第27話:連行
「街が見えてきましたね」
手綱を握るオーレインが前方に見えた街の姿を見て、玲治とテナに知らせた。
シャープ・イーグルの襲撃を受けてから警戒しながら馬車を進めていた一向は、その後にも何度か魔物からの襲撃を受けて撃退してきた。
襲撃の疲れからうとうととしていた玲治とテナは、その声に顔を上げて前を向いた。
三人の視界の先には、塀で囲まれた街の姿があった。
街の大きさとしてはアンリニアと同じか少し大きいくらいだろう。
「あれが、魔族領で最も人族領に近い街ですか。
……何だかかなり堅固な塀ですね」
街の規模はアンリニアとそれほど大きく変わらないが、玲治の言う通り二つの街を囲う塀は性質を異にするものであった。
アンリニアの街を囲む塀は街の外を徘徊する魔物を防ぐことを目的としている。それ故に、求められているのは魔物の突進に耐え得るような壁の厚さのみである。
それに対して、目の前の魔族領の街を囲う塀は違う。所々に設けられた矢や魔法を打ち出すためと思われる穴からみても、魔物を防ぐためだけではなくより攻性を意識して築かれたものだ。
それはあきらかに、対軍を想定していることが見て取れた。
「今でこそ魔族領は神聖アンリ教国との間で交易を行ってますから、この街は交易の盛んな場所になりました。しかし、元々人族領と魔族領とが戦争している時には、ここは魔族領側で最も敵国に近い街でしたから、いざと言う時の砦の役割も兼ねているのでしょう」
「なるほど、それはそうですね。
ところで、あの街の名前って何て言うんですか?」
「ええと、確か……」
「カイナスです、レージさん」
玲治の質問にパッと答えが思い浮かばずに迷ったオーレインを、反対側からテナが補足する。
「テナはあの街のこと、詳しいのか?」
「いえ、来るのは初めてです。
アンリ様の代理をしていた時に、名前だけ聞いたことはあるんですけど」
「そうか、交易はしているということだけど、人間が入って大丈夫なのか?」
交易をしているという話を聞いていても、目の前の攻撃的な塀を見ていると不安になる玲治だった。
ましてや、数年前まで敵国だったという話を聞いていると、街の中が途端に危険地帯に思えてしまう。
「ええと、商人の方は普通に訪れている筈ですし、大丈夫だと思いますけど……」
テナも街の名前を聞いたことがあるだけでそこまで詳しくないのか、助け船を求めるような視線をオーレインに送る。
「私も街の中のことまでは噂程度にしか知りませんが、国境でのやり取りを考えても、テナさんが持っているコインやエリゴールさんの紹介状があれば、そう無碍には扱われないでしょう」
「そうですね」
確かにオーレインの言う通り、見せた途端にまるでVIP待遇もかくやと扱われた国境での出来事を考えれば、国内でもそう酷い扱いを受けるとは考え難い。
それを思い出した玲治は納得して、街へと向かおうと手綱を持つオーレインに声を掛けた。
「それじゃあ──」
街に入りましょう、と告げようとした玲治の言葉を遮るかのように、万歳したままだった彼の手から盛大な花火が上がった。
「え?」
しばらく何も飛び出さないので油断していたところに、この出来事。思わず玲治は放心して、花火の上がった上空を見上げた。
両手とも上に伸ばしている状態であり、飛び出した火は空へと向かって立ち昇るのみで周囲に被害はなかった。
玲治自身は勿論、テナにもオーレインにも火傷一つ負わせてはいないし、馬車にも延焼はしていない。その点においては被害は無かったと言える。
しかしながら、ここは魔族領最前線の街カイナスの目前だ。
この街の警備は非常に優秀なエリート揃いであり、人族領との交易を始めて平和になったとはいえ、日々の警戒を怠る程の腑抜けは一人として居ない。
そんな場所でこんなことを起こせば、結果は考えるまでも無く明らかだ。
「何者だ、貴様ら!」
街のすぐ近くで上空に打ち出された謎の魔法を目撃した警備兵達が、門の前に武器を構えて勢揃いする。塀に空けられた穴からも時折キラキラと光るものが見え、中から弓矢や魔法で玲治達一向に狙いを付けているのが分かった。
わざわざ光が見えている辺り、警告の意味合いもあるのだろう。
「あ、や、今のは……」
「ま、待ってください!」
「私達は怪しい者ではありません!」
なお、このカイナスの街を訪れる人族はほぼ例外なく商人であるが、玲治もテナもオーレインも外見上からはとてもそうは見えない。
その上、先程上空に放たれた謎の魔法攻撃。
幾ら怪しい者ではないと言ったところで、説得力に欠ける。
思わぬ展開に、三人の背筋を冷や汗が伝う。
先程オーレインがコインや紹介状がどうと言っていたが、この状況ではそんな物を取り出す素振りを見せただけで警備兵を刺激しかねない。
「両手を上に挙げろ! ……何故か既に挙げてる奴も居るが」
警備兵からそう命令が飛んできたため、テナとオーレインは蒼くなりながらも素直に両手を上に挙げた。玲治は最初から万歳をしているため、そのままだ。
「そのまま大人しくしていろ!」
そう言うと、警備兵はそれぞれ縄を取り出して三人を縛り上げた。
◆ ◆ ◆
「うう、レージさん〜」
「なんでよりにもよってあのタイミングで……」
「ごめん……」
両手を後ろに回した状態で手首と胴体を縛られた三人は、街の入口に設けられている警備兵の控え所として設けられている小屋へと連行されてしまった。
なお、鴉はさり気なくテナの服の下へと潜り込んで隠れていた。
玲治が悪いわけではないと分かっていても思わず恨みがましい声を上げたテナとオーレインに、玲治は思わず俯いた。
ダンジョンの十階層で黒龍を打倒した時に邪神の恣意的な操作は無いと結論付けた玲治だが、あまりにも酷いタイミングにそれを少し疑いたくなっている。実際には、単に運が悪いだけだが。
「私達、一体これからどうなってしまうんでしょう?」
「コインや紹介状を見てもらえれば解放して貰えると思うんですが、縛られてる状態だと取り出すことも出来ませんし、取り出すように頼んでも怪しまれてしまいそうですね。
別に街に向かって攻撃を仕掛けたわけではないので、いきなり殺されたりはしないと思うのですが……」
理性的な相手であれば説得出来るかも知れないが、相手によってはどんな目に遭わされるか分からない。
せめて誰か知り合いでも居れば取り成して貰える可能性もあるのだが、三人ともこの街に知り合いなど居る筈も無いのでその望みも持てない。
「取り敢えず、まずは誠心誠意で説得してみましょう。
どうしても聞いてもらえないようでしたら、最悪の場合は強行手段に出るしかありません」
武器を奪われ縄で拘束されているとはいえ、それで彼らが完全に無力となったわけではない。
いざとなれば縄を外してここから脱出するくらいのことは容易に出来る。
しかし、事を荒立てた場合には今後魔族領内で追い回されることが予測出来るため、本当の最終手段にしたいところだった。ついでに、取り上げられた武具も取り返せないと色々と困る。
三人は控え所の中に連れられ、そこで警備隊の隊長と思われる壮年の男性の前まで引き出された。
「先程の騒ぎの犯人と思われる者達を連行しました!」
「ご苦労、下がっていい」
三人を連れてきた兵士は隊長にそう報告すると、玲治達をその場に残して立ち去った。
隊長は座っていた椅子から立ち上がると、玲治達を見下ろして静かだが威圧感のある声で尋問を始めた。
「まずは貴様らの素性を答えてもらおう。
言っておくが、虚偽を述べた場合はしかるべき対処を取る必要がある。
正直に述べた方が身のためだ」
「──その必要はありません」
尋問を始めようとした隊長の声を遮るように、玲治達の後方、控え所の入口の方から声が掛けられた。
「誰だ!? ──ッ!?
こ、これは! し、失礼致しました!」
声が飛んできた方向に誰何する隊長だが、その声の主を見た瞬間に驚愕し、直立不動になって敬礼した。
「畏まる必要はありません。
私は彼女達の迎えに来ただけです。
彼女達は陛下の客人ですので、戒めを解いてください」
「へ、陛下の!?
た、直ちにお解き致します!」
泡を喰った隊長は慌てて玲治達を縛る縄を解いた。
それでようやく入口の方へと振り向くことが出来た三人の目の前には、落ち着いた風情の短い銀髪の青年が立っていた。比較的軽装ではあるものの立派な鎧を纏ったその姿は、どこからどう見ても騎士という言葉が相応しい。
「レナルヴェさん!?」
「ええ、お久しぶりです。オーレイン嬢」
それは、かつてオーレインやエリゴールと共にダンジョン「邪神の聖域」に挑んだ、魔族四天王の一角……『風』の烈風騎レナルヴェの姿だった。
<登場人物から一言>
アンリ鴉「………………」(潜伏中)




