第70話:脳筋殺しのほのぼの迷宮
「1、2、3……」
「やっとゴールですね! ……にゃがかったです」
部屋の出口でもありすごろくのゴール地点まで辿り着いたアトランダム一向は、大きく息を吐いてその場に倒れ込んだ。
ここまでの彼らの苦労は、その格好を見れば容易に推測出来る……と言いたいところだが、格好を見ても彼らが何をしていたか分かる者は少ないだろう。
「し、死ぬかと思った」
まず、唯一の男性である玲治だが、以前よりも頭が大きい。
いや、正確には大きくなっているのは頭蓋ではなく、髪の方だ。
一言で言えば、アフロである。
また、髪型以外にも全身ボロボロになっていた。
「だ、大丈夫ですか? レージさん!」
床の上に大の字になった玲治に心配そうに声を掛けたのは、ネコミミと猫しっぽが付いたテナだ。
二回目のダイスを振った時にその格好になってしまった彼女だが、今はそれに加えて服装が変わっている。
なんと、今の彼女はメイド服を纏っているのだ。これも、止まったマスの命令によっての結果である。
メイド服にネコミミ猫しっぽという非常にあざとい格好から、このすごろくを仕掛けた犯人による恣意的な設定が感じられた。
「ど、どうして私はこんな格好なんですか!?」
「……あ」
「レージさんは見ちゃダメです」
改めて自分の格好に不満があったフィーリナが思わず叫ぶが、その声が玲治の視線を彼女の方へと向ける原因となってしまう。
しかし、すぐに近くに居たテナがその細い手で玲治の目を覆うようにして彼の視界を遮った。
フィーリナが叫び、テナが玲治の目を塞いだ理由……それは、フィーリナの格好によるものだ。
彼女の格好は一言で言えば、扇情的な水着姿である。露出度が非常に高く、彼女のスタイルの良い肢体を魅惑的に見せていた。
普段は修道女として露出のあまりない格好を主としているため、偶にこのような格好をしていると色気が際立つ。
また、更にただ水着を着ているだけではなく、その首には黒い革製の首輪が嵌まっている。
水着に首輪を着けた修道女という背徳的な姿に、玲治もゴールするまで何度もちらちらと彼女の方に視線を向けては、その度にテナやオーレインに妨害されていた。
「格好という意味では私も不満があるのですが」
「オーレインさんのは……えーと、何と言っていいか」
後ろから掛けられた声に、玲治は何とも言えない微妙な表情で目を逸らした。
彼が言葉を濁した理由、それはオーレインの格好が男装だからだ。
少なくとも外見上は良家のお嬢様にも見えるような彼女には正直ある一点を除いて似合わないのだが、その一点があるからこそこの格好にされたのだろう。そこには悪意が感じられた。
更に悪意はそれだけではない、彼女の背中には旗が立っており文字が書かれている。燦然と輝くその文字は「嫁き遅れ」、嫌がらせ以外の何物でもない。
「服装だけならまだいいだろう……」
ぶすっとした声に玲治がそちらを向くと、案の定ミリエスが不機嫌そうな顔をしていた。
彼女の服装は、このフロアに来た時と何も変わっていない。
しかし、彼女の格好はパーティメンバーの中である意味一番突飛であるとも言えた。
その理由は服装ではなく、彼女の姿勢によるものだ。
倒れ込んだ面々の中で、彼女だけはゴール地点に着いても倒れ込みはしなかった。と言うよりも、倒れ込むことが出来なかったのだ。
もしも許されるのら、一番倒れ込みたかったのは間違いなくミリエスだろう。
彼女の格好、それはブリッジした状態である。
地面に背中を向けた状態でそっくり返り、肩の後ろで手を突くようにして歩いているのだ。
非常にしんどい筈の姿勢だが、基礎能力の高い魔族である彼女はそこまで苦にした様子はない。とはいえ、その格好は非常に不本意のようで機嫌はかなり悪い。
「ところで不安ににゃったのですけど……」
「? どうしたんだ、テナ」
おずおずと声を上げたテナに、玲治は彼女の方に顔を向けながら問い掛けた。
その表情が、次の言葉で凍り付くことになる。
「この格好、どうすれば元に戻るのでしょうか?」
「あ……」
彼女達の格好はすごろくをプレイする中で強制的に変更されてしまったものである。
てっきりゴールすれば直ると思ってこれまでは問題を先送りにしていたのだが、実際にゴールした後も彼女達の格好は変わらずそのままである。
あくまで服装が変わっただけのフィーリナやオーレインはまだいい。最悪、着替えれば済む話だ。
しかし、ネコミミと猫しっぽを付けられてしまったテナとしては深刻な話だ。
「ずっとこのままだったらどうしましょう……」
「いや、可愛いからそのままでも」
「え、ええ!? レージさん、一体にゃにを言ってるんですか」
思わず本音を零した玲治に、テナは顔を赤く染めた。
実際、ネコミミ猫しっぽにメイド服という狙ったような格好のテナは非常に可愛らしい。
故に玲治の口からついそんな言葉が漏れたことも不思議ではない。不思議ではないのだが……それでは済まない剣幕の人物が居ることを彼は忘れていた。
「どうやら丸焼きにされたいようだな」
「ミ、ミリエス!?」
玲治に視線だけで殺せそうな程の冷たい目を向けてきたのは、逆さまになったミリエスだ。
すごろくの効果でブリッジスタイルを強制されている彼女にとっては、元に戻るかどうかはテナ以上に深刻な話である。と言うか、元に戻らないと非常に困る。
「てっきりゴールしたら元に戻ると思ってたのですが……変わりませんね」
「次のフロアに進んだら戻ったりしないでしょうか」
「それに賭けてみるしかないですね」
アトランダム一向は地下十二階層へと進んだ。
ブリッジ状態のミリエスにとっては階段は危険過ぎるということになったため、玲治がお姫様だっこで運ぶことになった。
そうして下のフロアに降りた彼らの目の前に、信じられない光景が広がっていた。
「そ、そんな!?」
「嘘だろう!?」
玲治達の前に広がっていたもの、それは地下十一階層と同じように広がるすごろくフロアだった。
ゴールだと思っていたのはフロアの終点でしかなく、すごろくは終わっていなかったのだ。
彼らの格好が元に戻らなかった理由も納得である。単にすごろくが継続中だっただけの話である。
「勘弁してくれ……」
必死の思いで乗り越えたすごろくがまだ半分以上残っている事実に、一向は項垂れた。
◆ ◆ ◆
「つ、疲れました……」
クリアしたというぬか喜びから一気にすごろく地獄に逆戻りしたアトランダム一向だが、何とかゴールへと辿り着くことに成功した。
結局、すごろくフロアは合計で四フロア。玲治達がショックを受けた地下十二階層でも、折り返し地点ですらなかったのだ。
地下十三階層と十四階層に至っては二つのフロアがセットとなっていて、上下のフロアを行き来するという広大なコースだった。
なお、ミリエスのブリッジは途中から別の指示によって上書きされ、「キャットウォークを歩くような足運び」に変更されている。
身も心も疲弊しきった五人はゴールして様々なバッドステータスが解消された瞬間、ぐったりと突っ伏した。
「あの、みにゃさんお疲れですし、今日はここまでにして地上に戻って休みませんか?」
「テナ、もう『にゃ』は付けなくていいんだぞ」
「あ、ごめんにゃ……なさい。つい癖ににゃってしまって」
口を押さえて言い直したテナを温かい目で見ながら、玲治はオーレインの方に向かって意見を述べた。
「俺もその方がいいと思います。一度戻りませんか?」
「そうですね、私も流石に疲れました。主に精神的に。
地上に戻って一泊してから、続きを攻略しましょう」
他の者にも異論はなく、玲治達は地下十五階層のテレポータルから地上へと戻って宿に泊まった。
◆ ◆ ◆
翌日、玲治達は再びダンジョンへとやってきていた。
四フロアを占めたすごろくフロアを何とかクリアした彼らの前に広がっているのは、地下十五階層。
「良かった、すごろくじゃないですね」
思わず呟いたフィーリナの言葉に、他の四人もウンウンと頷いた。
「しかし、これは……」
「何でしょう、あれ?」
彼らの目の前には、すごろくフロアと同じような広大な部屋があったが、今回は随分と凸凹が多い。
所々に歪な穴が空いていたり、かと思えば巨大なパネルのような物が点在していたりもする。
目の前のフロアが何を意味しているのか分からずに首を傾げる玲治達だったが、そこには視点の問題があった。
上空から見れば、すぐにそれが何なのか分かったことだろう。
「あ、もしかして……パズルか?」
そう、彼らが立っているのは巨大なジグソーパズルの上だった。
床に空いた穴はピースが嵌まっていない場所で、置かれているパネルはパズルのピースだ。
「って、これを一つ一つ埋めていくのか?」
「おそらく、そうでしょうね。
それにこの部屋、出口が見当たりません。
これをクリアしないと出口が現れないのでしょう」
「仕方ないですね、手分けをして嵌めていきましょう」
「分かりました」
脳筋殺しの迷宮は魔物や罠などの単純なものとは異なる脅威として、彼らを襲い続ける。
玲治達は時折頭を抱えながらも、協力し合いながら地道に一つ一つ仕掛けをクリアしていくのだった。




