第64話:先行調査と改修
「一先ず、手分けをして準備しましょう」
「? そんなに買う物ありますか?」
アンリニアの入口を潜った玲治は、オーレインの提案に首を傾げた。
彼が準備として思い付くものはフィーリナの装備品を整えるのと、薬などの消耗品を買い揃えるくらいだ。それくらいなら、別に手分けをするまでもなく済ませることが出来るだろう。
しかし、彼女の言う「準備」は玲治が想像するそれとは少し違った。
「まず、テナさんとフィーリナは買い物をお願いします。
フィーリナの装備と、消耗品を揃えて下さい」
「あ、はい。分かりました」
「よろしくお願いしますね、テナさん」
「はい、フィーリナさん」
テナとフィーリナは、オーレインの指示に対して頷いた。
アンリニアの街に詳しいテナと、装備を整えなければいけないフィーリナが買い出しに回るのは妥当だろう。
しかし、それなら他の面々の準備とは何をするのかと玲治は疑問を覚える。
「ミリエスさんは冒険者ギルドへ向かってください。
もしもエリゴールさんに会えたら、私達の状況と可能ならダンジョン攻略を手助けしてほしいことを伝えてほしいんです」
「せ、先代陛下にか。了解した」
「まぁ、あわよくばと言ったところですけどね。
あと、冒険者ギルドで何か変わった情報があったら聞いておいて貰えますか?」
「ああ、分かった」
ミリエスは先代魔王であるエリゴールへの説明と協力依頼、そして情報収集だ。
これについては魔族である彼女が適任だというのは確かだった。
尤も、都合良くエリゴールが冒険者ギルドに居るという確証はないので、オーレインが言った通りあわよくばという範疇でしかないが。
「なるほど、エリゴールさんにまた手伝って貰えるなら心強いですね。
ところで、俺は何をすれば?」
「レージさんは私と一緒に来て下さい」
「はい、構いませんけど……何処に行くんですか?」
玲治の問い掛けに、薄紫髪の女勇者は笑みを浮かべながら答えた。
「ちょっと、先行してダンジョンに潜るんです」
◆ ◆ ◆
「それにしても、どうして俺達だけで先にダンジョンに潜ったりするんですか?」
アンリニアの市街地を歩きながら、玲治は隣を歩くオーレインへと話し掛けた。
彼らが向かっているのは街の中心とも言える神殿であり、その地下にあるダンジョンが目的地だ。
玲治の質問に、オーレインはよく聞いてくれましたとばかりに頷いて理由を話し始めた。
「以前、ここのダンジョンに挑んだ時のことを覚えてますか?」
「それは勿論、忘れることなんて出来ませんよ」
オーレインが言っているのは、テナと一緒に旅に出る条件としてアンリに十階層までの到達を課題として出された時の話だ。
その時は、玲治、テナ、オーレインにエリゴールという四人でダンジョンへと挑んだ。
まだそれほど時が経っていないにもかかわらず遥か昔のようにも感じたが、色々と大変だったので記憶には強く焼き付けられている。
「あの時、アンリさんの仕業でダンジョンの魔物の出現率が上げられていたせいで苦労しましたよね?」
「ああ、そう言えばそんなこともありましたね……」
オーレインの言葉に、その時のことを思い出した玲治は苦笑を浮かべた。
自分の従者であるテナが玲治に着いて行こうとすることを良く思わないアンリによって、ダンジョンの魔物の密度が異常に引き上げられていた時のことを。
おかげで、彼らは攻略に大分苦労することになった。そのせいで強く成長することが出来たと言えなくもないが。
ちなみに、その被害を受けたのは玲治達だけでなく他の冒険者達も巻き添えになっていたりする。
「でも、あれはもう元に戻された筈ですよね?」
「テナさんが珍しく怒ってましたからね……アンリさんもあの後すぐに戻したみたいですよ」
「ですよね」
「ただ、今回は邪神からの試練ということですので、あの時と同じかそれ以上の変化が加えられていても不思議ではありません。
調査もせずに挑んでは全滅の危険もありますので、先行して様子を探っておきたいんです」
「なるほど。でも、それって危険じゃないですか?
全員で万全な状態で調べた方がいいのでは?」
オーレインの懸念と先行してダンジョンに潜ると言い出した理由に関しては納得した玲治だったが、たった二人で調査をするという部分については不安そうな声を上げた。
「勿論、そんな無理をするつもりはありません。
調べるのは第一階層までで、それ以上深入りするつもりはないです」
「そうですか。それなら、まぁ大丈夫でしょうね。
……ああ、着きましたね」
丁度神殿の入口が見えたため、二人は会話を中断して中へと足を踏み入れた。
アンリニアの邪神殿は来るもの拒まずなので、チェックも何もなしに入れてしまう。
勿論、地上二階層以上にはそれなりの警備がされているのだが、ダンジョンの入口が設けられている地上一階層は素通り可能だ。
運が悪いと教皇の勧誘攻撃が待ち構えているのだが、今日は居ないようだった。
既に一度訪れて場所は分かっているため、玲治達は迷うことなくダンジョンの入口がある方に向かって歩き始めた。
しかし、そこに着く前に二人は足を停めることになる。
「? 何でしょう、あの人だかりは?」
「あそこは……ダンジョンの入口ですよね」
「ええ、その筈です。もう少し近付いてみましょうか」
ダンジョンの入口がある筈の場所に出来ていた人だかりに二人は首を傾げるも、遠目からはよく分からなかったため近付いて様子を探ってみることにした。
二人が近付いてみると、ダンジョンの入口である門の横に何かの貼り紙がなされている。集まった者達は、この紙を見ていたようだ。
「ええと、なになに……『テレポータル設置のおしらせ』?」
「これは……」
そこに書かれていたのは、ダンジョンに新たに設置された設備に関する説明だった。
テレポータルと称されたそれは、各階層の入口にある魔物が立ち入れない不可侵領域に設置されており、階層間の転移を可能にしているという話である。
但し、その移動には制限があるようだ。
転移陣を起動させた者が訪れたことがある階層までしか移動することが出来ず、かつ上層・中層・下層で区切られた範囲を超える移動はパーティメンバーに訪れたことがない者が一人でも混ざっていると起動しないらしい。
つまり、深い層まで潜ったことがあるメンバーが居れば第十階層までは転移出来るが、第十一階層に移動しようと思ったらパーティメンバー全員が第十階層をクリアしている必要があることになる。
これはボスフロアの回避は許さないという意味だと、玲治達は解釈した。
なお、訪れた階層というのは過去の実績ではだめでこれ以降に限定されるという話なので、玲治達も改めて第一階層から攻略する必要がある。
「どう思います?」
「タイミングといい、明らかに邪神の試練と無関係ではないですね」
「やっぱり、そうですか。
でも、どちらかと言うと俺達の助けになる変化ですよね」
「はい、これが本当ならダンジョン内で宿泊するということをしないで済みます。
それこそ、日帰りで毎日夜は宿に戻ると言うことも出来るでしょう」
「助かりますけど……邪神の思惑がよく分かりませんね。
もしかして、アンリさんが掛け合ってくれたおかげでしょうか?」
「さぁ、そこまでは……」
玲治とオーレインの二人は人の多いダンジョンの入口から少し離れてこの新たな設備について話し合うが、何れも憶測の域を出なかった。
「取り敢えず、当初の目的を達成しましょう。
ついでに第二階層の入口まで行って、テレポータルの話が本当かどうか実際に転移して確かめます」
「分かりました」
◆ ◆ ◆
「そんなことが……」
それぞれの準備を終えて宿で合流したアトランダム面々は、それぞれに結果を報告し合う。
フィーリナは修道服は変わらないものの、その下に鎖帷子を着込んでいる。手に持つ錫杖も、実戦で振るえそうな頑丈な物だ。
ミリエスは冒険者ギルドに赴いたものの、残念ながらエリゴールに合うことは出来なかったらしく、周囲の噂話だけ聞いて戻って来ていた。
ダンジョンに加えられた変化について玲治とオーレインが話すと、三人は真剣な表情となる。
「それで、実際に試されたのですか?」
「ええ、第二階層から一度第一階層に飛んで、その後更に第二階層に転移してみました。
実際に使えることは確かです」
「それは便利ですね」
玲治とオーレインの二人は、テレポータルが実際に使えることを第一階層と第二階層の間で実験して試してみていた。
その結果、特に魔力を消費することもなく転移することが出来、有用だと判断している。
「そうすると、泊まり込みでダンジョン攻略するというよりは、夜は宿に戻って休んだ方がよいか」
「はい、私も同意見です。
ダンジョン内での野営では疲れが溜まっていきますから、そちらの方が効率的です」
「よし、それなら後でこの宿に長期宿泊出来るように手配しておこう」
ミリエスの意見にオーレインも同意し、ダンジョン攻略の基本方針は決まった。
日中はダンジョンを攻略し、夜にはテレポータルを使用して宿に戻って休む。翌日は再びテレポータルを用いて前日の続きの階層を攻略するという方針だ。
「それで、他にダンジョン内に変化はあったのか?」
「いや、そっちは特に異常は見当たらなかった。
もしかするともっと下の階層には何かあるのかも知れないけど、少なくとも第一階層を見た限りでは普段通りみたいだ」
「そうか、それなら一先ずは安心か」
「ええ、早速明日から本格的に攻略を開始しましょう」
オーレインの宣言に他の者達も頷き、一同は部屋に戻って休むことにした。
<登場人物から一言>
邪神「日帰りは別にいいけど、入場料は毎回きちんと払って」




