第29話:魔王城
「見えてきましたね、あれが我らの魔王城です」
馬車の御者台に並走するように馬を寄せながらレナルヴェが告げた言葉に釣られて玲治達が前方に目を向けると、そこには彼の言葉通りに城が見えた。
魔王城、それは魔族の頂点に立つ魔王の居城であり、勇者と呼ばれる者たちにとってみれば最終目的地である。
悪の親玉であり打倒しなければならない最後にして最強の敵が住まうその城は、漆黒の壁に攻撃的な印象を見る者に与える鋭角の尖塔を施し、古からそこに存在し君臨してきたことを示すかのように蔦や苔が生え、邪悪な魔物達が無数に辺りを徘徊し、城全体から立ち入った者を生かしては返さないと告げるようなおどろおどろしい雰囲気が立ち込めている。
……と言ったものを想像していた玲治だったが、前方に見える城からはそんなイメージは欠片も感じられなかった。
「綺麗なお城ですね」
「ありがとうございます」
素直に称賛したオーレインの言葉に、レナルヴェも満足そうに頷く。
実際、彼女の言う通り魔王城は綺麗と言う言葉がよく合っていた。闇神を信仰する魔族らしく黒を基調とした建物ではあるものの、優美なデザインで攻撃的な印象は受けない。勿論、蔦や苔が蔓延っているようなこともないし、魔物が徘徊していることもない。そもそも、別に魔族は魔物の支配者でもなんでもないため、魔物が居れば普通に討伐対象だ。
まだしも、アンリニアにあった神殿の方が魔王城のイメージに近かった。尤も、アンリニアの邪神殿は魔王城と言うよりは魔王を倒した後に出て来る隠しダンジョンの方が近いが。
「先行して皆様のご来訪を報せてきますので、そのままゆっくりと城に向かってください」
「あ、はい。分かりました」
そう言うと、レナルヴェは馬車に合わせてゆっくりとしたペースで進んでいた馬を加速させると、城に向かっていった。
「もっと恐ろしい場所かと想像していたんですが、普通の城ですね」
「そうですね、私も同じような想像をしてました」
「あはは……」
レナルヴェが席を外したことで、玲治は思わず先程考えていたことを口に出す。彼が聞いている時には失礼になると思って敢えて言うのを控えていたのだ。
その言葉を聞いたオーレインも同意した。テナが苦笑しているのも、内心では同じことを考えていたためだ。
「オーレインさんもですか?」
同感の意を告げたオーレインに玲治が意外そうな目を向ける。てっきり、違う世界から来た自分だからこそそんなイメージを持っていたのであり、この世界の者にはこれが普通だとばかり思っていたからだ。
「元々私は、魔族は人族を滅ぼそうとしている邪悪な敵で恐ろしい存在だと教えられて育ってきましたから。
以前の一件でエリゴールさんやレナルヴェさん達と共闘してそれが間違いだということは分かったのですが、
魔王城と言われるとどうしても元のイメージが……」
オーレインは元々勇者として魔族と敵対する人族側の急先鋒とも言える立ち位置に居た。そこで教えられていた内容からすれば、魔王と言うのは悪の親玉であるし、その居城もさぞかし恐ろしげな場所であることだろうと想像していた。
紆余曲折があり魔王や魔族の印象は変わっていたが、居城のことまでは考えていなかったため元のイメージが残ってしまっていたのだ。
「もしも何かが違えば、私はここに敵として攻め込んでいたかも知れなかったんですね」
「オーレインさん……」
城を見上げながら感慨深げに呟くオーレインに、玲治もテナも他に何も言えずに彼女の横顔を見詰めるのみだった。
そうしている間にも馬車は進み、城門の前で待っていたレナルヴェの前まで進んでいった。
◆ ◆ ◆
「陛下は謁見の間にてお待ちだそうです」
城門の前で馬車を預け、一行はレナルヴェの案内に従って城内を歩いていた。
なお、玲治のオート魔法については封じていないため、彼は万歳の格好のままで左右の裾をテナとオーレインが掴んでいる。
傍から見れば、近衛騎士団長と部下の少女達に不審人物が拘束されて連行されているようにしか見えない。
オート魔法のことは概要だけはレナルヴェにも伝えており、彼はいつ魔法が発動するか分からない危険な状態で城内に入ることに渋い顔をしたのだが、今回の来訪の目的を考えれば封じることは出来なかったため、仕方なく万歳の格好を継続することを条件に許可を出していた。
魔王城の城内は外見と同様に至って真っ当な内装であり、外から見たらまともでも中に入れば触手が脈打っているなどと言うこともなかった。
勇者として各国の城に入ったことがあるオーレインは兎も角、あまり城の内装などを見慣れていない玲治やテナは思わず辺りをキョロキョロと見回しながら歩いていた。
廊下を歩く途中で何人かの魔族が通り掛かったが、異様な一行の様子に凝視しつつも先導しているのが近衛騎士団長のレナルヴェであるために声を掛ける者は居なかった。
「こちらです」
人の背丈の数倍はあろうかという大扉の前でレナルヴェが立ち止まり、振り返りながら玲治達に告げた。先程の言葉通りであれば、ここが魔王城の謁見の間なのだろう。扉の前には左右に一人ずつ、衛兵と思われる魔族が控えている。
「陛下はあまり作法などには拘らない方ですので、そこまで緊張なさる必要はありません。
既に先触れは入っているためこのまま入室致します。
私に続いて入ってください」
「分かりました」
そういうと、レナルヴェは大扉の前に控える衛兵に開門を指示した。
レナルヴェは開いた扉のところで一礼すると、中へと歩み入る。玲治達一行も三人横並びになって、入室した。
謁見の間は天井も高く広さもかなり広かった。他の城と比較出来たのはオーレインだけだったが、一般的な城の謁見の間と比べると数倍の広さがある。
余計な柱などは一切立っておらず、内装も最低限だ。一応、来客を迎える上での最低限の見た目は整えているものの、見るからに頑丈そうな作りをしており実用性重視であることが分かる。謁見の間ではなく訓練施設だと言っても通じるくらいだった。
部屋の入口から正面の段上にある玉座までは紅いカーペットが伸びており、左右には数人の男女が居た。この広い部屋からすると出迎える人数が少なすぎるようにも思えたが、急な来訪である以上は仕方のないことだろう。
そして、玉座にはこの城の主である魔王が腰掛けていた。
長い透き通るような銀髪に、魔族の特徴である尖った耳と紅い瞳、ともすれば冷たく見えてしまいそうな人目を引かずには居られない美貌だが、自信と自負からか不敵に浮かべる笑みが、それを上手く中和しより魅力的に見せている。
しかし、彼女と対峙した時に何よりも目を引くのは、紅い甲冑ドレスを纏ったその胸元だろう。
テナもかなりの物を持っているが、上には上が居ると言う言葉を体現する圧倒的な武力がそこにはあった。
オーレイン? 比較してはいけない、残酷過ぎる。
そう、彼女こそが神聖アンリ教国との国交樹立への貢献を功績として、若くして先代魔王エリゴール=ロマリエルより魔王の座を受け継いだ彼の愛娘、現魔王レオノーラ=ロマリエルだ。
今も膝上に置いている奇怪な人形から「人形姫」という異名で呼ぶ者もいる。
「ただ今戻りました、陛下」
玉座のある段の前まで進み出たレナルヴェはその場に跪き、頭を垂れた。
その後ろで歩いて来ていた万歳をしている不審人物と、それを左右から拘束している──ように見える──少女達に謁見の間中の視線が集まる。
この時、事前の打ち合わせ不足が祟った。
レナルヴェが主であるレオノーラに跪くのは当然だが、彼は客人でありこの国に仕えているわけでもない玲治達が跪く必要はないと考えていた。
テナにとってはレオノーラは友人であるし、かつて共に暮らしていた時もそのようなことはしていなかったため、跪くという発想がなかった。
オーレインは各国の王と面会する機会があり、その際には当然のように跪いていたため、魔族であっても王の前だからと跪いた。
玲治は、よく分からずにそのまま棒立ちだった。
改めて述べると玲治は左右の裾をそれぞれテナとオーレインに掴まれており、そのうち左側を掴んでいるオーレインが跪いて右側を掴んでいるテナは立ったままだった。これが左右同時であればまだよかったのだが左側だけを下に引っ張ったものだから、結果玲治はバランスを崩した。
「え? うわ!?」
「はい? きゃっ!?」
当然、オーレインに引っ張られてバランスを崩したのだから、オーレインの方に向かって倒れる。
跪こうとしていたオーレインにのし掛かるように倒れ込み、流石のオーレインも咄嗟に対応出来ずにそのまま倒れ込んだ。
仰向けに倒れたオーレインの上に、うつ伏せの玲治が乗る形だ。
「痛たたた」
「ちょ、レージさん!?
そういうことは、もっと別の場所で……」
大きな音を立てて倒れた二人にレナルヴェは一度振り返って見やると、再び前を向いて頭を垂れた。
「ただ今戻りました、陛下」
「……取り敢えず助け起こしてやれ」
見なかったことにして流そうとする近衛騎士団長に、麗しの魔王様は頭を押さえながら指示した。
余談ではあるが、魔王城に敵以外の来客が訪れることなど滅多にないことだ。
この謁見の間が頑丈さ優先になっているのも、ここで行われるのが式典などではなく戦闘であることが原因である。
そんな魔王城に久方ぶりに訪れた今回の来客、張り切って格好良く出迎えようと密かに気合いを入れていたレオノーラは、いきなり初っ端から台無しになって泣きそうだった。
レオノーラの精神 に 12 ポイントのダメージを与えた!
<登場人物から一言>
レオノーラ「わ、私の見せ場が……!?」