第28話:風の騎士
「オーレイン嬢以外の方は初めてお会いしますね。
改めて自己紹介させて頂きましょう。
私の名はレナルヴェ、この国の近衛騎士隊長を務めさせて頂いております」
不審人物として捕えられそうになったところを魔族の青年に助けられた玲治達は、彼の案内に従って一軒のレストランへとやってきた。時間も時間だったため、夕食を摂りながら話をしようということになったためだ。
玲治の危険なランダム体質も街の中に入るに当たって闇魔法で封印したため、ようやく一安心つくことが出来た。
魔族の青年──レナルヴェの手配によって個室に案内され、料理を注文して一息吐いてから四人は自己紹介を始めた。
「志藤玲治です。
ええと……特に身分とかはありません」
「テナです。
アンリ様の従者をしてます」
既に旧知の間柄であるオーレインを除き、二人は自己紹介を行う。レナルヴェは不躾でない程度に二人のことを見詰めていたが、テナが名前と身分を述べた時には僅かに反応を示した。
「ああ、貴女がテナ様なのですね。
貴女のことは陛下からも伺っております」
「陛下って、レオノーラさんがですか?」
「ええ、陛下のご友人であるアンリ様の従者であり、貴女自身も大切な友人だと」
「ふふ、そうですか。
ありがとうございます」
レナルヴェの言葉に、テナは嬉しそうに微笑んだ。
「そう言えば、レナルヴェさん。
先程、近衛騎士隊長って……」
玲治はこの世界の身分制度などには詳しくないが、少なくとも近衛騎士隊長という肩書きやこの街の警備隊の隊長が示した態度から見れば、彼がかなり高い身分だということは推測出来た。
目の前のまだ若そうに見える人物がそんなに重職に就いているのかと、不思議に思ったのだ。
「レナルヴェさんは魔族の四天王の一人なんですよ、レージさん」
「し、四天王!?」
「身に余る光栄ながら、風を司るものとして四天王の一角を担わせて頂いております」
突然飛び出した通常に生活する上ではあまり聞かない単語にぎょっとする玲治に、レナルヴェは軽く苦笑しながら説明を行う。
魔族領は人族領とは異なり複数の国家によって成り立っているわけでは無く、玲治達が今居るこの国一国のみで構成されている。
国家の頂点に立つのは魔王であり、専制君主国家である。根底にあるのは実力主義であり貴族と言う概念は存在しないが、能力の高い者同士が子孫を為すことで必然的に能力の高い一族が生まれ、現在の権力者層となっている。その中で特に強い力を持つ四人の高位魔族は四天王と呼ばれ、地・水・火・風のそれぞれを司る。
四天王は魔王の側近であり同時に重職を兼ねることが多く、レナルヴェの場合はそれが近衛騎士団長という役職だったということだ。
レナルヴェの説明は分かり易く、玲治も頷いて納得を示す。
その時、玲治の左側に座るオーレインがこの街で最初にレナルヴェに会ってから気になっていたことを質問した。
「そう言えば、レナルヴェさん。
どうしてあんなに早く来られたのですか?」
「? どういうことですか?」
「いえ、私達が捕まってすぐに来てくれたじゃないですか。
報告を受けてから来たにしては早過ぎたと思いまして」
オーレインの問い掛けの意味が分からず首を傾げたレナルヴェだったが、続く説明に成程と頷いた。
横に座る玲治とテナもそう言えばと今更ながらに気になった。
レナルヴェは捕まった玲治達を解放するために来てくれたが、捕まってすぐに姿を見せていた。警備隊から報告が行われてきたとしたら、明らかに時間的に無理があるだろう。
「そう言う意味ですか。
実を言うと、私は陛下のご友人であるアンリ様が此処に来られていると思い、お迎えに参上したのです」
「アンリ様が、ですか?」
何故そこで自分の主人の名が出てくるのか分からないテナが首を傾げた。
「はい、陛下がアンリ様に託したコインを国境の警備兵に見せた者が居ると報告がありましたので、たまたま近くに来ていた私が連絡を頂いて急遽お迎えすることになったのです」
「あ……」
その言葉に、テナは胸元から国境でも出した一枚のコインを取り出す。それに目を留めたレナルヴェは大きく頷くと先を続けた。
「ああ、そのコインです。
陛下がご友人に贈られたものであり、この国においてはそれを持つ者に最大限の待遇をするように命令されてます」
「え、でも……」
レナルヴェの言葉に、三人は違和感を覚えて首を傾げた。
彼の話した内容は事前に聞いていたものと相違は無い。無いのだが、「魔王の友人」という不特定多数に対して贈られる物であるなら、何故それがアンリという一名にまで特定出来るのかが分からなかったためだ。改めてコインを見ても、特に名前が書かれているわけでもなく、個人特定が出来るようには見えない。
だが、次の瞬間理由が何となく分かってしまい、三人は無言となった。
「ん? どうかされましたか?」
「……いえ、何でもないです」
気まずげに黙り込んだ三人のことを不思議に思ったレナルヴェが問い掛けるが、玲治達は苦笑いで誤魔化した。
丁度その時料理が運ばれてきたため、現魔王の友人事情のことは思考の向こうに追いやって、四人は料理に舌鼓を打った。
魔族領という土地だけに正直実際に物が出てくるまでは普通に食べられる物なのかと内心戦々恐々としていた玲治だったが、蓋を開けてみれば人族領とそう変わらないメニューだったため安心する。
大分お腹が満たされてから、レナルヴェは今後のことについて話を向け始めた。
「この先は私が城まで案内をさせて頂きます。
ただ本日はもう遅いですので、城には明日向かうことにしましょう。
この街に宿をお取りしておきましたので、本日はそちらにお泊まりください」
「本当ですか? 助かります」
玲治達としても久し振りに暖かい布団で眠れるのは有難かったため、その提案を喜んで受け入れて一時の休息を取ることになった。
レナルヴェはこの街の纏め役のところに話がありそちらに泊まる予定ということだったので、宿までの道案内を行った後で別れ、玲治達三人は用意された宿に入った。
既に夕食も済ませていたためにすることもなく、それぞれの部屋に入った三人はこれまでの旅の疲れもあって倒れ込むように眠りに就いた。
◆ ◆ ◆
「おはようございます。
昨晩はよく眠れましたか?」
「おはようございます。
ええ、おかげ様で快適でした」
「ありがとうございます」
翌日宿の前まで迎えに来たレナルヴェに三人は笑顔で挨拶を交わす。
実際、アンリニアを発って以降のこれまでの道程は全て野宿であったため、久し振りにベッドの上で眠ることが出来た三人は大分気力が充実していた。また、レナルヴェが三人のために用意した宿はこの街の中でも一二を争う高級な宿であり、設備も接客も申し分なかった。
その時、三人はふとレナルヴェの後ろに立つ存在に目を向けた。そこには純白の美しい毛並みを持った馬が大人しく控えている。
「その白馬は、レナルヴェさんの馬ですか?」
「ええ、騎士としての私の相棒です。
皆さんは馬車を使われるということでしたので、私は彼で先導しようと思います」
「はい、分かりまし……って、あれ?」
その時、玲治はふとあることに気付いて首を傾げた。
「そう言えば、馬車どうしましたっけ?」
「ええと、昨日捕まった後は見てないですね……」
玲治が首を傾げたのと同時に、テナとオーレインも馬車が何処にあるのか分からないことに気付いた。
昨日は不審人物として捕えられた際に馬車から降ろされ、荷物を取り上げられてしまった。
そのまま警備兵の詰め所に連行された後にレナルヴェに助けられ、荷物についてはその時に返して貰ったのだが、最初に降ろされた後に馬車がどうなったかは記憶になかった。
彼らはここから魔王城までどれくらい掛かるかは知らないが、流石に徒歩で向かうのは厳しいことだけは推測出来る。まずは馬車を取り戻さなければ旅に出られないが、それが何処にあるか分からないのでは初っ端から躓くことになる。
しかしそこで、焦る三人にレナルヴェが助け船を出した。
「ああ、皆さんの馬車でしたら門の外で警備兵が預かっているそうですよ。
街から出る時にお引き渡しします。
馬についても世話をするように言っておきましたので、ご安心ください」
「よ、よかった……。
何から何まで、ありがとうございます」
「いえいえ、我々の落ち度もありますので」
その後、四人は門の外へと向かい馬車を返して貰うと、一路魔王城に向けて旅立った。
<登場人物から一言>
レオノーラ「……ぼっちで悪いか」




