第51話:潜入!ルクシリア法国
玲治とミリエスがルクシリア法国との国境まで辿り着いたのは、日が落ち始めた頃だった。
二人と一羽は街道の先に設けられた関を向こうから見付からないように物陰に隠れながら観察する。
「あれが国境……か?」
ミリエスの語尾が疑問符になったのも無理は無いだろう。
国境と言っても街道の先に一つ関が設けられているだけで、それ以外の部分を遮るものは何も無いのだから。
街道を避けて通れば簡単に通り抜けてしまえるような無防備さだ。
「ただの関所、と言いたいところだけど、村で聞いた情報だと国境まですぐということだったし、これ以上先とは思えないな」
「だとすると、やはりアレがそうなのか」
国境としてはあまりにお粗末な拵えにミリエスは呆れたような視線を向けるが、実情を考えればそれほど不思議なことではなかった。
通常、国境と言うのは隣国と領土を争う最前線であり厳重な警戒が必要とされる。
国によって差はあるものの、砦を建てて精鋭を配備して守るのが基本だ。
しかし、この大陸において一国だけ例外がある。それがルクシリア法国だ。
各国の国教である聖光教の総本山であるこの宗教国家は、他国から攻め入られることはまずあり得ない。
それをした瞬間、周囲の国家全てが敵に回って袋叩きに遭うためだ。
それ故にルクシリア法国と他国の国境は他の国との国境に比べて非常に簡素なものとなっている。
法国は全ての信徒に門戸を広く開放するためと謳っているが、実際には必要のない国境警備に予算をつぎ込むつもりがないだけという話だった。
「まぁ、厳重なよりはやり易いから良いか。
で、ここからどうする?」
玲治とミリエスの二人はそれぞれに事情があって真っ向から入国の手続きを受けられない身だ。
玲治は法王へ危害を加えようとした罪によって指名手配されているし、ミリエスは魔族。幾ら国境警備が厳重でないとはいえ、堂々と姿を見せればあっと言う間に取り囲まれてしまうだろう。
そんな二人が採り得る手段は二つだけ。
こっそり忍び込むか、強行突破かだ。
「騒ぎになると拙いから、夜になるのを待ってこっそり通るしかないな」
「そうだな。それが賢明だろう」
こっそり忍び込む方を選択した玲治に、ミリエスも同感だと頷いた。
国境が無防備な分、辺りには何も無く身を隠すところもないので通ろうとすれば非常に目立つことは間違いない。
夜になって兵達の視界が利かなくなるのを待ってから行動するのがベストだという点について、二人の意見は一致した。
「じゃあ、念のためにもう少し離れた場所に──」
ミリエスが提案し掛けた直後、眩い光が放たれた。
目を潰しかねない強烈な光に彼女は手で目元を覆う。
光を放っているのは玲治の右手だ。
「ば、莫迦!? 何をしている! 早く消せ!」
「け、消せと言われても……!」
「カァー!」
既にトラブルには慣れたもので、二人とも瞬時にそれがオート魔法による光魔法の発動だと理解した。
理解したのは良いが、オートなので止めようと思っても玲治の意思では止められない。
光を放つことは止められないため、玲治は咄嗟に闇魔法で作り出した闇を右手の周囲に纏って辺りに光が漏れないようにした。
「国境の方は!?」
目立つことをして居場所がバレてしまっていないかと懸念した玲治がミリエスに尋ねるが、彼女は暫く様子を窺った後に胸を撫で下ろしながら答えた。
「幸い、気付かれなかったようだ」
「そ、そうか。良かった」
「まったくだ。肝が冷えたぞ。
念には念を入れて、場所を移動した方が良いだろう」
「分かった。急ごう」
◆ ◆ ◆
夜になって周囲が暗くなるのを待ってから、二人は国境線を越えた。
関には兵が不寝番として立っているものの、闇に乗じて行動する二人の姿を捉えることは出来ず、彼らは呆気なくルクシリア法国へと潜入した。
「取り敢えずは入国成功だな」
「ああ」
国境から少し奥に入った辺りで街道へと戻り野営地を見付けた玲治達は、今晩はそこで一泊することにした。
既に慣れたもので手早く結界を敷き、薪を集めて夕食の支度を整える。
国境を越える前に寄った村で調理器具を揃えることが出来たため、それまでよりも味は向上していた。
……と玲治は考えていたが、ミリエスは一口食べたきり何かを考え込んでしまい、手が止まっている。
「ミリエス。口に合わなかったか?」
「ん? あ、いや、すまん。
そうではなく……むしろ逆だ」
「逆?」
食事が進んでいない彼女に玲治が不安そうに尋ねるが、よく分からない答えが返ってきた。
「文句なく美味い。昨日までと比べて異常に感じる程に」
「異常って……そんな大げさな。
調理器具が充実したからじゃないのか?」
「これはそんな程度では説明が付かん」
「じゃあ、何だって言うんだ?」
深刻そうな表情で話を続けるミリエスに、玲治も食べる手を止めて向き直った。
「その問いの答えは、昨晩話したお前のスキルと繋がっていると私は考えている」
「俺のスキル? ランダム召喚憑依のことか?」
「ああ、先程もそうだったな。
お前は一体いつから『闇魔法を使える』ようになった?」
その言葉に、玲治はハッと驚きの表情になる。
国境を越える前に発動してしまった光魔法を抑えるため、玲治は反射的に闇魔法を使用した。
しかし、彼がこれまで覚えたのはオーレインに迷宮内で教わった光魔法と、魔族領で学んだ地水火風の四属性だけだ。闇魔法は覚えていない筈だ。
「そもそも、闇魔法というのは基本的に魔族しか使えない属性の筈だ。
例外として、闇魔法スキルを所持していれば人族でも使えるが、そんなのは極一部の話。
そして、お前は闇魔法スキルを持っていない筈だったな」
「あ、ああ」
玲治も莫迦ではないため、ここまで話されればミリエスが言いたいことに察しが付いた。
「昨日、ランダム召喚憑依で闇魔法が使えるテナの能力を召喚したせいだって、そう言いたいのか?」
「闇魔法だけでなく料理もな。
加えて、以前私の能力を召喚した時には火魔法の精度も向上していただろう」
「そうだったな。
つまり俺のこのスキルは他人の能力をコピー出来るようなものなのか」
他者の能力をコピーするように習得出来る……それは無限に能力を増やすことが出来る脅威的なスキルだ。
「──いや、違う」
「え?」
しかし、ミリエスはそれを否定した。
「そもそも、能力を召喚するというのはどういう理屈なのだ?
お前が私の能力を召喚して憑依させた時、私自身には何も影響が無かった。
一体、何を召喚しているというのだ?」
「いや、それは……」
「それに、本当に能力をコピーしているのだとすれば、スキルが残っていないのはおかしいだろう」
ミリエスの言う通り、闇魔法は使えるようになったが闇魔法スキルを得たわけではない。
ランダム召喚憑依の効果時間中にステータスを確認すれば召喚したスキルがあるが、効果が切れればスキルは消滅している。
「つまり、どういうことになるんだ?」
「詳しくは分からんが、少なくともスキルが無い以上はお前自身の才能で闇魔法を使っていることは間違いない。
そして、それが使えるようになった切っ掛けは能力を召喚するスキルのおかげだと思うが、それも対象者から召喚しているわけではない」
「何だか、不気味だな。
あまり使わない方がいいかな?」
何処から何が召喚されて自分の身にどう作用しているのか、ミリエスの言葉で不安を覚えた玲治は僅かに身を震わせる。
「不安は多いが、戦力を伸ばせる方法が目の前にあるのに活用しない程贅沢を言っていられる状況じゃないだろう。
と言うわけで、今日のノルマだ」
「……他人事だと思ってないか?」
「マサカ」
「カァー」
散々脅されて使う気になれない玲治だったが、一人と一羽に圧される形で日課になりつつある召喚を行った。
◆ ◆ ◆
街道沿いに旅を続ける二人は、やがてルクシリア法国の中枢がある首都へと辿り着いた。
その旅の間も毎晩ランダム召喚憑依を使い続けた玲治は、ステータス上の変化は無いものの様々な技が使えるようになっていた。
最初は不安に思っていたが、特に副作用のようなものも無かったため、積極的に能力向上に励んだ。
魔王であるレオノーラや四天王達の能力を習得したことは、大きな戦力となるだろう。
「流石に首都は厳重だな」
「正面からは通れない以上、忍び込むしかないわけだが、国境と同じようにはいかないな」
首都の周囲は城壁によって囲われており、関以外は何も無かった国境と比べると格段に潜入の難易度は高い。
しかし、二人と一羽には気負う様子は見られなかった。
それは、今の彼らなら容易く潜入することが可能だからだ。
「土魔法で城壁を登る階段を作るのがいいか?」
「いや、それだと見咎められる恐れがある。
風魔法で身を浮かせて手早く潜入するのが一番良いだろう」
「分かった、それでいこう」
魔族の四天王と同等レベルの魔法が行使出来るようになった玲治なら、水魔法や土魔法で階段を作ることも、風魔法で瞬間的に身を浮かせて潜入することも出来る。火魔法だけは潜入に用いるのは難しいが。
それでも流石に見咎められる恐れがあるため、二人は国境と同様に夜まで待って闇に乗じて法国首都に潜入を果たした。
実際には黒龍戦でエリゴールの能力を召喚した時から既に闇魔法は使える状態だったのですが、彼自身もずっと使えることに気付いてなかったため、今初めて使えるようになったと誤解しています。
<登場人物から一言>
邪神?「……クスクス」