第74話:魔の巣窟
「いよいよ地下二十一階層の攻略ですか」
「はい。ここからが下層ですね」
「ここから先は今までより更に気を引き締める必要があります」
ボス戦後の一日休暇を挟み、アトランダム一行はダンジョン地下二十一階層のテレポータルに再び降り立った。
これから進むべき部屋の入口を見据えながら息を呑む玲治に、テナとオーレインも真剣な面持ちで頷きを返す。
入口の向こう側へと伸びる廊下からは身体の芯まで冷やすような冷たい空気が流れ出て来ていた。
物理的な冷たさは勿論だが、それ以上に強く感じられたのは圧倒的な強者の気配だ。
この自然と身体が震えるような空気……。
「なんだか、ボスの部屋の空気に似てますね」
「ある意味、それは正解です」
「どういうことですか、オーレイン様?」
オーレインの言葉に、フィーリナが首を傾げる。
彼女の疑問も尤もだろう。これまでボスが待ち構えていたのは地下十階層と地下二十階層であり、十階層ずつの法則性があることは容易に想像出来る。
加えて、オーレインからも次の、そして最後のボスは地下三十階層で待ち受けていると事前に聞いていた。
それなら、何故ボスが居ない筈の地下二十一階層でボスフロアの気配を感じるのが正解なのかと、玲治もフィーリナも首を傾げる。
「そう言えば、いつだったか隊長が言っていたな。
『あそこの下層は強敵だらけでした。一体として、弱い敵は居ませんでした』と」
ミリエスが思い出したように述べた言葉に、オーレインは頷いて返す。
「はい、ここから先は他のダンジョンであればボスに匹敵するような強敵と普通の敵として遭遇することになります。
これまでの上層や中層と比べると罠や特殊な仕掛けはありませんが、難易度は明らかにこちらの方が上。
生半可なことでは攻略出来ないでしょう」
「そ、そんなにですか」
脅しとも取れるようなオーレインの台詞に、一向の間に緊張が走る。
「以前、私がこの階層に挑戦した時のメンバーは、勇者三名に先代魔王のエリゴールさん、それから四天王のお二人でした。
それだけの戦力を揃えても、戦うことよりも先に進むことだけを優先し、逃げるような形で階層を進むしかなかったのです。
そう考えてもらえば、ここから先がどれだけの難所であるか、想像出来ると思います」
「……オーレインさん」
「なんですか、レージさん?」
「率直に言って、その時のメンバーと今の俺達。
戦力差としてはどれくらいですか?」
玲治自身、薄々と察しながらも聞かずには居られなかったのだろう。
この問いの回答を聞くことで彼らの心が折れることになるのではないかと思ったオーレインは一瞬口ごもるが、やがて彼女の目算を口にした。
「レージさんも戦いを経るごとに素晴らしいスピードで成長しています。
しかし、それを計算に入れても……おそらく、六割程度だと思います」
「そう、ですか」
オーレインの見込みを聞き、玲治は一瞬動揺を浮かべながらも頷いた。
彼自身も流石に当時のドリームチームと対等とは考えていなかったが、八割ぐらいには達していてほしいと思っていたようだ。
期待よりも低い見積もりに、その表情はあまり芳しくない。
それは勿論、他のメンバーも同様である。
「一番の問題は……」
苦い声で告げられた続く言葉に、玲治達は再び彼女の方に顔を向けた。
「一番の問題は、以前地下十階層のボスに挑む前にも言いましたが、前衛後衛のバランスが悪いことです。
前衛がレージさん一人のため、負担が大きくなり過ぎてしまいます」
「そうですね、エリゴールさんが居てくれれば良かったのですけど」
「居られぬものは仕方あるまい。
このメンバーで何とかするしかないだろう」
オーレインが挙げたこのパーティの一番の問題に、テナがかつてこのダンジョンに共に挑んだ先代魔王の名を挙げる。
実際、今のアトランダム一行に足りないのは敵の突進を受け止める盾役になれる存在であり、エリゴールであれば条件にぴったりと合致する。
勿論、魔法や大剣を高レベルで使いこなす彼が居れば、それ以外の面でもさぞかし心強かっただろう。
しかし、ミリエスの言う通り居ないものは居ないので、無い物ねだりにしかならない。
「そうだな、ミリエスの言う通りだ」
「レージさん?」
何処か深い声で一つ頷くと、玲治は部屋の入口に向かってゆっくりと歩み出した。
「俺の負担が大きくなるとしても構わない。このまま突き進もう」
「しかし……」
「元より俺の試練なんだから、俺が一番頑張るのは当然でしょう?」
そう言うと、一行の先頭に立った玲治は顔だけ後ろに向けながら笑った。
手が震えており緊張していることがバレバレではあったが、その懸命な笑顔は他の少女達を勇気付けることに成功する。
「はぁ……分かりました。
でも、無理はしないでくださいね。
危なくなったら、この安全地帯に戻ってきましょう」
「ええ、分かってます」
そう言いながらも、玲治は後退など考えていないと言わんばかりに前だけを向いて歩みを早めた。
何しろ、ここは地下二十一階層。
ダンジョンの攻略だけでも九階層もあるのだ。
その上、その先の地下三十階層に待つのはかつてのドリームチームでも越えられなかったという、最大最強の敵が待ち受けているのだ。
ならば、こんなところで歩みを止めるわけにはいかない。
「どんな敵がどれだけ来ても、絶対に──」
自らを鼓舞するように決心を言葉に出す玲治は、狭い廊下を抜けて最初の部屋へと近付いていく。
そこには──
──ヴァンパイアロードが百体近く待ち構えていた。
「絶対に、なんだ?」
「……絶対に、無理はしない。あれは無理! 後退!」
唖然としながらもツッコミを入れるミリエスに、おそらくはつい数秒前まで考えていた言葉とは真逆の台詞を吐きつつ、玲治は後ろに居る少女達に号令を掛けて後方にダッシュした。
「うわああああああぁぁぁぁぁ!?」
「きゃああああああぁぁぁぁぁ!?」
「幾らなんでも多過ぎます!」
玲治達は悲鳴を上げながら一目散に入口の部屋へと引き返す。
後方から飛んでくる闇魔法を時折振り返って剣や魔法で叩き落としつつ、何とか魔物が入って来れない部屋へと逃げ込むことに成功した玲治は、荒い息を吐きながらその場に座り込んだ。
「っダメです、レージさん!
魔法であればそこにも……っ!」
「ッ!?」
座り込んだ玲治だったが、オーレインが叫びを上げるのとほぼ同時に闇弾で背中をこっぴどく撃たれて地面を転がることとなった。
幸いにしてそこまで威力はなかったため動くことに支障はなく、すぐに立ち上がる。
「どうしてだ!?」
「確かに魔物はこの部屋に入れませんが、部屋の外から撃った魔法までは防げません!」
「そういうことか」
立ち上がり振り返った玲治の視界に映ったもの、それは部屋の入口にひしめき合いながら闇魔法を撃ち込んでくるヴァンパイアロード達の姿だった。
彼らは見えない壁に阻まれるように部屋の入口から中には入れない状態だが、早々にそれを悟ったのかその場から部屋の中に居る玲治達を狙い始めたのだ。
「でも、これなら!」
予想外に一撃を受けてしまったが、ダメージは軽い。
そして、想定とは大分違うものの今の状況はある意味で彼らにとってお誂え向きだ。
玲治は剣を抜き、部屋の入口で後ろから押されて身動きが取り難くなっている先頭のヴァンパイアロードに向かって斬り付けた。
敵の攻撃を受け止める役割、彼らが欲していた盾役を部屋の機能が補ってくれた形だ。
「よし! これなら盾役が居なくても戦える!」
「え、ええ? 確かにそうですけど……」
「ちょ、ちょっとズルくないですか?」
「そ、そこはツッコまないでくれ!」
自分でも薄々卑怯じゃないかと思い始めていた玲治は、後ろから聞こえてくる尤もな指摘に冷や汗を掻きながら剣を振るい始めた。
モンス○ーハウスのオーソドックスな攻略法




