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召喚アトランダム  作者: 北瀬野ゆなき
【第三章】聖国叛乱編
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第53話:火刑台の聖女

「まずいな、既に街中に彼女を貶める噂が広まっている」

「ああ。しかも、聖光教側は一向にそれを止めようとしていない。

 やっぱり、意図的に広めたがっているという推測は正しかったみたいだ」


 宿を取り、聖女フィーリナに関する情報収集を続ける玲治とミリエスだったが、彼女にとって状況が刻一刻と悪い方に転がっていくのがよく分かった。

 それは当然、彼女を救わなければならない者にも悩ましい状況であり、二人は集めた情報を元に宿の一室で頭を抱えながら相談を交わしていた。


「ここまで急ぐ以上、もうあまり時間は残ってなさそうだな。

 近い内に処刑を実行するつもりと見た方がいい」

「出来ればテナやオーレインさん達と合流するまでもってほしかったんだけど……そうも言っていられないか」


 フォルテラ王国内で分断されてしまった二人の少女が真っ直ぐルクシリア法国に向かっていれば、もうじき到着する頃の筈だ。

 しかし、数日中にもフィーリナの処刑が執り行われそうな現状では、合流を待つような悠長なことはしていられない。


「私達だけで何とかするとしても、採り得る手段が限られるな」

「勇者であるオーレインさんが居れば色々と手立てがあったんだろうけどな。

 俺達だけだと、少し強引に何とかするしかなさそうだ」

「しかし、それでは光神の要望を満たせないのではないか?」

「それは……」


 ミリエスの指摘に、玲治は少し考え込んだ。

 光神ソフィアからの要望は、フィーリナの命を救うだけではなく彼女がその後もまともに暮らしていけるようにすることだった。

 力技で強引に命を救ったところで、それは果たせそうにない。


「それはそうだけど、彼女が殺されてしまったら元も子もないだろう。

 名誉回復は後で考えるとして、まずは命を救うことを優先すべきじゃないか?」

「……そうだな。

 確かに手をこまねいている余裕はない、か」


 二人の懸念はやがて現実のものとなった。




 ◆  ◆  ◆




 ルクシリア法国の聖都ルクシリアの中心部、聖ソフィア大聖堂の一室でその裁きが行われていた。

 それは裁きの間と呼ばれる、法国で罪を犯した者に対して神の裁きが下される部屋だ。

 勿論、実際に裁きを下すのは光神ではなく聖光教の司教などであり、他国の裁判とそれほど変わらない。

 大きく違う点があるとすれば、それは他国の裁判が法によって執り行われるのに対し、ルクシリアの裁きは聖光教の教義を最上位としている点である。


 それはつまり、聖光教上層部の意思が多分に絡んだ裁きということでもある。

 実際、現在行われている「聖女」フィーリナの裁きも、大いに恣意的なものとなっていた。


「元修道女フィーリナよ。

 そなたは邪神に帰依し、勇者召喚の儀に乗じて魔族の手先を招き入れ、法王聖下のお命を狙った。

 相違ないな?」

「そんな!? 違います!

 私は誓って聖女神様の教えに背くような真似は……っ!」


 頭頂部を頭巾で隠した裁定役の枢機卿が端から断定的な言葉をフィーリナへと叩き付けた。

 粗末なワンピースを着せられて後ろ手に縛られた彼女は、その言葉に元々青褪めていた顔を更に蒼く染めた。

 長きに渡る獄中生活に美しかった水色の髪も汚れ、くすんだ色になっている。


 裁きの間に連れて来られた時点で断罪が為されることを理解していた彼女も、実際にその段になってみるとショックの度合いが大きかったのだろう。

 拘束されて不自由な体勢ながら身を乗り出すようにして、何とか自らの無実を訴えようとするフィーリナ。

 しかし、枢機卿はそんな彼女に取り合うことなく、逆に窘めた。


「静粛にせよ、神聖なる裁きの最中だ」

「……も、申し訳ございません」

「そなたが為した悪行については、法王聖下ご自身を始めとする多くの証言者が居る。

 その事実は覆すことは不可能であり、最早如何なる弁護も意味を為さない」

「──────ッ!」


 発言を許可されていないフィーリナは厳しい断罪の言葉に俯き、後ろ手に縛られた両手をギュッと強く握った。

 絶望的な状況に目尻から涙が溢れ、口元に流れて塩気を感じた。


「よって、いと高き聖女神様の御名の下に裁きを下す。

 元修道女フィーリナ、そなたを火刑に処す」

「お、お待ちください!

 どうか、どうか弁解の余地を!」

「連れてゆけ」


 一方的に告げられた裁決に一度は黙るように命じられて口を閉ざしていた彼女も耐えられなくなったのか、枢機卿に向かって縋り付くように懇願しようとする。

 しかし、その前に彼女をこの部屋まで連行した二人の修道兵に、それぞれ両側から腕を掴まれて制止された。


「あぐっ!? い、痛いです! 放してください……っ!」


 乱暴に掴まれて捻り上げられた両腕に走った激痛に、フィーリナは悲痛な声を上げる。

 しかし、彼らはそんな少女の懇願を意に介さず、引き摺るようにして部屋の外へと連れ出した。




 ◆  ◆  ◆




(どうしてこうなってしまったのでしょう……)


 広場の中央に立てられた柱に縛られながら、フィーリナは自問を続けていた。


 フィーリナはルクシリア法国の孤児院出身だ。

 孤児院とは聖光教の教義に従った弱者救済の施策の一つであると共に、将来の信徒を育てるための場でもある。

 幼い子供のうちから聖光教の教義を教え込まれ忠実に守るように仕込まれた純粋培養の信徒は、上層部にとって最も使い勝手の良い駒となる。

 フィーリナもそんな者の一人として育ち、その優秀さから頭角を現した。

 聖光教の教えに従って信徒を始めとする民達を献身的に助け、聖女とまで言われるようになった。


 それが、あの勇者召喚の儀から何もかもが狂ってしまい、彼女にとっては悪夢としか思えない日々が始まった。

 彼女が勇者召喚の儀を取り仕切る四人の少女達の代表として選ばれたのは、実力、容姿、声明の全てにおいて彼女以上の適任者が居なかったためだ。

 残りの三人もそれぞれに優れた者達だったが、フィーリナはその中でも別格だった。

 首尾良く勇者を召喚した暁には正式に「聖女」の称号を拝命し、彼を聖光教の意を正しく体現するように導く任を内々に言い渡されていた。

 民衆から単に呼称されているだけのものと違い、本物の称号だ。

 勇者と共に歩む聖女──それは英雄譚の一翼を担うと言うことであり、およそ修道女としては最高の名誉であると言えるだろう。


(本当に、どうしてこんなことに……)


 しかし、召喚された青年の行動によって全てはご破算となった。

 整った顔立ちの誠実そうに見えたその青年は、あろうことか法王へと向けて炎を放ち、捕えられそうになるとその場から逃走した。

 居合わせたフィーリナには青年自身に攻撃の意思は無く、彼も自身の放った炎に驚いていたように見えたが、そんなことは何の救いにもならなかった。

 召喚の儀を取り仕切っていたフィーリナは邪神に帰依した魔族の手先と疑われて捕えられ、長く獄中に押し込められた。


 何かの間違いだ、きっと疑いは晴れる。聖女神様はあまねく全てをご覧になっているのだから、きっと救ってくださる。

 そう信じて耐え続けた彼女に突き付けられたのは、無情な死刑裁決だった。

 それも、信徒に対しては執行されることのない、火刑という残酷の処刑方法を以って。


 縛られたまま広場に連れ出された彼女を待っていたのは、信徒達の罵声だった。

 これまで幾度となく彼らのために働いてきた。心の何処かで、死刑に処される自分を庇い助命嘆願をしてくれることを期待していた。

 しかし、そんな彼女の淡い期待は脆くも崩れ去る。

 フィーリナが信徒に対して献身的に尽くしていたことは広く知られており、聖女と慕われていたことも事実。

 だが、信頼というものはその大きさの分だけ裏切られた時の反発も大きくなる。

 流された噂によって、彼女が魔族の手先であり正体を隠して潜伏していたと思い込んだ彼らは、かつて慕った分だけ尚更に強い敵意を彼女に対してぶつけた。

 執行人が傍に居たために石を投げられるようなことはなかったが、絶望に心が弱っていたフィーリナは彼らの敵意と罵声に震え上がった。


「ああ、聖女神様……」


 柱に縛られたフィーリナの足元に、下男が薪と藁を積んでゆく。

 それを恐ろしいものを見る目で見ながら、彼女は呟いた。

 周囲の全ての者が敵に回った彼女にとって、縋れるものは最早それしかなかったのだ。

 たとえ、死にゆく彼女を助けてくれない神だとしても。


「どうか……私の魂をお救いください……」


 今生では救われないとしても、死後の魂に救済を。

 そっと目を閉じた彼女の前で、松明に火が点けられた。

 視界は閉ざされていても音と熱からそのことが分かり、フィーリナは縛られて動けないその身を震わせた。


 しかし、その炎が彼女の足元に点けられることはなかった。


「魂の前に命を救わせてくれ……聖女神様でなくて済まないけど」

「………………え?」


 何処かで聞き覚えのある声に驚いて目を開くと、そこには光を放つ剣で執行人の持つ炎の付いた松明を切り落とした黒髪の青年の姿があった。

<登場人物から一言>

光神「………………」

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