第31話:炎の後継者
エリゴールからの手紙で一時期場に変な空気が流れたが、レオノーラは話を本題に戻すことにした。
「婿云々は置いておくとして……先程聞いたお前達が此処に来た目的についてだが、『この世界の魔王に実力を認めさせること』というのが闇神様からの試練の内容だったな。
この世界の魔王──つまりは私がお前の実力を認めれば良いと言うことになるが……」
そこまで言うと、レオノーラは困ったように首を傾げる。
「実力を認めるというのは、具体的にどうすれば良いのだろうな?
現時点でも何もせずに口で『認めた』と言うことは出来るが、おそらくそれだけではダメだろう。
私が心の底から『認めた』と言える状態にならねばな」
印を押す証明書があるわけでもないため、試練が達成されたかの判断は闇神の胸先三寸で決まることになる。
仮にも神族である彼の判断に、小手先の誤魔化しが通じるとは思えない。
少なくとも、レオノーラが心の底から玲治の実力を認めた様子が見られなければ、達成とは見做されないだろう。
「まぁ、それでなくとも闇神様のお与えになった試練だ。
魔族の長たる私としても手を抜くわけにはいかん。
よって、お前に何か実力を示して貰い、それを見て判断することになる」
「ええ、俺としてもそれで構いません」
真剣な眼差しで眼下に立つ玲治を見るレオノーラに、玲治も真っ向から視線を合わせてそれを受け入れた。
元より、玲治自身そのつもりでこの魔王城まで遥々やってきたのだから、異論はなかった。
レオノーラはその様子にフッと笑みを浮かべる。
「良いだろう。
後はどうやって実力を示して貰うかだが、これはもう実際に誰かと戦って貰うのが一番分かり易いだろうな」
「なるほど」
そう言うと、レオノーラは謁見の間に居並ぶ重鎮達を見回した。玲治の対戦相手を見繕うためだ。
魔族は実力主義の傾向が強く、この場に居る者達は何れも上位の実力者であるため、玲治の実力を見るための対戦相手としては申し分ない。
しかし、その時彼女のすぐ傍から声が上がった。
「陛下、その役目……私にやらせて頂けないでしょうか?」
声を上げたのは先程エリゴールの手紙を玲治から受け取ってレオノーラに渡した少女、ミリエスだった。
手紙を渡した後も玉座の傍に跪いたまま待機していた彼女は、一瞬だけ玲治の方に鋭い視線を投げると、主であるレオノーラの方へと向き直った。
なお、眼下でもう一人大柄の男が「我こそは」と声を上げようとしていたのだが、ミリエスの方が一瞬早く先に声を上げたため機会を逃してしまっていた。
「ふむ、お前なら実力を見るのに十分か。
私は構わんが……レージと言ったな、お前もそれで良いか?」
「え!? その子と戦うんですか?」
玲治はレオノーラから突然振られた内容に驚き、心配そうな声を上げる。彼の視線の先に居る少女はテナよりも幼く、とても戦えるような人物には見えなかったためだ。
しかし、そんな玲治の反応にミリエスはますます目を吊り上げる。彼女からすれば、玲治の反応は自分を侮っているように感じられるものだった。
「こう見えて、ミリエスは『火』を司る四天王の一角。
歳こそ若いものの、魔族の中でも上位の実力を持っている。
お前の実力を見るのに、不足は無い筈だ」
「し、四天王?」
玲治は反射的に、前方に居る四天王であるレナルヴェの方を見る。すると彼は、顔を捻って玲治の方に向け黙ったまま頷いてみせた。レオノーラが言うことが事実だと言いたかったのだろう。
その時、テナがふと何かを思い出したように首を傾げながら声を上げた。
「あれ? 『火』の四天王って確か……」
「ああ、以前は私がそうだった。
私が魔王の座に着いた時に四天王の位を継いだのが、ここに居るミリエスだ」
今でこそ先代魔王であるエリゴールから魔王の座を継いだレオノーラだが、先代の時代は『火』の四天王を務めていた。四天王は魔王の補佐役であるため、当然ながら魔王と兼任などは出来ない。よって、レオノーラは四天王の位を誰かに引き継ぐ必要があり、そこで白羽の矢が立ったのがミリエスだったのだ。
ミリエスはレオノーラのロマリエル家の縁戚に当たり、火魔法を得意としているため適任だった。年齢が低いことに対して反対の意見も皆無ではなかったが、彼女はそれを実力で黙らせて今この地位に居る。
「特に異論が無ければ、その方向で進めさせて貰うぞ」
「……分かりました」
改めて問い掛けるレオノーラに、玲治も最終的には彼女の提案を呑むことにした。
◆ ◆ ◆
「本当に此処で戦って大丈夫なんですか?」
「ああ、問題ない。
昔からこの部屋で勇者との戦闘が行われてきたくらいだからな
生半可なことでは壊れんさ」
レオノーラに実力を認めさせるためミリエスと戦うことになった玲治だが、場所を変えることなく謁見の間で戦うと聞いて心配そうな声を上げた。
しかし、レオノーラはそれに対して問題ないと言ったまま気にした様子も見せない。他の魔族達も同様に特段動揺した様子は無い。
魔族の感覚では、謁見の間は戦闘を行う場所という認識だからだ。実際、古来より幾度となく魔王の命を狙ってきた勇者との激闘がこの部屋で行われているのだ。そのため、この部屋は戦闘に耐えられるように十分な広さがあり頑丈に作られている。
玲治とミリエスは部屋の中央付近に少し距離を取って対峙し、テナやオーレイン、それから玉座から降りてきたレオノーラや部屋に居た重鎮達はそんな二人を離れた位置から見ていた。
玲治は二本の剣をそれぞれ引き抜いて両手に構える。ランダムで刃が決まる運任せの剣は──棒切れだった。普通であればハズレだ。しかし、歳下にしか見えない少女を相手に戦うことを考えるとそのままで良いと思った玲治は、敢えて刃を切り換えずそのまま使用することにした。
一方のミリエスは無手のまま静かに佇んでいる。
片や二本の剣──片方は棒切れだが──を構えている青年に、片や手に何も持たず立っている幼い少女。このまま戦いを始めたら明らかに玲治が悪者である。その光景を想像した玲治は気が引けてしまった。
「ええと、武器とかは使わないのか?」
「私は魔導士だから武器は必要ない」
玲治が相対するミリエスに対して話し掛けるが、彼女はそんな玲治に対して冷たく返す。取り付く島もないと言った感じだ。レオノーラに対しての丁寧な態度と比較すると、かなり落差が激しい。無論、レオノーラは彼女にとって主であるため丁寧な態度を取るのは当然のことなのだが、彼女の態度からはそれ以上に玲治へと隠しきれない敵意が見え隠れしている。
玲治とミリエスはつい先程会ったばかりで、初対面の筈だ。そんな彼女から敵意を向けられる心当たりが無かったため、玲治は不思議に感じた。
「なあ、機嫌が悪いようだけど俺が何か嫌われるようなことしたのか?」
「……お前のような奴がお姉様の伴侶になどと、絶対に認めない」
気になった玲治が直接ミリエスに問い掛けると、そんな答えが返ってきた。
ミリエスはレオノーラとは縁戚に当たるが、他に兄弟姉妹の居ない彼女は魔王に就く前のレオノーラを姉のように慕っていた。
レオノーラを敬愛する彼女としては、如何に先代魔王からの推挙であろうと突然現れてレオノーラの婿にと推された玲治のことが気に喰わないのだろう。
それは言ってみれば、自分の大切な人が奪われるような気持ちだ。
「お姉様って、レオノーラさんのことか?
婿とか言う話は、さっき彼女が当面結婚とかは考えていないってことで終わっただろ」
玲治の言う通り、玲治をレオノーラの婿に云々と言う話は、当面婿を取るつもりはないというレオノーラの言によって立ち消えとなっている。玲治もエリゴールのちょっとした冗談くらいの意味合いに捉えていたし、既に終わった話だと認識している。
しかし、ミリエスはそれでも納得していなかった。
「『当面』ではなく『永久に』だ。
万が一にもお前がそんな気を起こさないように、叩きのめさせてもらう。
それに、お前が無様に負ければ、お姉様も興味を無くすだろう。
流石に客人を殺しはしないが、大火傷くらいは覚悟するんだな」
「大火傷!? ちょ、ちょっと待ってくれ!」
殺しはしないと言う言葉とは裏腹に、殺意が乗った視線をぶつけられ玲治は思わず狼狽する。
思えば、彼が明確な敵意を向ける相手と対峙するのは初めての経験だ。これまでは魔物との戦闘や、鍛錬としての試合ばかりだったため、そのような機会がなかったのだ。強いて挙げれば、この世界に召喚された直後に聖光教徒に追い回された時ぐらいだが、その時は逃げ回るのに必死でそんなことを悠長に考えている暇は無かった。
初めてぶつけられる峻烈な感情の迸りに、玲治の背に冷たい汗が流れた。
少し離れていることと向きの関係もあって、二人がそんな会話をしているなどとは露知らないレオノーラは、右手を挙げて試合開始の宣言と共に振り下ろした。
「始め!」
<登場人物から一言>
剛地鬼「お、俺の出番が──ッ!?」




