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召喚アトランダム  作者: 北瀬野ゆなき
【第三章】聖国叛乱編
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第48話:たき火の夜

「この辺りなら大丈夫かな?」

「そうだな。これだけ広さがあれば十分だろう」


 森の中を彷徨うようにして歩いていた玲治とミリエスだが、やがて野営が出来そうなくらいの広場を見付けて、そこで火を熾すことにした。

 正直、空腹が限界まで来ていることもあって、これ以上歩く気にはなれなかったという事情もある。


「それじゃ、結界は俺が準備するから薪を集めてくれるか」

「ああ、分かった……と言いたいところだが、また同じことにならないだろうな?

 流石に、一人でこの森の中に置き去りにされるのは御免だぞ」


 オーレインがやっていたのと同じように光魔法で外敵を防ぐための結界を張ろうとした玲治はミリエスに薪集めを頼んだが、ミリエスはそれに対して渋い顔をする。

 別に働くのが嫌というわけではないのだろうが、玲治のオート魔法による転移でこの森に飛ばされてきた時と似たようなやり取りに、不安が募るのは無理もない。彼から離れて薪を集めている時に同じことが起これば、玲治は何処かに転移して後に残されるのはミリエス一人だ。


「う、それは……仕方ない。

 裾を持ったまま片手で集められる範囲で頼む」

「やれやれ……」


 転移魔法で離れ離れにされないように、ミリエスはここまで歩いてきたのと同じように玲治の裾を掴んだまま彼が結界の準備をする傍らで薪集めに勤しんだ。

 勿論、片手が裾を掴むことで塞がっているため、薪は片手で拾い集めることになり効率は悪い。

 途中からは面倒になり、拾った薪を野営地の中央付近に投げ始めた。最終的にはそこに集めるのから、意外と悪くない選択だった。


 結界の準備を終えた後は玲治も薪集めを手伝ったため、程無くして広場の中央に一晩は保つ程度の薪が積み上がった。


「こんなところだな」


 そういうと、ミリエスは人差し指を薪へと向けて火を放った。

 火を熾すのに都合の良い乾燥した木ばかりではなかったが、あっさりと火が付いたのは彼女の放った火の火力の高さ故だ。

 火魔法の専門家である彼女にとってみれば、造作も無いことである。


「で、ここからが問題なんだけど……」

「ん?」


 火を熾し終えたミリエスに、玲治が神妙な面持ちで話し掛けてきた。

 その真剣な様子にミリエスは思わず姿勢を正して聴く態勢を取った。


「料理、出来るか?」

「ぐっ!?」


 あまりにストレートな問い掛けに、ミリエスが顔を引き攣らせながら呻き声を上げた。

 四天王だったり近衛の副隊長だったり、あるいは魔導士だったりといった一面が印象深いミリエスだが、彼女は魔王であるレオノーラの遠戚であり、魔族の中では結構な名門の出身である。

 まともに料理をした経験など、全くと言って良い程ない。

 レオノーラの傍仕えの役も担っているためお茶を淹れることは出来るのだが、食事を作るとなるとその経験では太刀打ちで出来ない。


 故に、悔しげにしながらもそう答えるしかなかった。


「……生憎とやったことがない。

 肉を切って焼くくらいなら出来ると思うが」

「カァー」


 追随するように、鴉がお手上げと言わんばかりに羽根を広げて見せた。

 誰も鴉には期待していないが。


「仕方ないな。それなら俺がやるけれど、あまり期待はしないでくれ」

「は?」




 ◆  ◆  ◆




「む……」


 手渡された器からスプーンで掬ったスープを一口飲んだミリエスは、一言声を上げた。


「どうだ?」


 玲治が不安そうに彼女の感想を聞いてくる。

 何かと気に喰わない相手であるが食事を作って貰ったこともあり、相応の礼儀を以って答えなければ四天王の名が廃る。そう考えたミリエスは、正直に感想を述べた。


「……普通、美味いと思う」

「そうか、良かった」


 ミリエスの言葉に、玲治は安堵したように自らの食事に取り掛かった。

 実際、玲治が作った料理はそこまで上出来というわけではない。大味だし、野菜の形もいびつだ。

 ミリエスの感想も「普通に美味い」ではなく「普通。(強いて美味いか不味いかの二択ならどちらかと言えば)美味い」という内容だ。

 しかし、空腹は最高のスパイスと言うべきか、今のミリエスにとっては取り敢えず食べられるだけで有難かった。


 しばらく無言で咀嚼する音だけが暗い森に響き渡った。

 時折、たき火の炭がパチッと弾け、二人の影を揺らす。


「そう言えば……」


 沈黙を破ったのはミリエスの方だった。


「? どうしたんだ?」

「一つ聞きたいことがあったのだ。

 お前はアンリ様と同じ世界から来たと聞いたが、本当か?」

「ああ、アンリさんから聞いた限りだとその筈だけど……それがどうしたんだ?」

「いや、あの方のことは陛下から話だけを伺ったに過ぎないのだが、

 かつて元の世界に帰る機会があった時にこちらの世界を選ばれたと聞いていてな。

 お前が神々の試練に挑んでまで元の世界に帰りたがっていることが不思議だったんだ」

「それは……」


 何かを答えようとした玲治の言葉を手で押し留め、ミリエスは言葉を補足する。


「勿論、個々人によって事情は異なるだろうし、一概には言えないだろう。

 ただ、最初にその話を聞いていたので、こちらの世界の方が良いものなのだと先入観があったのだ」

「どっちの世界が良いとか悪いとかは考えて無かったな。

 正直一長一短があって、ハッキリと決められるものじゃない。

 ただ、少なくとも俺が生まれ育った世界はあちらの世界なんだ。

 だから、本来居るべき世界もあちらの世界だと思ってる。

 それに、家族もあっちに居るしな」

「そうか……そうだな。

 それが正しいのだろう」


 ミリエスは自らの主君であるレオノーラが目の前の玲治を自国に取り込みたがっていることを察していた。

 それ故に、彼の元の世界への思いを確認したかったのだが、一先ずは得られた答えで満足し、それ以上は追及しないようにした。

 返ってきた答えの基盤がそれほど盤石でないからこそ、そこを突き詰めることに躊躇いを覚えたのだ。それをすることで、目の前の人物の心を歪めてしまいそうで……。


「誰だって、自分の生まれ育った土地が一番と言うことだろう」


 故郷から離れ遠い異国の地に立った二人は、並んでたき火に当たっている。




 ◆  ◆  ◆




「もう一つ聞いてもいいか?」

「ああ」

「確か、前に聞いた説明ではお前の厄介なスキルはもう一つあるという話だったな」


 ミリエスの言葉に、玲治は頷いた。

 頻発するオート魔法が目立つが、彼の持つスキルにはもう一つ使いどころが悩ましいスキルが存在する。


「ランダム召喚憑依のことか?」

「そう、それだ。

 ふと思い付いたのだが、それを使ってこの森で彷徨っている現状を打破出来ないか?」

「成程……運次第だけど、やるだけやってみる価値はあるな」


 ランダム召喚憑依とは、玲治が会ったことのある者の能力を使用出来るスキルだ。

 それだけ聞くと凄い能力であるように思えるが、如何せん対象が任意で指定出来ずにランダムである時点で使いどころは殆どない。

 何せ、相手によってはプラスどころかマイナスになる恐れもあるのだ。

 とても戦闘中に使えるものではない。強いて言えば、ピンチの時に一か八かで使用する程度だろう。


 しかし、戦場でない今この時に試してみるのは悪くない話だった。

 これまで会った人物で転移魔法が使えるような者は居なかったが、せめて方向感覚に優れている人物の能力を憑依させて方角だけでも分かれば大分助かる。


「よし、やってみよう。

 ランダム召喚憑依」


 以前使用した時と同じように、玲治の少し上に半透明な人物の姿が浮かび上がり、吸い込まれるように同化する。

 玲治の髪が銀色に染まり、現在の装備の上に魔力による立体映像でローブが纏われた。

 召喚した人物の特徴が重ねられているのだろうが、この格好には覚えがある。


「これは、もしかして私の能力が憑依したのか?」


 そう、目の前のミリエスだった。


「……何の役にも立たんな」

「……そうだな」

「カァー」


 既にこの場に居るミリエスの能力をコピーしたところで、現状打破には何一つ役に立たない。

 出来ることがあるのであれば、とっくにやっているだろう。


「やれやれ、運が無かったな。

 地道にこの森を探索するしかないか」

「面目ない」

「いや、責めているわけでは……。

 それにしても、憑依と言うからには私の意識がそっちに移るのかと思っていたが、特に変わりないな。

 一体どういう原理なんだ。

 その状態で魔法を使ったらどうなる?

 私のフレイム=マリオネットも使えたりするのか?」

「ええと、こんな感じかな」


 意図に反して責めるような形になってしまったことを誤魔化すように問い掛けたミリエスに従い、玲治は魔法を行使してみた。

 先日の試合の際に散々見たため自力でも模倣出来なくもなかったが、今の彼はそれ以上に当たり前にそれを使うことが出来た。

 たき火の上にミリエスが作ったのとほぼ同レベルの炎の人型が立ち上がる。


「ふむ、大したものだな。

 細部には甘いところもあるが、概ね合格点と言えるだろう」


 その後、ランダム召喚憑依の効果時間が切れるまで、彼女は玲治の作ったマリオネットの動作を確認していた。

 スキルの効果が切れればマリオネットはその存在を維持出来なくなって消える……そう二人は考えていた。


「あれ?」

「……何故だ?」


 しかし、玲治の髪の色が黒に戻って魔力で構築されていた装備が消えても、マリオネットは依然としてその場に立っている。


「一度消して、もう一度作ってみてくれないか?」

「あ、ああ。分かった」


 ミリエスの求めに従って、玲治はマリオネットを一度消し、そしてもう一度構築した。

 その時の感触は、先程ミリエスの能力を憑依させていた時よりは鈍いものの、これまでの彼よりも大分スムーズになっている。


「これはまさか……」

「どうしたんだ?」


 推論に戦慄するミリエスだが、玲治にはその理由が分からず困惑する。

 しかし、ミリエスは険しい顔で首を横に振り、彼の問い掛けを退けた。


「いや、暫く考えさせてくれ。

 憶測で不用意なことを言いたくない」

「……分かった。

 それじゃ、ハッキリしたことが分かったら教えてくれ」

「ああ、分かった」

<登場人物から一言>

ミリエス「……まぁ、喰えないことはない」

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