第66話:炎の悪鬼
ダンジョン攻略に乗り出した玲治一向は、途中地下第六階層で一度仮眠を取りながらも地下第十階層へと辿り着いた。
当初考えていたテレポータルを用いての日帰り攻略は主に金銭的な負担の面で困難と結論付け、早々に断念されている。
流石に、毎日銀貨五枚を払い続けるというのは最終的に莫迦にならない金額になりそうなのだから、仕方ない。
とはいえ、攻略を始めて一挙に最下層に辿り付けると思う程このダンジョンを甘く見ているような愚か者はアトランダムの面々には存在しない。
こと物資の面については玲治のアイテムボックスがあるため予め買い込んでおけば何とかなるが、それでも肉体的、および精神的な疲労の面を考慮すれば折角テレポータルの機能があるのだから適宜地上に戻って休息を取るのが得策なのは間違いない。
五人で話し合った結果、十階層ごとに存在するボスフロアの前後で一度地上に戻って休息を取ることになった。ボスを倒した後は必ずその下の階層に降りてから、そしてボスに挑む前はその時の体力状況を見て戻るかどうかを決めるという方針だ。
「ここまでは順調に来られましたね。この調子ならそのまま挑んでも良いと思うのですが、如何ですか?」
「俺は大丈夫です。今のところ、それほど疲れてませんから」
「あ、私も大丈夫だと思います」
「私も問題ない」
「私も構いません」
地下十階層入口の安全地帯の部屋で振り返ってパーティメンバーに問い掛けたオーレインに、それぞれが問題ない旨の回答を返した。
地上に戻ることなくボスに挑むことを決めた五人はお互いに頷き合い、この階層に待つボスの対策を話し始める。
「三人はこの階層のボスとは戦って勝ったことがあるのだったな」
「ああ。とは言っても、辛うじてのまぐれ勝ちだったから油断することは出来ないけど」
以前、彼らがこの階層のボスと戦った時は、戦況だけで言えば実質的に敗北に近かった。ギリギリのところで玲治のオート魔法と運任せの剣のランダム要素が当たって勝利を手にしたものの、文字通りまぐれ勝ちだったと言えるだろう。仮に同じことをもう一度やって勝てるかと問われれば、否定せざるを得ない。
更に、あの時には強力な戦力である先代魔王のエリゴールが居たが、今は居ない。代わりにミリエスとフィーリナがパーティに加わり、玲治の力もあの時とは比べ物にならない程向上しているため、総合的な戦力としてはあの時と比べても遜色ないか勝っていると踏んでいるが、前衛の不足は一つのネックである。雑魚敵であればオーレインが前衛に回ることでカバーできるが、流石にボスともなると本職ではない彼女には厳しい。
「後衛戦力については、あの時よりも向上しています。黒龍が上空に飛び上がっても対処は可能でしょう。問題は、地上に降りてきたときですね。流石に、玲治さんがあの黒龍の攻撃を受け止めるのは難しいと思いますし……」
「勘弁してください。あんなでかい龍の攻撃を生身で受け止められるのはエリゴールさんくらいですよ」
「まぁ、流石に先代陛下と比べるのは酷な話だ。仕方ない、私がフレイム・マリオネットを出そう。炎だから龍の攻撃を受け止めることは出来ないが、前に立たせれば飛び込んで来るのを躊躇わせることは出来る筈だ」
ミリエスの提案に、玲治達は暫く考え込む。
彼女のフレイム・マリオネットは言ってしまえば炎を人型に固めているものだ。実体が無いため、盾としての役には立たない。
ただ、目の前に熱く燃え盛る炎があれば迂闊に突っ込んでくることは考え難いというミリエスの言には説得力があった。
しかし……。
「相手が直接突っ込んで来なくても、ブレスで吹き飛ばされてしまえば終わりじゃないか?」
そう、黒龍の持つ最大の攻撃はそのブレスだ。近付くのが困難だと判断すれば、相手は容赦なくブレスを放ってくるだろう。
そして、一度ブレスが放たれてしまえば、実体のないフレイム・マリオネットにはどうしようもない。
「確かにな。だが、ブレスを放つには予備動作が必要な筈だ。それだけの隙があれば攻撃を叩き込むことが出来るだろう」
「成程、それは一理ありますね」
ミリエスの言う通り、息を吸い込んで放つ必要がある以上、ブレスを放つには必ず溜めが必要になる。フレイム・マリオネットを盾に相手の接近を阻止しつつ、ブレスを誘う。そして、相手が予備動作に入ったらその隙を攻撃する。
勿論前提として、黒龍が上空を飛んでいる時は地上に降ろすために遠距離攻撃を雨あられと喰らわせる。
現状のパーティの戦力では、これがベストだと思われた。
「いけそうですね。それでいきましょう」
「はい!」
「うむ」
「分かりました!」
「が、頑張ります」
作戦をまとめたアトランダム一向は、安全地帯の部屋から出て地下第十階層の攻略に取り掛かった。
既に一度攻略し答えが判明しているため、石板集めは謎解きの意味を為さなくなっている。一々台座まで行かずに最初からフロアを探索して石板集めを短時間で済ませると、一向はボス部屋の扉を開けて中に踏み込んだ。
『黒炎の悪鬼に挑む者よ、正しき星辰を揃えよ』
もしも、彼らが注意深く台座を見ていれば気付いたであろう文言の変化に気付くことなく……。
◆ ◆ ◆
玲治達はすぐに異変に気付いた。否、気付かされた。
ボス部屋に足を踏み込んだ彼らが感じたのは、全身に感じる異常な熱さだ。
燃え上がる炎に間近で晒されているかのような熱を受け、全身から止め処なく汗が流れる。
その熱さの大元に目を向けた一向の視線の先に居たもの、それは黒い全身から炎を噴き上げる悪鬼の姿だった。
人の身の丈の三倍はありそうな漆黒の体躯に、歪に捻じれた太い角、不気味に紅く光る眼光、そして両手にそれぞれ持った炎の大剣。
手に持つ大剣と全身から噴き出す炎は、自然のものとはかけ離れた黒、紫、紅が入り混じったものだ。
彼らがここで対峙すると想定していた黒龍とは明らかに異なっている相手だった。
「まさか……ボスが変わってる!?」
「しかも、この外見! 伝承にある炎の悪鬼グスタバか!?」
オーレインとミリエスが驚愕の声を上げる。勿論、他の三人も動揺を隠せずにいた。
「何か知っているのですか、ミリエスさん!?」
「魔族の伝承に伝わる炎の悪魔だ。言い伝えでは、洞窟の奥底に住み訪れる者を容赦なく焼き尽くすと言われている。その力は一度地上に出れば国すら滅ぼすともな」
「そんなっ!?」
この時点で、彼女達の立てていた作戦は無意味なものと化している。
目の前の悪鬼グスタバは黒龍と比べれば小さいとはいえ、人の身と比べれば巨体であることに変わりはない。ならば黒龍と同じ戦術が使えるかと思うところだが、そうはいかない理由がある。
「まずい。こやつを相手にするとなると、フレイム・マリオネットは無力だ」
ミリエスが深刻な口調で呟きながら熱さとは異なる理由で汗を流す。その理由については、説明されるまでもなく皆悟っていた。
何しろ、相手は伝承になるような「炎」の悪鬼である。火魔法は効かないどころか、下手をすれば相手の力となってしまう恐れすらある。フレイム・マリオネットを盾に立たせたとしても、何の痛痒も感じずに突撃してくるだろう。
火魔法を得意とするミリエスにとっては、最悪の相手だと言えた。
しかし、最早作戦を練り直している時間はない。相手は部屋に入ってきた玲治達を睨み、既に臨戦態勢に入っている。
「────────っ!」
「来るぞ!」
戸惑いから立ち直れていない玲治達を待つことなく咆哮と共にグスタバが足を踏み出し、戦闘が始まった。
<登場人物から一言>
人アンリ「ヴニ、何処行ったの?」
神アンリ「ろーてーしょん」




