第06話:黒き仮面
前作ネタバレ注意。
なお、前話の感想で質問を頂いてましたが、黒薔薇邸の番鎧やってるアンリルアーマーは、前作後篇最終話で召喚された二号です。
一号は相変わらずフロアボスやってます。
「なるほど、話は分かった
色々大変だったと思うけど、ここは安全だから安心して大丈夫」
「ええ、ありがとうございます。
ただ、大変な目に遭ったと思っていたのに、貴女の話から比べると大したことじゃない気がしてきたんですが……」
「あはは……アンリ様と比べてしまうとそうなっちゃいますよね」
黒薔薇邸の中に招き入れられソファに座った玲治は、テナが淹れてくれた紅茶を飲みながらテナと黒い仮面の女性──アンリの二人にこれまでの経緯を話した。
気が付いたら黒い空間に居て謎の声から力を与えられたこと、聖堂の地下の祭儀場に召喚されたが法王に攻撃してしまって追われる身になってしまったこと、フォレストウルフに追われて森の中を走って居た筈なのに突然草原に移動したこと、ジャイアント・ホーンボアに追い掛けられている時にテナとあったことなどだ。
また逆にアンリから彼女の身の上を説明された。
アンリは邪神によってこの世界に放り込まれた人間であり、魔王ですら恐怖で土下座させる魔眼にドラゴンですら逃げ出すおぞましいオーラ、あらゆるモノに強大かつ厄介な邪神の加護を与える力という傍迷惑極まりない能力ばかりを付与されたせいで、波乱万丈の人生を送ることになった。
迷宮を探索すればダンジョンマスターになり、平穏に生きる為にそこに隠れ住んで居れば邪神として祀り上げられ、気が付いたら本当に邪神になってしまっていた。
それだけに留まらず、この世界を管理していた光神や闇神と争うこととなり、勝利の褒美としてこの世界に送り込んできた邪神の力によって人間に戻ることなったというのだ。
とんでもない来歴過ぎて通常であればとても信じられない話なのだが、淡々と話すアンリの様子を見た玲治には嘘とは思えなかった。
そして、彼女の歩んできた道を考えれば、確かに玲治に起こったことは大したことないようにも思える。尤も、錯覚なのだが。
「それはそれ、これはこれ」
「そうですよ、レージさん」
「そ、そうですね。ありがとうございます」
確かに、アンリの来歴がぶっ飛び過ぎているだけであり、玲治の身に起こったこともかなり特異な部類だということに変わりはない。
なお、自己紹介する中でアンリの方が年上だと分かったこともあり、玲治は彼女に対しては敬語で話すようにしていた。
「ところで、なんでそんな仮面を着けてるんですか?」
「この仮面がないと魔眼とかで色々不都合がある」
「なるほど」
アンリが着けている仮面は外側からは全く目元が見えなくなる代物であり、これを付けていれば目を合わせることで発動する魔眼の影響は抑えられる。オーラの方は本能の強い獣に対しては効果はあっても人族には影響が少ないという話だった。
「俺が日本人だって分かったのは、貴女も日本人だったからなんですね」
「厳密に言えばちょっと違うけど……大体そう思ってくれて構わない」
「え?」
「こっちの話」
「アンリ様……」
アンリは言葉を濁して問い返してきた玲治を誤魔化した。テナはそんなアンリの様子を見て、複雑そうな顔をしている。
アンリは邪神によってこの世界に放り込まれた者であるが、正確には玲治の同じ世界の出身というわけではなく、邪神によって創り出された存在だ。
しかし、日本人としての知識や人格を持っていることから、日本人とほぼ同じだと考えても不都合は無かった。
「私のことよりも、今は貴方のこと」
「そう、ですね。
単刀直入に聞きますが……俺が元の世界に帰るためにどうすればよいか、その方法を知ってますか?」
真剣な表情で問う玲治に、アンリは少し悩んでから答えた。
「この世界には召喚魔法はあっても、送還魔法なんてものは存在しない。
貴方を召喚した人達も、貴方を帰す方法は持ち合わせていない筈」
「そう……ですか……」
「……もし」
「え?」
「もしも可能性があるとしたら、貴方をこの世界に送り込んだ『邪神』だけ。
アレなら元の世界に帰すことも出来る筈」
その言葉に、玲治はこの世界に放り込まれる前に黒い空間で聞いた「声」を思い出した。
「あの時のあの『声』……あれが『邪神』だって言うんですか?」
「直接聞いていないから確実ではないけれど、可能性は高いと思う。
話を聞く限り、如何にもアレがやりそうなことだし」
アンリのその言葉に、かつて自身も一度だけ邪神と遭遇したテナも頷いた。
「それじゃ、その『邪神』に会う方法はありますか?」
「こちらからは無理。向こうが来ないと会うことは出来ない」
「そんな……」
そもそも、話題に上がっている『邪神』はこの世界の存在ではなく、玲治が居た世界の一柱だ。
こちらから向こうの世界を渡る手段がない以上、向こうからこちらの世界に来ない限りは会うことは出来ない。
「レージさん……」
採り得る手段が塞がれ落ち込む玲治を見て、テナが不安そうな様子を見せた。
「あの、レージさん。
お茶のお代わりは如何でしょうか?」
「え? ああ、貰うよ」
少し強引ではあったが、重くなってしまった空気を変えるためにテナが提案する。
玲治の方もそんなテナの気遣いを悟ってか、力なくではあるものの何とか笑顔を作り、空になったカップをテナへと手渡した。
「私も、お願い」
「あ、はい!」
アンリも便乗し、立ち上がって自身のカップをテナへと渡そうとする。ソーサーに載ったカップが落ちないように両手で包むようにして、だ。
その瞬間、彼女の両手は塞がり、何かが起こっても咄嗟には対応出来ない無防備な状態となった。
一方、玲治の方は両手を指先で組み、足の上に肘を載せて考えごとをしていた。
その両掌は前方の床、正面で立ち上がったアンリの足元辺りを向いている。
そして、次の瞬間──
玲治の掌から突然強い風が吹いた。
風はまっすぐに伸びてアンリの足元付近の床へとぶつかり、そこで反射して上へと向かった。
結果、アンリの纏っているドレスのスカート部分はお腹の辺りまで盛大にまくれ上がり、その中身を晒してしまう。
「………………は?」
突然自身を襲った事態に呆然とするアンリ。
「………………は?」
間近でその光景を見てしまって硬直する玲治。
「……………はい?」
状況が把握出来ずに、カップを受け取ろうとした体勢のまま身動きが取れないテナ。
アンリが邪神に植え付けられた能力の一つとして、「加護付与」というスキルが存在する。
一定時間触れ続けることで、邪神の加護を与える能力だ。
それは非常に強力なものであり、元となったものが通常の装備であっても最強クラスの神具に変えてしまう程の効果がある。
そして加護付与が作用するのは、性能面だけではない。
具体的にはそう、デザインにも影響があるのだ。
大抵の物は禍々しいデザインとなるが、中には別の方向性で危険な代物になってしまうものも存在する。
アンリが現在はいている下着もその一つだ。
淫魔のスキャンティ──黒いレースによって出来ているその下着は、非常に危険なデザインをしていた。
両サイドは細い紐で蝶結びにされ、少し引っ張っただけで落ちてしまいそうな危うさを見せている。
レースの生地は肌が透けて見えてしまいそうなほど薄い。
そして何よりも、本来布で覆われてなければいけない筈の部分には大きな穴が空き、下着の本来の役割を全く果たしていない。
なお、彼女は好き好んでそんな危ない下着をはいているわけではなく、呪いによってはき替えることが出来ないために仕方なくはいている。
「──────ッ!」
数秒の間、完全に無防備にスカートの中を晒してしまったアンリだが、硬直からようやく我に返った。
しかし、両手はカップとソーサーで塞がっていて、スカートを押さえることが出来ない。
早くカップをテナに渡したいのだが、テナの方もあまりのことに固まっており、それを受け取ることが出来ずにいた。
「……テナ」
「あ!? す、すみません!」
痺れを切らせたアンリが少し強く名前を呼ぶと、固まっていたテナも我に返ってアンリからカップを受け取った。
手が空いたことで、アンリはやっとスカートを押さえることが出来た。
尤も、その頃には玲治の手から出ていた風も収まっていたので、あまり意味が無かったが。
「………………」
風が完全に止まった後、アンリは無言で玲治を見据えた。
仮面によって覆い隠されてその目を見ることは叶わなかったが、仮面越しでも強く睨んでいることが気配で伝わってくる。
玲治はその雰囲気に怯んで、慌てて弁解をしようとする。
「あ、いや、今のは……」
玲治がその続きを言う前に、アンリは彼の顔に向けて右手を翳した。
そして次の瞬間、その手から大きな闇の塊が放出され彼の視界を真っ黒に染めると、意識を刈り取った。
<登場人物から一言>
アンリ「見られた……」
 
<作者からのお知らせ>
作品を書いている人であればおそらく同意してもらえると思うのですが、書き出すに当たって「この作品のなかで、こんなシーンを書きたい!」という抱負を抱くことがあります。
今回がその一つ、「アンリさん、アンラッキースケベの被害者に」でした。
ちなみに、ラッキースケベとアンラッキースケベの違いですが、結果を差し引きして被害の方が大きくなるのがアンラッキースケベです。
 




