった筈」
「た、確かにそうですけど……そんなのありですか?」
「アレならやりかねない」
「確かに……」
「あ、あはは……」
邪神アンリの言葉に、人族のアンリもしみじみと頷く。
その疲れた様子からは問題の人物(?)による被害の説得力が窺え、その一端を知るテナは苦笑しながら冷や汗を流した。
折角元の世界に帰れても、すぐにまた逆戻りでは元の木阿弥だ。
いや、それだけならまだいい。
この世界に再び戻ってくるというのは、玲治が密かに抱いている望みとも合致する部分はあるのだから。
しかし、相手が元々この世界に関係ない存在であることを考えれば、下手をすれば今度は全く別の世界に放り込まれてしまう恐れすらある。
「だから、一度あの野郎を痛い目に遭わせて、これ以上ふざけたことをしねぇように釘を刺すってわけだ。
俺達はこの世界にこれ以上ちょっかい出さないように。
そして、お前は──」
「同じような被害にこれ以上遭わないように、ですか」
「そういうこった」
玲治が彼らに協力する理由について、闇神が説明を締め括る。
彼らの説明は一方的ではあったが、そこには確かに一定の説得力があった。
しかし、このままでは厄介にして強力極まりない相手に挑まされてしまうと考え、玲治は何とか反論の糸口を探ろうとする。
「で、でも……何も戦って言うことを聞かせる必要はないんじゃないですか?
元の世界に帰してもらう時に交渉して、もう二度と巻き込まないようにしてもらうとか」
「そうですね、それも可能かも知れません」
「だったら……」
「さっきも言った通り、これは依頼であって命令ではありません。
嫌なら断ってもらっても結構です。
ただ、交渉によって要求を呑ませるにしても、何のカードも無いままでは無謀でしょう」
「それは──!」
「痛い目に遭わせるとは言ったがな、流石にあの野郎を斃せるとは思っちゃいねぇ。
ただ、こっちの話を聞くに値すると相手が思うように力を示すってだけだ。
言いようによっちゃ、交渉のためのカードを作るために挑むとも言えるかも知れねぇな」
「………………」
二柱の答えに、玲治は反論出来ずに黙り込んだ。
元々、テナとの約束があり彼は真・邪神に元の世界に返してもらう際にとある交渉するつもりだった。
しかし、彼らの言う通り何の交渉カードも持たずに自分の要求だけを叶えてもらえるかと言えば、難しいと言わざるを得ないだろう。
その意味においては、彼らの話は真・邪神に別の交渉を持ち掛けたい玲治としてもメリットのある話だった。
「いつまでアレの『耳』を欺けるか分からない。
時間がないから、今すぐ返事をして」
決断を迫る邪神アンリの言葉に、玲治はしばし逡巡しながらも頷いた。
「……分かりました、協力します」




