第46話:油断大敵
正式にパーティを結成した玲治達は、気持ちも新たにルクシリア法国への旅路に着いていた。
人数だけで言えば魔族領に向かった時からミリエス一人が増えただけであるが、その戦力は大幅に増している。
新たに加わったミリエスが実力者であるということもあるが、それ以上にパーティの中心人物であり要である玲治自身の力が大きく伸びたからだ。
魔族領へと発った時点の玲治は、特異なスキルや武器、強力な身体能力を持っていたとしても、精々が一流の冒険者の域に何とかギリギリ足を踏み入れた程度──それも戦闘能力に限った話で、それ以外は色々と足りていないが──だった。
しかし、魔族領にて地・水・火・風の属性魔法をそれぞれのエキスパートから学び、今の彼は魔王には及ばずとも四天王クラスと肩を並べられる程にまで成長している。
それは、魔王城でのレオノーラやミリエスとの試合の結果から見ても確かだろう。
また、属性魔法を習得したことによる利点は戦力の向上だけではない。
玲治の持つ厄介なスキル、オート魔法による突発的な被害を防ぐ意味でも各種の属性魔法は役に立った。
これまでは只管魔法が止まるのを待つしかなかったのだが、火が噴きでたら水魔法で消火すると言ったように逆属性の魔法で相殺することで、被害を無くしたり軽減したりすることが出来るようになったからだ。
それは、魔族領へと旅立つ前に仮面の女性アンリから受けた助言の通りだった。
これまでテナやオーレインに迷惑を掛けるばかりだったのが、学んだ力で何とか自分で抑えられるようになったこと。
それは玲治に少しばかりの自信を齎していた。
しかし、自信は時として過信に繋がり、過信は油断に繋がる。
彼は把握しておくべきだった。
対処出来るようになったのは、あくまで地・水・火・風の四つの属性魔法で相殺出来るものだけであるという事実を。
そして、覚えているべきだった。
ルクシリア法国から逃げ出した自身が、どういう経緯で黒薔薇邸へと辿り着いたのかを。
尤も、玲治がそれらを踏まえて一切の油断をせずにいたとしても、結果が変わったかと言えば難しかったかも知れない。
ただ、少なくともそれによる被害を軽減することは出来た筈だ。
事が起こったのは、彼らがフォルテラ王国内に入ってから初めて野営を行おうとした時だった。
◆ ◆ ◆
街道を進んでいたアトランダムの面々は予定通り国境を越えた後、リーメルの街を素通りしてその先の街へと向かっていた。
神聖アンリ教国とフォルテラ王国の国境に最も近いリーメルの街は国境を越えたものの殆どが立ち寄る場所であるが、先を急ぐ必要のある彼らにとっては立ち寄るメリットがない。
教国を発ったばかりで食糧などを補給する必要もないので、その判断は妥当なものだった。
リーメルの街から次の街までの間にはそれなりに距離があるため、馬車でも一日二日では辿り着けない。
他国である教国の首都アンリニアの方が近いというのも変な話だが、元々街の最寄りのダンジョンが独立して国になってしまった経緯を考えればやむを得ない話だろう。
「そろそろ日も落ちてきました。
次の野営地で野営の準備をしましょう」
「そうですね。分かりました」
手綱を握るオーレインの言葉に、御者台に同席している玲治も頷き、荷台に居る二人へとその旨を伝えた。
程無くして街道に点在している野営地の一つが視界に入り、オーレインは馬車の速度を緩める。
野営地の近くに馬車を停めると、一行は馬車を降りて野営の準備を始めた。
「食材はこんなものでいいかな」
「はい。ありがとうございます、レージさん」
アイテムボックスから一食分の食材を取り出してテナに渡す玲治。
まだ火は熾していないが、食事の下準備はテナが進めてくれる。
野営地に張る結界の準備はオーレインがテキパキと準備を進めているため、後出来ることは薪を集めてくるくらいだ。
別に一人でも出来ることだが出来れば人手がほしい……となると、手が空いているのは一人しか居ない。
玲治はその場で所在なさげにしている銀髪の少女へと声を掛けた。
「ミリエス……さん。薪を集めるのを手伝ってくれるか?」
「わ、私か!?」
玲治が声を掛けると、その場で手持無沙汰にしていたミリエスは慌てた様子を見せる。
「駄目か?」
「いや、大丈夫だ。
何をして良いか分からなかったから丁度いい」
魔王の遠戚に生まれ、城で仕えてきたミリエスにとって野営の準備などは未知の領域だ。
近衛にも所属している彼女だったが、部隊が外に出陣する際にも城内を空にするわけにはいかず、その指揮を任されていたのが彼女であったためだ。
どうしていいか分からずに戸惑っていたところに掛けられた救いの声に、彼女は相手に対する隔意も忘れて飛び付く。
玲治としてもいがみ合ってばかりの状況を何とかしたいと思っていたため、この機に多少なりとも交流を深めたいという思いもあった。
「それじゃ、行くか」
「ああ。……そうだ、それと私を呼ぶ時に無理に『さん』など付ける必要はないぞ。
お前にさん付けされるのもどうも違和感がある」
「そうか、それじゃ……ミリエス、改めてよろしく頼む」
玲治がそう言いながら手を差し出すと、ミリエスは困ったような表情を浮かべる。
玲治とはどちらかと言えば敵対に近いようなことしかしていなかった。
勿論それは殺し合うような険悪な関係ではないが、少なくとも友好的とは言えないものだった筈だ。
しかし、相手からこのように言われてしまうと、邪険に扱うのも自分が子供のように思えてしまう。
実際のところ、彼女はまだ子供と言って良い年齢だったりするのだが、それはそれ。
しばし逡巡しながらも折り合いを付けたのか、ミリエスはおずおずと手を差し出した。
「まぁ、陛下からの命令であるから仕方ない。
短い付き合いだろうが、よろしく頼む」
不承不承と言わんばかりに玲治から差し出された手をミリエスが握り返した次の瞬間──。
近くで二人のそんな様子を微笑ましそうに、あるいは多少の警戒心を浮かべながら見守っていたテナとオーレインの姿が消えた。
ように二人には見えた。
「え?」
「な、何!?」
しかし、そうではなかった。
消えたのはテナとオーレインの二人だけではない。
馬車も、オーレインが張ろうとしていた結界の基礎も、そして野営地すらも消えていたのだ。
代わりにそこにあったのは、鬱蒼と茂る樹や草。
いつの間にか、玲治とミリエスの周囲には森が現れていた。
「ま、まさか……」
「おい、何がどうなっている!?」
玲治には、この現象に心当たりがあった。
何しろ、最近では油断していたが当初はこうなってしまわないように警戒していた事項だからだ。
その一方で、ミリエスは唐突な環境の変化に動揺を隠せない。
彼女も玲治のスキルについて話は聞いていたものの、実体験として実感したわけではないため、咄嗟に理解が追い付かなかった。
「どうやら、俺達は転移魔法で別の場所に飛ばされてしまったみたいだ」
「な、何だと……」
そう、テナ達が消えたわけではない。消えたのは、玲治とミリエスの方だ。
玲治の持つ厄介スキルの筆頭、オート魔法。彼の意思とは関係なく魔法が発動するこのスキルにおいて、放たれる魔法は四属性の魔法だけではない。
転移魔法で別の場所に飛ばされることも玲治は一度経験して知っていた筈だし、そうやって分断されてしまうことを警戒して当初一行は離れ離れにならないように気を付けていた筈だった。
しかし、最近オート魔法の被害を抑えられるようになって油断した彼らはその対処を怠っていた。
そのツケがこのタイミングで襲い掛かってきたのは運命の神の悪戯だろうか。……もしそうなら、間違いなくその神は邪神の同類だろう。
「えーと……すまん」
「すまんで済むかーーッ!?」
結成されたパーティ「アトランダム」は一日と経たずに崩壊の危機を迎えた。
「カァー?」
アンリの使い魔の鴉が玲治達の方に居たことが吉と出るか凶と出るか、それはまだ分からない。
<登場人物から一言>
オーレイン「ガーン!?」