第39話:延長戦
レオノーラの試合終了を告げる声が響き渡った後、魔族の幹部達が集まった謁見の間には静寂が訪れた。
その場に集った者の殆どが、ミリエスの敗北を信じられない思いで見ていたからだ。
彼女は歳若いとはいえ四天王、魔族の中で特に強い力を持つ魔王の側近だ。それはつまり、最低でもトップ5の実力を持っているということである。
勿論、現魔王の即位に伴って彼女が繰り上がりの形で四天王に就任した時、その幼さ故に反対する者も居たし、侮る者も居た。それを実力で黙らせてきたからこそ、ミリエスは四天王の一角に居ることを許されているのだ。
ましてや、数日前の一戦でミリエスは玲治をほぼ完封に近い形で負かせている。まさかたった数日でその上下が引っ繰り返るとは誰も思わない。
しかし、中にはその結果を驚きではなく想定内として泰然としている者も何人か居た。
テナやオーレインといった玲治のパーティメンバーに、ここ数日彼への指導を行っていた四天王であるレナルヴェとヴィクト。そして、審判役の女魔王レオノーラだ。
ここ数日の玲治の成長ぶりを知っている者達からすれば、この結果はそこまで意外なものではなかった。
「フフ、まさかたった数日でミリエスを超えるとは思わなかったぞ」
パチパチという拍手の音と共に、レオノーラがゆっくりと戦いを終えた玲治とミリエスの方に近付いてきた。
その言葉を聞いて、硬直していた玲治もフッと軽く息を吐き、ミリエスの首筋に突き付けていた剣を鞘に収めた。
ミリエスも我に返ると慌てて立ち上がり、レオノーラに向かって口を開いた。
「陛下。こ、これは……」
「別によい、負けたことを責めるつもりはないし、これでお前の評価をどうこうするつもりもない。
これは試合だ、魔族の命運を賭けるような戦いではない。
下手な言い訳はせずに、素直に相手の力量を認めるべきだろう」
「……分かりました」
ミリエスはレオノーラの言葉に僅かに不満そうな表情をしたが、確かに今回の試合で彼女が敗北したことは紛うことなき事実だ。
ここで言い訳をするような真似は、逆に恥となるだろう。
そう考えたミリエスは、渋々と頷いた。
「これで、試練は達成と認めてもらえますか?」
ミリエスと話し合っているレオノーラに、玲治は問い掛けた。
元々、彼がミリエスと戦うことになったのは、闇神の試練によってレオノーラに実力を示す必要があったためだ。
勝てぬまでも力を示せれば認めるというのが彼女の言だったが、それであれば勝利した今回は間違いなく基準は満たしたと言えるだろう。
「ふむ、勿論四天王であるミリエスに勝ったからには……いや、待て」
「え?」
「陛下?」
言い掛けて途中で腕組みをして考え事を始めたレオノーラに、玲治もミリエスも首を傾げる。
周囲の者達も彼女の反応を不思議に思って見守る中、レオノーラは唐突に高笑いを始めた。
「フフフ、ハハハハハ! 四天王の一人に勝ったくらいで調子に乗るな!
認めてほしければ、この私に一矢を報いてみるがいい!
まぁ、ミリエス程度に苦戦している貴様に出来ると言うならの話だがな!」
「………………」
「………………」
「………………」
「………………」
「あれ?」
突然小物っぽい台詞を吐き始めたレオノーラに冷たい視線が突き刺さった。あまりにも唐突だった上に、台詞も棒読みなのだからそれも無理は無い。
レオノーラは周囲の空気に気付いて、首を傾げた。
「ええと、つまりレオノーラさんとも戦えってことですか?」
「ま、まぁそうだな。既にミリエスとの戦いで実力は認めたし、試練は達成と言っていい。
ただ、見てるうちにちょっと私も戦いたくなってな。
父上が認めたという剣の腕前もきちんと見てないことだし」
玲治の冷静な問い掛けに、先程の寸劇を無かったことにしたレオノーラは頷いた。
「それなら、最初からそう言ってください」
「……すまん」
「それと……」
「ん?」
玲治は彼女の足元を指差しながら告げた。
「なんか彼女落ち込んじゃってますけど、大丈夫ですか?」
「え? ああ!?」
玲治の指の先では、先程一度立ち上がった筈のミリエスが座り込んで膝を抱えながら何やらブツブツと呟いている。
「ミリエス程度……程度……」
「す、すまん! ミリエス! あれは言葉の綾で……ッ!」
「役立たずの四天王程度にそんな慰めは不要です」
「ほ、ほんとにすまん」
落ち込んだミリエスが復活するまで、レオノーラはしばらく彼女を慰め続けることとなった。
◆ ◆ ◆
「さて、それでは始めるとするか」
しばらく経って漸く部下を宥め終えた女魔王は、彼女の代名詞とも言える人形を慰めた部下に預けて、黒い大剣を構えた。
「その剣は……」
「魔王に代々伝わる闇神様の加護が宿った魔剣だ。並の剣では受けられんぞ」
「そのようですね」
細かいことは分からずとも、その剣から伝わってくる威圧感は分かった。玲治が持つ二本の剣のうち片方は普通の鋼鉄の剣だ。勇者であり経験豊富なオーレインの見立てで選んだその剣は店で買える中では質の良いものであることは確かなのだが、あの魔剣を受け止められる程の業物ではないのは確かだった。
そのため、玲治はそちらの剣は使わずに運任せの剣だけで行くことにした。
何が出てくるか分からないために実戦では厄介な剣だが、こうした試合であれば開始前に当たりを引くまで引き直せるので有効だ。
物干し竿……外れ。
金槌……外れ。
パン……外れだが、齧ってみた。
何度か外れを繰り返しているうちに、白銀の神々しい光を放つ刀身が現れた。その威圧感はレオノーラの持つ魔剣にも決して劣らない。
これなら行けそうだと判断した玲治は、剣を構えた。
「お待たせしました」
「構わんが……随分と難儀な武器だな」
魔剣を構えたまま待たされていたレオノーラは、呆れたような声を上げる。それに、玲治は苦笑するしかなかった。
「魔法の使用は無しですか?」
「いや、使っても構わんぞ。その方が愉しめそうだ」
緊張感を高める玲治に対して、大剣を持つレオノーラはあくまで自然体だ。
「それではミリエス。合図を頼む。
それと、その人形は絶対に放さないように」
「か、かしこまりました」
観客側に回ったミリエスに対してレオノーラが要望を出すと、彼女はレオノーラの手元に戻ろうと暴れる人形を必死に押さえながら答えた。
「それでは、始め!」
「まずは小手調べだ」
合図と共に仕掛けたのは、レオノーラの方だった。
並の者では振るうのも苦労しそうな大剣を軽々と振り被ると、踏み込みと同時に叩き付ける。
小手調べと言いながら、下手をすればそれだけで決着が付いてしまう程の一撃だった。
その勢いに剣で受けるのは無理だと判断した玲治は、バックステップで大剣の届く範囲から逃れる。
「せい!」
大剣が床に叩き付けられるのと同時に、後ろに下がってそれを避けた玲治は前に踏み込んだ。
これだけの重量武器だ。振り下ろした直後は隙が出来る筈。そう考えての行動だった。
その推測は正しい。女性であるわりには腕力があるレオノーラだが、振り下ろした大剣を無理矢理戻すような真似をすれば間違いなく腕の筋を痛める。もう一度振り被るとしても横に振るにしても、大剣を持ち上げる必要があり、そこには一瞬とはいえ隙が出来る。
但し、それは彼女が大剣を持ち上げようとすれば、の話だ。
「甘いぞ」
「──────ッ!?」
踏み込んで一撃を見舞おうとした玲治を迎えたのは、剣ではなく炎だった。
彼女は大剣を再び構えるのではなく、片手を放してそこから炎を放ったのだ。
前に踏み込もうとした玲治はその炎に自ら飛び込むような形になり、慌てて風を操って横に逃れた。
「ふむ? 良い反応だな。
……なるほど、レナルヴェの戦闘法を学んだか」
常人ではかわせないようなタイミングをかわしてみせた玲治に、レオノーラはその理由をすぐに悟った。
風魔法で動きの補助をして素早さを高めるのは、四天王であるレナルヴェの得意戦法だ。
彼から魔法を用いた接近戦の方法を学んだ玲治は、その戦闘法を多少拙い部分はあれど使いこなせていた。
「接近戦か。面白い」
玲治が炎を回避する間に大剣を構えなおしたレオノーラだが、彼我の距離は最初より大分近付いている。渾身の一撃を見舞うには近過ぎる距離だ。そして、この距離であればお互いの武器を見ても玲治の方が有利だ。
魔法も近過ぎると自らを巻き込んでしまうため使い難い。
勝機を得たと思った玲治だが、目の前で不敵に笑うレオノーラに僅かながらの不安を覚えた。
しかし、怖気づいていても勝利は得られぬと、その不安を握り潰しながら前に出る。
金属のぶつかり合う甲高い音が何度も何度も鳴り響く。
超近距離の接近戦に戦いの趨勢が移る中、攻勢に出ているのは玲治の方だった。
振るう剣をレオノーラは大剣を器用に当てながら防いではいるものの、防戦一方だった。
(いける!)
勢いにのって剣撃を続ける玲治に、レオノーラの反応が僅かに遅れた。流石に小回りの利かない大剣でこれだけの近距離での戦いを繰り広げるのは難しかったのだろう。
玲治はその隙を逃さず、レオノーラの左脇へと剣を横薙ぎに振るった。彼女の大剣は反対側に向いていて、すぐには対処出来ない。
勝った! そう思った玲治だが、寸止めする筈だった剣はそれよりも先に弾かれた。
「え?」
何が起こったか分からずに唖然とする玲治だが、敵を前にしてのその硬直は命取りだった。
「ごふっ!?」
突然腹部に衝撃を受け、玲治は為す術もなく後ろへと吹き飛んだ。
辛うじて倒れずに踏み止まったが隙だらけの状態で、もしもこの時レオノーラが追撃を仕掛けていたら勝負は終わっていただろう。
しかし、彼女は動かずに玲治の動向をジッと見ていた。
玲治は漸く先程何が起こったのかを理解した。
おそらく、大剣では玲治の剣を止められないと悟ったレオノーラは素手で剣を弾き、それに続いて拳で玲治の腹を殴ったのだろう。
剣は刃の部分以外では斬ることが出来ないため、平らな腹の部分を殴れば弾くことは確かに理屈の上では可能だ。
但し、言葉で言うのは簡単でも実際に実行するには経験に加えて余程相手との力量が離れていないとまず無理だ。
つまり、この結果は玲治とレオノーラの力の差がそれだけ離れていることを意味する。
「魔王の座について剣を継いだが、元々私は素手で戦う方が得意でな。
至近距離であれば大剣での対応が難しいのは確かだが、そこは私の間合いだ」
「くっ!」
強力な大剣を振るいながらも、それによって生じる術後の硬直は魔法などで対処出来、苦手な筈の至近距離も素手での戦闘で逆に得意。
先程の火魔法の威力やスピードから考えても、遠距離での魔法の撃ち合いは彼女の思う壺だろう。
全ての間合いで対応されてしまい、玲治は打つ手の見えない状況に苦しい声を上げた。
「さぁ、どうする? まだ、続けるか?」
修行編も次回でラストです。
<登場人物から一言>
人形「ハーナーセー」
ミリエス「こ、こら! おとなしくしろ!」