第56話:魔族イメージアップ作戦
「この辺が良さそうですね」
「人も多くて開けてますけど、本当に聞いて貰えるのでしょうか?」
広場を見渡しながら告げるオーレインに、テナは少し不安そうな顔をした。
そんなテナに、オーレインは柔らかく微笑んだ。
「大丈夫ですよ、きっと」
自信ありげに微笑むオーレインを見て、緊張していたテナも肩から力を抜いた。
実際には自信があるように見えるオーレインも内心では緊張で心臓が大きく音を立てているのだが。
「さぁ、それでは始めましょう。
テナさんは補助をお願いします」
「わ、分かりました」
そう言うと、オーレインは手に持っていたケースから竪琴を取り出す。
彼女はそれを抱え持ち、奏で始めた。
屋外にも拘わらず、澄んだ音色が広場に響き渡たる。
その音に、広場に居た人達も何事かと興味を引かれ、オーレインの周囲へと集まってきた。
オーレインは竪琴を奏でたまま、声を張り上げる。
「ようこそ集まってくれました、皆さん。
遠い異国の地での冒険譚をお楽しみください」
◆ ◆ ◆
「魔族のイメージアップ?
確かに根本的な解決だとは思いますけど、そんなこと出来るんですか?」
オーレインの上げた提案に、玲治は首を傾げた。
魔族やその背後にいる邪神の手先と言われた玲治と、それを招き入れて同じく手先と看做されたフィーリナ。
しかし、もしも魔族自体が敵でないとすれば、それらの評価は根本から覆ることになることは玲治にも分かる。
分かるのだが、同時にそんなことが可能なのかという点には疑問を抱かざるを得ない。
「そもそも、この聖都に居る人達は実際には魔族を見たことなどない人ばかりです。
聖光教によって魔族は人族の敵とされていますが、実際に恨みを持っているわけではありません。
定着しているイメージに罅を入れることが出来れば、きっと状況を覆せると思います」
「しかし、そもそも魔族が人族と敵対していること自体は事実なのだが?」
希望的観測を述べるオーレインに、ミリエスが痛烈な指摘を入れた。
確かにミリエスの言う通り、魔族と人族は互いに敵対している。彼女達が現在居るルクシリア法国は人族領の中でも東にあるため、魔族領からは遠く離れていることから直接的に魔族と交戦することはない。しかし、フォルテラ王国のような最前線の国においては、実際に幾度となく戦争や小競り合いが起こっているのだ。
人族の間では失伝しているものの、人族の間引きのために生み出されたとされる魔族の成り立ちから考えれば必然の結果とも言ってよいだろう。
そのことを指摘され一瞬言葉に詰まるオーレインだったが、すぐに持ち直して指摘をしてきたミリエスに逆に問い掛けた。
「しかし、神聖アンリ教国が建国されてからは対立は収まっているのでしょう?」
「ああ、それはその通りだ。
陛下のご友人であるアンリ様の国と敵対する理由は無いし、間に教国があるため他の国との接点も無くなった」
「つまり、状況や環境次第で共存の道もあるということですよね」
ミリエスの答えを聞いて、オーレインは我が意を得たりとばかりに頷いた。
実際に神聖アンリ教国とは友好な関係を築けている以上、人族と魔族が相容れない存在であるわけではないと見ることは出来る。
その言葉に、ミリエスだけでなく玲治やテナも頷いた。聖光教の教えを受けて育ったフィーリナだけは未だ困惑した表情を見せているが。
「なるほど、そういう考え方もあるか。
確かに、人族の対立存在として生み出された魔族だが、別に人族を襲うように本能を植え付けられているわけではない。
領土を持って暮らして居れば、拡大する人族領と自然のうちに敵対することにはなったがな。
とはいえ、これまでの確執を考えれば教国以外との共存は難しいと思うぞ?」
「それはそうかも知れません。
でも、少なくとも今の私達の目的を考えれば、実際に共存まで辿り着かなくても良い筈です」
「あ、なるほど」
オーレインの言葉に、テナがポンと手を打った。
この場に集った者達の目的は魔族や邪神の手先とされたフィーリナと玲治の疑いを晴らすことだ。そのための根本的な打開策として、魔族自体の印象を改善することをオーレインが提案した。
それを考えれば、別に人族と魔族が共存することを目指しているわけではないため、あくまで聖都の人族達が持つ魔族に対する認識を改められれば十分だ。
「でも、具体的にどんな方法でイメージアップを図るのですか? オーレイン様」
「そうですね。重要なのは一般信徒達の意識を変えることです。聖光教の上層部は流石に頑なだと思いますし。
それを考えれば……そうですね、吟遊詩人の真似事なんていうのはどうでしょう?」
「吟遊詩人!?」
◆ ◆ ◆
(どうやら、順調なようですね)
広場に集まった者達の前で竪琴を奏でながら物語を披露するオーレイン。
美しい容姿と綺麗な音楽も手伝って、その場の誰もが彼女の語る話に聞き入った。
本職ではないため緊張は尽きないが、語る物語については入念な準備をしているため、大丈夫だと自分に言い聞かせて何とか外面を保つ。
聖弓の勇者が語るのは、かつて世界最難関の迷宮に挑んだ六人の戦士のお話。
勇者三名と魔族三名という異色のパーティが、確執しながらも次第に心を通わせ、共に困難を乗り越えてゆく冒険譚だ。
実際にその場に居た当事者であるオーレインだからこそ、現実味のあるお話となっていた。
人族と魔族が決して相容れない存在ではないことを伝えるために、彼女は語り続ける。
テナの提案で前に置かれた楽器ケースには、結構な枚数の硬貨が投げ入れられていた。
それは勿論、吟遊詩人に見せ掛けるための工夫……なのだが。
(テナさん、もしかしてアンリさんに毒されてきてませんか?)
ついでだからお金を集めようという発想が、彼女の主人由来に思えて仕方ない。
脳裏をよぎる不安を押し隠し、オーレインは語り部として人の心に訴え掛ける。
◆ ◆ ◆
「しかし、それだけでこの聖都中の聖光教信者達の認識を変えられるとは思えんが」
「はい。なので他にも手を打ちたいと思います」
「他の手?」
首を傾げるテナに頷くと、オーレインはミリエスの方に視線を向けながら続けた。
「はい、こちらについてはミリエスさんの協力が必要になるのですが……」
意味ありげな視線を受け、ミリエスは何故か背筋に冷や汗が流れるのを感じる。
(な、何か嫌な予感が……)
◆ ◆ ◆
「だ、誰か……誰か助けてっ!」
聖都の外、街道の一角で巡礼者と思しき数人の少女が魔物に襲われていた。
ルクシリア法国は聖光教の総本山であり他国から巡礼者を受け入れる性質上、修道兵によって頻繁に魔物退治を行っており、国内に棲息する魔物の数は他国に比べて圧倒的に少ない。勿論、その国土がそれほど広くないことも理由である。
しかし、如何に魔物が少ないとはいえ全く居ないわけではない。
彼女達は運悪く、その数少ない魔物に遭遇してしまったようだ。
棲息数が少ないことから護衛などは一般的ではなく、実際に襲われてしまうと途端に窮地に陥ることになる。
戦う術を持たない少女達は複数の魔物に囲まれ、その命も風前の灯……かと思われた。
「大丈夫か!?」
「え?」
今にも襲われそうだった一人の少女の前に、ローブを纏った小柄な人物が踊り出てきた。
そしてそのまま手から炎を放ち、彼女を襲おうとしていた魔物を火だるまにする。
フードを目深に被っており、その顔を見ることは出来ない。
声から判断すると女性、それもまだかなり若い少女のようだが……。
「あ、貴方は?」
「なに、通りすがりの一冒険者だ。
こいつらを片付けるから、下がっていろ」
「は、はい! 分かりました!」
ローブの人物の指示に大人しく従った方がよいと判断した少女達は、言われるままに後ろへと下がった。
少女達のその動きが切っ掛けとなったのか、複数の魔物が同時にローブの人物へと襲い掛かる。
しかし、その人物は危なげない動きで次々と炎を放ち、魔物達を退治していった。
そんな中、最後に一頭残った魔物が、ローブの人物の後ろから飛び掛かった。
「あ、危ない! 後ろ!」
「ッ!? チッ!」
後ろで見ていた少女の叫びに咄嗟に横に飛び退いてかわすローブの人物だが、その拍子に頭に被っていたフードが外れて顔が露わになる。
そこには、まだ幼い少女の顔立ちがあった。
しかし、少女達が注目したのはそこではなかった。
ローブを羽織ったその少女は銀色の髪に紅い瞳、そして長い耳という特徴的な姿をしていたのだ。
彼女達は、その特徴を持つ種族のことを知っていた。
「ま、魔族!?」
「ふぅ、どうやら気付かれてしまったか。
ここは退散させて貰おう」
先程後方から襲った魔物を退治した後、魔族の少女は再びフードを被って顔を隠し、その場から走り去った。
「あ!? ま、待ってください!」
後に残された少女達が慌てて引き留めようとするも、既にその時には彼女の姿は見えなくなっていた。
◆ ◆ ◆
少女達が魔物に襲われていた場所から少し離れた藪の中、ローブを羽織った魔族の少女は走るのをやめて立ち止まった。
「お疲れ様」
「お疲れ様です」
少女に、横から声が掛けられる。
声を掛けてきたのは黒髪の青年と水色髪の少女、玲治とフィーリナだ。
フィーリナが手渡してくれた水筒を軽く呷ると、フードを外したミリエスは愚痴を零した。
「この茶番、まだ続けなければならんのか……?」
よく見ると、ミリエスの顔は耳まで真っ赤に染まっている。
少女達を魔物から助ける正義の味方のような振る舞いと、気障な台詞が恥ずかしくて仕方ないためだ。
「少なくとも、効果が出るか。
あるいは効果がないことが分かるまでは続けるんだろう?」
「そうですね。
命の恩人を悪く言う人は少ないと思いますし、効果はあると思いますよ」
「災難だ……」
二人の返答を聞き、思わず頭を抱えるミリエスだった。
さすらいの魔法少女、爆炎ロリータミリエスちゃん
<登場人物から一言>
テナ「それにしても、オーレインさん。竪琴が弾けたんですね。凄く上手です!」
オーレイン「いえ、嗜む程度ですよ(い、言えない……魔力が籠められた楽器で自動的に曲が演奏されるなんて)」




