第42話:光神の啓示
『──というわけです。
レージさん、貴方には彼女を救うことを依頼したいと思います。
もし依頼を受けて貰えるのなら、私の試練についてはそれを以って代替とします』
広めの会議場で、五人の者達が円卓の中央に立って語る女性の話を真剣に聞いていた。
女性と言っても実体を持ってそこに立っているわけではなく、立体映像のようなものだ。円卓の中央にオーレインの聖弓が置かれ、半透明の女性の姿はそこから伸びている。
聖弓を通してオーレインに啓示を下した彼女は、光神ソフィア。聖光教を信仰する人族からは聖女神とも崇められる管理者の一柱だった。
円卓の席に着いているのは、玲治、テナ、オーレイン、それから魔王レオノーラと四天王のミリエスだ。
彼女から語られたとある少女の窮地を聞き、その場に集った者達は真剣な表情を見せている。
中でも、玲治とオーレインは特に動揺を露わにしていた。
「あの時の子が!?」
「そんな、フィーリナが!? い、一体どうすれば……」
玲治が動揺しているのは、話に出てきた少女──フィーリナの窮地のそもそもの原因が彼にあるためだ。
名前は初めて聞いたが、玲治も召喚された時に目の前に居た少女のことは覚えている。
自分があの場から逃げたことによって、彼女の立場が危うくなったと聞けば、冷静では居られない。
騒動になってしまったことは彼のオート魔法が原因とはいえ、あの時点の玲治には不可抗力だったのだが、だからと言って責任を感じないわけではない。
一方で、オーレインはフィーリナの身を案じている。焦りを浮かべたその様子からは、問題の少女と無関係でないことが窺えた。
不思議に思ったテナが、横に座るオーレインへと問い掛ける。
「あの、お知り合いの方なんですか?」
「はい、私は勇者としてルクシリア法国の方とは交流する機会がありましたから。
聖女神様のお話にあったフィーリナは歳も近かったので、友人として話す間柄です。
まさか、彼女がそんな状態になっていたなんて……」
オーレインは唇を噛んで俯く。
友人が窮地に陥っている時に何も気付かずに居たことを悔やんでいるのだろう。
「レージさん、あの……」
「分かってます。俺だって、放っておけません。
責任は俺にもありますし」
フィーリナの救出依頼を受けるように頼もうと言葉を掛けようとしたオーレインに、玲治はみなまで言うなと言わんばかりに首を振った。
彼としても、無実の罪に問われている少女の救出を断る理由は何もない。ましてや、原因に自分が関わっているのなら尚更だ。
その時、それまで黙って話を聞いていたレオノーラが円卓の中央のソフィアに向かって言葉を掛けた。
「一つ、聞いても良いか?」
『なんでしょう?』
自身の信奉する神ではないとはいえ、尊敬の欠片もない言葉遣いに玲治とオーレインがギョッとするが、言葉を交わしている一人と一柱はどちらも気にするような様子はない。
そもそも、彼らは知る由もないことだが、レオノーラとソフィアは過去に同じ場所で暮らしていたこともあり、親しいとは言えないが言葉を交わすくらいは普通にする間柄だ。
「何故、わざわざレージにやらせるのだ?
お前が一言お告げをすれば即座に解決する問題ではないか。
まさか、試練のために危地にある少女を利用する気か?」
「レオノーラさん!」
遠慮の無いレオノーラの言葉に、オーレインが批難の声を上げる。
しかし、彼女の言葉自体は否定出来ない。
実際、神聖アンリ教国を除いた人族領の全ての国家は聖光教を信仰しているので、聖女神と呼ばれるソフィアの言葉は絶対だ。彼女が白と言えば黒でも白になるだろう。
今回の件についても、啓示で一言フィーリナが無実であることを告げれば、それに異論を唱えることが出来る者は居ない。たとえ、それが聖光教の法王であってもだ。
レオノーラの詰問を受けたソフィアは、怒りを露わにするわけでもなく冷静なまま言葉を返した。
『確かに、彼女の生命を救うだけであれば私が一言告げるだけで解決するでしょう。
しかし、それは表面上のことだけでしかありません』
首を振りながら告げる彼女の言葉に、周囲を囲む五人は半透明な女神の姿をより注視する。
『私が擁護すれば、表立って彼女を責める者は居なくなるでしょう。
ですが、彼女が今までと同じように暮らせるかと言えば、難しいと言わざるを得ません。
内心では疑念は残り続けるでしょう』
「でも、それってレージさんが解決した場合も同じじゃないですか?」
テナがソフィアの言葉に首を傾げながら疑問を呈した。確かに、玲治がフィーリナを救ったとしても──どう解決するかは別として──人々の意識まで含めた根本解決は難しいだろう。
『いえ、そもそもの問題は彼が邪神の手先と見做されてしまったことです。
そこが解消出来れば、根本的な解決が出来るでしょう』
「つまり、単純に身柄を強奪するだけではダメと言うことか。
その少女が責められている状況自体を解消しろと」
「そう上手くいくでしょうか?」
「まず、誤解を解くのが相当難しいと思いますが……」
ソフィアの言葉に、レオノーラ、ミリエスやオーレインも難しそうな表情になる。
なお、邪神によって送り込まれたという点で、聖光教側の見解は誤解とも言い切れない部分があるのだが、そこには誰も触れなかった。
『勿論、一筋縄ではいかないと思います。
しかし、それが出来るとしたら私のような管理者からの押し付けではなく、
貴方達「人」しかないと思うのです』
「だから、レージに依頼するのか?」
『ええ、管理者からの一方的な言葉では解決しないということは、
先日のアンバールやアンリと争った時の啓示で理解出来ましたから……』
「まぁ、そうだな。
あの時、闇神様のことなどについて真実を伝えたそうだが、
人族領は派閥抗争が収まるどころか逆に状況が悪化したからな」
元々人族領では聖光教の上層部に都合の良い形で真実が歪められて伝えられていたが、三柱の争いの際にソフィアから啓示で真実を伝えた。
しかし、人族領はそれで認識を完全に入れ替えるという結果にはならなかった。総本山であるルクシリア法国を中心とした派閥とフォルテラ王国を中心としたオリジン派の争いは激化し、人族領の治安は悪化することとなったのだ。
それを考えれば、如何に信仰されている神と言えど、頭ごなしの一方的な啓示で完全な解決は難しいことは間違いないだろう。
『そう……ですね。
私の力不足で、返す言葉がありません』
ソフィアは苦しそうに俯きながら、自らの過ちを受け入れた。
その上で玲治の方を向いて頭を下げながら告げる。
『私の不始末に対しての片付けをお願いすることになってしまいますが、
どうか彼女の心を助けてください』
それは、管理者が「人」に頭を下げた、初めての瞬間だった。
「頭を上げてください。
勿論、助けてみせます!」
『恩に着ます』
◆ ◆ ◆
ソフィアの姿が消えた後、レオノーラは改めて玲治の方を向いて話し掛けた。
「良かったのか?」
「ええ、俺のせいでもありますし、お世話になってるオーレインさんの友達ということもありますから」
「レージさん……」
ソフィアの頼みを受けたことに対して良かったのかと問い掛けるレオノーラの言葉に、玲治は迷うことなく答えた。
それを聞いたオーレインは、感激した表情をする。
「それなら、一つ頼みがある」
「頼み、ですか?」
レオノーラの言葉に、玲治は思わず首を傾げた。
この状況で、彼女の頼みというものに心当たりが無かったからだ。
「その旅に、ミリエスを連れて行ってほしいのだ」
「陛下!?」
オーレインの突然の提案に、当のミリエス自身が驚愕の表情になる。
「ええと、どういうことですか?」
「端的に言えば、経験を積ませるためだ。
私は勿論、四天王の他の面々は人族領に足を踏み入れたことがあるが、ミリエスだけはそれがない。
我が国の重責を担うに当たり、人族領の実態を知るのは必要なことだ。
そのための見聞を広めるために良い機会だと思ったのだ」
「なるほど……」
レオノーラの説明に、玲治は納得を示した。オーレインやテナも同様だ。
しかし、一人だけ不満を露わにしている者が居る。それは当事者であるミリエス自身だった。
「し、しかし陛下! 私には陛下の近衛としての職務が……」
「あくまで一時的な旅路だ。そこまで問題はないだろう。
勿論、その間はレナルヴェにその分働いて貰うつもりだし、お前を解任するわけでもない」
「それは……しかし……」
「これもお前を信頼しているからこそだ。分かってくれ」
「……分かりました」
ミリエスは不服そうな顔をしていたが、レオノーラの説得を受けて渋々と頷いた。
「というわけだ。受けてくれるか?」
「俺は構いませんが……」
「私も構いません」
「私もです」
「カァー」
「決まりだな」
玲治にオーレイン、テナにアンリ鴉も頷き、一行に新たな同行者が加わることとなった。
「フフフ、これでミリエスがレージと交流を持てば……」
「何か言いましたか、レオノーラさん?」
「い、いや! なんでもない!」
<登場人物から一言>
レオノーラ「へっぽこ」
ソフィア「うぐ……」




