第61話:無理難題
「此処が謁見の間です。
くれぐれも、失礼の無いように……」
「………………」
神聖アンリ教国の神殿四階層。
豪奢な司祭服を纏った金髪の青年に連れられて、五人の男女が大扉の前に立った。
扉はまだ開けられていないが、それにも関わらず凄まじい威圧感が彼らに容赦なく襲い掛かってくる。
訪れた者達はその気配に気圧されて自然と無言になる。
扉越しでこのプレッシャーなら、中に入り直接対峙したらどうなってしまうのか。そう不安になって中々前へと踏み出す勇気が出ない。
しかしそんな中、一人の少女が前に進み出て扉へと手を掛けた。
金色の髪をした幼げな少女だ。
彼女はこのプレッシャーを感じていないのだろうか。いや、そんな筈はない。歴戦の勇者であっても緊張せずには居られない威圧感なのだ。彼女のような華奢な少女が全く堪えずに居られるとは思えない。恐らくは気丈にも恐怖と緊張を抑えているのだろう。
「扉を開けますね」
後ろに居た者達が内心で「待ってくれ」と叫ぶ中、少女は扉を押す。
しかし、この場では彼女の方が正しいだろう。いつまでもこうしているわけにもいかないのだから。決心が付くまで待とうと思っても、踏ん切りが付けられずに立ち往生を続けるだけに違いない。
重々しい音を立てながら開いていく大扉。そうして遮る物が無くなった瞬間、先程までの威圧感がまだマシだったことを一向は実感した。
「く……っ!?」
本能的にその場から逃げたくなるような衝動に駆られるが、黒髪の青年は何とかその場に踏み止まる。
彼の周囲に居る薄紫髪の女性、銀髪の少女、水色髪の少女も同じように、歯を食い縛って耐えた。
しかし、それが限界だった。全員この場に留まるのが精一杯で、部屋の中に踏み込むことは出来そうにない。
いや、正確には一人だけは様子が異なった。
「それじゃあ、行きましょう」
「ちょっ!?」
先程大扉を開けた金髪の少女だけは他の者達と異なり、部屋の中に足を踏み入れる勇気を失っていないようだ。
勿論内心で感じる怯えを必死に隠して外面を取り繕っているだけかもしれないが、そんな彼女が先頭を切って部屋の中に入っていくのを見て、他の者達も勇気を振り絞って前へと歩き出す。
広い謁見の間には物が殆どなく、ガランとした雰囲気だった。
しかし、室内の装飾は禍々しくも優美であり見る者を飽きさせない。
入口である大扉から真っ直ぐ伸びる赤絨毯の先、階段状になったその頂点にソレは待ち受けていた。
大きな玉座の上にちょこんと座るのは扇情的な黒いドレスを纏った少女だった。
しかし、彼らが感じる威圧感がその少女から放たれているのは間違いない。
その姿は彼らの見知った者と殆ど同一なのだが、放たれる威圧感は桁違いだった。
一歩ずつ近付くにつれ、圧迫感が膨れ上がってゆく。そうして膨れ上がった恐怖と緊張は、玉座に座る少女と目が合うことで……弾けた。
この世のものとは思えない澱んだ黒い瞳を見た瞬間、彼らの心臓はギュッと強く握られたように圧迫される。
鼓動が早まり、背筋を冷や汗が幾筋も伝い、喉はカラカラに渇き、手足が勝手に震えた。
すぐにでもその場から逃げ出したいという圧倒的な恐怖に、しかし即座に逃走する程彼らは弱くはなかった、その身も心も。果たしてそれが幸いだったのかは分からないが。
逃走を選ばなかった彼らは、遅い掛かる恐怖を真っ向から浴びてしまい、その心を圧し折られることになった。
恐怖とのせめぎ合いの末に屈した青年達は、自然とそのポーズを取っていた。床に膝と手を突き頭を伏せる……そう、DO・GE・ZAだ。
玉座に座る黒髪の少女は、眼前で土下座する四人の青年達と立ったままの一人の少女、そして彼女の肩に停まる鴉を見回しながら口を開いた。
「ふはははは。よくぞきた、ゆうしゃたちよ」
台詞こそあたかも魔王かと思えるものだが、棒読み過ぎて威厳も何も無かった。
「「「「………………」」」」
「あ、あはは……」
土下座したままの四人も、ただ一人立ったままの少女も困ったような反応をしている。
しかし、黒髪の少女はそんな彼らの微妙な反応に気付かなかったのか、構わずに話を続けた。
「しかしざんねんながら、そなたらはまだ我にいどむ資格はない。
我のかす試練をのりこえし者のみが、我のまえにたつことをゆるされるのだ」
「試練……」
相変わらず棒読みだったが、その中に含まれていた単語に黒髪の青年──玲治が反応する。
彼らはその試練を受けるためにこそこの場所に来たのだから当然だろう。
ただ一人立ったままでいる金髪の少女──テナに齎された啓示に従い、玲治が元の世界に帰る条件として課された最後の試練である邪神の試練を受けに来たのだ。
「試練の内容は──」
少女の言葉に、その場の者達は息を呑んで続きを待った。
これだけの威圧感を放つ者が課す試練だ。当然、尋常なものではないことが推測される。
強力な魔物と戦うことか?
敵対国を滅ぼして来いと言われるか?
あるいは、仲間内で殺し合えなんて試練が課されるかもしれない。
全員の注目が集まる中、黒髪の少女──邪神アンリは自らが課す試練の内容を……
「試練の内容は、金貨一万枚を私に奉納するこ──はぐぅ!?」
発表する途中で空中に突然現れたタライに頭を強打され、床へと倒れ込んだ。ゴゥンという鐘のような音が広い謁見の間に響き渡る。無駄に良い音だった。
邪神アンリの頭にぶつかったタライは、床に落ちる前に何処かへと消え去った。
「「「「「………………」」」」」
全く予想外の展開に、階段の下にいた五人も呆気に取られている。
なお、邪神の視線が外れたおかげか、絶賛土下座中だった四人も立ち上がることが出来るようになっていた。
微妙な空気が流れる中、邪神アンリはムクリと立ち上がり頭を押さえながら虚空に向かって話し掛ける。
頭を打っておかしくなったかと言いたくなる動作だが、そうではない。彼女が向いた先からは何処からか声が流れてきており、意志疎通が出来ているようだった。
「何するの?」
『何するの? ──じゃありません!
何ですか、その試練の内容は!?
真面目にやりなさい、真面目に!』
「私は大真面目」
『〜〜〜〜尚更悪いです!』
『まぁ、らしいっちゃらしいけどよ……自分の欲に走り過ぎだろ』
どうやら、声の先には二人の人物が居るらしく、男性と女性の一人ずつの声が聞こえている。
女性は怒りを露わにしているが、男性の方はどちらかというと呆れの感情を滲ませていた。
状況から推測する限り、女性の方は光神ソフィア、男性の方は闇神アンバールだろう。仮にも神族である邪神に対して対等に接することが出来る者は他には考え難い。
『大体貴女は神族だと言うのにがめつ過ぎるのです。
以前から思ってましたが……』
いつの間にか説教へと移行した光神の声に、邪神アンリは辟易としたように両耳を手で塞いだ。
殆ど聞き流された無駄な説教は非常に長く、やがて延々と続く説教に折れたのか邪神アンリは渋々と頷いた。
「むぅ……分かった、他のにする」
『まったく』
『やれやれ』
他の神々との交信を終えた邪神アンリは再び階段下の五人の方を向……かずに微妙に視線を外して魔眼の影響が出ないようにしながら、新たな試練の内容を告げた。
「ふぅ……考えるの面倒くさいから、試練はダンジョンの攻略にする。
最下層の三十一階層まで辿り着いて」
「──────ッ!?」
投げ遣りな伝え方とは裏腹の無理難題に、唯一それを知るオーレインが声にならない悲鳴を上げた。
金貨一万枚奉納の方がマシだったかも知れない。
こうして、パーティ・アトランダムは以前にも十階層まで挑戦した世界最難関のダンジョン「邪神の聖域」に再び挑むこととなった。
第四章プロローグ。
序盤で浅い層だけ攻略したダンジョンに後半で再挑戦するのはRPGのお約束。
<登場人物から一言>
アンリ「…………痛かった、こぶになってる」




