第59話:奇跡の光
「おい、しっかりしろ!」
「フィーリナ!」
「フィーリナさん!」
「しっかりして下さい!」
「カァー!」
崩れ落ちるフィーリナに、玲治達が駆け寄る。
しかし、玲治に抱き起こされた彼女は血に染まって意識を失っており、辛うじて息をしているものの次第に弱くなってきていた。
「くっ! 玲治さんもお願いします!」
「ああ、分かった!」
オーレインと玲治が二人掛かりで回復魔法の光を当てるが、流れ出る血の勢いが少し弱まる程度にしかならなかった。
その様子を見て、オーレインが悲痛な叫び声を上げた。
「傷が深過ぎる! このままじゃっ!」
「そんな!? 何とかならないんですか?」
「もっと強力な回復魔法の使い手が居れば……」
「強力な回復魔法の使い手……此処は聖都なんでしょう?
だったら探せばっ!」
「無理です! 今のフィーリナは聖光教から死刑宣告された身の上なんですよ!?
そんな使い手が居たとしても、助けてくれる筈がありません!
それに……今から探しても間に合いません!」
「一体どうすれば……」
刻一刻と命の音が小さくなってゆくフィーリナに必死で回復魔法を当てながら、オーレインと玲治は叫ぶような声で言い争う。
彼らの横ではミリエスやテナが三人を庇うように修道兵達に向かって牽制の魔法を放っている。
観衆だった者達の内の何割かも玲治達の味方に付き、修道兵やその指揮官に向かって罵声を浴びせ掛けていた。
その喧騒の中、焦燥のあまりに放ったオーレインの言葉が玲治の耳に飛び込んでくる。
「ああ、フィーリナが無事ならフィーリナに回復魔法を掛けて貰えるのに!」
「……今なんて言いました?」
「え?」
「フィーリナさんは強力な回復魔法が使えるんですか?」
「え? あ、はい。
彼女は聖光教の教えの一環として光魔法を高レベルで修めています。
性格的に攻撃魔法は得意ではないみたいですが、回復魔法だけなら私よりも上です。
でも、今の彼女はとても自分に魔法を掛けられる状態では……」
幾らフィーリナ自身が強力な回復魔法が使えたとしても、意識の無い状態では意味が無い。
いや、仮に意識があったとしても、重傷を負った今の彼女がまともに魔法を使えるとは思えない。
回復魔法を当て続けながらそう告げるオーレインだったが、玲治はそれを聞いて何かを決心したように頷いた。
「一つ、試してみたいことがあります。
いちかばちかになりますが、上手くいけばフィーリナさんを救えると思います」
「玲治さん? 一体何を……」
怪訝そうに問い掛けるオーレインにフィーリナの身を預け、玲治は一歩下がった場所で立ち上がると目を閉じて意識を集中した。
「ランダム召喚憑依」
玲治が邪神に植え付けられた迷惑スキル「ランダム召喚憑依」は、玲治が会ったことのある人物の力を一時的に借りるスキルだ。当然、フィーリナもその条件は満たしている。
スキルレベルの影響でオリジナルの九割程度の力しか再現出来ないが、このままオーレインと二人で回復魔法を当てているよりは命を救える可能性は高いだろう。
だが、それも全て上手くフィーリナの力を引き当てることが出来ればの話だ。
誰の力を召喚するかはランダムのため、玲治には選ぶことが出来ない。
まともに考えれば、それに賭けるには不確定要素が大き過ぎる愚策だ。
(頼む……っ! 当たってくれ!)
確率は低い。限りなくゼロに等しいと言っても良いだろう。
しかし、現状で玲治が彼女を助けられる手段はこれ以外にないのだ。
元の世界に居た時には欠片も信じていなかった神様や、フィーリナが信仰する光神などに必死に祈りながらスキルを行使する玲治に、虚空より無形の力が舞い降りた。
「これは……?」
スキルの効果で具現化する格好はフィーリナのものとは異なっていた。
やはり、都合良く特定の人物を引き当てるようなことは出来なかったのだ。
それでは神頼みが無駄だったのかと言えば、それも違う。
「甲冑……?」
「その格好は……まさか!?
玲治さん、回復魔法を使ってみてください!」
「は、はい!」
玲治の格好は女性ものの全身甲冑へと変わっていた。
勿論、それは実体のない見せ掛けだけのものであるため、動きを阻害することはない。
その格好が誰のものか分からずに困惑する玲治だったが、オーレインはハッと何かに気付いたのか彼に対してフィーリナに回復魔法を行使するように促した。
玲治は彼女の言葉に従って、手を翳して魔力を集中させた。
「うわっ!?」
「きゃっ!?」
その途端、先程までとは段違いの光が放たれた。
数分前まで玲治が放っていたのが蝋燭程度とすれば、真昼の太陽のような輝きだ。
その光は中心に横たわるフィーリナだけに留まらず、広場に集まった全ての者達に癒やしの恩恵を与えた。
この広場には多くの者達が集まっていたが、全ての者が健常な状態だったわけではない。中には怪我を負った者や歩ける程度の軽度な状態だが病に冒されていた者も居た。
しかし、その全てを玲治の放つ光は癒やしてゆく。
「これは一体!?」
「暖かい光……」
「何だ!? 何が起こってる!?」
テナやミリエスと睨み合っていた修道兵達もその手を止め、聖都に舞い降りた奇跡を呆然と眺めている。
そのミリエスも、先程負った肩の傷が光によって回復していた。
「……あら? 私はどうして……」
癒やしの光の中心に居たフィーリナが、意識を取り戻した。
あれだけ血を流して死の淵にあったにも関わらず、今はその傷もすっかりと消えている。
纏っている服が血に染まって破れていなければ、重傷だったことなど信じられないくらいだった。
「フィーリナ、気付いたのですね!」
一命を取り留め意識を取り戻したフィーリナを見て、オーレインが喜色の声を上げた。
突然の光と癒やしに戸惑いの表情を浮かべていた民衆にもその声が届き、彼らは起き上がったフィーリナの方を向いた。
そこには、誰がどう見ても瀕死の重傷だった筈の聖女が無事な姿で立っている。
「奇跡だ……」
「聖女様……」
「え? え?」
一人が跪き祈り始めると、それに釣られるように他の者達もその場に跪いて祈り始めた。
しかし、肝心な聖女の方は、突然拝まれて混乱を露わにしている。
だが、それを見た紫髪の勇者は好機と見て声を張り上げた。
「見て頂けましたか、皆さん! 今の奇跡を!
此方に居る異世界から召喚された勇者を通して、聖女神様が力を貸して下さったのです!」
「え? いや、それは……そうかも知れないけど」
今更ながらに女性用甲冑の格好が恥ずかしくなってきて居心地が悪そうにしていた玲治は、オーレインの言葉に困惑する。
しかし、彼女の言っている言葉は間違いというわけではない。
ここまで言われて流石に玲治も、この格好が誰のものか思い出した。
彼が今纏っている甲冑は、フィーリナを救うことを依頼された時に聖弓越しに立体映像で見た光神ソフィアの格好だ。どうやら、ランダム召喚憑依の条件である視認というのは直接でなくとも満たせるらしい。
能力召喚の対象に神族まで含まれるのは予想外だが、確かに神の力であればあれだけ強力な回復魔法を放てたのも納得がいく。
「聖光教上層部によって死刑を宣告された聖女フィーリナの傷も癒やされました!
聖女神様は今もなお、彼女を見守っているのです!
……いえ、それだけではありません!
彼女を見てください!」
「え? わ、私か!?」
オーレインが手で指し示したのは、修道兵達と対峙していたミリエスだった。
いきなり大勢に注目された彼女は慌てふためいている。
「聖女神様の御力は、魔族である彼女も癒やしました!
これはすなわち、聖女神様は魔族を否定していないという証です!」
「そ、そうなのか!」
「でも、確かにあの魔族はさっきまで肩に怪我をしていた筈……!」
「それじゃあ本当に!?」
「魔族が聖女神様や人族に徒為す存在というのは嘘だったのか!?」
オーレインの言葉は大嘘である。単にミリエスも玲治が放った回復魔法の効果範囲に居ただけの話だ。
しかし、聖女神を絶対と信じる者達は、彼女の言葉を信じてしまった。
これまで教えられてきたこととは異なる事実に、混乱が広まってゆく。
「き、貴様ら! 何を戯言を──っ!」
「……五月蠅い! 俺達を騙していたくせに!」
「そうだそうだ!」
民衆の矛先はこれまで彼らに魔族が敵だと教えていた者達、その尖兵たる修道兵の方へと向いた。
オーレインの言葉を否定すべく声を張り上げようとした指揮官を遮るように、ポツリポツリと批難の声が上がる。
やがてそれは大きなうねりとなり、彼らに牙を剥いた。
「やっちまえ!」
「ああ!」
「くっ!? 貴様ら、覚えていろ!
後悔することになるぞ!」
足元の石を拾って修道兵達に投げ付け始めた民衆。
ただの石とはいえ、数が集まれば莫迦には出来ない。
流石に人数が違い過ぎて対抗出来ないと悟った指揮官は、慌てて広場から撤退していった。
「オーレイン様、何か大変なことになってしまいましたが、これからどうされるのですか?」
「……どうしましょうね」
結果的に叛乱の煽動をする形になってしまったオーレインは、今更ながらに冷や汗を掻いた。
しかし、後の祭りである。
<登場人物から一言>
アンバール「おい、予定より早いんじゃねぇか?」
ソフィア「あの場合は仕方ないでしょう」




