表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
召喚アトランダム  作者: 北瀬野ゆなき
【第二章】魔族猛襲編
34/102

第32話:壁

 レオノーラの開始の合図と共に、玲治は前へと踏み込んだ。

 対戦相手の少女、ミリエスは魔導士。ならば遠距離は彼女の間合いだ。距離を取られれば一方的に狙い撃たれて終わってしまう。

 逆に接近戦に持ち込むことが出来れば、剣で戦う自分の方が圧倒的に有利となるという判断だ。


 玲治の判断は定石通りであり、決して間違ってはいない。

 他の者であっても同じ状況に置かれれば同じ選択をしたことだろう。

 しかし、定石通りということは相手からも想定され易いことを意味する。


「残念だが、その手はミリエスには通じない」

「レオノーラさん?」

「見ていれば分かるさ」


 離れた位置で観戦していたレオノーラが呟く。

 それを隣で聞いていたテナが不思議そうに首を傾げるが、レオノーラは顎でミリエスの方を指し示す。

 はたしてその言葉を実証するように、ミリエスに迫る玲治の前で下から炎が巻き起こった。


「くっ!?」


 正面から迎撃されることは想定していた玲治だが、予想外に足元から上がった炎に意表を突かれ、ギリギリのところで飛び下がって回避する。

 炎の届く範囲から逃れた玲治は、勢いが弱まるのを待って再び距離を詰めようと様子を窺う。

 しかし、彼の予想に反して炎はその勢いを弱めることはなく、渦を巻くような奇怪な動きを見せた。


「なんだ……?」


 自然ではあり得ない動きを見せる炎に、玲治は目を細めて観察する。

 その玲治の目の前で、炎は形を変えて人型を取った。


「フレイム・マリオネット」

「え?」


 それは全長二メートル程の高さを持ち、頭部、胴体、そして手足が炎で形成された人型だ。

 呆然とする玲治に向かい、人型は腕を大きく振り被り叩き付けてくる。


 玲治はその攻撃を剣で受け止めようとするが、直前で悪い予感がして右手に持った剣を盾にするように掲げながらも後方に跳び下がった。

 炎の人型が振り下ろした腕は、玲治の掲げた剣に当たるも何も無いように素通りして彼の身体へと伸びてくる。


「熱っ!!」


 剣を通り抜けた炎の腕が玲治の右腕を掠り、その熱さに思わず悲鳴を上げた。しかし、直感で後ろに下がったからこそその程度で済んだのであり、もしも元の位置に居れば今頃全身に火傷を負っていたところだ。

 玲治は跳び下がった位置から更に後ろに下がり、右腕の負傷に手早く回復魔法を当てる。


「炎の……ゴーレムなのか?」

「これが私の得意技──フレイム・マリオネット。業火を練り上げて構築した人型だ。

 お前が狙ったように、魔導士である私は距離を詰めての戦闘は不得手だ。

 しかし、私自身が接近戦が出来ずとも、このマリオネットが居れば問題ない」


 玲治は先程の攻撃を思い出し、試しにマリオネットに近付いて斬り付けてみた。

 それは安全さを重視した浅い攻撃であり、倒すことでなく相手の特性を確かめるための一撃だ。

 予想通り、玲治の斬撃は手応えすらなくマリオネットの腕を切り裂いたが、次の瞬間にはその傷は何事もなかったかのように塞がって元通りとなった。


「やっぱり斬れないか。

 いや、斬っても戻ってしまうと言った方が正解かな」

「そういうことだ、実体の無い炎を斬ることは出来ない。

 故に、お前にはこのマリオネットを倒すことは出来ない」


 ミリエスの言う通り、フレイム・マリオネットは炎を魔力で操ることで人型に形成しているだけであり、斬っても炎が二つに分かれるだけでダメージにはならない。

 たとえ何百回斬り付けたとしても徒労に終わるだろう。


「実体がないのなら、盾にもならないのではないでしょうか?」

「確かに実体はないから物理的に攻撃を止めることは出来ないが、触れれば炎に焼かれることになる。

 生身で突っ込んではただでは済まないだろう。

 弓矢などでミリエス本人を狙うのであれば有効かも知れんが、剣では無理だろうな」


 疑問を呈したオーレインに、レオノーラが説明する。


「ゴーレムクリエイトは本来、火魔法よりも地魔法の得意分野だ。

 しかし、ミリエスはそれを上手く取り込んで自身の戦法とした。

 相手との相性によって有利不利は分かれるが、こと剣士相手であれば負け知らずだ」


 レオノーラの称賛混じりの解説が聞こえたのか、ミリエスはフッと口元を歪めるとマリオネットを一歩前進させた。


「さて、今度はこちらの番だ」

「くっ!」


 ミリエスの宣言と共に、マリオネットは怯む玲治に対してその両腕で打ち掛かった。

 ミリエスが操るマリオネットは大型だが実体が無いため重量が存在しない。そのため、その大柄な体躯のわりに動きは早い。

 とはいえ、玲治が反応が出来ない程のスピードと言うわけではないが、受け止めれば最初の時と同じように焼かれることになる。

 玲治はただひたすら回避を続けることしか出来ず、たまらず更に距離を取った。


「……追って来ない?」


 マリオネットが追い掛けてくるかと思って警戒する玲治だったが、相手は一定の位置までしか前に出て来ず、その場で立ち止まる。

 ミリエスにとって剣であると同時に盾の役割を果たすマリオネットであるため、あまり本体から引き離されて突破されることを警戒したのだろう。


「厄介だな」


 マリオネットがミリエスから離れれば、何とか横を抜いて直接ミリエスを攻撃するつもりだった玲治だが、この状態ではそれも難しい。

 弧を描くように廻り込もうにも、マリオネットの方が内側にいるために少ない移動距離で対応されてしまう。


「………………」


 攻め手に悩む玲治は、突破口を見付けだそうと彼とミリエスの間で佇むマリオネットを鋭く睨み付ける。

 幸いにしてマリオネットは現在居る位置から前には出て来ないため、距離を取っていれば攻撃を受けることはない──などと考えていた玲治に、鋭い言葉が投げ掛けられた。


「一つ忘れているようだから言っておくが……」

「え?」

「私は魔導士で、遠距離こそが私の間合いだ」


 その言葉と共に、マリオネットの上や両脇から玲治に向かって炎が走る。

 いや、中にはマリオネットの胴体を貫いて真っ直ぐに飛んでくるものすらあった。


「うわあ!?」


 玲治は悲鳴を上げながら両手に持った剣を振り回して炎を打ち払おうとするが、相手の攻撃が届かないと油断をしていたために反応が遅れて何発か手足に喰らってしまった。


 炎の人型で接近を防ぎつつ、魔法で遠距離から撃ち払うのがミリエスの戦法だ。それはシンプルであるが故に、対策も取り難い。

 ミリエスの放つ火魔法以上の遠距離攻撃の手段があれば真っ向から撃ち合いで対抗することも出来るのだが、現在の玲治が使えるのは光魔法のみであり、火力という点では一歩も二歩も劣っている。


「そら、お前が攻撃して来ないのなら続けさせてもらうぞ」


 ミリエスは笑みを浮かべ、更に炎の球を玲治に向かって降り注ぐ。

 距離を取ったことで何とか回避することが出来ているが、一方的に狙い撃たれていれば何れは疲労でかわしきれなくなるのは目に見えている。そうなれば、滅多打ちにされて終わりだ。


 魔法で対抗することが難しい以上、考えられる手段は二つに一つ。

 一つは、運任せの剣で以前黒龍を打倒したような強力な攻撃が繰り出せる剣を引き当て、力尽くで突破することだ。あの時放ったような極光であれば、マリオネットごとミリエスを倒すことも出来るだろう。

 しかし、その手段は現状では採り得ない。この場はあくまで力試しの「試合」であり、相手を殺害したり重傷を負わせてしまうのは拙いためだ。それ以前に、玲治としても歳下と思われる少女を相手にそんなことはしたくない。


 もう一つの手段は、どうにかマリオネットを突破してミリエスに接近することだ。

 とはいっても、真っ向から向かえばそれは火の中に飛び込む自殺行為と変わらない。

 横から回り込むことも先程検討して諦めた。

 ならば残るは……。


「む?」


 突然前に走り始めた玲治を見て、ミリエスは疑問の声を上げた。


「真っ向からマリオネットに突っ込む気か? 愚かな」


 貼り合いの無さに少しだけ落胆しながらも、マリオネットの腕を振り被って迎撃に入るミリエス。

 振り被られた太腕が玲治に叩き付けられる……刹那、彼の姿が消えた。


「な、何!?」

「生憎と、そんなに無謀じゃない」


 そんな言葉と共に、玲治の身体は宙を舞っていた。

 マリオネットの腕が叩き付けられる直前、運任せの剣を床に突いて前方倒立回転の要領で空中に飛び上がったのだ。

 この世界に来てから強化されていた身体能力により、彼の身体はマリオネットを飛び越えられる程に高く浮いた。

 横から回り込めないのであれば、飛び越えてしまえばいい……そんな強引な突破方法だった。


 マリオネットを飛び越えて距離を詰めることさえ出来れば、魔導士であるミリエスに負ける要素はない。

 玲治は勝利を確信する。


「──ッ!? させるか!」


 しかし、相手は幼くとも魔族の中でも上位に位置する四天王。

 玲治の対応に意表を突かれながらも、反射的に適切な対処を取った。

 玲治がマリオネットの上空を飛び越えようとした瞬間、ミリエスは人型の維持をやめてマリオネットを破裂させたのだ。

 ミリエスのフレイム・マリオネットは魔力を用いて炎を凝縮して人型に形成している。ならば、その形成をやめればどうなるか……。


 答えは、凝縮されていた炎が反発で弾け飛ぶ、だ。


「な……があああぁぁあ!?」


 身体が空中にある玲治は当然避けることも出来ずに、その炎をまともに浴びてしまう。炎に包まれて受け身も取れずに床に落下し、必死になってゴロゴロと転がることで何とか火を消すが、ダメージは大きくそのままガクリと意識を失った。


「レージさん!?」

「大丈夫ですか!?」

「ちょ、やりすぎだ……っ!?」


 倒れた玲治にテナやオーレインが悲鳴を上げて掛け寄る。レオノーラも予想以上の被害に冷や汗を流して慌てた。


 しかし、一方でミリエスの方も無事では済んでいなかった。

 咄嗟の判断でマリオネットを破裂させたが、それによって放たれる炎は彼女の制御を外れていたため、術者であるミリエス自身にもダメージを与えたのだ。

 尤も、玲治よりも距離があったためにそれほど大きなダメージは負っておらず、自らの足で立っている。


 玲治の方は意識が無くどう見てもこれ以上戦うことは不可能だ。審判役のレオノーラが忘れているため合図は出ていないが決着は付いたと見て良いだろう。


 オーレインの手で治療されている玲治がそれを知るのはまだ先のことだった。

<登場人物から一言>

ミリエス「こんがりウェルダン」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ