第38話:リベンチマッチ
「まさか、前回からたった五日で再戦を迎えるとは思わなかったな。
二人とも、昨日はなかなか激しかったようだが、体調は万全か?」
謁見の間で玉座に座ったレオノーラが階下に居る玲治とミリエスの二人に向けて問い掛けた。
部屋の中に居る人数は最初に玲治達が訪れた時から比べると若干減っているものの、それでもここ数日玲治に魔法の指導を行っていたレナルヴェ、ヴィクト、イジドといった四天王の面々を始めとして、多くの魔族達が集っている。
彼らの目的は勿論、玲治とミリエスの再戦を見届けることだ。
「変な仰り方はやめてください、陛下!
普通に魔法の指導をしていただけです!」
「そうですよ、レオノーラさん。
それじゃまるで……」
レオノーラの口振りに顔を赤らめながら反論する玲治とミリエス。
確かに、レオノーラの言葉を知らぬ者が聞いたら、まるで二人が同衾していたかのような誤解を招きかねない。
尤も、彼女はそれを分かった上で二人にお互いを意識させようと敢えてやってるのだから、性質が悪い。
「ああ、すまんすまん。
まぁ、その様子を見る限り体調には問題ないようだな」
二人が顔を赤らめていることをネタにすることも出来たが、これ以上突っ込むと藪蛇になりそうだと判断したレオノーラはそれ以上弄るのをやめて、話を進めることにした。
「それでは、早速始めることにしよう。
ルールなどについては前回と一緒でよいな」
「はい、陛下」
「分かりました」
◆ ◆ ◆
前回の時と同じように、謁見の間の広い空間を使って玲治とミリエスが対峙する。
観客達はそれを巻き添えを喰らわない程度に遠巻きにしながら眺めており、その先頭に玉座から降りたレオノーラが立った。
敢えて前回の時と異なることを挙げるとすれば、ミリエスが最初からフレイム・マリオネットを展開していることだろうか。
手の内が玲治に知られていることから、開始の合図と同時に先手を打たれることを警戒したのだろう。
一方の玲治は、剣を二本抜かずに右手だけで持ち、左手をフリーハンドの状態で構えている。
「用意はいいな?
それでは……始め!」
レオノーラが手を振り降ろして開始の合図を告げる。
先日の試合の時は合図と共に玲治が踏み込んだのだが、今回は二人ともすぐには動かずに睨み合いとなった。
「どうした? この前みたいに突っ込んで来ないのか?」
「そのマリオネットに真っ向から突っ込んだら、大火傷するだけじゃないか。
それに、折角教えてもらった魔法をここで使わなければ意味が無いだろう」
玲治はそう言うと、ミリエスに向かって左手を掲げた。
詠唱と共に人の頭部程の大きさの氷塊が複数放たれ、炎の人型目掛けて飛んでゆく。
氷塊はフレイム・マリオネットの熱量で融け、大量の水となって人型に降り掛かった。
「火には水か?
間違いではないが……」
弱点とも言える属性をぶつけられたミリエスだが、その様子は冷静なままで動揺は無い。
「甘い」
炎の勢いは凄まじく、大量の水も一瞬で蒸発してしまう。
フレイム・マリオネットは小揺るぎもせずにそのままに立ち塞がっていた。
「お前の魔法習得の才能は脅威だ。それは認めよう。
まさかたった四日で地水火風の四属性を実戦レベルで習得するとは想像もしていなかった。
しかし、実戦レベル程度で我らと同等と思い上がられては困る」
今度は自分の番だと言わんばかりに、ミリエスが先の試合と同じように炎弾を放ってくる。
玲治はそれを風で切り裂いて迎撃しようとするが、完全には落とせずに剣で打ち払った。
「レナルヴェ様なら全て打ち落とせただろう。
ヴィクト様なら最初の攻撃でマリオネットに損傷を与えられた。
イジドさんなら複数のゴーレムを以って数で圧倒出来る。
しかし、お前にはどれも出来ない……違うか?」
「いや、違わない」
「複数の属性を操れるというのは利点ではあるが、その練度が低ければ一つの属性を突き詰めた相手に及ばない。
あるいはお前がこのまま実力を伸ばしていけば何れは超えられるかも知れないが、それは今じゃない」
キッパリと告げたその言葉と共に、ミリエスは前に一歩進み出る。
たった一歩だが、基本的に動き回らない戦闘スタイルのミリエスが前に出たというのは重要な意味がある。
玲治の戦意を削ぐために自身の優位を述べたミリエスだが、実際には彼女が圧倒的に優位であるわけではない。
ミリエスの基本戦闘スタイルは攻撃の効かないマリオネットを壁として、高火力の火魔法で遠距離から圧倒するというものだが、先程玲治は完全ではないにしろミリエスの攻撃を防いだ。
このまま繰り返せば勝てるかも知れないが、持久戦となった場合どちらが先に体力と魔力が尽きるかは微妙なラインだ。
故に、マリオネットごと前に進み出て押し潰す。それがミリエスの出した結論だった。
一方の玲治はそんなミリエスの考えまでは見通せていないが、マリオネットが一歩前に進み出たことによる威圧感で対応を考えなければならないことを自然と悟った。
このまま接近戦になっても、攻撃の効かないマリオネットに焼かれるだけであるし、前回の経験からマリオネットをどうにかしなければやり過ごしてミリエスを狙うのも難しいことは分かっている。
魔法戦についても、分が悪いのは分かっている。
水魔法は先程試したがマリオネットを崩し切れないことは分かったし、地魔法は屋内のこの場所では使い難い。風魔法でマリオネットを切り裂くことは出来るだろうが、剣で斬り付けた場合と同じようにすぐに元通りになってしまうだろう。
勿論、相手は炎の塊なので火魔法をぶつけても相手の勢いを増すだけだ。
(いや、待てよ……?)
一見打つ手なしの状況だが、一つ思い付いた玲治は先程と同じように左手をマリオネットへと向ける。
前に進み出ていたミリエスは、それを見て警戒し歩みを止めた。
先程放ったのは氷塊だったが、今度はミリエスが放ったものと同じような炎が玲治の左手から放たれ、マリオネットに向けて高速で飛んでゆく。
「なんだ? 勝ち目がなくて自棄にでもなったか?」
炎に炎を幾らぶつけても、大した効果は無い。
マリオネットの火力よりも圧倒的に強い炎をぶつければあるいは打ち砕いて散らしたり、炎によって巻き起こる風で崩せるかも知れないが、玲治の技量ではそれも不可能。
実際、玲治が放った炎はマリオネットの身体に飲み込まれて、逆にその勢いを増す始末だ。
しかし、それにもかかわらず玲治は次々と炎を放ち続ける。
「いい加減に……くっ!?」
わけの分からない玲治の行動に苛立った表情になっていたミリエスが、突然顔を歪めた。
彼女自身もマリオネットも見た目上は何も変わらず、周囲の観客からは何が起こったか分からない。
「まさか……」
一瞬呆然としたミリエスだが、すぐに前方に手を翳して集中力を高めた。
先程ミリエスが動揺した理由、それは彼女のマリオネットに対する制御が揺らいだためだ。
フレイム・マリオネットは火魔法で作り出した炎を魔力によって制御をして人型に固めている。しかし、その制御には許容量があるため、炎が大きくなり過ぎないように敢えて抑えるようにしている。先程、玲治が炎を投げ込んできた時も、それに併せて全体の火力が一定程度に収まるように自身の出力を下げた。
しかし、玲治が投げ込んだのは彼の魔力によって作られた炎だ。
呑み込まれてマリオネットの糧になりながらも、その制御を奪い取ろうと干渉をしてきた。
「小賢しい真似を──ッ!」
そう、小賢しい真似でしかない。練度で劣る玲治が幾ら挑もうと、ミリエスのマリオネットに対する制御を奪える筈もない。
ミリエスが出力を上げれば、玲治の魔力の影響など誤差の範囲となってしまう。
しかし、マリオネットを今の形に固定しているのはミリエスであり、炎の総量が許容量を超えれば構成維持出来なくなる。
出力を上げれば構成を維持出来ず、かといって何もしなかったり出力を下げれば玲治の干渉が有効になってしまう。
あちらを立てればこちらが立たずといった厄介な状態に苛立つミリエスだが、そこに更に厄介なことが起こる。
玲治が手に持った剣を床に突き刺し、開いた右手で別の魔法を放ち始めたのだ。
氷塊で上空から弧を描くようにミリエスを直接狙ったり、風魔法でマリオネットを斬り裂いたり。
いずれも通常であれば何の苦労もせずに対処出来る程度の児戯でしかない。
しかし、構成を維持できる限界ギリギリの出力で玲治からの干渉を押さえ込もうとしていたミリエスにとっては、集中力を掻き乱す最悪の追い打ちだ。
「──────ッ!」
唇をギュッと噛んで必死に玲治からの攻撃を対処しながらもマリオネットを制御しようとするミリエス。
それが数分に渡って保てたのは、彼女の人並み外れた才能と鍛錬のおかげだったのだろう。
しかし、それもやがて限界を向かえた。
氷塊のうちの一つを迎撃しそこね、それが彼女の手に上から当たった。その瞬間、一瞬だけ集中力が途切れることにより、マリオネットを維持していた魔力が揺らぎ……破裂した。
それは、先日の玲治との試合の際に彼女が自ら行ったものと同じ様相だった。違うことがあるとすれば、あの時空中でよけ切れずに巻き込まれた玲治が今回は離れた位置におり、巻き込まれたのがミリエス一人ということ。そしてもう一つは、自らの意志で実行した前回と違い、ミリエス自身の心構えが出来ていなかったことだ。
「きゃあああぁぁぁーーーッ!?」
吹き荒れる炎によって起こる強い風圧に吹き飛ばされ、ミリエスは床へと叩き付けられた。
一方の玲治は、マリオネットが臨界を迎えた瞬間に床に刺した剣を手に取り、その破裂の直後に前に飛んだ。
「うぐ……」
ミリエスは全身の痛みを堪えながら床に手を突いて身を起こそうとする。
しかし、立ち上がる前に首筋近くに何かが突き付けられた。
首を捻ってそれが伸びてくる方を見ると、そこには玲治の姿があり、突き付けられているのは彼が右手に持った剣だった。
「そこまで!」
離れた所から試合終了を告げるレオノーラの声が上がった。
<登場人物から一言>
オーレイン「昨日はお楽しみでしたね」
玲治「違います!」