第57話:窮地
薄紫髪の女性が語る物語は娯楽の乏しい聖都の民達にとっては非常に刺激的で、たちまちのうちに評判となった。
勿論、語っている当人が目を引く容姿をしていることも評判となった理由でもあるだろう。
最初は皆その女性のことを吟遊詩人か語り部だと考えていたが、多くの目が集まればその中に彼女の素性を知っている者も居り、聖女神によって加護を受けた勇者であることは早々に知れ渡ることになった。
時を同じくして、聖都の周辺で運悪く魔物に襲われた者達が特徴的な相手に救われ命を拾うという事件が何度か起こった。
襲われた者達を救ったのはその時々によってそれぞれ人数が違うが二人から三人の男女で、ローブのフードで身を隠している者も居たが、先頭に立っていた少女だけは姿を見ることが出来たという。
問題だったのは唯一その姿を見ることが出来た、その少女の身体的特徴である。
銀色の髪に紅い瞳、人よりも少し尖った耳──魔族の特徴だったのだ。聖都に住む民達は直接魔族の姿を見るのは生まれて初めてだが、姿だけは言い伝えられているため見紛うことは無かった。
魔族が魔物に襲われていた人族を救った──救われた者達の証言によって判明したその事実は、聖弓の勇者の語る物語とも符合し、噂は広まっていく。
これまで人族の不倶戴天の敵と教えられていた魔族の伝えられている話とは異なる実態に、聖都の民達は困惑しつつも噂を受け入れつつあった。
しかしながら、当然それらの動きを苦々しく思う者も居る。
「──以上が聖都で最近広まっている噂です。
既に無視出来ないレベルで話が広まってしまっているようです」
「やれやれ、困ったものじゃな。
どう対処したものか」
聖ソフィア大聖堂の会議室で、緊急で召集された聖光教上層部の面々が報告を聞き、その顔を歪めた。
中でも教義を司る聖典省の枢機卿は自らの顔に泥を塗られたようなものであり、憤りを露わにしている。
「一体、何を悩むことがある!?
兵を派遣して取り締まれば済むことだろう!」
「しかし、相手は勇者なのだろう?
単なる異端者と同じようには処理出来まいて」
「ぐぬ、それは……」
息巻いていた聖典省の枢機卿だったが、修道省の枢機卿が挙げた問題点を否定出来ずに唸った。
此度の一件に関係しているのは現状三人しかいない勇者の一角であり、それが大きな問題だった。
勇者とは、彼ら聖光教が信仰を捧げる聖女神から直接加護を受けた存在であり、言わば代理人のようなものだ。
本来であれば聖光教とは協力関係……と言うよりも、聖光教側が勇者達を旗頭とするために様々な便宜を図って味方に付けているというのが実態だ。オーレインが聖都に屋敷を持っているのも、聖光教から用意されたものである。他にも、資金や各国への繋ぎなど様々な面で支援が行われている。
代わりに、勇者達は時折聖光教からの依頼を受けたり、儀式に参加したりといったことを求められている。
そんな関係であるが故に聖光教にとって下手な手出しは権威の問題からし難い相手だったし、話題に挙がっているオーレインもある程度その辺りを見越した上で今回の策を実行している。
「確かに、相手が勇者殿では強硬的な手段を採るのは拙いのう。
一先ずはやめるように警告を送るかの?」
「そのような手ぬるい方法で大丈夫なのか?」
「しかし、他にどうする?」
「それは……」
法王庁の枢機卿が行った提案に、未だ憤懣やるかたないといった塩梅の聖典省の枢機卿は懐疑的な声を上げる。しかし、彼としても他に対案があるわけではなかったようで、他の方法を求められれば沈黙せざるを得なかった。
その時、彼らの後方に設けられた御座から声が投げ掛けられた。
「構わぬ、兵を派遣して即刻やめさせよ」
「聖下っ!?」
それは当代法王であるアルトリウス四世が放った言葉だ。
この場の最高権力者が想像もしていなかった強硬策を告げたことに、ざわめきが広がる。
「宜しいのですか?」
「如何に勇者とは言え、魔族に迎合した者を認めるわけにはいかぬ。
彼女が反省してやめるならよし。
しかし、もしも考えを改めないようであれば最早旗頭としては不要じゃ。
その場合は、魔族に与した者として厳しく対処せざるを得まい」
オーレインの誤算があるとすれば、聖光教上層部にとっての自分の立ち位置を読み間違えたことだろう。
勿論彼女は自身が拡散している物語が彼らにとって望ましくないものであることを承知していたが、精々顔を顰めるか軽く注意される程度に収まるだろうと考えていた。勇者と言う大切な旗頭をそう簡単に切り捨てることはないだろうというのがその根拠だ。
しかし、実際には聖光教上層部にとって彼女を始めとする三人の勇者達は既に旗頭としての機能を失いつつあるものだった。
三神戦争以降の彼らが魔族への敵対に消極的になっていることは傍から見ても明らかだったためだ。
ヒントはあった。
玲治が何故この世界に召喚されたかを考えれば、オーレインがそこに気付く機会はあったのだ。
彼が召喚されたのは、衰退しつつある聖光教の旗頭とするため……それはつまり、聖光教上層部によって現在存在する勇者達では旗頭としては不適だと判断されたが故の結果だ。
まだ信仰する聖女神によって認められた勇者を排斥することに不安を抱く者も居たが、法王の決定が為された以上は既に議論の余地は無い。
「それでは、そのように対処させて頂きます」
「うむ」
法王の決定により議題は纏まり、会議は終了となった。
なお、法王の勅命により現在の聖光教においては大司教以上の位階に就く者は全て頭頂部の髪を剃る決まりとなっている。
この場に集った上層部の面々は当然ながら大司教以上の位階にあるため、全員が全員頭のてっぺんがツルピカ状態だ。
傍から見ると異様な光景なのだが、それを指摘する命知らずな者は居ない。
◆ ◆ ◆
「ようこそ集まってくれました、皆さん。
本日もどうぞ一刻お付き合いください」
最初に語り部を始めたのと同じ広場で、オーレインは一角に陣取って竪琴を構えた。
しかし、それを聴くために集まった聴衆は最初の時と比べると数倍、下手をすれば十倍以上の人数となっていた。
噂が広まったことにより、興味を覚えて聴きに来る者が増えたのだ。
元々は彼女の補助としてテナが付き、玲治とミリエス、そしてフィーリナの三人は聖都の外で魔族のイメージアップを図っていたのだが、この事態に流石に人手が足りないとして外の人助けは中断し、全員でこの場のサポートに当たっていた。
勿論、オーレインやテナと異なり魔族であるミリエスとお尋ね者である玲治やフィーリナは顔を見せるわけにはいかないため、フード付きのローブで姿を隠した状態だ。
「そこまでだ!」
「……え?」
オーレインが竪琴の弦を弾いて曲を奏で始めようとしたその時、広場の入口から叫ぶ声が上がった。
思わず手を止めてそちらの方を見ると、修道兵達が集団で広場に入ってきているところだった。
彼らの足は明らかにオーレイン達が居る一角を目指しており、彼女達が目的であることは間違いない。
加えて、武器は未だ構えてはいないものの、必要になればいつでも戦闘に入れる気勢が感じられる。
聴衆達も同様に駆け寄ってきた修道兵達に気付き、ざわめいている。
修道兵達はそんな聴衆を回り込むようにして、オーレイン達の横合いに近付いてきた。
その中の一人が前に進み出て、彼女達を睥睨しながら言い放つ。
「魔族に迎合する戯言が吹聴されていると通報があった。
よりにもよってこの聖都で人族の敵対者である魔族との共生を訴えるなど、言語道断。
首謀者は大人しく同行して貰おう!」
聴衆にどよめきが広がる中、ここに来て読み間違えたことに気付いたオーレインは焦りに表情を歪ませた。




