第43話:帰路
「ええと、改めてよろしく」
「………………………………よろしく頼む」
おずおずと自信なさげに声を掛けた玲治の言葉に、暫くの間が空いてから回答が返される。
その沈黙に、言葉を発した者の不満が表れているかのようだった。
よろしくと言いながら万歳をしている玲治の間抜けな格好にも問題はあるかも知れないが。
しかし、城中では鍛錬や試合等で必要な時以外は魔法を封じていたものの、これから旅立つという時に魔法を封じるわけにもいかないので、これはやむを得ない。
魔王城の門前で玲治が声を掛けたのは、新たに彼の一行に加わることになったミリエスだ。
旅装束と思しきローブを羽織ったその体躯は幼いが、この場に居る誰もが彼女の実力の程は知っている。
勝負では玲治がかろうじて勝利したものの、あれはミリエスの手の内が分かっていて対策を立てたことで初めて成せたことだ。
実際、最初に対峙した時には玲治は手も足も出ずに敗北している。
数日間の特訓で彼が実力を伸ばしたのは確かだが、最初の試合の時に今の実力があったとしても勝てたかどうかは微妙なところだ。
そんなミリエスだけに、パーティに加わるに当たって特にそれに反発する声は上がらなかった。
唯一、不満そうだったのは当のミリエス本人である。
何しろ、玲治のパーティに加わるという話も主である魔王レオノーラの命令によって突然言い渡されたことで、彼女としては寝耳に水だったためだ。
レオノーラを慕い彼女の傍に仕えたいと思うミリエスにとっては旅に出されるということ自体が嫌だったし、先代魔王がレオノーラと結ばせようと画策している気に喰わない相手と同行するのも不服だった。
しかし、仮にも王命であるために拒否も出来ない。
よって、全身で不満を表しているのだ。
有体に言えば、拗ねている。
その様子に、張本人であるレオノーラも流石に罪悪感を覚えたのか、申し訳なさそうに声を掛けた。
「あー、ミリエス? そろそろ機嫌を直さないか」
「別に……不機嫌になんてなっていません」
何処からどう見ても不機嫌百パーセントだろう……周囲の者達の心の声が一致した瞬間だった。
しかし、流石に主であり姉のように慕っている相手を突っぱねることは気が咎めたのか、ミリエスは僅かに表情を緩め、組んでいた腕を降ろしてレオノーラの方に向き直った
「色々と思うところはありますが、経験を積む機会を頂いたのだと思うことにして行って参ります」
「ああ、埋め合わせは帰ってきたら何か考える。
今は、外の世界を見て来るがいい」
レオノーラはミリエスの銀糸の髪を撫でながらそう告げる。
ミリエスはくすぐったそうにして顔を赤く染めながらも、その手から逃れようとはしなかった。
「というわけだ。ミリエスは優秀ではあるが若い故に色々と足りない部分もあるだろう。
世話を掛けるかも知れんが、よろしく頼む」
「はい、分かりました」
そう告げると、玲治一向は馬車に乗り込み、レオノーラや四天王達に見送られながら魔王城を発った。
◆ ◆ ◆
魔族領にやってきた時には、一行は三人とだった。正確には一羽の鴉が居るため、三人と一羽だが。
三人ともそこまで大柄というわけではないため、詰めれば御者台に三人並んで座ることが出来る。
手綱を持つ者と周囲を警戒する役目で二人は御者台に居ることが望ましいが、一人だけ荷台に居るというのも気が引けたため、大半の道中を御者台に座る形で進んできた。
しかし、帰り道でミリエスが加わったことにより、御者台に乗り切るのは流石に難しい人数となった。
ミリエスが玲治の膝の上に乗れば座れないこともないが、そんなことを彼が言えば二秒後には彼女のフレイム=マリオネットでこんがり焼かれていることだろう。
その為、御者台には二名、荷台に二名という配置で適宜御者を交代しながら座ることとなった。
現在は、玲治とオーレインが御者台に座り、テナとミリエスが荷台に座っている。
「後ろ、大丈夫でしょうか?」
荷台に居る二人の様子を心配した玲治が隣のオーレインに聞いた。
ミリエスはお世辞にも友好的な態度ではなく、このパーティに同行するのも渋々という様子だった。
険悪な状態に陥っていないかと気に掛かったのだ。
しかし、それを聞いたオーレインは心配要らないとばかりに首を横に振った。
「大丈夫だと思いますよ。
あの優しいテナさんに邪険に出来る人はそう居ないですし、
ミリエスさんもずっと怒ってるわけにはいかないでしょう」
「そうですか……そうですね」
「それにそもそも、彼女が険悪な態度を取っていたのはレージさんだけですよ?
私やテナさんには最初から丁重でした」
「え?」
オーレインの思わぬ言葉に、玲治が硬直する。
しかし、思い返してみると確かに彼女が険悪な態度だったのは玲治に対してのみだった。
短い滞在期間とはいえテナやオーレインが彼女と会話する機会は皆無ではなかったが、その時は普通に客人として接していたのである。
「やっぱり、エリゴールさんの手紙にあったあの件のせいでしょうか」
「レオノーラさんへの婿入り話ですね。
確かに、それが原因の一端であることは間違いないと思います。
立ち消えになったことは彼女も分かっているとは思いますが、第一印象はそう簡単に拭えないのでしょう」
「うう、エリゴールさん……なんであんなこと……」
ミリエスが玲治に対してのみ頑なな態度を取り続けるのは、やはり最初の試合の時に話した通り、エリゴールからの手紙にあった玲治をレオノーラの婿に、という話が原因なのだろう。
その時点で印象が、敵ないしは警戒すべき対象として固まってしまい、中々拭い切れぬようだ。
「きっと、これから一緒に旅をする中で関係を改善する機会は十分あると思いますよ。
それだけに、警戒する必要があるのですが……」
「何か言いました?」
「いえ、なんでも」
小声で何か呟いたオーレインに玲治が不思議そうに問い掛けるが、彼女は誤魔化して追及をかわした。
玲治との仲を深めたいオーレインとしては、ミリエスもライバル候補になり得る存在として警戒をしている。
今は険悪に見える玲治とミリエスだが、人と人の関係は何かの拍子に関係が百八十度切り替わることもある。
流石にあそこまで幼いから大丈夫だと思いたいが、油断をして横から掻っ攫われたら堪ったものではない。
「まぁ、それ以上に警戒する相手が居るんですけどね」
◆ ◆ ◆
人間関係は別として、それ以外の点では帰国の旅路は非常に順調だった。
勿論、道中で魔物の襲撃は度々あったのだが、行きの道中でも撃退出来ていたところに更に戦力が増えているのだから対処出来ない筈がない。
また、魔族においては上から数えた方が早い地位に居るミリエスが同行しているおかげで、様々な手続きも半ばフリーパスに近かった。
加えて……
「お? よっと」
「……慣れたものですね」
玲治が突然手から噴き出しかけた火を自らの魔力で相殺したのを見て、ミリエスは半ば呆れたような声を上げた。
彼の持つ厄介なスキルに関しては、道中で彼女も詳細を聞いている。
行きの道中では対処法を持たなかった故に、オート魔法は放たれるのに任せるしかなかった。
しかし、魔王城で四属性の魔法を習得した玲治は、それらが発動した瞬間に対処が出来るようになったのだ。
このおかげで、発動すること自体は止められないが、それによる被害の大部分を抑えることが出来るようになった。
当然、全てが対処出来る魔法というわけではないのだが、地水火風に光の五つもの属性を網羅した玲治にとって、最早対処出来ない魔法の方が少ない。
玲治の手から魔法が飛び出している状況では危なっかしくて馬車を停めざるを得なかったのだが、それが必要なくなったことも順調な旅路の要因の一つだった。
玲治達は行きの時よりも遥かに早いペースで国境を越え、神聖アンリ教国に帰国した。
危地にあるというフィーリナという少女の身を案じながら……。
<登場人物から一言>
オーレイン「危険人物は他にも居ますね……」