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召喚アトランダム  作者: 北瀬野ゆなき
【第四章】迷宮踏破編
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第78話:決戦前夜

「はい、どうぞ」


 ドアのノック音に、玲治は装備の手入れをしていた手を止めて声を掛けた。

 彼の促しを受けて──何故か数秒程間を空けながら──ドアが開かれ、そこには薄紫髪の女性の姿があった。


「オーレインさん?」

「こんばんは、レージさん」

「あ、はい。こんばんは。どうしたんですか、こんな時間に?」

「ちょっとお話が……」

「? 分かりました、取り敢えず中にどうぞ」


 どこかぎこちない様子のオーレインに首を傾げながらも、玲治は彼女を部屋の中へと招いた。

 恐る恐る部屋の中に入ってきた彼女は、勧められるままに椅子に座りながら玲治の手元に視線を向ける。


「装備の手入れですか?」

「ええ、万全にしておかないとと思って。何せ明日は……決戦なんですから」

「そう、ですね」


 玲治の強化によって戦力を増したアトランダム一行は順調に下層を攻略していき、地下三十階層のボス部屋の手前まで到達した。

 一つ扉をくぐればボスが待つであろう場所まで足を進め、そこで一旦地上に戻ったのは万全な状態で挑むためだ。


「万全な態勢を整えてもまだ足りるか分からない、そういう相手ですからね」

「といっても、オーレインさんが知っている敵ではないかも知れないんですよね?」

「確かに、十階層や二十階層のボスも私の知る者とは違いましたし、三十階層も変わっている可能性はあります。

 でも、仮に異なる敵が出て来ても同等に強敵であることは間違いないでしょう」

「そうですね」


 何故かこれまで遭遇したボスは何れも以前とは異なる相手に変わっていた。

 この傾向からすると、三十階層のボスも変わっている可能性が高い。

 オーレインの話を聞いた限りでは、以前彼女達が遭遇した三十階層のボス──不死者の皇帝インペリアル・デスは考えられる限りの戦力を集めても敵わない強敵だということなので、変わっていた方がありがたいのかも知れない。

 しかし、十階層や二十階層がそうだったように変わったからといってラクになるわけではないのだ。

 やはり、万全な態勢を整えておくに越したことはないだろう。


 来たるべき決戦に向けて改めて覚悟を念頭に置いた玲治は、ふと目の前の女性の用件をまだ聞いていないことに気付いた。


「そう言えば、オーレインさんの話したいことって何だったんですか?」

「あ、ええと……」


 玲治の問い掛けに当初の目的を思い出したオーレインは、僅かに躊躇いながら、それでも勇気を振り絞って彼の目を真っ直ぐに見て答えた。


「レージさん」

「は、はい」


 薄紫髪の女性の真剣な眼差しに、真っ向から見据えられた玲治も思わず姿勢を正す。


「わ、私は! その……」

「?」


 しかし、いざ話し出そうとした彼女は、一言目でその勢いが失われてしまう。

 羞恥と興奮のせいか、顔も真っ赤に染まっている。

 その様子に玲治は思わず首を傾げた。

 疑問符を浮かべた彼の様子に、女性は焦りと共に半ば叫ぶかのようにその想いを告げた。


「私は貴方のことが好きです! け、結婚してください!」

「いぃ!?」


 交際を通り越して結婚、躊躇を吹き飛ばすための勢いが強過ぎて色々と手順をすっ飛ばした告白だった。

 された側も思わず驚愕に固まってしまう。


 自分自身の口から飛び出た……いな、出てしまった言葉に、オーレインは慌てて訂正した。


「あ!? ま、間違えました! 結婚ではなく付き合ってくださいって言おうとしたんです!

 いえ、その、結婚も決して吝かではない。というか大歓迎なのですが……って、私は何を」

「と、取り敢えず落ち着いてください」


 混乱して墓穴を掘り続ける女勇者の姿に、少し冷静になった玲治は彼女を落ち着かせるために宥め始めた。

 彼自身も突然のプロポーズに混乱していたが、人は自分よりもパニックになっている相手が目の前にいると冷静になるという、その典型だろう。

 玲治の言葉を聞いて、オーレインは薄い胸に手を当てて大きく深呼吸をして息を整える。

 やがて冷静さを取り戻したのか、苦笑しながら口を開いた。顔がまだ赤いのは御愛嬌。


「す、すみません。取り乱しました」

「いえ、落ち着いて貰えて良かったです。それでさっきの話ですが……」


 玲治が話題を蒸し返したことで、折角落ち着いたにも関わらず再び緊張するオーレイン。

 椅子の上でピシッと姿勢を正し、太腿の上で手を握りながら続く言葉を待った。


 そんな彼女を見ながら、玲治は己の中で自問する。

 彼の事情を考えれば、元の世界に帰ることを目的としているのだから答えはNo以外にあり得ない。

 しかし、そんなことは彼女だって知っていることだ。その上で敢えて、こうして想いを告げに訪れた。

 きっとそれは、来たるべき別れの前に後悔をしたくないという思いの表れなのだろう。


 ならば、世界の違いとか帰るべき場所とかは一旦横に置き、純粋に彼女のことをどう思っているのかを考えて答えるべきだと彼は考えた。

 そうして出た結論は──。


「すみません。俺は貴女とは付き合えません」

「!? そう、ですか。私のことが嫌いというわけではないのですよね?」

「勿論です」

「それでは、レージさんが元の世界に帰るからですか?」

「……いえ、それを抜きにして考えました。

 勿論、オーレインさんのことは好きです。

 友人として、仲間として、魔法を教えてくれた師としても、

 頼りにしてましたし憧れみたいなものを感じていました。

 俺は一人っ子でしたけど、姉が居たら貴女のような感じだったのでしょう。

 でも、これはオーレインさんが俺に対して想ってくれているものとは違うと思います」

「………………」


 仲間として、あるいは師として共に困難に立ち向かいたいとは思う。

 しかし、それは男女としての恋愛感情とは異なるものだ。

 勿論、パーティメンバー云々を抜きにして彼女自身のことは好ましく思っている。

 だが、彼が隣に居て欲しいと願う相手は……。


「はぁ、振られちゃいました」

「すみません」

「謝らないでください。それに、最初から薄々と分かってました。

 それでも、ここで想いを告げておかないと後悔すると思って、勇気を振り絞ったんです」

「ありがとうございます」

「いえ、感謝するのは私の方です。

 元の世界に帰るからとかじゃなくて、真摯に気持ちを伝えて貰えて良かったです。

 これで明日は、迷いを残すことなく戦いに挑めそうです」

「オーレインさん……」

「必ず勝ちましょう。勝って試練を達成するんです」

「はい!」


 明るい表情で宣言をするオーレインを見て、玲治も様々な複雑な想いを呑み込んで一言頷いた。

 オーレインは、立ち上がり部屋から辞そうとしたところで、ふと振り返って彼の方に向き直る。


「そうだ、レージさん」

「なんですか?」

「これくらいは許してくださいね」

「え? ────ッ!?」


 不意を突かれた玲治の唇に、柔らかい物がそっと触れた。

 その感触と目を閉じた美しい顔に呆然としてしまった彼の耳元で、彼女は囁く。


「貴方の心の中に誰が居るのか、私は分かっているつもりです。

 私の告白に真摯な気持ちで答えてくれた貴方なら言うまでもないかも知れませんが、

 元の世界に帰るなどの事情は一旦置いて、気持ちは伝えるべきだとアドバイスしておきます。

 そうでないと、多分後悔することになると思いますから」

「それは……」

「それじゃ、おやすみなさい」


 それだけ告げると、オーレインは彼の返事を待つことなく振り返り扉を開けて外に出ていった。

 流れる涙を、彼に見せないように。




 ◆  ◆  ◆




「はい、どなたですか?」


 玲治がしたノックの音に、部屋の中から誰何の声が返ってくる。

 奇しくも先刻オーレインが彼の部屋を訪れた時のような構図だが、今回部屋を尋ねたのは彼自身だった。


「俺だけど、入っても大丈夫か?」

「レ、レージさん!? はい、どうぞ」


 予想とは異なる相手だったのか、少し慌てた様子で入室の許可が為された。

 そのことに首を傾げながらも、玲治は部屋のドアを開けて中へと入る。

 彼が泊まっている部屋と同じ間取りの部屋には、寝巻きの上から上衣を羽織った金髪の少女の姿があった。


「あ、ごめん。寝ようとしてたのか?」

「いえ、まだ寝るつもりではなかったので大丈夫です。ごめんなさい、こんな格好で」

「いや、こんな時間に訪ねて来た俺が悪いんだけど」


 上から羽織っているとはいえ、異性の前で見せるには少々ばかり無防備な姿だ。

 別段露出が高いというわけではないのだが、就寝という気の知れた相手以外に見せることがない姿を連想させるのが、寝巻き姿というものである。

 そのことを改めて自覚したのか、テナは上から羽織った上着を寄せるようにしてなるべく隠そうとする。

 しかし、その恥じらう仕草自体も異性を意識する少女特有の色を醸し出して逆効果になってしまう。


 何となく気まずくなった玲治は、話題を逸らすように気になっていたことを問い掛けた。


「そう言えば、ミリエスは居ないのか。

 こんな時間なのに……」

「ミリエスさんですか?

 さっき、オーレインさんが訪ねて何か話があるって連れていっちゃいました。

 オーレインさん達の部屋で夜を明かすかも知れないから、先に寝てて構わないって」

「っ! そうか」


 このタイミングでオーレインがミリエスを連れて行った理由に思い当たり、玲治は申し訳なくも感謝するしかなかった。

 実際、この場にミリエスが居たら一時的に部屋を出ていて貰うか、あるいはテナを連れて玲治の部屋に移動するという中々ハードルの高いことをする必要があった。


「それで、レージさん。こんな時間にどうされたんですか?」

「あ、ああ。ええと、テナにどうしても話したいことがあって……」

「? はい」


 きょとんとした表情で待つテナに、玲治は話し出そうとするが中々言葉が出て来ない。

 オーレインが彼の前で見せたのと同じように挙動不審な態度になってしまい、ますます目の前の少女に首を傾げられてしまう。

 しかし、最後には勇気を振り絞って告白した──多少勢い余ったが──女性に倣い、玲治も勇気を見せる。


「テナ、俺は君のことが好きだ」

「────っ!?」

「この世界に放り込まれて、訳も分からず逃げ惑って。

 そんな時に出逢った君に、思わず見惚れたんだ。

 こういうのが、一目惚れって言うのかな」

「………………」

「その後も助けて貰って、一緒に旅をして。

 一緒に居て欲しいという想いと、君を守りたいという想いが募った」

「………………」

「この街に戻って、腰を落ち着けて話せる機会が得られて改めて分かったんだ。

 俺が君のことが好きだって」


 玲治の告白を無言で聞いていたテナは、やがて口を開いた。


「レージさん、一つ聞いても良いですか?」

「ああ、一つと言わず何でも聞いてくれ」

「レージさんは、元の世界に戻るつもりでしたよね。

 それは今でも変わらないですか?」


 玲治にとって、それは聞かれるだろうと予想していた質問だった。

 勿論、嘘を吐くことは出来ないわけではない。

 正直に告げたら、それだけ想いを伝える上では障害になるだろう。

 しかし、彼はこの場で誤魔化したりすることを良しとは出来なかった。


「ああ、変わらない。

 俺は今でも元の世界に帰るつもりでいる」

「それなのに、私に好きだって言ってくれたのは何故ですか?

 それを告げられても、貴方はすぐに居なくなってしまうというのに……」


 まるで責めているような言葉だが、テナの目を見ればそうでないのが分かる。

 彼女の紅い瞳から垣間見えるのは、戸惑いと不安、そして僅かな期待だった。


「俺も最初はそう思ってたよ。

 だから、何も言わずにこの世界から去ろうと考えていた。

 でも、ある人にアドバイスされて考え直したんだ。

 たとえ明日この世界を去ることになるとしても、今抱いている気持ちを否定する理由にはならないって。

 そして、居なくなることを言い訳に想いを伝えなかったら、きっと後悔するだろうって思ったんだ」

「そう、ですか」

「勝手なことを言っているのは分かってる。

 それでも、テナの答えを聞かせて欲しいんだ。

 今でないと聞く機会が無くなってしまうかも知れないから……」

「ズルいです、そんなの。

 身勝手だし、ひどいし、残酷です」

「ああ、全部分かってる。ごめん」


 涙目になりながらいつになく愚痴っぽい不満を口にするテナに、玲治は神妙に頷くしかなかった。

 直に別れが待っているにも関わらず想いを伝える、それは仮に想いが通じ合ったとしてもすぐに別れがやってくるということ。テナの言う通り、残酷なことだろう。

 しかしそれでも、玲治はこの想いを隠したまま離れ離れになることを選べなかった。

 そんな彼の想いを悟り、テナもその想いを口にする。


「折角、元の世界に帰る玲治さんの重荷にならないように言わないでおこうと思ったのに、

 全部台無しじゃないですか」

「っ!? それって……」

「はい、私もレージさんのことが好きです。

 最初は、何処かアンリ様に似通った境遇のレージさんが困ってたから助けたいと思っただけでした。

 それでも、一緒に旅をする中で真面目で一生懸命で、時々無茶もして、

 最後には勇敢に色々なことをやり遂げる貴方のことが好きになっていきました。

 でも……」

「でも?」


 テナから好きだと言われて一瞬喜色を浮かべる玲治だが、続く否定の言葉に踏み止まり恐る恐る問い掛けた。


「レージさんのことは好きだけど、私が一番大切なのはアンリ様です。

 私の命も人生も、全部あの方に貰ったものなんです。

 その恩を返すため、私は一生をアンリ様の従者として過ごすつもりです。

 だから、私はレージさんの世界に一緒に行ったりすることは出来ません。

 それでも……」

「それでも、構わないよ。

 最初に言った通りだ。直に別れが待っているとしても、それでも想いを伝えたかったんだ」


 それと、と玲治は一息吐き、改めて真っ直ぐにテナに向き合って真剣な表情で語り掛けた。


「確かに俺は元の世界に帰るつもりだけど、テナ達と一生の別れにするつもりはない。

 必ずもう一度、この世界に戻ってくる」

「え? そ、そんなどうやってですか?」

「いや、方法はまだ見付かってないけれど、少なくとも一度来ているんだから来られないことはない筈だ。

 それに、向こうの世界に戻せるっていう邪神と掛け合えば、二つの世界を行き来出来るようになるかも知れない」

「本気ですか?」

「ああ、約束する」


 突拍子もない玲治の言葉に、戸惑うテナ。

 しかし、自信を持って頷く玲治の姿に、少なくとも本気でそのつもりだということは信じる気になったのだろう。

 戸惑いながらも、何処か嬉しそうに微笑んだ。


「分かりました、信じます」

「ああ、ありがとう」

「だから、これは約束の証です」

「え?」


 小柄な少女は踵を上げて爪先立ちになり、下から彼の口元に自らの唇を寄せた。

 一瞬驚いた玲治だったが、すぐに我に返ると目の前の少女の華奢な肩を抱き寄せて自らも唇を合わせた。

 月明かりと小さなランプだけが照らす夜の部屋で、二人の影が一つになる。

 数分の間、唇を合わせていた玲治とテナは、やがてどちらからともなく顔を離した。


「続きはレージさんが約束通りこの世界に帰ってきたらです」

「っ! 分かった、何としても戻ってくるよ」

「ふふっ、待ってます」


 似合わぬようで何気に様になっている小悪魔調の笑みに魅了され顔を赤く染めながらも、玲治は未来を掴みとるための決心を新たにした。

許すのはキスまで、それ以上は認めない。ゆえにおあずけ。


何となく書いてみた、各ヒロイン(一部例外)からの玲治好感度十段階評価。

二股など許さないので、あまり意味はないですが。


 テナ    ★★★★★★★★

 オーレイン ★★★★★★★★★★

 ミリエス  ★★★★★★

 フィーリナ ★★★★★★★

 アンリ   ★★

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