第55話:説明と作戦会議
「オーレインさん、この街に着いてたんですね」
座り込んだ状態から立ち上がり、玲治はオーレインへと話し掛けた。
「ええ。と言っても、聖都に着いたのは今朝方です。
なるべく急いだのですが……遅くなってすみません」
「い、いえ。そもそも俺のせいで分断されてしまったので、謝るのは此方の方です」
ぺこりと頭を下げるオーレインの姿を見て慌てて止めようとする玲治だが、彼女はその言葉に首を横に振った。
「結果論ですが、あの時転移が発動して良かったのだと思います。
そうでなければ、間に合ったかどうかは怪しいところでしたし」
「あ……そう、ですね」
玲治は彼女の指摘に、横で座り込んでいる水色髪の聖女の方を見る。
確かにオーレイン達がこの聖都に着いたのが今日の朝だったとすると、彼女の処刑を止められたかは怪しいところだ。
結果的に、玲治とミリエスが転移で飛ばされたからこそ間に合ったとも言える。
その当人はまだ状況を把握出来ていないのか、地面にぺたんと腰を落としたまま呆然としていた。
「オーレイン、様……?」
「様付けはやめてほしいっていつも言ってるのに。
まぁ、今はそれで良いです。
フィーリナ、立てそうですか?」
「あ、ありがとうございます」
オーレインがフィーリナに手を差し出し、彼女が立ち上がるのを助ける。
その横では、玲治が差し伸べた手を無視して自力で立ち上がったミリエスが居た。
「さて、ここだと見付かってしまうかも知れませんし、続きは中で話しましょう」
「中って……」
その言葉に、玲治は改めて自分達が居る場所を確認する。
今彼らが居るのは、そこそこ大きな家の玄関先だ。
オーレインが中と言ったのは、おそらく目の前の家の中ということだろう。
「ええと、入って大丈夫なんですか?」
「はい、ここは私の持ち家ですから」
「え?」
「これでも一応、聖女神様から加護を授かった勇者ですから。
聖光教から聖都に家を貰っているんです。
テナさんも中で待ってますよ」
そう言うと、彼女は家の扉を開けて三人を招き入れた。
家の中に入ると、彼らに気付いた金髪の少女が駆けて来て、玲治へと抱き着いた。
「レージさん! ミリエスさんも!
無事で良かったです!」
「わ、ちょ、テナ!?」
「え? あ……ご、ごめんなさい! つい」
抱き着かれて顔を赤くしながら驚きの声を上げる玲治に、ハッと我に返ったテナも同じように顔を赤くしながら彼から離れた。
玲治は柔らかい感触が離れていくことに、少し勿体無いことをしたという思いが湧き上がる。
しかし、そんな彼の邪念に敏感に反応したものがいた。
「カァー!」
「痛ぇ!?」
「レージさん!?」
アンリ鴉の嘴が脳天に突き刺さり、玲治は激痛に絶叫する。
それを見たテナは慌てて彼に駆け寄って、また同じことを繰り返す。
「えーと、これはどういう……?」
「あはは……いつものことなので、流してください。
まったく、この人達は。
レージさん、フィーリナが混乱しているので、早く事情説明をしましょう」
目の前で繰り広げられる寸劇に戸惑うフィーリナに、オーレインが僅かに嫉妬の色を滲ませながらも乾いた笑い声を上げて流す。
玲治に声を掛けたのは、傍から見るといちゃついているようにしか見えない彼らのやり取りに割り込みたい気持ちもあった。
「そうですね。
でも、その前に……」
オーレインの呼び掛けに玲治は彼女の方を向くと、フィーリナの前まで歩み寄る。
そして、そのまま床に手と膝と、そして頭を突いた。
「すみませんでした!」
「え?」
「俺のせいであんなことになって、本当にすみません」
「あ……」
土下座しながら謝る玲治に、フィーリナは困惑する。
「レージさん……」
「レージさんのせいじゃないです」
「………………」
フィーリナに謝る玲治を見て、辛そうな表情をするテナに、彼のせいではないと慰めるオーレイン、無言で見守るミリエス。
フィーリナは戸惑いながらも目の前で頭を下げたままの玲治へと話し掛けた。
「あの……頭を上げてください。
いきなり謝られても、私には何がどうなっているのか……」
「そうですね。
取り敢えず、座ってこれまでの経緯を話しましょう。
……の前に、フィーリナは水浴びをして着替えた方が良さそうですね」
「あ……」
オーレインの言う通り、ずっと牢に閉じ込められていた彼女は全身が汚れて服も酷い状態だ。
そのことに気付いたフィーリナは羞恥に顔を赤く染める。
「フィーリナはこちらに来てください。
他の人達は居間で待ってて貰えますか?」
そう言うと、彼女はフィーリナを連れて家の奥の方へと入っていった。
◆ ◆ ◆
水浴びをして垢を落としたフィーリナは見違えるように綺麗になった。
くすんでいた水色の髪も透き通るような美しさを取り戻している。
オーレインから借りたワンピースは一部分のサイズが合っておらず窮屈そうだが、概ね似合っていた。
居間でテナが淹れたお茶を飲みながら、これまでの経緯を彼女へと説明する。
玲治がこの世界に召喚されたくだりを聞き、見る見るうちにフィーリナの顔色が青褪めていった。
「申し訳ありませんでした!」
「え、あ……頭を上げてください」
先程とは逆に頭を下げて謝られ困惑する玲治。
フィーリナは聖光教上層部に命じられて勇者召喚の儀を行ったが、それで召喚されるのはあくまで当人が望む者に限られると思い込んでいた。
実際、相手の世界の管理者が真っ当であればそういった人選をするため、過去に召喚された者はそれを受け入れる者がほぼ全てだったのだから、彼女がそう思い込むのも無理はない。
しかし、玲治の話を聞いて彼が望まぬままこの世界に招かれたことを知ってしまったフィーリナは、罪悪感に押し潰されそうだった。
本人の同意があれば良いものの、もしそれが無ければ召喚というのは拉致に等しいためだ。
玲治はそんな彼女を慌てて慰めた。
「た、確かにいきなりこの世界に放り込まれて困りましたけど、フィーリナさんは知らなかったのでしょう?」
「それはそうですけど……でも」
「だったら、おあいこということにさせてください。
それに、一つ目の試練は終わったのであと二つクリアすれば帰れる筈なんです」
「試練……ですか?」
「はい。そして、二つ目の試練にはフィーリナさんの協力が必要なんです」
「どういうことでしょう?」
首を傾げるフィーリナに、玲治は三柱からの試練をクリアすれば元の世界に戻れると言われたこと、そして一つ目の試練のために魔族領に行ったことを話した。
その説明を聞き、彼女はこの場で一人だけ未だにローブで姿を隠したままの人物へと目を向ける。
「い、今のお話からすると……」
「ああ、ミリエス」
「やれやれ、どうなっても知らんぞ」
玲治の促しに、ミリエスはローブのフードを外して顔を見せた。
その途端、フィーリナはバッと椅子を倒して立ち上がり身構える。
「魔族!?」
「落ち着いてください、フィーリナ」
「どうして、そんなに落ち着かれてるのですか! オーレイン様!」
人族の天敵である筈の魔族の姿に焦燥感を露わにするフィーリナ。
対するオーレインは落ち着き払ったままお茶を啜っている。
「私は以前のダンジョン攻略の件で先代の魔王と共闘しました。
そして、今はもう魔族を敵だとは思ってません」
「そ、それは……」
「あの、一つ良いですか?」
「何ですか? テナさん」
オーレインの説明に困惑するフィーリナだが、そこに横からテナが声を掛けた。
「以前アンリ様達が争ってた時に世界中の人に啓示が下されたと思います。
その中で、闇神さんが存在することや『邪神』が聖光教の教義とは異なる存在であることも説明があった筈なんですけど、今の聖光教の人達は『邪神』や魔族のことをどう考えているのですか?」
「それは……確かに、法王聖下は『邪神』に対する教義の誤りをお認めになりました。
これまで『邪神』が魔族の神だとされていたのが、そうではなく闇神という別の神だったこと。そして、『邪神』と闇神はどちらも聖女神様と敵対関係にあることなどです。
『邪神』と闇神は対等な同盟関係にあるとする説や『邪神』が闇神の上位にあるという説が対立しており、まだ結論は出てません。後者が主流派ですが」
「なんだと!?」
フィーリナの説明に、ミリエスが怒りの声を上げる。
彼女からしてみれば、信仰する闇神が邪神の配下という聖光教の思い込みは許せるものではないのだろう。
「取り敢えず、落ち着いてください。
要するに、聖光教では未だに邪神と魔族は敵という認識ということですね」
「は、はい」
幼い顔に怒りを浮かべたミリエスに少し怯えながらも、フィーリナはオーレインの話に頷いた。
「それで、俺が邪神やら魔族の手先ってことにされたのか」
「そういうことですね。
そして、それを覆すのが聖女神様からの試練です」
「聖女神様からの? あの、どういうことでしょう?」
「ああ、まだそこを説明してませんでしたね」
オーレインはフィーリナに、二つ目の試練として光神より彼女の救出を依頼されたことを説明する。
それも、ただ命を救うだけではなく貶められたその状況自体を改善するという難題だ。
「聖女神様が……私をお見捨てになったわけではなかったのですね」
フィーリナは説明を聞いて、涙を流しながら光神ソフィアへの祈りを捧げた。
◆ ◆ ◆
「それでは、作戦会議を始めましょう。
目的は、フィーリナが受けた汚名を晴らすことです」
フィーリナの祈りが一段落したところで、これからの方針について相談することとなった。
フィーリナは魔族であるミリエスにはまだ怯えを見せていたが、それでも彼女に命を救われたことを思い出して、態度を謝罪している。
「信徒の方に呼び掛けるのではダメでしょうか」
「無理だろうな。あの処刑の時の様子では、生半可なことでは認識を覆せまい」
「そ、そうですよね……」
希望的観測によっていたフィーリナの案はミリエスによって即座に却下される。
「玲治さんが真の勇者であることを示せば、フィーリナさんの評価も回復するんじゃないですか?
例えば、運任せの剣で神々しい光の剣を出したりとか」
「ごめん、それもうやった」
「あぅ……」
テナが笑顔で提案するも、既に実行して失敗している案のため没となる。
「要するに、魔族の手先だということを否定出来れば良いのだろう?
私が敵役になって一芝居打つか?」
「駄目だ、そんなの」
「何故だ?」
「芝居でもミリエスにそんなことさせられない」
「む……」
ミリエスが現実的な案を出すも、玲治が頑としてそれを拒否した。
「まぁ、レージさんの気持ちも分かりますし、私もちょっと嫌です。
それに、感情的な面を除くとしても、バレてしまった場合のリスクが高いのでやめておいた方が良いでしょう」
「それは確かにそうだな」
確かに、ミリエスに敵役になって貰って魔族と敵対している様子を見せれば、魔族の手先でないことは示せる。同時に、聖光教が魔族の同盟相手だと思っている邪神の手先でないことも。
しかし、それが茶番であることが発覚してしまった場合、取り返しの付かないことになるだろう。
「もっと根本的な部分から考えた方が良いのかも知れませんね」
「根本的な部分、ですか」
中々良い案が出ない状況に、オーレインが考えの矛先を変えることを提案し始めた。
「これまでは俺やフィーリナさんが魔族や邪神の手先じゃないことを示す方法を考えてたけど、
根本的と言うと……」
「魔族や邪神が敵でないことを示す、とかですか?」
「それです!」
オーレインの叫びに、その場に集った者達の視線が集中する。
「魔族のイメージアップ作戦を展開しましょう!」
彼女の視線の先に居たミリエスの頬を冷や汗が流れた。
<登場人物から一言>
光神「ざ、罪悪感が……」




