第54話:再会
「おい、咄嗟に飛び出したのは良いが、これからどうするのだ?」
「ええと、集まった人達を説得して彼女が無実であることを納得してもらうとか?」
火刑台に飛び込んで光を放つ剣で執行人の持つ松明を切り落とした玲治に、ミリエスがローブで全身を覆い隠した状態で追い掛けてきて問い掛けた。
玲治は若干の焦燥感を表情に浮かべながらも、努めて軽口を叩く。
「この状況で出来ると思うか?」
「やるだけやってみるしかないな」
「出来なかったら?」
「彼女を掻っ攫って逃げる」
彼の行き当たりばったりな案に、ミリエスは深い溜息を吐く。
「まぁ、他に手立ても無いし構わんが……私は説得など出来そうにないぞ。
お前が責任持ってやるのだろうな?」
「分かってる。逃げる算段になったら手を貸してくれ」
「ああ。取り敢えず彼女を解放しているぞ」
ミリエスはそう言うと、柱に縛られている少女──フィーリナの方へと歩み寄った。
指先に小さな、それでいて強い炎を生み出して彼女を縛っている縄を焼き切る。
「あ、貴方は……?」
「あの男の連れだ。私は陛下の命で協力しているだけだがな。
説得が上手くいけば良いが、ダメなら多少強引に突破することになる。
その時は大人しく黙って着いてこい」
拘束を解かれながら呆然と問い掛けるフィーリナに一方的に宣告しながら、ミリエスは後方で民衆に呼び掛けている玲治の方へと視線をやった。
玲治はフィーリナのことをミリエスに任せ、手に持った運任せの剣を高く掲げながら広場に響き渡る大きな声で叫んだ。
「皆さん、聞いてください!
俺は今処刑されそうになっていた彼女、聖女フィーリナによってこの世界に召喚された勇者です!」
自分で自分のことを勇者と称するのは非常に恥ずかしい。
玲治は赤面しそうになるのを何とか堪えながら、真剣な表情で眼前に集まった者達を見渡す。
その甲斐あってか、勇者という単語に集まっていた民衆がどよめいた。
しかし、中には彼の言葉に疑いを抱く者も居た。
「で、でも……聖女は邪神の手先だったって」
「そ、そうだ。邪神の手先に召喚されたあいつも邪神の手先じゃないのか!?」
この処刑に先だって流された噂から、玲治の言葉を疑う声が上がる。
その声が耳に入った玲治は、手に持っていた運任せの剣を前に突き出した。
「不幸な行き違いによって誤解されてしまいましたが、俺は邪神の手先ではありません!
この神々しい剣の輝きを見れば、それが嘘ではないことはお分かりでしょう!」
「た、確かにあんな凄い剣は見たことがないぞ!」
「本当に勇者様なのか!?」
勿論、百パーセントハッタリである。
運任せの剣で偶々引き当てた光の剣は派手ではあるし強力だが、別に聖なる力を宿しているわけでもなんでもない。
単なる破壊兵器の類だ。
しかし、その派手さから演出としての効果が高いのも事実。
その剣を掲げて見せる玲治の姿に、民衆も彼の言葉が本当なのではないかと思い始めた。
このまま押し切れるかと希望を持ち始めた玲治だが、そう甘くはなかった。
「居たぞ! あの男だ!」
「聖下に攻撃した大罪人だ!」
「捕えよ!」
処刑を執り行っていた聖光教の幹部が修道兵達の援軍を連れて来たのだ。
こうなっては、最早説得は出来そうにない。
しかし、玲治は最後の望みとばかりに一際大きく声を張り上げた。
「お願いです!! 話を聞いてください!!」
喉が枯れることを承知の上で放たれた玲治の声は広場に響き渡り、静寂が訪れた。
懸命に上げた声が届いたのだ。
そして次の瞬間、玲治の手から紫電が放たれた。
「………………あ?」
間抜けな声とは裏腹に、その鋭い稲妻は真っ直ぐに広場に入ってきた修道兵達を直撃した。
「ぎゃあああああぁぁぁぁッ!?」
「うわあああああぁぁぁぁッ!?」
「おのれええええぇぇぇぇッ!?」
玲治の呼び掛けに話を聞くムードになっていた修道兵達は、不意打ちを喰らって呆気なく吹き飛ばされてゆく。
その光景に、呆気にとられていた民衆達が我に返って怒号を上げた。
「あいつ、攻撃しやがったぞ!」
「やっぱり邪神の手先だったのか!」
「話を聞けとか言いながら攻撃しやがった!
油断させるためだったんだな!」
一気に殺気立つ民衆達に玲治は青褪める。
その後ろから、ミリエスが慌てたように声を掛けた。
「お、おい!? 何やってる!」
「いや、俺が撃ったわけじゃ……」
「ええい、もうこの場で収拾付けるのは無理だ! 一旦逃げるぞ!」
「わ、分かった!」
そう言うと、ミリエスはフレイム・マリオネットを出現させる。
と言っても、これは誰かに攻撃を仕掛けることを目的としたわけではない。
あから様に炎で出来た危険な存在を先頭に立てることにより、道を開けさせることが目的だ。
その意図の通り、人々は悲鳴を上げながらマリオネットの周囲から離れようとする。
それを見た玲治は、運任せの剣を持ったまま縄を解かれて自由の身になったフィーリナを抱え上げた。
「ごめん!」
「え? きゃあああぁぁぁぁッ!?」
修道女として生きて来て異性に免疫のないフィーリナは、突然抱え上げられて悲鳴を上げる。
しかし、余裕の無い玲治はそれに構うことなく、ミリエスの後を追って走り始めた。
◆ ◆ ◆
「居たぞ! あそこだ!」
「チッ、見付かるのが早い!」
フィーリナを抱えてルクシリアの街並みを逃走する玲治とミリエスだが、すぐに追手が掛かる。
何せここは聖光教の総本山であるルクシリア法国の聖都ルクシリア、修道兵達の数も段違いだ。
しかし、簡単に見付かるのは相手の数が多いだけが理由ではない。
「おい! その剣をさっさとしまえ!
目立って仕方ない!」
ミリエスが玲治に苛立った声を投げ掛ける。
修道兵達が三人をあっさり発見するのは、玲治が手に持ったままの運任せの剣が原因だ。
光り輝いていて目立つことこの上ない。
遠くからでも彼らが何処に居るのかはハッキリと分かる状態なのだから、見付かるのも当然だった。
「一度振って何かに当てなきゃしまえないんだよ!」
「適当にその辺の壁にでも当てればいいだろう!」
「わ、分かったよ」
ミリエスの促しに玲治は一度立ち止まると、剣を横の壁に軽く当てた。
蒸発した。
「………………は?」
何が起こったか分からず唖然とする三人だが、暫くして漸く状況を把握した。
剣を壁に当てた瞬間、剣先から強烈な光が放たれて一瞬にして壁を消し飛ばしたのだ。
しかも、その効果はそれに留まらず、真っ直ぐ伸びてその方角にあった建物を掠めて飛んでいった。
このルクシリアで最も高い建物……聖ソフィア大聖堂に。
「だ、大聖堂が!?」
「おのれ、奴らの仕業か!」
「こんな破壊工作まで!」
どうやら、全壊するほどではないものの被害が出てしまったらしく、遠くからそんな罵声が聞こえてきた。
「あわわわわわわわ」
「言われた通りにしたらあんなことになったぞ!?」
「私が悪いのか!? お前の武器のせいだろう!」
このルクシリアで最も権威ある聖堂への暴挙に卒倒しそうになっているフィーリナの横で、責任をなすり付け合う二人。
しかし、再び修道兵達が近付いてくる気配を感じて彼女を抱えて走り出した。
勿論、発見された理由は先程の光のせいだろう。
「しかし、何処まで逃げれば良いのだ!?」
「この街の中で匿ってもらえそうな場所はない。
何とか街の外まで出られれば……」
「それは難しいぞ」
「……分かっている」
聖光教の総本山であるこの街で、彼らを匿ってくれるような者はまず居ない。
それゆえに何とか街から逃げ出す方法を考える玲治とミリエスだったが、そこに予想外の声が掛かった。
「こっちです、早く!」
立ち並ぶ家のうちの一軒から走る彼らに声が掛けられたのだ。
見ると、門が開けられ彼らを招き入れるように手が振られている。
「どうする!?」
「行ってみよう!」
どのみちこの状況では街の外まで辿り着くのは難しい。そう考えた玲治はその誘いに敢えて乗ることにした。
三人が門の中に飛び込むのと同時に、門が閉められる。
その直後、修道兵達の集団が前の通りを走っていく音が聞こえた。
「はぁ……はぁ……」
「取り敢えず、撒けたか」
「ああ、聖女神様。どうか御心をお鎮めください」
座り込んで何とか息を整える二人。そして、大聖堂の被害を案じて祈る聖女。意外と図太かった。
そんな彼らに、門の中へと招き入れた人物が話し掛けてきた。
「危なかったですね、お二人とも。
それと……フィーリナ、無事で何よりです」
「オーレインさん!?」
玲治のせいで分断されてしまっていた薄紫髪の少女の姿がそこにはあった。
<登場人物から一言>
法王「せ、聖堂が……」