第77話:才能
玲治の持つスキル「ランダム召喚憑依」は、幾つかの条件を満たした相手の力を一時的に召喚し、借りることが出来る。
ステータス画面で確認することが出来たその条件とは主に四つ。
対象の名前を知っていること、対象を視認していること、対象と言葉を交わしていること、そして相手が人型をした生物であることだ。
もちろん、これらは大雑把な概要であり、詳細なことを挙げれば更に細かい条件が幾つも存在する。
例えば、「対象の視認」とは直接生身で相対することだけではなく、姿を映し出した物を見るだけでも可能であることや、「対象の名前」は生まれ落ちた時に最初に付けられた本名だけではなく、その後に名付けられた別名でも問題ないことなどだ。
また、彼自身はまだ気付いていないが、元居た世界で出会った人物などはここに含まれていない。尤も、仮に元の世界の住人が対象に含まれたとしても、特殊な能力が無い人間ばかりのためあまり意味がないだろうが。
これらの条件の下、玲治が力を召喚出来る人物のラインナップはそこまで多くはない。
彼がこの世界に召喚されてからそれなりに時が経つものの、限られた相手としか接触して来なかったためだ。
しかし、人数こそ少ないもののそのラインナップには目を見張るものがある。
例えば、人族領で最大勢力を誇る宗教のトップである法王。
例えば、大陸の半分を占める魔族領の王。
例えば、その魔王に仕える魔族の四天王。
例えば、邪神に近似した力を持つ黒薔薇邸の面々。
例えば、パーティの仲間である勇者や聖女。
あまつさえ、管理者である三柱の一角、光神ソフィアすらもそこに含まれるのだ。
これらの力を一度経験することで習得出来る、という玲治のスキルの特性に気付いたことは、彼の持つ力を飛躍的に向上させることに成功する。
中にはこれまでに召喚した者と重複している場合もあったが、改めて発動中に意識的に能力を使用することで初めて力を習得出来るようだった。
玲治はランダム召喚憑依を発動させてダンジョンの下層に挑み、効果が切れた後は自前の状態でその力が習得出来ているかどうかを試していった。
先代と当代の魔王からは剣技や格闘技術、火魔法、魔法戦闘の技術。
魔族の四天王からは四属性の魔法。
黒薔薇邸の住人からは闇魔法。
勇者や聖女からは光魔法。
とはいえ、一度発動させると二十四時間は再発動出来ない制約があるため、相応の時間を要することになったのはやむを得ないことだろう。
また、どんな力であっても習得出来たわけではない。
例えば、邪神もどきの女性が持つ「邪神の加護を付与」するスキルは、力を借りている最中は行使出来ても、スキルの効力が切れた後は使うことが出来なかった。
光神が持つ権能についても、同様だ。
「習得出来たものと出来ないもの、イマイチ差が分からないな」
「そうですね」
「おそらくだが……」
地下二十五階層の安全地帯でアトランダム一行はこれまでに玲治が習得した力の検証を行っていた。
なお、以前下層に最初に挑んだ時に無効化されたと思われた不可侵領域だが、再度潜った時には元通りとなっている。
尤も、またあの時と同じように不可侵領域を攻略に利用するズルい手段を用いたら、ダンジョンマスターによって解除されてしまうのだろうが。
借りて行使した力の中で習得の可否が泣き分かれる点について、首を傾げているパーティメンバーの中でミリエスが一つの仮説を出した。
他の者達は、彼女の発言に注目する。
「習得出来ているのは『才能さえあれば覚えられる技術』なのだろう。
本人の特性が前提になっているスキルや、才能以外を起因とする力は使えない」
「なるほど」
剣技や格闘技術、魔法等は才能や資質さえあれば努力次第で習得することが可能だ。
適合するスキルを保持していれば習得は早まるが、なければ習得出来ないというものでもない。
一方で、加護付与スキルや管理者の権能は本人の特性や取り決めを前提としており、努力ではどうにも出来ないところにある。
ミリエスの推測では、玲治が習得出来るのはあくまで「技術」に限定されており、どんな能力でも得られるというわけではないという。
「待って下さい、そうだとすると……」
「ああ、おそらくその想像は正しい。
レージが魔族領で魔法の特訓をしていた時の様子もそれを裏付ける」
ミリエスの仮説を聞いて何かに気付いたオーレインが、恐る恐る問い掛ける。
具体的な言葉を出さなかった彼女の想像に、ミリエスは頷いて見せた。
一方、玲治本人やテナ、フィーリナは二人が何を考えているのか分からなかった。
「あの、どういうことですか?」
「借りてくることは出来るのに、才能があることを前提としたものしか習得出来ないなら、
レージが力を習得出来ているのは、スキルのおかげではなく本人の才能によるものということだ」
「俺の、才能?」
テナの質問に対するミリエスの答えに、玲治は自身の手へと視線を落とした。
元々、彼が居た世界では普通の高校生であり、特殊な能力など有していない。今の彼が持っているのは、召喚された際に邪神によって植え付けられた身体能力とスキルだけだ。
それならば、ここで話されている「才能」も身体能力と同様にその時に植え付けられたのだろうか、と想像した玲治だが、何処か自分自身でもその仮説に違和感を覚えていた。
「おそらく、レージさんは元から持っていた才能を、
他人の力を借りて経験することで、短期間で習得しているのだと思います」
「四属性の魔法も異常な速さで習得していたからな。
少なくとも魔法についてはスキルとは別の部分で才能を有していたのは確かだ」
この世界の知識が不足している玲治、教育が偏っていたテナやフィーリナは気付かない。
オーレインやミリエスが、表情には出さずに戦慄していることを。
仮説が正しければ、玲治は一度実体験しただけで習得してしまう程の異常な学習速度を持っていることになる。
それも、一つや二つの事柄に対してであればまだ理解出来たが、
剣技から始まって全属性の魔法まで、ありとあらゆる能力に対して同等の才を有しているというのだ。
ハッキリ言って、異常だった。
人の型にあらゆる才能を詰め込んで蓋をした人形と言われた方がまだ理解が出来る。
自然発生でそんな存在が生まれて来ることなど到底あり得ない。
何処か人工的に整えられたような歪さを二人の少女は感じていた。
「オート魔法で発動させていた魔法も、根底はその才能にあるのでしょう。
各属性の攻撃魔法から回復や飛行、転移まで。
レージさんが発動させ得る魔法だけが出る筈なのに、多岐に渡り過ぎていると常々気に掛かっていました」
「言われてみれば……そんな説明書きがありましたね」
内心の畏れを誤魔化すように思い付いたことを述べるオーレイン。
しかし、その声色に緊張が滲み出てしまったことで、その場に何とも言えない空気が漂ってしまう。
そのことに気付いた彼女は、努めて明るく振る舞って話を切り上げに掛かった。
「まぁ、ダンジョンの攻略をしなければならない現状では、非常に心強いです。
最初に二十一階層で全滅しかけた時にはもう無理かと思いましたが、
こうして下層も半分まで攻略することが出来ました。
この調子で行けば、そう遠からず最下層に到達出来るでしょう」
「はい!」
こうして、パーティはその戦力を日増しに増しながら下へ下へと降りて行った。
◆ ◆ ◆
力を増しながらダンジョンを攻略してゆくアトランダム、いや玲治をとある場所から見ている者達が居た。
「気付いたみたい」
「そのようですね」
黒の少女に、全身甲冑を纏った金髪の女性が頷く。
そんな二人に対して、紅いマントを羽織った青年が横から口を挟んだ。
「しかし、それで届きそうか?」
「無理でしょう、それだけでは。
最後の一押しをするにも、まだ土台が脆過ぎます」
「彼を超えられるなら、最低限の資格はある」
まだ無理だと述べる金髪の女性に、黒の少女は反論する。
そこで出て来た「彼」という単語に、僅かに顔を引き攣らせながら二人は同意した。
「そうだな」
「ええ、もう少し様子見と行きましょう」




