第72話:頭脳戦
「そういう相手なら、私に任せてください!」
姿の見えない地下二十階層ボスの襲撃に、一人の女性が前に進み出た。聖弓の勇者、オーレインだ。
彼女は自らの代名詞でもある聖弓を構え、虚空を睨み付ける。
「そうです、持ち主を守護する聖弓なら……っ!」
オーレインの行動に、フィーリナは希望の声を上げた。
聖弓を始めとする聖なる武具には光神ソフィアの加護が付与されており、持ち主を守護する力がある。
その力は危機が訪れた際に直感として持ち主に報せをもたらしたり、あるいは光神との交信を可能にするなど、多岐に渡る。
今、オーレインが当てにしているのは、罠の感知などにも用いていた危機感知の能力だ。
たとえ敵が目に見えない存在だったとしても、神族の力の前には通じるとは思えない。その力の一端である聖弓の危機感知能力であれば、敵の居場所を突き止められると踏んだのだ。
後は、聖弓が示す場所に矢を放ち仕留めればよい。
「あ、あら?」
「オーレイン様?」
……そう考えたオーレインだが、一向に敵の居場所が感じ取れず、戸惑いの声を上げた。
無論、そんな隙を逃す程ボスは甘くない。
「オーレインさん、左です!」
「──ッ!」
玲治の声に反射的に光の矢を放つオーレイン。
彼女が放った聖弓の一矢は、何かに掠るようにして微妙に方向をズラしながら壁の方へと飛んでいった。
ついでに、オーレインから見て左側に立っていた玲治にも掠った。
「し、死ぬかと思った……」
「す、すみません! レージさん!」
「ああ、いえ。左に向かって撃てって言ったのは俺ですから、オーレインさんは悪くありません」
自分の立ち位置を忘れてオーレインへの指示を出した結果、危うくフレンドリーファイヤになりかけたことに玲治は冷や汗を流した。
「それにしても、どうして聖弓で感知出来ないのでしょう。まさか、聖女神様の御力をもってしても感知出来ない程の隠密性を有しているというのでしょうか」
「流石にそれはないと思います。俺でも感知出来るくらいですから」
周囲を警戒しながら聖弓での感知が上手くいかない理由について考え込むオーレインに、玲治は言葉を返した。
実際、対象範囲が狭いとはいえ玲治は風の動きで敵の居場所を感知出来ている。人族の魔法で感知出来るような相手を神族の力で捉えられないとは考え難い。
玲治の意見に、オーレインも同感だった。そのため、他の可能性を考えることにした。
「だとすると考えられるのは……」
「オーレインさん、確か中層に入った時もソフィアさんからの啓示が聞こえないって仰ってましたよね。
もしかして、今回も同じ理由だったりしませんか」
「つまり、これも試練として自力で乗り越えろということですか」
十一階層から二十階層の中層フロアは謎解きが多用されているため、オーレインは聖弓を通して光神ソフィアの啓示を受けることで突破することを試みたが、交信が繋がらずに断念していた。
その理由は推測混じりではあるものの、この試練を自力で乗り越えることを示唆したものだと考えられており、今回も同様の理由で敢えて手を貸さないようにしているとしたら、聖弓の力で感知出来ないことも納得がゆく。
「いずれにしても、聖弓の力で感知出来ないことは確かです。しかし、だとしたらどうすれば……」
「見えない敵なんて、どうやって戦えばよいのでしょう」
「諦めるのはまだ早い」
弱音を吐き掛けたフィーリナに、玲治は激を飛ばした。
「風の動きで感知出来たり、オーレインさんの放った矢が掠っている以上、実体が無いわけじゃないんだ。
ただ、見えないだけで敵は確実にそこに居る。
当てることさえ出来れば、攻撃が効かない相手じゃない!」
「成程な」
「ミリエス?」
玲治の言葉を聞き、ミリエスが一歩前に進み出た。
怪訝そうにする玲治の声を受けて不敵な笑みを浮かべながら床へと両手を向けた。
「私の後ろに下がっていろ」
「何をする気なんだ、ミリエス?」
「何、簡単な話だ。居場所が分からないなら、何処に居ても当たるような攻撃を放てばよい!」
そう言うと、ミリエスは掌から獄炎を放った。それも、フロアの全てを埋め尽くす勢いの凄まじい炎を。
広めのフロアにも関わらず、あっと言う間に火の海へと変わる。
ミリエスから見て後方の玲治達が立つ一部の区画を除き、全てが炎の中に沈む。
人族の魔導士が同じことをしようとしたら数人から数十人単位で人を集める必要があるような大魔法だ。
これだけの炎を顔色一つ変えずに放てるところは、火の四天王の面目躍如とも言えるだろう。
「どうだ、これなら何処に居ても炎から逃れることは出来んだろう!」
腰に手を当てて薄い胸を反らし、最早勝ったも同然と勝ち誇るミリエス。
実際、これなら敵が部屋の何処に居たとしても炎から逃れることは出来ない。
唯一難点があるとすれば、見えないため敵が焼かれているかどうかも確認が出来ないことだ。
「──待った、おかしくないか?」
「? 何がだ?」
火の海になったフロアの熱気に額の汗を拭いながら、玲治がおかしいと声を上げた。
彼の言葉に怪訝そうな表情で問い掛けてくるミリエスの言葉を聞きながら、玲治はフロアの中に目を凝らす。
至る所で炎が揺らめいているが、何かが燃えているような動きは見られない。
「敵が炎に包まれているなら、炎が立ち上がってないとおかしい」
「!?」
玲治の指摘に、ミリエスは驚愕の表情で振り返り彼と同じようにフロアに目を凝らした。
「捉えられてない! 敵は炎を回避しているぞ!」
次の瞬間、ミリエスは直感によって後ろに跳び退いた。
鋭い何かが彼女の頭部を狙うが、間一髪のところで回避に成功し頬を軽く切り裂かれるだけで済んだ
「このっ!」
玲治が敵の居る場所を狙って剣を振るうが、手応えはない。彼が攻撃を仕掛ける前に、後方へと退いたのだろう。
「どうやって炎を回避したんだ!?」
「見えないからどんな姿をしてるか分からないけど、多分空中に浮かぶことが出来るんだろう。
風の反応が感知し難い……炎を消してくれ」
「チッ」
玲治の推測を聞き、ミリエスは短く舌打ちをしてからフロアに放った火を消した。
「それなら、今度は床だけではなく部屋全体を炎に包めば……」
「無理です。それでは私達も蒸し焼きになってしまいます」
「それに、息も出来ないですよ」
「威力があり過ぎて火では無理だな。
なら、他の属性なら……」
「難しいですね。火以外の属性ではこのフロア全体を包むような広範囲の攻撃は難しいです。
可能性があるとしたら風が最も適していると思いますが」
「レナルヴェさんの力を借りている今ならきっと──」
玲治がそう告げた途端、彼の身体の上に浮かび上がっていた軍服が消えた。ランダム召喚憑依の効果時間が切れたのだ。
「──今、出来なくなった」
「ええい、間が悪い」
「他に何か方法は……」
唯一の方法が目前で使用出来なくなり、苛立つミリエス。玲治は他に方法が無いかと必死に考えを巡らせた。
敵はこうしている間にも彼らを狙っている。散発的なのは、それが有効だと理解しているからだろう。
実際、いつ襲われるか分からないという状況は、体力も精神力も消耗が激しい。ましてや、先程まではレナルヴェの力を借りることで出来ていた感知が使えなくなってしまったのだから尚更だ。
とその時、唐突に玲治の右手から光が放たれて射線上に居たミリエスに当たった。
「うわっ!? って、回復魔法か」
「ごめん、オート魔法が……って、そうか!?」
「レージ?」
オート魔法によって放たれた回復魔法で、ミリエスの頬の傷が光と共に癒やされる。
それを見た玲治は、ふとあることを閃いた。
「敵を見付ける方法を思い付いた! フィーリナ、協力してくれ!」
「は、はい! 分かりました!」
「俺とフィーリナで敵の居場所を炙り出す!
テナ、ミリエス、オーレインさんはその場所を狙って攻撃してくれ!」
「はい!」
玲治は簡潔に策をパーティメンバーに話し、すぐに準備へと取り掛かった。
フィーリナと二人で協力して放った魔法は、フロア全体に行き渡る程の広範囲の回復魔法だ。
先日のルクシリア法国の一件で強力な光魔法が使えるようになった玲治と、元より卓越した光魔法の使い手であるフィーリナだからこそ出来る芸当だ。
玲治達が負っていた傷が光に包まれて癒やされる。
と、それとは別の場所で癒やしの光が灯った場所があった。
「あそこだ!」
「分かりました!」
オーレインの聖弓の一撃が敵に掠った時に与えた傷に回復魔法が当たり、反応を示したのだ。すなわち、その場所が敵の居場所ということになる。
玲治の指示を受け、テナ達が一斉にその場所目掛けて攻撃を放った。
闇の槍、炎の礫、そして光の矢が癒やしの光が灯った場所へと突き刺さる。
「〜〜〜〜〜〜ッ!?」
三人の攻撃が当たった場所から、人族のものとはかけ離れた絶叫がフロア全体へと響き渡る。
玲治とフィーリナは、これ以上敵を回復してしまわないように魔法を止めた。
炎によって包まれており、最早居場所は明白となっていた。
テナ達は更にその場所を目指して攻撃を仕掛け、敵にダメージを与えてゆく。
相手が見えないためにどれほどのダメージを与えられているかは判然としないが、動きが鈍くなっている以上は軽いものではないのは確かだ。
回復魔法を止めた玲治は剣を鞘から抜き、炎に包まれている敵へと向かって駆け寄り、トドメとばかりに袈裟切りに切り掛かる。
これまでとは異なり、明確な手応えが剣越しに感じられた。
玲治の剣で斬り裂かれた敵は、その場に倒れ込んだのだろう。微かではあるが床に何かが当たる音が聞こえた。
玲治はその場所を軽く剣で突き刺すようにして探る。
何かに当たる感触はあるが、動く様子はない。どうやら、倒すことが出来たようだ。
「結局、見えないままか」
倒した後ですらも見ることが出来ない不可視の敵が居るであろう場所を見ながら、玲治は疲労で床に座り込んだ。




