第34話:つらい特訓
「さて、陛下のご命令で皆さんの滞在中、私の方で応対させて頂くことになりました。
改めてになりますが、よろしくお願い致します。
何かありましたら、遠慮せずにお申し付けください」
魔王城に滞在して特訓することを玲治が決めた翌朝、目を醒ました彼らを訪ねてきたのは、魔王城に来るまでに案内をしてくれたレナルヴェだった。
「レナルヴェさんが、ですか。
それは有難いです」
彼であれば道中共に過ごしただけ他の者よりも安心出来る。玲治達はそう感じて安心したし、レオノーラもそれを考えて彼にこの任務を任せたのであろう。
しかし、そこでオーレインが首を傾げながら心配そうに疑問を挙げた。
「あ、でも……レナルヴェさんって近衛隊長を務められてましたよね?
お仕事の方は大丈夫なんですか?」
近衛、それも隊長となれば別命が無ければ常に王であるレオノーラの近くに居るのが務めだろう。それが客人とはいえ自分達の世話に回ってしまって本来の仕事は大丈夫なのか。彼女はそう考えたのだ。
「陛下からの直々の仰せですので、その点はご安心ください。
長期間魔王城を離れるとなると色々問題もありますが、城内に居るならいざという時もどうにでもなります。
それと、近衛の仕事は副隊長もおりますので」
「副隊長?」
オーレインの心配に微笑みながら問題ないと告げるレナルヴェだったが、玲治はその言葉の中のある言葉に気を引かれた。
この魔王城に来てから何人かの紹介を受けたが、その中に近衛の副隊長と呼ばれていた人物は居なかったためだ。
「貴方が戦われたミリエスが近衛副隊長ですよ。
陛下の身の回りの世話も行っているため、兼務ですが」
「彼女が……」
レナルヴェの言葉に、玲治は自分を試合で叩きのめした少女を脳裏に浮かべた。
玲治は試合のはじめ、彼女のことを幼い少女だということで侮ってしまったが、振り返ってみれば彼自身よりも格上の相手だったのだから愚かとしか言いようがない。
そして、ミリエスは特訓によって超えるべき壁でもある。
闇神からの試練をクリアするには、彼女に勝たなければならないのだ。
玲治はそのことを改めて自覚し、闘志を新たにする。
「それで、特訓って具体的に何をするんですか?」
姿勢を正して、レナルヴェに問い掛ける。
彼はその玲治の様子を微笑ましそうに見詰めながら、質問への答えを口にした。
「魔法の特訓ですが、戦闘向けの魔法といっても属性が分かれます。
地水火風、それぞれの得意とするものから個別に指導を受けて貰うつもりです。
その中で得意な属性を見付けていきましょう」
「なるほど」
「そうですね。光魔法以外の得意属性を作るのは良さそうです」
レナルヴェの言う通り、魔法を本業とする魔導士であっても得意な属性はそれぞれ異なる。得意な属性でなくても使えないというわけではないが、極めるのであれば得意な属性に絞った方が効率が良い。
実戦的な魔法の使い手であれば、使う属性はせいぜい二つが限界だ。
それ以上に手を広げると、中途半端で終わってしまうことが大半だからだ。
「それと、折角なのでそれぞれの担当に任せる形で属性魔法以外も指導を行って貰います。
例えば、風魔法については私が担当させて頂くことになりますが、併せて魔法を使用した近接戦闘についても伝授させて頂くつもりです」
「本当ですか!?」
属性魔法だけでなく、それ以上の指導を受けられると聞いて玲治が驚きの声を上げる。
「完全に任せているので、他の担当がどんな指導を行うつもりなのかは私も分かりません。
ただ、期間が短いので、いずれも結構ハードな指導になることだけは間違いないでしょう」
「分かってます。どうか、よろしくお願いします!」
少し脅すようなレナルヴェの言葉だったが、玲治はむしろ望むところだとばかりに強く頷き、頭を下げた。
それを見たレナルヴェは薄く微笑むと、視線を横に居るテナとオーレインへと向けた。
「折角ですので、テナ嬢とオーレイン嬢も彼と一緒に指導を受けますか?」
「あ、はい。お願いします!」
「そうですね、色々と参考になることは多そうですし。
私もお願いしたいと思います」
テナとオーレインもレナルヴェの提案に渡りに船とばかりに頷いた。
「かしこまりました。
ではさっそく……と言いたいのですが」
「?」
さっそく彼による「風」の指導が始まると思っていた玲治達だが、レナルヴェは何故か途中で言い淀む。
その様子に三人は不思議そうに首を傾げた。
「実は、『水』を担当するヴィクトから初日は自分のところに連れてくるようにと言われてまして。
『風』は後回しにして、まずは『水』からとなります」
「そうなんですか? 分かりました」
若干肩透かしを受けた玲治だが、別にどの属性からという拘りがあるわけでもないため、素直に頷いた。
「では、彼の待つ部屋に案内します」
「はい! よろしくお願いします!」
四人は連れだって、水の四天王であるヴィクトの待つ部屋へと向かった。
◆ ◆ ◆
魔法の特訓となれば通常周囲の被害を抑えるため、屋外や広い場所で行うのが通常だ。
……が、レナルヴェに案内された先は小さな講義室だった。
それも、講義を行うように板書用のボードと机や椅子が設置されている。
「? ここですか?」
「ええと……そう聞いていたのですが。
ヴィクト、居ますか?」
案内をしてきたレナルヴェも、魔法の指導をするのに相応しいとは思えない部屋の様子に困惑気味だった。
レナルヴェが問い掛けると、玲治達が居るのとは別の出入口から片眼鏡を着けた青年が部屋に入ってきた。その格好は白衣を羽織っており、研究者か何かのようだ
「ああ、来ましたか。
こちらの準備はもう出来てますので、座ってください」
「それは構いませんが、その格好は何です?
魔法の指導をするのではなかったのですか?」
座るように告げる青年に、レナルヴェは玲治達の分もまとめて疑問をぶつけた。
「ええ、魔法の指導ですよ?
まずは、座学からですね」
「すみません、ちょっと急な任務があったことを思い出しました。
大変恐縮ですが、この場は彼に任せて私は席を外させて頂きます!」
「は!? ちょ、レナルヴェさん!?」
白衣の青年の回答を聞いた次の瞬間、レナルヴェは唐突に玲治達に謝るとあっと言う間にその場から立ち去った。
玲治達は呆気に取られてしまい、止めることもままならない。
「逃げましたか……まぁ、いいです。メインは貴方達ですからね。
さぁ、講義を始めますので早く座ってください」
取り敢えず、指導を行う担当は目の前の青年なのだし、レナルヴェの様子は気になるが彼の指示に従おう。そう思った三人は青年の導くままにそれぞれ席へと着いた。
「さて、オーレイン嬢は旧知ですが、それ以外の方は面識が薄いのでまずは自己紹介をさせて頂きます。
私の名はヴィクト。この魔族領で宰相と『水』の四天王を務めさせて頂いております」
「ええ!? さ、宰相!?
そんな重要な役職の人に時間を割いて頂いて、大丈夫なのですか?」
「あまり大丈夫ではありません。
なので、短期集中での講義とさせて頂きます。
ハードな内容になりますが、着いて来てください」
「わ、分かりました!」
有無を言わせぬヴィクトの言葉に、三人の生徒は姿勢をピシッと正して緊張する。
「それでは、魔法とは何かという点から講義を始めます」
なお、玲治達は彼の講義と聞いた瞬間にレナルヴェが逃げたことをもう少し重く受け止めるべきだっただろう。
インテリ派であるヴィクトの講義が如何に恐れられているか知らない彼らには、どのみち避けられなかったかも知れないが。
「ここまで、理解出来ましたか?」
「は、はい!」
ヴィクトの問い掛けに、玲治は緊張しながら答える。
「何度教えれば分かるのですか!?
そこの術式はこちらを使うようにと言ったでしょう」
「ご、ごめんなさい!」
叱責を受けて、テナが涙目になる。
「ダメですね、もう一度やり直しです」
「そ、そんなぁ……」
容赦なくやり直しを告げられ、オーレインが嘆いた。
「さて、基礎編はこんなところですね。
今回は時間がありませんので、上級編はまた何処かでということで」
四時間程、途中休憩すら許されずに怒涛のように知識を詰め込まれ、玲治達は頭から煙が立ち昇るのを幻視する程に燃え尽きていた。
しかし、ヴィクトはその彼らの様子には考慮せず、容赦なく次の言葉を放つ。
「では、魔法の座学はこれくらいにして、水魔法の指導に入りましょう」
座学だけで既に疲労困憊だったため内心で悲鳴を上げた玲治達だが、一人だけ元気なままのヴィクトに連れられて城内の訓練施設に場所を移し、水魔法の指導を受けることになった。
疲労のあまり余計な雑念が無かったことが功を奏したのか、玲治は比較的スムーズに水魔法を習得することが出来た。
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<登場人物から一言>
レナルヴェ「……ふぅ、危ない所でした」




