第30話:人形姫
本年もよろしくお願い致します。
「コホン……久し振りだな、テナ」
玲治とオーレインが転倒したことでバタバタしたが、結局レオノーラも無かったことにしたのか、わざとらしい咳払いを一つ打つと気を取り直して旧知の友人であるテナに話し掛けた。
「はい! お久しぶりです、レオノーラさん!」
テナも久し振りに会うことが出来た友人に対して、素直な笑顔を浮かべた。
「ふふ、壮健そうで何よりだ。
ところで……」
そこまで言うと、レオノーラは客人である三名を見渡し小首を傾げた。目当ての人物が見当らなかったためだ。
「アンリは居ないのか?
お前があいつから離れて行動するなんて珍し……くはないかも知れんが、
こんな遠くまで来るのに別行動とは意外だな」
テナの主であるアンリは基本的に引き籠もりなのに対して、テナは黒薔薇邸の家事を一手に取り仕切っているため、アンリニアなどの街に出掛けることは多い。それを考えれば、テナがアンリから離れて行動することは別に珍しくはない。
しかし、短期間ならともかく、魔族領まで赴くような行動で一緒に居ないのは珍しいことだった。
「アンリ様でしたら、黒薔薇邸にいらっしゃいます。
今回はこちらの、レージさんのお供として来ました」
テナにそう言われ、レオノーラは改めて彼女の隣に立っている青年へと目を向けた。
この世界では珍しい黒髪の青年の姿に、美貌の女魔王はわずかに眉をしかめた。
「何やらわけありのようだな」
レオノーラに限らず、二人の少女に両側から裾を掴まれ万歳をする玲治の姿を見れば、誰もが「わけあり」だと理解しただろう。
同時に、どんな「わけ」があればそんな状態になるのかは想像出来ないことだろうが。
「ええと……」
「そこからは自分で話すよ、テナ」
何処から説明しようかと迷っていたテナを手で制して、玲治が一歩前に進み出た。
「はじめまして、俺は志藤玲治と言います」
「ああ、テナから聞いているかも知れないが、私の名はレオノーラ。
見ての通り、当代の魔王を務めている」
「俺が何故ここに来たのか、説明します」
玲治は真っ直ぐに前を向いて、これまでの経緯を話し始めた。
この世界に召喚されたこと、聖光教から追われる身となってしまったこと、テナやアンリと出会ったこと、邪神から与えられた試練、先代魔王のエリゴールと出会いダンジョンに挑んだこと、などだ。
レオノーラは途中で口を挟むこと無く、静かに玲治の話を聞いていた。
「──以上です」
「なるほど、概ねのところは理解出来た。
ところで、先程から一つ気になっていたのだが、聞いてもよいか?」
「え? あ、はい」
鷹揚に頷きながら質問があると述べた彼女に、玲治は戸惑いながらも頷いた。
良く見ると、レオノーラの表情は僅かに怒りを孕んでいる。
「……お前は一体、何処を見て話している?」
「え?」
玲治の視線は真っ直ぐ前方に、レオノーラが座る玉座へと向いている。しかし、問題は方向ではなく視線の高さだ。
彼の視線はレオノーラの顔を向いておらず、それよりも下へと向いている。
彼も男性だ、レオノーラの凶悪な胸部装甲に思わず目が行ってしまっても無理は無い。その場に居る者達は一瞬そう思ったが、よく見ると彼の視線が向いている先はもう少し下だった。
話している間中玲治が見ていたのは玉座に腰を降ろしたレオノーラの膝の上、そこに載せられた一体の人形だった。
それは彼女が人形姫と呼ばれる所以でもある、金髪の少女を模った人形だ。造型が崩れていて不気味だが。
「え? 人形が本体じゃなかったんですか?」
「そんなわけあるか!」
玲治が意外とばかりに述べた台詞に、レオノーラは立ち上がると叫びながら怒りのままに人形を玲治に向けて投げた。
「いてっ!?」
レオノーラが投げた人形は直線で飛び玲治の頭にぶつかった。反射的に痛いとは言ったものの、実際には布で出来た小型の人形が当たってもダメージは無い。
地面に落ちた人形は、独りでに立ち上がってトコトコと歩いて段を昇りレオノーラのところへと戻った。
「見ての通り、手放しても戻ってきてしまうから仕方なく持っているだけだ!」
足元に戻ってきた人形を拾い上げると、憤懣やるかたないという態度のまま彼女は玉座に腰を降ろした。
玲治はそんなレオノーラの剣幕を見て、申し訳なさそうな顔になり頬を掻きながら発言の理由を話した。
「あ〜、すみません。
『実は人形の方が本体だから気を付けて』と聞いていたので……」
「一体誰がそんな……いや、やっぱりいい。聞かなくても分かった」
仮にも魔族を統べる魔王に向かってそんな悪戯をしそうなのは、彼女の数少ない友人である仮面の女性だけだ。それに思い至ったレオノーラは、頭を押さえながら深く溜息を吐いた。
「カァー」
テナの肩に止まる鴉が、してやったりと言わんばかりに一声鳴いた。
◆ ◆ ◆
人形の件で起こったドタバタが落ち着いた後、オーレインがふと思い出したように声を上げた。
「そう言えば、レージさん。
エリゴールさんから手紙を預かっていた筈では?」
「何? 父上から?」
「あ、そうだった」
指摘されて手紙のことを思い出した玲治は、アイテムボックスからエリゴールの手紙を取り出した。
「ミリエス」
「はい、陛下」
レオノーラの促しを受けて、横に立っていた魔族の中から一人の少女が進み出る。
少女は魔族の特徴である銀髪と紅い瞳、尖った耳をしており、身の丈はテナよりも頭一つ小さい程度。
若いと言うよりは幼いに分類されてしまいそうな歳の頃であり、この場に居るのが不思議なくらいだった。
顔立ちも歳相応に幼さを残しているが、内面の気の強さを表すかのように鋭い目をしている。。
彼女は玲治の前まで歩み寄ると、彼から手紙を受け取って玉座の方へと向かう。
段上の玉座の前まで進み出ると、滑らかに跪いて手紙をレオノーラへと差し出した。
「お持ち致しました、陛下」
「ああ、ご苦労」
レオノーラはその少女──ミリエスから手紙を受け取ると、封を切って中の便箋を取り出し読み始めた。
しかし、読み進めるうちにみるみる彼女の顔が赤く染まってゆく。それは怒りと羞恥が入り混じった、複雑な表情だ。
「へ、陛下?」
様子のおかしいレオノーラに、傍に立ったままだったミリエスが戸惑いながらも心配そうに問い掛ける。
レオノーラはミリエスに対して「なんでもない」と告げるが、その顔は未だ赤くとてもなんでもないようには見えなかった。
「レージ、と言ったな。
この手紙に何が書かれているか、お前は知っているのか?」
手紙を掲げながら玲治に問い掛けるが、彼はその問いに首を横に振って答えた。
「いえ、中身は知らないですし、エリゴールさんからも特に何も教えて貰ってません」
「そうか……」
玲治の答えに安堵した様子を見せるレオノーラだった。
しかし、そこに横から質問が飛んでくる。
「レージさんのことが書かれているのではないですか?」
「え? 俺?」
質問を挙げたのは、玲治の左側に立っているオーレインだ。玲治は自分に話が振られると思っておらず、素っ頓狂な声を上げた。
「ああ、その通りだ。
お前を婿として迎えたらどうだと書かれている」
「い!?」
「ええ!?」
「……やっぱり」
レオノーラの答えに、玲治とテナは驚愕した。一方で、オーレインは手紙を預けた時のエリゴールの言動から予想していたため納得を見せていたが、内心の憤りに目がつり上がった。
「────なっ!?」
同時に、レオノーラの近くに居たミリエスも玲治やテナと同様に驚愕し、バッと振り向いて玲治の方を睨み付けた。
当然、謁見の間に居る他の魔族達の視線も一斉に玲治へと集中した。
魔族の歴史として、異世界から召喚された者は魔王の血族に迎え入れるのが慣例である。
それは、強力な能力を保有していることが多い召喚勇者を味方に引き込むための手段であり、彼らは大抵男子であるため魔王自身や魔王の親族に女性が居れば伴侶として迎えるのだ。
召喚勇者は人族側の王家や聖光教が魔王を倒すことを目的として呼び出すことが殆どだが、呼び出された者達は異世界出身のためこの世界のために戦う動機は持ち合わせていない。魔族の取った懐柔施策は功を奏して、多くの召喚勇者が寝返ってきた。
そう考えれば、玲治をレオノーラの婿にと言うエリゴールの提案はそうおかしなことではない。むしろ慣例通りだ。
とは言え、当事者としてはいきなり言われれば流石に恥ずかしいし、唐突過ぎて素直に聞く気持ちになれないのは当然のことだった。
「………………」
「………………」
周囲に気まずい沈黙が流れた。
「……取り敢えず、私は今のところ当分の間は誰かと婚姻を結ぶつもりはない」
「そ、そうですか」
沈黙を打ち破るように咳払いをし、若干顔を赤らめながら告げるレオノーラに、玲治も安堵しながら答える。
そもそも、この世界に骨を埋めるつもりのない玲治にとって、結婚などは出来ない相談だ。
玲治はレオノーラに気を取られていて気付かなかった。この時、彼の姿を鋭い視線で睨み続けている者が居ることに……。
<登場人物から一言>
アンリ「……計算通り」




