第63話:説得の結末
「ええと……ここで良いのか?」
「はい、あの方なら神族のアンリ様を説得出来る筈です」
テナの案内でアトランダム一向が連れて来られた場所、それは街の郊外にある黒薔薇邸だった。
勿論、途中の道で既に彼女が何処に連れて行こうとしているかは玲治達にも概ね想像が付いていたのだが、門前に着いて改めて聞くことで「ああ、やっぱり」と思わざるを得なかった。
その一方、この場所に来るのが初めてのフィーリナはわけが分からずに首を傾げている。
玲治やオーレインはてっきり教皇辺りのことを言っていると思っていたのだが、此処に連れて来て「あの方」とくれば、当て嵌まるのは一人しかいない。
「アンリ様なら神族のアンリ様を説得出来る筈です」
「え? え? どういうことでしょう?」
テナの言い方が紛らわしかったせいでフィーリナは一層混乱してしまったが、人族のアンリなら邪神アンリを説得出来ると言いたいのだろう。
実際、その二人──正確には一人と一柱──は元を辿れば同一人物だったのだから、これ以上の適任は居ないとも言える。
「さぁ、早速頼んでみましょう!」
門前を守るアンリルアーマー弐号の横をおっかなびっくり通りながら、一向は黒薔薇邸の中へと足を踏み入れた。
◆ ◆ ◆
「……話は分かった」
黒薔薇邸の談話室でお茶を飲みながら玲治達の話を聞いた仮面の少女は、一言そう告げた。
対面に座った玲治達が固唾を呑んで次の言葉を待つ中、その少女……テナの主である人族のアンリは徐に口を開いた。
「めんどくさい」
「そ、そこを何とかっ!」
やる気のない回答にガクッと崩れ落ちそうになるも、オーレインは縋り付くように懇願し始めた。
しかし、アンリがやる気の無い態度なのも無理もないだろう。実質的に、最初から無駄に終わることが決まったような交渉なのだから。
だが、それでは困るので何とかやる気を出して貰おうとオーレインは交換条件を提示してゆく。
「うーん……もう一声」
「そ、そろそろ勘弁してください」
「仕方ないか」
しきりにぐずるアンリを何とか宥めたり賺したりしてようやく了承を得た時には、既に夕刻になっていた。
「じゃあ、ちょっと行ってくる」
「はい、お願いします。
お夕食作ってお待ちしてますね」
「お願い」
アンリニアの神殿まで赴くというアンリを見送ったテナは、夕食の仕込みを始めるために久し振りに黒薔薇邸の厨房へと足を運んだ。
「テナさん、私もお手伝いします」
「あ、フィーリナさん。
ありがとうございます」
テナとフィーリナは夕食の仕込みに取り掛かり、玲治とオーレイン、そしてミリエスは談話室で今後のことを話し合っていた。
そうこうしているうちに、日が暮れて夜が訪れる。
「……帰ってきませんね、アンリさん」
「そ、そうですね。アンリニアまで往復するだけならそんなに時間が掛かる筈はないのですが……」
「もしかして、説得が難航しているとかでしょうか」
玲治達が不安そうに述べた通り、夕刻に出掛けて行ったアンリが日が落ちてもまだ戻ってきていないのだ。
五人は談話室で顔を突き合わせて相談していたが、結論は出そうにない。
「取り敢えず、アンリ様には申し訳ないですが先に夕食にしますか?
お待ちするにしても、いつまで待てば分からないですし……」
「……そうですね、ちょっと申し訳ないですけど」
テナの提案を受けて、一向はアンリの分だけ残した上で先に夕食を摂ることにした。
聖都を出てからはほとんど街や村にも寄らずに来た上に、アンリニアからもとんぼ返りだったため、キッチンを使ってのまともな夕食は久しぶりだった。
一行は長らく味わっていなかった美味しい料理を堪能するが、玲治やテナは帰って来ないアンリの動向が気になってあまり味わうことが出来なかった。
そうして、完全に夜が更けて深夜と呼ぶべき時間帯になっても、やはりアンリは帰って来なかった。
「本当に、遅いですね」
「もしかして、何かあったのでしょうか?」
「アンリ様に限って、それはないと思いますが……」
途中の道で魔物や野盗に襲われてしまったのではないかと不安げになるフィーリナの心配を、テナが否定する。しかし、そういうテナ自身が不安そうにしているため、歯切れは悪い。
実際、アンリは強さはともかくとして厄介さとしてはピカイチのため、魔物や野盗にどうこうされるところは想像出来ない。魔物は彼女の気配を感じ取っただけで裸足で逃げるだろうし、野盗も仮面の下の目を見たらあっと言う間に逃走するだろう。
そのため、そういった点に関しては心配ないのだが、ならなぜ帰って来ないのかという部分が不明のため不安は拭えなかった。
「取り敢えず、今日はもう遅いので明日になったら神殿に行ってみましょう。
ハーヴィンさんに聞けば訪れたかどうかは確認出来ると思いますし」
「そう、ですね」
不安を残しつつも、一向は黒薔薇邸に一夜の宿を借りて就寝することにした。
一部の面々は、その心に刺さった不安で中々寝付くことが出来なかったが……。
◆ ◆ ◆
一向の不安が現実のものとなったのは、翌朝のことだった。
目が覚めて食堂に集まった玲治達の目の前に現れたもの、それは見慣れた鴉によく似たもう一羽の鴉と、それが咥えている一通の手紙だった。
「手紙? アンリさんからの連絡でしょうか?」
鴉の口から手紙を受け取ったオーレインが首を傾げるが、鴉はそれに答えることなく器用に扉を開けて食堂から出て行ってしまった。
これまで一緒に旅をしていたアンリの使い魔の鴉によく似た外見だが、そのサイズは一回り大きかった。
「それで、その手紙には何が書かれているのですか?」
「ちょっと待って下さい。ええと……なっ!?」
玲治の促しに封筒を開けて中身を取り出したオーレインが手紙に目を通すが、次の瞬間その表情が変わった。
他の者達も彼女の様子を見て、ただならぬことが書かれていると緊張を露わにする。
「これを見て下さい!」
「こ、これは……っ!?」
オーレインがテーブルの上に広げて見せた手紙を全員が覗き込み、一様に驚愕へと表情を変えた。
彼らを驚かせたその手紙には、次のような文面が記されていたのだ。
『アンリは預かった。返してほしければ一月以内にダンジョンをクリアすること。アンリ』
「これは……邪神アンリからの手紙ってことか?」
「アンリ様がアンリ様を!?!?」
誘拐犯からの要求文のような内容だが、攫われた方も攫った方も「アンリ」であるためややこしいことこの上ない。
しかし、条件がダンジョンのクリアになっていることからも、邪神アンリからの指示と見て間違いないだろう。
よくよく見ると、手紙の端の方に「たすけてー」と書かれている。こちらは人族のアンリが書き加えたものだと思われるが、取って付けた感が半端無かった。
室内に微妙な空気が流れる。
「……ええと、放っておきましょうか」
「いや、流石にそれは」
オーレインは放置したい気持ちで一杯になり思わずそう提案するが、流石にそれはまずかろうとミリエスが反論を述べる。
実際のところ、邪神アンリがアンリに危害を加えるとは思えないので放っておいても問題なさそうなのだが、真面目な彼女としてはそうもいかないのだろう。
「でも、どうやら邪神はどうしてもあのダンジョンに挑ませたいみたいですね」
「そうですね、最早回避の方法はないと考えた方が良いでしょう」
誘拐とか要求文は単なる悪ふざけにしか見えないが、少なくとも試練の緩和をする気がないことだけは確かなようだった。
それを悟った玲治やオーレインは、ここまで来れば腹を括るしかないと結論付ける。
オーレインはパーティメンバーを見回しながら、今後の方針を告げた。
「アンリニアの街で準備を整えて、ダンジョンに潜りましょう。
まだ最下層のインペリアル=デスへの対策は出来てませんが、それ以前に実力自体が不足しているのが否めない事実です。
ダンジョンへ挑戦すること自体を修行と考えることにして、対策は潜りながら考えましょう」
「は、はい!」
「わ、分かりました!」
「そうだな、それしかないか」
「聖女神様、どうかご加護を……」
<登場人物から一言>
アンリ「囚われのお姫様役……」
邪神アンリ「ないから」




