第50話:道中
森の中で一夜を明かした玲治とミリエスは翌朝、前日に作った夕食の残りで簡単に腹ごしらえをした後、手早くたき火に土を掛けて始末して早目に出立した。
なるべく早く森を抜けたいと言う思いから、二人でそのように相談して決めたのだ。
しかし、問題が一点ある。どちらに向かえば良いのか分からないことだ。
方角は陽光の方向から分かるのだが、現在位置も目的地がある方角も分からない以上どちらの方向を目指していいか分からない。
「それで、どちらの方向に行くのだ?」
「そうだな、えーと……南東の方に向かってみよう」
「構わんが、その根拠は? 何故南東なのだ?」
「アンリさんの鴉が描いてくれた地図だと、その方角がルクシリア法国の筈だからな」
「カァー」
ミリエスの問い掛けに玲治が視線を向けながら答えると、鴉は任せろと言わんばかりに片羽で胸の辺りを叩いて見せた。何故か不安さが増した。
「まぁ、どのみち他に良い案も無い。
どの方角に向かったとしても何れ森から出ることは出来るだろう。
そこで人里を探して改めて方角を確かめれば良いか」
「カァー?」
「あ、いえその……別にアンリ様を信用していないというわけでは!」
ミリエスが方角が間違っていた場合を想定する発言をするが、鴉に胡乱気に問い返されて慌てて弁解することとなった。
鴉に言い訳をしている姿は傍から見ると情けないが、自国の王の友人が向こう側に居ると考えれば仕方ないのだろう。
「それじゃ、行こう」
「ああ。……って、そっちは北西だぞ。逆だ」
「おっと」
方角を間違えて逆に歩きだそうとした玲治の裾をミリエスが掴んで止めた。
そのままミリエスが玲治の裾を持つ形で、二人は南東の方角に歩き始めた。
二人が森の中を歩き続けて暫く経つと、木々が途切れた。どうやら無事に森の外に出られたようだ。
森を抜けたそこには、見渡す限りの平地が広がっていた。
「森を抜けたのはいいけど、見たところ見渡せる範囲に街や村は無いな」
「いや、確かに人里は見えないが……あの辺りを見てみろ」
「ん?」
ミリエスの指差す方向に玲治が目を向けると、そこには帯状に草の無い部分が存在した。
「おそらく、街道だろう。
あれに沿って行けば、人里に着くのではないか?」
「そうだな、そうしよう」
二人はその場所まで足を進めると、改めて地面を確認する。
地面には轍の跡や足跡などがあり、人が通っている形跡が見て取れた。
「大丈夫そうだな。
それで、どちらに行く?」
人が行き来している以上はどちらの方向に向かっても人里がある筈だが、どちらかを選ぶ必要がある。
「なるべく目的地に近付いた方がいい。
東の方向に行くべきだ」
「そうだな」
二人は進むべき方角を決めると、街道を歩き始めた。
途中何度か魔物が襲ってきたが、玲治が前衛、ミリエスが後衛を務めることで危なげなく撃退する。
人里に着いたのは太陽が頂点から少し降り始めた頃の事だった。
◆ ◆ ◆
二人が着いたのは、それほど大きくない集落だった。
簡単に柵で囲われているが、入口も特に守られておらず誰でも通れてしまう。
「人里についたが……この規模だと村か」
「ああ、好都合だ。
大きな街だと手配が回ってる恐れがあるけど、小さな村なら行き届いていないかも知れない」
ルクシリア法国によって指名手配されている玲治だが、効率を考えれば手配は人が多い大きな街を優先して行うだろう。
そう推測して告げた玲治に、ミリエスは肩を竦めて答えた。
「そういえばお尋ね者だったな、お前は」
「不本意だけどな。
ミリエスは頭を隠してくれ」
「む、仕方ない」
ミリエスの方は個人として指名手配などはされていないが、魔族というだけで大騒ぎになる恐れがある。
その特徴的な髪色と耳を見られれば一瞬でバレてしまうため、フードで顔を隠すしかない。
彼女がフードを頭から被ると、二人は村の中へと入っていった。
小さな村のため、店なども雑貨屋が数軒に宿屋兼酒場が一軒あるだけのようだ。
冒険者ギルドがあればそこで情報を集めることが出来るのだが、流石にある程度の規模の街でないと設置されていない。
他に情報収集と言えば酒場というのが定番だが、生憎と昼間なので行っても仕方ない。そもそも営業しているかどうかも怪しい。
そこで二人は、雑貨屋で適当に買い物をしながら現在地とルクシリア法国の方角を聞き込みすることにした。
「いらっしゃい」
雑貨屋の入口を潜ると、カウンターから愛想の良い中年女性が声を掛けてきた。
玲治は軽く頭を下げると、店内の商品をザッと眺める。
旅に必要な物は玲治のアイテムボックスに入ったままなので大抵の物は不要なのだが、転移してきた時に調理器具の大半を外に出した状態だったため、足りていない。
昨晩は足りないながら騙し騙し何とか一食拵えたものの、ここで不足を補えるなら補っておきたい。
(そう言えば、旅に必要な道具を殆ど俺が持ってきてしまったけど……テナ達、大丈夫かな?)
ふと思い出して分断されてしまった二人の少女のことを考えるが、今の彼にはどうすることも出来ない。
旅慣れてるであろうオーレインが何とかしてくれることを祈るのみだ。
「これ、お願いします」
「はいよ」
幾つかの調理器具をカウンターに持って行く。
玲治が個人で持っていたお金はそれほど多額ではないため足りるか不安だったが、何とかギリギリ足りそうだ。
「そう言えば、少し伺っても良いですか?」
「ん? どうしたい?」
商品の代金を計算していた女将さんに問い掛けると、彼女は首を傾げる。
「実は旅の途中で魔物に追われて道に迷ってしまったんですが、ルクシリア法国に向かうにはどちらに行けば良いか教えて貰えませんか?」
「ああ、巡礼の旅かい?
それは大変だったねぇ。
ルクシリア法国ならこの村から北東の方角に進めば行けるよ」
玲治は頭の中で地図を描く。
どうやら、アンリ鴉の描いた地図から推測していた方角は若干南に逸れて居たものの概ね合っていたようだ。
ミリエスの肩の上で鴉がドヤァと言わんばかりに両の羽根を広げた。
「ここは隣国ですか?
国境までどれくらいでしょう?」
告げられた金額を手渡して商品を受け取りながら追加で質問するが、女将さんの反応は芳しくなかった。
「確かに隣国っちゃ隣国だけどね、この村は国の外れの方だからむしろ法国の方が近いよ。
国境までもそれほど掛からないさ」
「なるほど、分かりました。
ありがとうございます」
「あいよ。
あ、そうそう。ルクシリア法国に向かうなら、三日に一度乗合馬車が通ってるよ。
昨日行ったばかりだから、次は明後日だけどね」
「そうなんですね。考えてみます」
女将さんに礼を告げると、玲治は買った調理器具を持って店の外に出た。
「それで、どうするのだ?
馬車を待つのか?」
調理器具をアイテムボックスに仕舞っている玲治に、横からミリエスが問い掛けてくる。
「いや、流石に明後日までこの村で過ごすわけにはいかない」
「確かに、時間のロスが大きいな」
「それに、俺達は真正面から法国に入ることは出来ないからな。
乗合馬車だとそこまで連れて行かれてしまうだろう。
途中で逃げたらそれも不自然だし」
入国審査を受ければ、玲治が指名手配されていることもミリエスが魔族であることも一発でバレてしまうだろう。
まともに通過出来ない以上は、正面からの手立ては使えない。
「それはそうだな。
そうすると……」
「徒歩になるな」
「……やれやれ」
ややげんなりしながらも、ミリエスも玲治の意見には同感なのか反対の意を示すことは無かった。
「疲れてるなら、この村の宿で一泊するか?」
「莫迦にするな、この程度問題ない。
それに……金が無いだろう」
「……そうだな」
玲治が持っていたなけなしの金は調理器具を買うのに使ってしまった。
ミリエスは元々それほど多額の金銭を持っていない。
二人が持っている残金を合わせても、二人分の宿代に届くかどうかは怪しいところだ。
「ギルドがあればここまで来る間に倒した魔物で換金が出来ると思うんだけど、この村ではそれも無理だな」
「まぁ、徒歩で進んで野宿をしている分には金は必要ない。
必要になるまでになるべく魔物は倒すようにしておけば良いのではないか?」
「それしかないな」
二人は方針を決めると、村で一泊することもなく旅路を急いだ。
◆ ◆ ◆
「そう言えば、昨晩の話を覚えているか?」
「昨晩の話?」
村を出て街道を東に進んで暫く経った時、ミリエスが玲治に話し掛けてきた。
玲治は昨晩のことを思い出そうとするが、幾つかの話をしていたためどれのことだか分からず首を傾げる。
「私の能力を召喚憑依した件だ」
「ああ、あれか。
あれがどうかしたのか?」
玲治の持つランダム召喚憑依スキルを試したことを挙げられ、玲治もミリエスが指していることは分かったが、何を言いたいかは依然として分からない。
「確か、あのスキルは一日一回しか使えないのだったな。
夜には使えるようになるだろうから、使ってみてくれ」
「別に良いが、何でだ?」
「気になることがあると言っただろう。
それを検証したい。
ただ、一度では済まず何度か繰り返す必要があるかも知れんが」
「まぁ、いいや。分かった」
それっきり会話は途切れ、やがて日が落ちる頃に野営地に着いた二人はそこで火を熾すことにした。
夜、ミリエスの要望通りランダム召喚憑依を試したのだが、今回はスキルが発動した結果、玲治は金髪に染まりワンピース姿となった。
どうやら、今回はテナの能力を召喚したようだ。
「お前がその格好をすると気色悪いぞ」
「カァー!」
「不可抗力だから!」
なお、あくまで魔力で具現化している幻のようなものなので、脱ぐことも出来ない。
召喚中は闇魔法が使えて料理が上手くなったが、玲治に与えた精神的ダメージの方が甚大だった。
<登場人物から一言>
ミリエス「すまん、ちょっと吐き気が……」




