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召喚アトランダム  作者: 北瀬野ゆなき
【第四章】迷宮踏破編
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第75話:窮地と階梯

「?」


 それが起こった時、部屋の中に居る誰もが状況を理解出来なかった。

 魔物が入って来れない階層の入口という絶好の位置取りに立っているとはいえ、敵は無数に存在するため倒すのに必死になっていたことがその理由だ。

 むしろ、そんな状況でその音を聞き取れたことが奇跡的だったというべきだろう。


 キーンという耳鳴りにも似た音が階層中に響き渡り、玲治達は一瞬迎撃の手を止めて周囲を見回した。しかし、部屋の中にはそれまでとは変わった様子はなかったため、外していた視線を部屋の入口へと戻す。


「……え?」


 ぽつりと呟いたのはテナだったが、その心境は皆同じだった。

 一瞬だけ視線を外して戻した時、部屋の入口にひしめいていたヴァンパイアロードの内、一番先頭に居た一体が一歩だけ前に踏み出していたのだ。

 たった一歩であり、別に目の前に居たとかそういうわけではない。しかし、それはあり得ない筈の出来事だった。


 このダンジョン「邪神の聖域」の各階層の最初の部屋が、魔物が入って来れない不可侵領域となっていることは以前から広く知られていることだ。

 そこには何の配慮かトイレなども存在し、ダンジョンに挑む冒険者達の休息場所として利用されている。最近では各階層間を移動出来るテレポータルの機能が追加されたことにより、一層攻略拠点としての有効性を発揮していた場所だ。


 玲治達を追い掛けてきたヴァンパイアロードの群れは、部屋の不可侵領域に阻まれて一歩も進めない状況に追い込まれていた。その筈だった。

 しかし今、その内の一体が進めなかった筈の一歩を踏み出している。そう、その先頭に居たヴァンパイアロードは部屋の中に一歩足を踏み入れていたのだ。


 玲治達が驚愕に固まるのと同じように、ヴァンパイアロードもその凶相に何処かポカンとした表情を浮かべている。

 この状況は彼らにとっても想定外のようだった。

 しかし、それも後ろに居た数体が同じように部屋の中に侵入するに従い、凶悪な笑みへと変わってゆく。

 原因までは分からないものの、忌々しい壁が消え獲物を襲う障害がなくなったことを理解し始めたのだ。


「ど、どうしてですか!? どうして魔物が部屋の中に?」

「原因を考えるのは後です! 迎撃しましょう!」

「ああ、その通りだ ──フレイム・マリオネット!」


 狼狽するフィーリナを叱咤し、オーレインが部屋の中に侵入したヴァンパイアロードに向けて聖弓を放った。パーティ内で最も経験が豊富な彼女が一番切り換えが早かったのは至極当然のことだろう。彼女が持つ聖なる武具は闇の眷属に対して相性がよく、一矢で三体を貫いて大きなダメージを与えた。

 続いてミリエスも得意のフレイム・マリオネットを繰り出し、前衛の役を負わせた。高い再生力によって物理的なダメージに対する抵抗力が強いヴァンパイアロードだが、灰になってしまえば意味を為さない。吸血鬼の伝承では灰からでも条件を満たせば復活出来るというものもあるが、少なくともこの場で即座に復活することはない。


「少なくとも、最初の時から比べれば大分少なくなっている! これくらいなら倒せる筈だ!」

「そ、そうですね」

「わ、分かりました! 援護します」


 二人に比べると経験の浅い玲治達だったが、オーレイン達に一拍遅れる形で戦列に舞い戻った。

 玲治の鼓舞を受け、テナとフィーリナもそれぞれの役割を果たすべく魔法を唱え始める。

 玲治は運任せの剣を抜き……筆だったので一度自分の腕を叩いて鞘に戻して再度引き抜き、双剣を構えて先頭に立っているフレイム・マリオネットの横に並んで戦い始めた。


『手抜き禁止』


 何処からかそんな声が聞こえてきたが、唐突に強いられた乱戦に必死で対応している彼らの耳には届かなかった。




 ◆  ◆  ◆




 玲治がテナやフィーリナを勇気付けるために言ったことは、決して間違いではない。

 当初、遭遇した時のヴァンパイアロードの群れは百体以上という理不尽な戦力で、たった五人で太刀打ち出来るものではなかった。しかし、玲治達は階層入口の不可侵領域を利用することで効率的に倒し、その数を大幅に削ることに成功している。

 実際、残ったヴァンパイアロードは二十体前後であり、最初の時から比べれは五分の一にまで減っている。

 彼らがこれならばいける、と思うのも無理はない。


 しかし、それは錯覚だ。

 確かに当初の絶望的な数から比べれば減ったことは事実。元々が多過ぎたため、かなり少なく見えるのも確かだ。しかし、敵は通常のダンジョンであればボスに君臨していてもおかしくないヴァンパイアロード。そんな存在が二十体も残っているのだ。

 これは、小国であれば一夜にして壊滅しかねない程の戦力であり、一流のパーティであっても真っ向から立ち向かえる相手ではない。


「あ、そんな……」


 最初に脱落したのは、防御魔法でパーティ全体を援護していたフィーリナだった。強力な敵に対抗するために僅かな気の緩みも許されず、最大の力で魔法を行使していた彼女の魔力が底を突いた。

 そうなると、誰かが彼女の役目を代わらなければならない。候補としては光魔法を習得している玲治かオーレインだが、玲治は貴重な前衛として役割を担っているため、その余裕はない。その為、援護に回れるのはオーレインしかいなかった。

 オーレインの持つ聖弓は魔力を光の矢にして打ち出すものであり、実体の矢を消耗することなく戦える上に闇の眷属に対して強力な効果を持っている。しかし、その反面攻撃の都度魔力を消費するため、消耗が早い。その上、フィーリナに代わって防御魔法を同時に維持するとなると、流石の勇者も荷が重い。額から滝のように汗を流しながらも懸命に前を見据えて戦い続ける彼女も、既に立っていることすら辛い状況だ。倒れるのも時間の問題だった。


「まずいな……」


 フレイム・マリオネットを操作しながら自身も火魔法を撃ち続けていたミリエスも、余裕の無い険しい表情で荒い息を吐いている。

 室内への侵入を許してしまったせいで、前衛として立たせたマリオネットを敵が迂回出来てしまう状況になってしまったのだ。

 その度に、ミリエスは足止めをしながらマリオネットをそちらに動かすという対応を強いられ、みるみるうちに消耗していった。


「レ、レージさん……どうしましょう」

「くっ」


 闇魔法に秀でたテナはヴァンパイアロードの放つ魔法に対しても高い抵抗力を持っているため比較的余裕があった。飛んでくる攻撃の脅威度が低ければ、精神的な余裕も大きくなるためだ。

 しかし、パーティの状況を正確に理解している彼女の表情は焦りに捉われている。このままでは全滅しかねないと玲治に向かって問い掛けるが、彼の方も打開策は持ち合わせていない。

 いや、正確には打開出来るかも知れない策はあるのだが、失敗だった時には取り返しがつかないことになるため、行使に踏み切れなかった。


「うぐ……ごめんなさい」

「すまん」


 尤も、状況は刻一刻と悪化しており、躊躇している余裕はなくなっていく。

 オーレインとミリエスが限界を迎え、その場に倒れ込んだのだ。

 当然、ミリエスが意識を失うことでフレイム・マリオネットも消失し、その場で残ったのは玲治とテナの二人だけになってしまった。


 敵の方も一連の攻防で更に数を減らし、残り六体にまで減っている。しかし、疲弊した玲治達にとってみれば、残り六体という数字は絶望的な程に大きな壁だった。


「レージさん!」

「もう、賭けるしかない……『ランダム召喚憑依』!」


 テナの悲痛な声を聞きながら、玲治は一か八かの賭けに出た。ランダム召喚憑依で誰かの力を借りようと試みたのだ。

 これで、例えばエリゴールなど強者の力を召喚出来れば、残り六体のヴァンパイアロードを打倒出来るかも知れない。

 しかし、もしも強い力を持たぬ者……例えば以前このスキルを使用した時に出てきた聖光教の法王等の力を召喚してしまったら、一巻の終わりだ。

 果たしてその結果は──。





 玲治の身体に黒い女性の姿が覆い被さり消える。同時に、彼の格好が女性物の黒いドレスへと変貌する。


「あ……その格好は」


 いち早く察したのは、玲治本人ではなく後方に居たテナだった。しかし、それも無理はないだろう。彼女は玲治が能力を召喚した女性に仕え、一緒に暮らしていたのだから。


「アンリさんか!」


 玲治が召喚したのは、テナの主であり現在は囚われの身となっている──筈の──アンリの力だった。あまり戦闘者としてのイメージはない人物ではあるが、テナを凌駕する闇魔法の使い手であり、神族に限りなく近い力の持ち主であることは玲治も知っている。

 それに気付いた玲治の反応は早かった。即座に残った敵に手を向けて、渾身の魔力を籠めて闇魔法を放ったのだ。


 ヴァンパイアロード相手に闇魔法を選択するのは属性の観点からあまり良い選択であるとは言えない。

 しかし、それも術者の能力と魔力量が通常であればの話。

 玲治が放った闇弾は最早弾と言うよりは壁といった方が相応しい巨大さだった。

 残り六体のヴァンパイアロードを消し飛ばし、部屋の入口から廊下を通って奥の奥まで薙ぎ払っていった。


「す、凄い……」

「今のうちに撤退しよう! テナはミリエスを抱えてくれ!」

「はい! 分かりました!」


 玲治が発揮した力に呆然とするテナだったが、彼の指示に従って倒れているミリエスを抱えると、テレポータルの方へと運ぶ。

 玲治はオーレインとフィーリナの二人をそれぞれの腕で抱え、テナの後に続いた。


「よし、起動させてくれ!」

「はい!」


 そうして、一行は辛くも激戦を潜り抜け、ダンジョンから脱出することに成功した。

地震で床が崩れて下の階層に落ちるのとどちらにしようか迷いました。(分かる人には分かる)

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