第69話:レッツプレイ
「さて、此処からが中層になるわけですが……」
一日の休息日を置いた翌日、アトランダム一向はテレポータルを用いて再びダンジョンの地下第十一階層へと降り立っていた。当然のことだが、入場料は改めて全員分支払っている。
「以前聞いた話だと、中層はこれまでの上層とは大分様子が違うということだったな」
「はい。上層は普通のダンジョンでした。
魔物や罠が脅威なのは確かですが、瘴気さえ防ぐ方法さえあればそれ以上に特別な能力は必要ありません。
しかし、中層からは違います」
ミリエスの問い掛けを聞いて、オーレインはパーティメンバーの前に出て振り返りながら告げた。
彼女の真剣な表情に、玲治達も思わず姿勢を正す。
「中層からは知恵が求められます。
仕掛けられた謎解きをクリアしないと先に進めないのです」
「でも、オーレイン様は以前も中層を攻略されているのですよね。
それならば、大丈夫なのではないですか?」
以前にも一度攻略している彼女が居るのなら今回も問題なく攻略出来るのではないかというフィーリナの言葉に、オーレインは手に持った聖弓へと視線を落として俯いた。
「ええ。しかし、前回は聖女神様による啓示があったため、
それで何とか攻略出来たのです」
「今回も同じように助言して貰うことは出来ないのですか?」
「それですが、聖弓を通してお伺いを立ててみたのですが、お答えを頂けませんでした」
「そんな……」
信仰する神である光神ソフィアの助力が得られないという言葉に、フィーリナがショックを受けたような表情になる。
光神の啓示が貰えないのは、自分達の行動が誤っているのではないかと不安を覚えたためだ。
「聖女神様が御力を貸してくださらないのは、おそらくこれが『試練』だからでしょう。
私達自身の力で、乗り越えろと仰っているのです」
「成程、試練を与える側からの助力はダメってことなんですね。
でも、オーレインさん?」
「? なんですか、レージさん」
玲治の問い掛けに、オーレインは彼の方に注意を傾けた。
「謎解きだったら、解答を覚えてればラクに通過出来るんじゃないですか?」
「………………」
玲治が何の気なしに告げた言葉に、オーレインの表情が強張る。
その様子を見た彼の方も、事情を察したのか気まずい雰囲気になった。
「……もしかして、覚えてないんですか」
「ごめんなさい」
誤魔化しても仕方ないと、オーレインは素直に頭を下げた。
しかし、これは仕方ない部分もあるだろう。
彼女達がかつて中層を攻略した時は、全面的に光神や闇神のアドバイスに従っていたのだ。
自分達で答えを考えたわけではないので、記憶も薄れ易い。
オーレインは暗くなりかけた空気を払拭するように、せめてもの明るい情報を口に出した。
「あ、でも! 第十一階層のものは大体覚えてますよ!
クイズフロアなのですが、問題を見れば多分思い出せると思います!」
仮に第十一階層をそれでクリア出来たとしても大分先は長いわけだが、少なくとも何も無いよりはマシだろうと自分自身を納得させることにした玲治達は、先頭に立って奥に向かったオーレインの後を慌てて追い掛けた。
◆ ◆ ◆
「クイズフロア……ですか?」
「わ、私に言われても!?」
これが? というメッセージを籠めた玲治の視線に、薄紫髪の女勇者が慌てて胸の前で手を振って弁解する。
それもその筈、第十一階層の入口から奥に進んだ彼らを待ち受けていたのは、どう見てもクイズフロアではなかった。
広大な大広間に人が十数人程載れそうな程の巨大なパネルが設置されている。パネルとパネルを繋ぐ形で道が形成されており、それ以外の部分は白い粉で覆い尽くされている。
極めつけは部屋に足を踏み入れた彼らの足元にある最初のパネルに書かれた「START」の文字と、両腕で抱えるようなサイズの大きなサイコロだ。
「……すごろく?」
そう、それは巨大なすごろく場だった。
何故ダンジョンの中にそんなものがあるのかと玲治達は頭を抱えるが、目の前の現実は変わらない。
オーレインの記憶にあったクイズフロアはいつの間にやら刷新されており、すごろくフロアへと変貌を遂げていたのだ。
「ボスが変更になったように、中層の構成にも手が加えられているのですね」
この時点でオーレインの記憶は無価値となった。
幾らクイズの答えを覚えていたとしても、クイズフロア自体がなくなっているのであれば意味がない。
……と、彼女はやパーティメンバーは考えたが、実際にはそうではない。
クイズフロアのままだったとしても問題は毎回変わるため、最初から無価値だったのだ。
「このすごろくに挑戦しろってことですよね」
「間違いなく、そうでしょう」
「すごろくを無視して部屋の出口に向かっちゃ拙いかな?」
「やめておいた方がいいだろう。
どんな仕掛けがされているか分からんし、試練に失格になっては元も子もない」
「それもそうだな」
遠くの方に見えている部屋の出口を見ながらショートカットが出来ないかと呟く玲治だったが、ミリエスの忠告をもっともだと考えて諦めることにした。
「しかし、どういうルールなんだろうな。
このメンバーで一人ずつ競い合うということか?」
「あ、レージさん。
ここに何か書いてありますよ」
転がっていたサイコロを両手で抱え上げたテナが、床に書かれた文字に気付いて声を上げた。
「どれどれ。
『これなるは運試しの通路。仲間と協力し、運と実力をもって困難を乗り越えるべし。さすれば道は拓かれん』か。
仲間と協力し、ってことは対戦形式じゃないってことかな。
……どうしてすごろくで実力が必要になるのかは分からないけど」
「一筋縄ではいきそうにないですね」
「まぁ、それは最初から分かっていたことです。
躊躇していても仕方ないですし、挑戦しましょう」
そういうと、玲治はテナからサイコロを受け取って放り投げた。サイコロは何度か床を転がって、やがて三の目を上にして止まる。
「三か。このまま進めばいいのかな」
玲治達はスタート地点から三つ先にあるパネルへと足を進めた。最初のパネルにルールが書いてあったように、このパネルにも中央付近に文字が書かれている。
玲治は文字の近くに歩みよると、読み上げた。
「『ジャイアント・ホーンボアが突進してくる』……何だこれ?」
「っ!? レージさん、危ないです!」
玲治が文字を読み上げた次の瞬間、彼の横の空間が歪んで巨大な魔物が姿を現す。
かつて彼がテナと初めて会った時にも追い掛けられた猪型の魔物、ジャイアント・ホーンボアだ。
ジャイアント・ホーンボアはいきなり突進してきて、玲治を撥ね飛ばそうとする。
「あぶなっ!?」
テナの声で僅かに早く危険に気付くことが出来た玲治は、風魔法を無詠唱で発動させて補助しながら跳躍した。
跳び上がった彼の下ギリギリのところを、ジャイアント・ホーンボアが掠めるように通過してゆく。
そのままパネルから落ちるかと思われたところで、魔物は現れた時と同じように空間の歪みに呑み込まれて消えていった。
「レージさん、大丈夫ですか!?」
「ああ、大丈夫。助かったよ、テナ」
「良かったです」
着地した玲治に、心配したテナや他のパーティメンバー達が駆け寄ってくる。
彼が傷を負っていないことを確認すると、一向はホッと胸を撫で下ろした。
「どうやら、書かれていることは本当に発生するみたいですね」
「だから実力云々って最初の文章に書いてあったのか……」
「いつ襲い掛かられてもいいように、警戒しておいた方がいいな」
一向はこのすごろくフロアの危険性に改めて警戒心を強めると、ゴールを目指して再びサイコロを振ろうとした。
しかし、ここで一つ問題が発生する。玲治が再びサイコロを振ろうとしたのだが、床に貼り付いたようになっており持ち上がらなかったのだ。
試しに、他の者が拾うと問題なく拾うことが出来た。
どうやら、サイコロは一人が振り続けるのではなく、順番に振る必要があるようだ。
二番目にサイコロを振ったのはテナだ。出た目は一。
「あぅ、ごめんなさい」
「いや、目が大きければ良いってものじゃないだろう。
それより、そのマスで何が起こるかの方が大事だ」
出た目が小さかったため謝るテナを、玲治が慰める。
一向は一つ先のマスに進んで床を覗き込む。
『サイコロを振った者が猫になってしまう』
「なっ!? テナ!」
床に書かれたメッセージを読んだ玲治が慌てて振り返るのと、テナが立っていたところからボワンッというコミカルな音と共に煙が立ち上がるのは、ほとんど同時だった。
「テナ! 大丈夫か!?」
煙が晴れた時、そこには一匹の可愛らしい猫の姿……ではなく、ネコミミと尻尾が付いたテナの姿があった。
「は?」
「けほっけほっ……レージさん?」
「ええと、身体の方は大丈夫か? 何ともないか?」
どう見ても「何ともある」のだが、そう聞くしかない玲治だった。
そんな彼の問い掛けに、猫テナは小首を傾げながら答えた。
「ええと、大丈夫です。にゃんともありません」
「にゃ?」
大丈夫という言葉に安心し掛けた玲治だったが、その後に続いたフレーズを聞いて固まることになった。
同時に、テナの方も意図せず自分の口から漏れた言葉に驚いて混乱し始める。
「あ、あれ? にゃんで……え、ええ!?
『にゃ』って言おうとしてるのに『にゃ』ってにゃっちゃいます!?」
どうしても「な」が「にゃ」に自然変換されてしまうらしく、わたわたと慌てるテナ。
しかし、当人の慌て具合とは反比例するように、周囲にはほのぼのとした空気が流れた。
「なんか、思ったよりも危険ではないみたいですね」
「そうですね」
ついさっきジャイアント・ホーンボアに撥ね飛ばされそうになったことも忘れた玲治は、尻尾をひょこひょこ揺らしているテナを温かい目で眺めた。




