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召喚アトランダム  作者: 北瀬野ゆなき
【第三章】聖国叛乱編
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第52話:ルクシリアギルド

 夜闇に乗じて潜入した玲治とミリエスだが、夜明けまでは路地裏に身を潜めて過ごすことを余儀なくされた。


 冒険者ギルドなどは夜間でも緊急の依頼が入ってくることを想定して常に窓口を開けている。

 しかし、やはり日中に比べれば訪れる者も少ない上に、緊急の案件を除けば概ね決まった者しか訪れないというのがオーレインから聞いた話だ。

 そんなところに余所者の玲治とミリエスが顔を出したら、ギルドの職員達はどう思うだろうか。

 きっと、非常に目立つ上に下手をすれば不審がられてしまうに違いない。


 玲治もミリエスもこの法国では大っぴらには顔を出せない身の上だ。

 目立つことは避けた方が良いと判断し、夜間の内にギルドを訪れるのはやめることにした。

 同様に、宿を取るのも避けた二人だが、こちらはそもそも宿代が無いことが主な原因だったりする。

 小さな村の宿代も出せるか怪しかったのだから、より高額であろう首都の宿に泊まれる筈もない。


 幸いにして、此処までの道中で魔物を幾体も倒してきたので、その部位や素材をギルドに持ち込めばそこそこの金額になるだろう。そうすれば、宿にも泊まれる筈だ。

 しかし、そのギルドへの訪問を目立つからと夜明けに回した以上は、宿代が手に入るのも夜明けに先送りになったわけであり、泊まれないことに変わりはない。


「やっと夜明けか」

「長かったな」

「カァー」


 路地裏でじっと身を潜めている間は殆ど声も出すことも動くことも出来ずに居たため、辺りが明るくなってきたのを見た二人はその場で立ち上がり、固まった身体をほぐした。


「ミリエスだけでも泊まれば良かったのに」

「お前もいい加減しつこいな。

 そんな気遣いは不要だと言っただろうが」


 玲治は昨晩から女性であるミリエスだけでも宿に泊まることを勧めていたのだが、ミリエスはそれを固辞していた。

 もっとも、二人の残金ではミリエス一人としても相当な安宿でなければ泊まれないため、最初から無意味な問答だった。


「それにしても、これが聖都とは笑わせる」

「確かに……な」


 ルクシリア法国の首都は国名と同じルクシリアと言う街だが、聖光教の総本山である大聖堂がある場所であるため信者からは聖都と呼ばれることが多い。

 しかし、昨晩は暗かったためによく見えなかったが、明るくなったことによって見えるようになった路地裏の光景はとても聖なる地とは思えないものだった。

 ゴミがそこら中に散らばっており異臭が漂う。ボロボロの服を着た人が何人か横たわっており、中には既に息が無いであろう者も居た。


「そのくせ、上辺ばかりは取り繕われている。

 虚飾に満ちた街といった感じだな」

「虚飾、か」


 一方で、路地裏から表通りに顔を出すと、そこには整然とした都市の姿があった。

 大通りにはゴミが落ちているようなこともなく、清潔感に溢れている。

 人や馬車の行き来は多いが、他の街と異なりそこまで騒がしさはない。

 最初はその理由が分からなかった玲治だが、しばらく見ている内に他の街との決定的な違いに気付いた。


「そう言えば、店の売り子の声が全然しないな」

「成程、そう言えばそうだな。

 それでやけに静かなのか」


 玲治の言葉通り、大通りにも関わらず客を呼び込もうとする売り子の声が全くと言ってよいほど聞こえない。

 勿論、店が無いわけではない。通りには、何軒も店舗が立ち並んでいる。

 しかし、殆どの店が店内に入って買い物をするタイプの店であり、店先に商品が陳列されていることもあまりない。ましてや、露店などは全くと言って良い程に見当たらなかった。


 玲治やミリエスが知っている人族の街は神聖アンリ教国の首都アンリニアのみだが、そこと比べると活気には大きな差があると言える。

 アンリニアが活気……というか商魂が逞し過ぎると言う面もあるが。


「まぁ、ここでこうしていても仕方ないな」

「ああ、取り敢えずはギルドに向かおう」


 聖なる都と呼ばれる街の歪な実態を肌で感じつつ、二人は冒険者ギルドへと向かった。




 ◆  ◆  ◆




 冒険者ギルドとは市民の生活を助けるための超国家的な枠組みの斡旋機関であり、各国家のしがらみに捉われずに日夜届けられる依頼を冒険者に割振り、解決している。

 ……と言うのは、大きな間違いである。

 実際には、最大のスポンサーは各国家であり、その意向によって方針が左右されることは多い。また、その国の特徴が各ギルドの色として出ることが多い。


 例えば、フォルテラ王国のギルドは比較的自由な雰囲気で、最もオーソドックスな冒険者ギルドの在り方をしている。荒くれ者も多いが、全体としては広く国民に受け入れられている。


 神聖アンリ教国のギルドはダンジョンがある関係上、大陸各地から多くの冒険者が流れ込んできており、活気に溢れている。また、ギルドの業務範囲も通常の依頼請負の他にも手広く商売を行っている。他の国では考えられない魔族の冒険者が居るのも、神聖アンリ教国ギルドの特徴だ。


 それでは翻って、ルクシリア法国のギルドはどうかと言えば、聖光教の教会下部組織の色合いが強い。

 ギルドが直接依頼を受けることも勿論一定割合で存在するが、残りは聖光教からの依頼となる。

 と言うのも、この街の住民は敬虔な信徒が多いため、困った時に頼る相手は冒険者ギルドではなく聖光教なのだ。

 寄付と共に持ち込まれた相談事を聖光教は自ら対応するものと冒険者ギルドに委託するものに振り分ける。

 冒険者ギルドは聖光教から仕事を貰うことが出来、聖光教は信徒の信仰心を得ながら雑務をギルドに任せられる。そういった共存関係が生まれていた。


 それだけが理由というわけではないが、ルクシリアのギルドの中は他の国のギルドとは異なる雰囲気に満ちている。

 荒くれ者が騒ぐことも無ければ、酒を飲んでいるものも居ない。

 他のギルドであれば壁一面を覆っている依頼も、このギルドにおいては小さな掲示板に貼り切れる分しか存在しない。


 掲示板で良い依頼が見付からなかった冒険者は紙を剥がさずに受付に並び、そこで掲示板には載せられていない依頼を割振って貰うのだ。

 掲示板に貼られている依頼はギルドに持ち込まれている依頼の一部でしかないためである。直接持ち込まれたものだけが、そこに掲載されていた。

 聖光教経由で持ち込まれた依頼は掲示板には貼られておらず、受付で直接冒険者に割り振られる。

 そういった依頼は建前上、聖光教が信徒から受けた相談事であり、ギルドに横流ししていることを大っぴらにすることは憚られるためだ。


 勿論、冒険者達は聖光教とギルドの関係は重々承知している。

 そのため、この場で騒ぐような愚かな真似をする者は滅多に居ない。下手をすれば大陸最大宗教である聖光教を敵に回すことになるためだ。


「なんか静かだな」

「教国のギルドの方が活気があったな。

 私としては、静かな方が有難いので構わんが」

「俺も別に騒がしいのが好きなわけじゃないけど……こうも静かだと違和感があるぞ。

 まぁ、取り敢えず受付で換金してこよう」


 フードで顔を隠した二人はルクシリアのギルドに入るなり、その中の雰囲気に戸惑いを浮かべた。

 小声で呟いたため、その言葉はお互いにしか聞こえていない。

 その二人の人物……玲治とミリエスはそのまま受付待ちの列の後方に並んだ。

 他のギルドと異なり受付で依頼を割り振っているため、列の進みは遅い。

 ミリエスはそのことに苛立ちを募らせていたが、玲治はこんなものかと黙って我慢していた。


「次の方」

「やっとか」

「まぁまぁ」


 前の冒険者が受付から立ち去り、呼ばれた玲治はミリエスを宥めながら空いた受付へと足を進めた。

 受付係は年齢も性別も様々だったが、彼らの応対をすることになったのは三十代から四十代と見られる男性だった。


「本日はどのようなご用件でしょうか」

「魔物討伐の換金をお願いします」

「かしこまりました、こちらに載せてください」


 受付係が差し出してきたトレイに、玲治は予めアイテムボックスから取り出しておいた袋をそのまま載せた。

 ちらりと中身を確認した受付係は、後方に控えていた別のスタッフにそのトレイを渡す。


「この量であればそれほど時間は掛かりませんので、そのままお待ちください」

「分かりました。

 ……そう言えば、待つ間に一つ伺っても良いですか?」

「? なんでしょう?」


 換金手続きを待つ間についでにと玲治は受付係の男性に尋ねた。


「我々はこの聖都に来たばかりなのですが、最近この聖都で起こった出来事などはありますか?」

「そうですね……」


 玲治の問い掛けに受付係は暫く考え込むと、聖光教の上層部の人事や聖都で起こった事件などを幾つか挙げていった。


「ああ、それともう一つありました」

「どんな事ですか?」

「これはまだ大きな声では言えないのですが……」


 そこまで言うと、受付係の男性は身を屈めるようにして小声で続きを告げた。


「聖都で市民から聖女と崇められる程慕われていた修道女が居たのですが、

 実は彼女は魔族の手先だったことが判明したのです」


 知りたかった情報が来たと緊張する玲治。

 同時に魔族に対してあらぬ疑いを掛けられたことに怒気を示そうとするミリエスの手を握って宥めた。

 受付係の話は彼らにとっては想定された内容だったが、それがギルドの職員の口から出たことには意味がある。

 玲治は初めて聞いたかのように信じられないと言わんばかりの演技をしながら、続きを促した。


「そんな!? それは大変なことなのでは?」

「勿論です。そのためまだ情報は広く公開していません」


 その言葉に、玲治は演技ではなく不思議に思い首を傾げた。


「そんな情報を我々に話して良かったのですか?」

「一般市民に広く公表するのはもう少し先ですが、その際に起こる混乱を収めるのに手を借りる必要があるかも知れませんので、冒険者の方には事前にお知らせしているのです」

「成程」

「ですので、冒険者同士なら構いませんが他の方には話さないように気を付けてください」

「分かりました」


 話の区切りが付いたところで換金手続きが終わったらしく、スタッフが先程のトレイに硬貨を載せて受付窓口へと持ってきた。


「こちらになります。

 間違いないか、数えてください」

「ありがとうございます」


 玲治は渡されたお金を確認すると、袋に入れた。


「ご用件は以上でしょうか」

「はい、ありがとうございました」


 玲治は受付係に礼を言ってから、ミリエスを促して外に出た。




 ◆  ◆  ◆




「人族というのは情報管理が甘いのだな」

「え?」


 冒険者ギルドから外に出た二人は、路地裏へと入った。

 今後の方針を人の耳が無いところで話すためだったが、その前にミリエスが先程のギルドの受付係のことを思い出しながら気に食わなそうに呟く。


「冒険者にだけ事前に告げると言っていたが、そんな大勢に話したら秘密に出来るとは思えん」

「だろうな。既に噂は広まってるだろう……予定通りに」

「ん?」


 玲治の含みのある言葉に、ミリエスは首を傾げた。


「ミリエスの言う通り、あんな話し方をしてたら情報が広まるのは間違いない。

 そんなことくらい、ギルドの方だって分かってるだろう。

 分かってて敢えてああしているってことは、つまり広めてほしいってことだ」

「ああ、成程な。そういうことか」


 玲治の説明にミリエスも納得した様子を見せる。

 此処に来る前に神聖アンリ教国で教皇から情報を聞いた時に、彼は法国が人望のあるフィーリナを処罰するために裏工作などで彼女の名声を落としてから公開して処刑することを推測していた。

 つまりは、ギルドが冒険者に情報を伝えているのも裏工作の一環なのだろう。敢えて指示して噂を広めさせるのではなく、冒険者達が自主的に広めることを期待して。


「もしそうだとすると、時間の余裕はあまり無いと言うことか」

「そうだな。今日明日でどうこうということは無いだろうけど、ある程度噂が広まったら処刑が実行される恐れがある」

「それで、この後はどうするのだ?」

「噂がどの程度広まっているのかを確認するために聞き込みをしよう。それから、彼女を救う手立てを考えないと」


 でもその前に、と今後の予定を並べていた玲治は口にした。


「その前に?」

「宿を取ろう」

「そうだな」

<登場人物から一言>

受付係「……やれやれ、面倒なことです」

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