第76話:謎、そして開眼
「………………」
「………………」
「………………」
「………………」
「………………」
とある宿の一室で、痛い程の沈黙が流れていた。
沈痛な面持ちで俯いているのは、アトランダムの面々だ。
下層の攻略に挑んで圧倒的な物量に押し潰され掛け、あわや全滅というところで玲治の賭けによって辛くも脱出に成功した彼らは、その日は疲労のあまり宿に辿り着くやいなや気絶するように眠りに就いていた。
一夜明けて体力は回復したものの、今後のダンジョン攻略について頭を悩ませていた。
「例の件についてですが、冒険者ギルドで様子を探ってみたところ、特に変わりはありませんでした」
「つまり、上層では同じことは起きてないということだな」
「そうだと思います。
上層の不可侵領域が無くなったら、もっと大騒ぎになっている筈です」
沈黙を切り開くように、オーレインが調べて来たことの結果を報告すると、ミリエスが彼女の発言の意図を補足するように推測を述べた。
オーレインの言う「例の件」とは、突如起こった階層入口の不可侵領域の消失のことだ。
魔物が入って来れないその空間を利用して強敵の群れを殲滅しようとしていたところに突然起こったそれは、彼らを全滅寸前までに追い込んでいる。
階層入口の不可侵領域はダンジョンに挑む冒険者にとって貴重な安全地帯であり、拠点だ。もしもそれが無くなれば、かなりの痛手となる。
しかし、オーレインが冒険者ギルドで情報を集めた結果、特に騒ぎになってはいないようだった。このことから、少なくとも上層では同じようなハプニングは発生していないことが推測出来る。
「下層だけピンポイントってことは、俺達を狙い打ちか」
「おそらく、邪神の仕業ですね」
「多分……ズルは許さないっていう警告だと思います」
不可侵領域を用いて近付いて来れない相手を一方的に攻撃──実際のところは魔物の方も部屋には入れないものの魔法を撃ったりは出来るためそこまで一方的ではないが──する戦い方は、テナの言う通り見ようによってはズルいと捉えられても仕方ないだろう。
勿論非常に効果的な戦術であり、命が懸かっている戦闘においては責められるものではないのは確かだが、そもそもこれは「試練」なのだ。
試験官である管理者がNGを下した以上、従うしかない。
問題は、あの方法以外で玲治達に下層を攻略する実力があるかという点だ。
これについては、議論するまでもなかった。
「正面からまともに突き進むのは自殺行為だよな」
「そう、ですね」
それが出来るなら、彼らはここで頭を抱えるようなことにはなっていない。
第一、最初に大群に遭遇して突破を諦めて逃走した結果があれだったのだ。少なくとも現時点において、真っ向から攻略する実力が玲治達にはあるとは思えなかった。
ちなみに、現在の下層は以前最初に彼らがダンジョンに挑んだ時同様に魔物エンカウント率上昇セール中であるからあれだけの大群を相手にする羽目になっただけであり、それがない通常の状態であれば普通に攻略しても突破の可能性が全くないわけではなかったりする。
しかし、少なくとも現在の下層を攻略するためには、今以上の実力が必要なことには変わりはない。
(あの時のアンリさんの力が常に発揮出来れば……)
今回辛うじて全滅を免れた切っ掛け、ランダム召喚憑依で運よく借りられた邪神もどきの女性の力を思い返しながら、玲治は掌の上で闇の塊を浮かべた。
そんな彼の様子を見た者達の表情が変わる。
「レージさん、それ……」
「え? どうかしたのか?」
「どうして、闇魔法が使えるのですか?」
「どうしてって……」
フィーリナの問い掛けの意味が分からず、困惑した様子を見せる玲治。
そんな彼に、嘆息しながらミリエスが説明を始めた。
「光魔法が人族専用であるように、基本的に闇魔法は魔族専用だ。
尤も、例外的に闇魔法スキルを保持している人族も居て、そういった者であれば使えるが」
「私も、闇魔法スキルがあるから使えています」
ミリエスの説明に、テナが補足をする。
彼女は邪神の加護を得ることで後天的に闇魔法スキルを得て闇魔法が使用出来るようになった人族だ。
一方、玲治は光魔法スキルは持っているが闇魔法スキルはない。
以前魔法を習得した際も、最初はスキルを持っている光魔法から覚え、その後に魔族領で地水火風の四属性を習得した。
闇魔法はそもそもスキルがない人族であるため習得自体が無理だろうと特に習わなかったのだが、今の彼は何故かそれが使えてしまう。
「そう言えば、以前もそんなことがあったな」
「以前?」
「覚えていないか? 私とルクシリア法国に向かっていた時のことだ。
私の力を召喚したお前が火魔法の実力を向上させたことがあっただろう。
……あの時、確証を得たら説明すると言っていたな。
まだ確証とは言い切れないが、良いタイミングだからあの時の仮設を話そう。
お前は他者の力を召喚することで、スキルの効力が切れた後もその技を覚えているのではないか」
◆ ◆ ◆
「早速ですが、実験してみましょう」
玲治達は、ダンジョンの地下十階層へと来ていた。
ミリエスの唱えた玲治のスキルに関する仮説、それを確かめるためだ。
もしも彼女の推測が正しければ、難題と思われた下層の攻略に対する大きな武器となるかも知れない。
大掛かりな魔法を使用することを想定しているため、周囲に迷惑を掛けないダンジョンへとやってきたのだ。
但し、下層は先日のトラウマも冷め遣らない為、今回は上層の中で他の冒険者と接触しないで済みそうな場所を選択していた。
「まず、全力で闇魔法を撃ってみてもらえますか?
先日の下層で放ったのと同じように」
「分かりました」
オーレインの指示を受けて、玲治は壁の方に手を向けて意識を集中する。
掌に巨大な魔力が集まり、そして放たれた。先日の一撃と比べても見劣りしない脅威的な威力を有した闇弾が壁に激突し、周囲に弾けた。
これがダンジョンで無ければ、おそらく壁は綺麗に消滅していただろう。
「やっぱり、スキルが解けても魔法は使用出来るのですね」
「うーん……」
「? どうしたんですか、レージさん」
フィーリナが感心したような声を上げるが、玲治は首を傾げている。
その様子に気付いたテナが疑問を投げ掛けると、彼は戸惑いながらそれに答えた。
「確かに使えると言えば使えるんだけど、スキルを発動している時と感覚が違うんだ。
スキルを使っている時は、特に考えなくても自然と放てるんだけど、
今は一から自力で構築しないと撃てないんだ」
「スキルを使っている時は借りた力が自動的に働きますが、スキルの効力が消えると補助が無くなるのですね。
そうだとすると、スキルの効果が続いているというよりは、力を借りて行使したことで『覚えた』という表現が近いかも知れません」
もしそうなら……と、オーレインはテナの方へと向き直った。
「テナさん、アンリさんの力で闇魔法以外で特徴的なものは何かありませんか?」
「え? そうですね……目を合わせた者に恐怖を与える魔眼と、動物や魔物を退けるオーラ、
それから加護を与える力などをお持ちです」
「ありがとうございます。
レージさん、試しに何か適当な物に加護を付与してみて貰えませんか」
オーレインはテナに礼を言いつつ、改めて玲治の方へと顔を向けながら一つの実験を提案する。
しかし、その唐突な内容に玲治は首を傾げざるを得なかった。
「加護を付与、ですか?
あの、それってどうやれば……」
「すみません、私にも詳細は……テナさん?」
「ええと、無機物であれば手を触れて念じるだけだって仰ってました」
「分かった、やってみる」
適当な物として、玲治は鋼鉄の剣を引き抜いて両手で掴む。
そして、目を閉じて意識を集中した。
「加護付与」
……しかし何も起きなかった。
「使えないようですね」
「みたいです」
間抜けな結果に顔を赤くしながら、玲治は答えた。
「恐らく、スキルで力を借りている時に使用した能力だけが定着するのでしょう。
やはり、一度使用して身体で覚えた結果使えるようになったというのが正解のようですね」
「つまり、スキルを発動させてどんどん能力を使用すれば、
それだけ使える能力が増えるということでしょうか」
ランダム召喚憑依で他者の力を借り、その状態で魔法やその他の能力を使用して身体に覚え込ませる。
一時的な能力使用のためではなく、超効率的な修行として用いるという心算だった。
「都合が良過ぎて不気味な部分がありますが、
あの下層を短期間で攻略するためにはそれしかなさそうですね。
レージさん、どうしますか?」
「俺は構いません。
目の前に有効な手段があるのに、選り好みしていられる状況じゃないですから」
「分かりました。
それでは早速ここで使ってみてください」
「はい!」
絶望的かと思われた下層攻略の糸口が見付かり、一行の表情に明るさが戻った。
「有効な召喚を引き当てられたら、そのまま下層の攻略にも取り掛かりましょう。
実戦の中で力を使った方が習得も早まると思いますから」
「分かりました」
なお、玲治自身気付いてませんが闇魔法はもっと前から使えるようになっていました。