第79話:三位一体
「このプレッシャーは……」
「どうやら、悪い方の予想が当たってしまったみたいです」
地下三十階層の大扉の前で、玲治達は中から伝わってくる強者の空気に身震いをした。
未だ姿すら見えていないにも関わらず、圧倒的な力の持ち主が待ち受けていることを誰もが感じ取ったのだ。
その相手に心当たりがありそうな口振りのオーレインに、一行の視線が集中する。
「扉越しでも感じられるこの威圧感、忘れもしません。
これまでのボスが変わっていたので、地下三十階層のボスも……と淡い期待を抱いていたのですが、
どうやら、そう上手い話は無かったようです」
聖弓の勇者オーレインは、アトランダム一行の中で唯一人、以前にも地下三十階層に足を踏み入れた経験を持つ。
彼女はかつて勇者三人に魔王と魔族の四天王二人というドリームチームで此処に挑み、そして敗退した。
その事実は、彼女自身の口から他の者達にも伝えられている。
「それじゃあ、このプレッシャーを放っている相手が……」
「はい」
顔を上げる彼女を追う形で、玲治達も向こうに待つ最後の敵を見据えるように扉を見詰めた。
「不死者の皇──インペリアル・デス」
玲治の呟きに反応したかのように、大扉が音を立てて開き始めた。
◆ ◆ ◆
「よくぞ参った。久方振りの客人だ、歓迎しよう」
広い室内はガランとしており、唯一入口から向かって奥の方に段と玉座が設けられていた。
その玉座の上に悠然と座る一体のアンデッド。
漆黒のローブを身に纏い、髑髏の容貌を見せるその強敵は、鷹揚な口振りで玲治達を出迎えた。
玉座からは二十メートル程距離が離れているが、これ以上近付くと奇襲を避けられないと判断してのことだった。
「む? テナ様?
それに、そちらのご令嬢にも見覚えがある。
以前もこの地を訪れた者か」
段上からパーティを眺めていたインペリアル・デスの視線が、二人の姿を見咎めた。
「デスさん……」
「……ええ、お久し振りです」
人族となったアンリの従者であるテナと、神族のアンリの眷属であるインペリアル・デス。
言わば元同僚のような位置付けの二人であり、当然面識がある。
「あ、あの! ここを通して頂くわけにはいきませんか?」
「テナ様の言であろうと、それは出来ぬ。
あの御方の命に反するわけにはいかぬのだ」
「うぅ、やっぱりそうですか……」
一応平和的に通して貰えないかと問い掛けたテナだが、あっさりと却下されてしまう。
しかし、それも予想の範囲内であり、特に彼女が落ち込んだ様子は見られない。
そんな少女の姿を僅かに申し訳なさげに見ながら、不死者の皇は眼前の挑戦者に向けて改めて言葉を放った。
「初めてお目に掛かる者も居るので名乗っておくとしよう──」
漆黒のローブを纏ったアンデッドが玉座から立ち上がり、腕を軽く薙ぐようにしてその身から爆発的な威圧感を解き放つ。
「我が名はインペリアル・デス。
不死者の皇にして、偉大なる我らが神アンリ様のしもべなり。
あの御方より仰せつかったこの地の守護の任に従い、お相手する」
先程までの威圧だけでプレッシャーを感じていた玲治達だったが、それがまだ抑えられたものであったことに初めて気付く。
圧を解き放った彼の凄みに、自然と一行の足が後ろに下がりそうになる。
「呑まれないでください!
確かに強敵ですが、聖女神様の光魔法を習得したレージさんなら勝ち目はあります!」
「ほう?」
インペリアル・デスの威圧に圧され掛けていたアトランダム一行に、オーレインが叱咤を飛ばした。
彼女だけは唯一、目の前の相手と一度真っ向から対峙した経験を持っていたため、何とか中てられる威圧に耐えられたのだろう。
そして、オーレインには一つだけ勝算があった。
玲治のランダム召喚憑依を利用した能力強化法の中で得られた最大と言っていい力。
ルクシリア法国でフィーリナを助ける切り札となった、光神ソフィアの力だ。
目の前の相手は確かに圧倒的な力を有しているが、それでもアンデッドはアンデッド。属性として光魔法が弱点であることには変わりがない筈。
一方で、今や玲治はこと光魔法においては世界トップクラスの実力者と言っても過言ではない。
それはそうだろう、光を司る神族の力を得たも同然なのだから。
かつてのドリームチームと今のアトランダムパーティ、戦力を比較した場合にどちらに軍配が上がるかは微妙なラインだが、少なくともインペリアル・デスの弱点を突くという点に限って言えば、玲治の居る今のパーティの方が上だというのがオーレインの結論だった。
しかし──。
「ふむ、何やら勝算を用意して来たようだな。
しかし、その勝算……過去の余を基準にしてのものであろう?」
「……え?」
余裕を崩さないままの不死者の皇の言葉に不穏なものを感じ取り、オーレインの表情が強張る。
「何を言ってるのですか?」
「余とて、かつての余とは違う……そういうことだ」
「なっ!?」
思わぬ発言に、オーレインを始めとしてその場の者達の間に驚愕の感情が広がる。
確かに、彼女が想定していたのは以前自身が相対したインペリアル・デスの戦力だ。それを元に作戦会議を行い、対策を練ってきた。
相手の力がそこから大きく変わっているなどということは計算に入っていない。
しかし、それは油断というわけではなく、しっかりとした根拠がある。
インペリアル・デスは不死者の皇、アンデッドだ。
既に生命活動を行っていない彼は、肉体的な成長とは無縁の存在であり、その方面で力を伸ばすことはない。
勿論、年月を経ることで魔としてより強大になることはあり得るのだが、それも数十年数百年といった長い時を経ればの話だ。
前回オーレイン達が挑んでからたった一〜二年で、そこまで極端な成長をするなどということがある筈がない。
「ハ、ハッタリです!
そ、そんなことある筈が……」
「ならば、見せてやろう。
余がアンリ様のために会得した、新たなる力を」
ごくりと息を呑む玲治達の前に、突如巨大な魔法陣が広がった。それも左右に一つずつ。
それぞれの中央から、振動と共に何かが姿を見せ始める。
そこから発せられるプレッシャーは、不死者の皇と比較しても限りなく近いものだった。
「これは!? さ、下がってください!」
オーレインの指示を受け、玲治達は影響を受けない場所まで飛び退く。
その直後、それらは姿を露わにした。
「なっ!?」
彼らから向かって右側、そこには巨大な漆黒のドラゴンが咆哮を上げていた。
玲治、テナ、そしてオーレインの三人はその姿に見覚えがある。
地下十階層で以前ボスをしていた、最強最悪の黒龍ヴァドニールだ。
以前は、三人に加えて先代魔王のエリゴールを含めたパーティで何とかギリギリのところで打倒出来たという強敵である。
そして反対側には、同じく漆黒のカラーリングをした巨大な甲冑が静かに片膝を突いている。
全く同じではないものの、玲治は類似したものを見た記憶がある。そして、話にも聞いていた。
黒薔薇邸の門番と同型機、地下二十階層のボスだった筈の邪神の鎧アンリルアーマーだ。
以前オーレインから聞いた話では、その身は勇者の持つ聖なる武具ですら大きなダメージを与えることが出来ない程に堅牢だという。
「こ、こんな……」
その光景に、玲治達は絶望が沸き上がってくるのを抑えることが出来なかった。
インペリアル・デスだけでも強敵だ。それこそ、全員で掛かっても勝てるかどうかは分からない相手である。
にも関わらず、今はそこに更に二体の強敵が加わってしまったのだ。
最早、どれだけ戦力差が開いてしまったのかすら分からない。
しかし、彼らの絶望はこれで終わりではない。
「かつてこの地に挑んだ者達と戦った時、余は考えた」
段上に居た不死者の皇が、ゆっくりと階段を下り始めた。
玲治達は、その様子に不気味さを感じながらも動くことが出来ずに居る。
「単独の力においては、余はあの者達を大きく凌駕していた筈だ。
しかし、彼らはそれを互いに補い合うことで余に対抗した。
無論負けはしなかったが、思った以上に梃子摺ったことも事実として認めねばなるまい」
インペリアル・デスは、右手に立つアンリルアーマーへと近付いてゆく。
「ならば。そう、ならばだ。
我らアンリ様の眷属である強者が同じことをすればどうか」
漆黒のローブに包まれたその身が、同じく漆黒の鎧の中へと滲むように消えてゆく。
──搭乗──
「ま、まさか……」
「答えは……比類なき力を得る、だ」
インペリアル・デスが乗り込んだアンリルアーマーは立ち上がり、重力を感じさせない動きで空へと舞い上がる。
それに合わせるように、黒龍が中央へと歩み出た。
──騎乗──
「故にこそ磨き上げたこのフォーメーション。
光栄に思うがいい、見せるのはそなたらが初めてだ。
その名も──」
黒龍の背の上に跨るように降り立ったアンリルアーマーは、大剣を取り出し大きく横に薙ぎ払う。
そこから巻き起こされる突風に、玲治達は大きく怯んだ。
そんな彼らの前で、巨大なドラゴンライダーは高らかにその名を謳い上げる。
「──三位一体、アンリルデスライダーなり」
玲治一行の前に、最後にして最強、そして想定外の敵が立ちはだかった。
アトランダムでやりたかった三つのこと、二つ目達成
①玲治のオート魔法でアンリ様のスカートがまくれ上がる
②旧ボス勢による合体技、アンリルデスライダー!
③????????????