第47話:遭難者達
「取り敢えず、どう行動するにも此処が何処なのかが分からんとどうしようもないな」
「そうだな」
森の中で二人の男女が顔を突き合わせるようにして話し合っていた。
黒髪の青年玲治と銀髪紅目の魔族の少女ミリエスの二人だ。
玲治のオート魔法によって発動した転移魔法でパーティメンバーから引き離されるようにこの森に飛ばされてしまった二人は、半ば頭を抱えながら事態の把握と打開に向けて相談していた。
「ちなみに、お前は此処が何処だか分かったりは……?」
「いや、すまないがさっぱり分からない。ミリエスは?」
「転移魔法を発動させたお前に分からないのに、私が分かるわけはないだろう。
雰囲気や植生から察するに、おそらく魔族領ではないとは思うが……確実ではないな」
なお、パーティ「アトランダム」のメンバーは、旅慣れている勇者オーレインに、人族領で暮らし一時的にとはいえ国政にも関与したことがあるテナ、それから今はぐれた異世界からの来訪者である玲治と、魔王城から殆ど出たことが無いミリエスの四人だ。
前者の二人に比べて後者の二人は旅の経験や地理に関しての知識が乏しい。
言ってしまえば、遭難した現状においては一番役に立たない二人が此処に居ることになる。
尤も、四人が二人ずつに分断された状態なので、玲治とミリエスがはぐれたと言うのが正しい表現なのかどうかは評価が難しい。
ただ、光神か闇神か、はたまた邪神の祝福か、一つだけ彼らにとって不幸中の幸いとも言えることがあった。
「カァー」
「む?」
「あ、アンリさんの使い魔の鴉か。
こっちに来てたんだな」
近くの地面から上がった鳴き声を聞き付けた二人が視線を向けると、そこにはジト目が特徴的な鴉がちょこんと立っていた。
普段はテナの肩に留まっているアンリの使い魔の鴉が、料理の邪魔にならないように玲治の肩へと場所を移しており、転移魔法に巻き込まれる形で玲治達と飛ばされて来ていたのだ。
多分、三柱の誰かと問うのなら邪神の祝福だろう。
しかし、現在地も分からずに途方に暮れていた二人にとっては非常に有難いことである。
地獄に仏、魔族領に聖女神様、人族領に闇神様、ダンジョンに邪神様……最後のは駄目だった。
「カァー!」
「え? ちょ、痛たたた!」
但し、玲治達にとっては朗報だが、アンリ鴉──とその背後に居る仮面の女性──にとっては災難でしかない。
元々彼女が使い魔を玲治達に同行させていたのは、主に従者であり眷属であるテナを見守るためなのだ。
そのテナから引き離されて別の場所に連れて来られるのは、当然望ましいことではない。
玲治の監視という面もあるので完全には目的を逸してはいないものの、それで腹の虫が治まるかと言えば別の話だ。
「カァー!」
「す、すみません! 痛! 突くのをやめてください!」
「ど、どうか落ち着いてください!」
八つ当たり気味に頭をつつき始めた鴉に、玲治はしばし逃げ惑うことになった。
◆ ◆ ◆
「……酷い目に遭った」
「あ、ああ……」
散々突っつかれてぐったりした様子の玲治を見て、鴉を抱き抱えたミリエスは冷や汗を流す。
腕の中に居る黒い凶鳥の機嫌を損ねるような真似はしないようにしようと内心で固く誓っていた。
「と、取り敢えず、今は非常時ですのでその男へのこれ以上の制裁は後にして頂けませんか?」
「カァー」
「おおい!?」
自身を生贄に差し出そうとするミリエスの言葉に、玲治が抗議の声を上げるが、彼女はそれを黙殺して鴉へと丁重に話し掛けた。
使い魔を通して聞いているのは彼女の主が同格の友人としている人物なのだから、その態度は間違いではないが、傍から見ると鴉に対してそのような態度をしているのはかなり特異に見える。
「今我々が何処に居るのか、可能であれば教えて頂きたいのですが、如何でしょうか」
「カァー?」
ミリエスの問い掛けに一瞬首を傾げると、アンリ鴉は地面へと飛び降りた。
そして、足を器用に使って地面に何かの図を書き込んでいく。
やがて書き終えたのか、鴉は図の向こう側へと移動して二人に向かって見ろと言わんばかりにドヤ顔で羽根で示す。
「カァー」
「これは地図……か?」
「そうと言えなくもないような、言えないような?」
覗き込んだは良いものの、○で囲われた文字が幾つかあるだけのそれを地図と評して良いのか、玲治とミリエスは難しい表情で唸った。
加えて、その文字もかなり大雑把で読み難い。
「きょーこく」「おーこく」「ほうこく」といった感じで書かれたそれが国を指していることに気付くまで、結構な時間を要した。
「おーこく」と「ほうこく」と書かれた間の中間、若干「ほうこく」寄りの場所に×印が書かれており、おそらくはこれが現在地を示しているのだろうと推測出来る。
ただ、土台が大雑把に書かれているのでどれくらいの距離があるのがサッパリ分からない。
「言えるのか言えないのか、どっちなんだ」
「カァー?」
「地図です! 間違いありません!」
首を傾げる鴉の仕草に、ミリエスは慌てて前言を撤回して地図と認めた。
有体に言えば、日和った。
しかし、この地図の出来については書いた人物を責めるのは酷な話だろう。
元より使い魔との距離などそこまで正確には把握出来るものではないので、多分この辺りといったざっくりとした特定しか出来ない。
そんな状態で国との大まかな位置関係を定めるだけでも大したものだと称されて良い筈だ。
また、字が下手で大雑把なのも鴉を使って書かせていることを考えれば当然であるとも言える。
「少なくとも、フォルテラ王国を越えて法国に近い場所まで飛ばされたってことかな」
「これだと本当に近いかどうかは分からんが……少なくとも王国の国境は越えていそうだな」
頭を捻りながらもそう結論付けた二人は、今後の方針についてに話を進めた。
差し当たって優先的に考えるべきは、分断されてしまった他の二人とどう合流するかだ。
「テナとオーレインさんはまだフォルテラ王国に居る筈だ。
二人と合流するために一旦戻るべきか?」
「いや、あの二人だっていつまでも同じところに居るとは限らない。
下手をすれば行き違いになるぞ」
飛ばされた地点まで戻って合流することを考えた玲治だが、ミリエスに指摘をされて確かにと頷く。
「それもそうだな。
それに……あまり悠長にもしていれられない。
だとすると、ここは当初の目的地である法国に向かって、そこで合流出来ることを期待する方がいいか」
「ああ、私もそう思う。
ただ、我々だけで入国出来るのかという問題はあるが……」
オーレインが居れば勇者一行だが、彼女が居ない現状では指名手配犯と魔族のペアだ。
とても法国に入国出来るような顔ぶれではない。
真正面から行けば即座に捕縛……下手すればその場で処刑されることもあり得る。
「まぁ、その辺は何とか方法を考えるしかないだろう。
兎に角、ルクシリア法国に向かう方針で良いか?」
「ああ、それで構わない」
「よし、それじゃ早速……の前に」
方針を決めて早速出発と思いきや、玲治は何やら辺りを見回し始めた。
「前に? どうしたのだ?」
「いや、まずは腹ごしらえかなって」
「………………あ」
その言葉を聞いて、思い出したようにミリエスのお腹がくーと可愛らしく鳴った。
彼女は慌ててお腹を押さえて、羞恥に顔を真っ赤に染める。
「ち、違っ! い、今のは……」
考えてみれば、玲治達は夕食の準備をしようとしていた時に転移魔法が発動して飛ばされてきたのだ。
結局何も食べていないので、空腹になるのも当然である。
「ここじゃ何も出来ないし、何処か広い場所を見付けて火を熾そう」
「わ、分かった」
「カァー」
遭難者二人と一匹の鴉は野営出来る場所を求めて森の中を歩き始めた。
<登場人物から一言>
ミリエス「くぅ、頼むから鳴り止んでくれ……」
アンリ鴉「(ニヤニヤ)」