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召喚アトランダム  作者: 北瀬野ゆなき
【第二章】魔族猛襲編
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第25話:国境

「国境が見えてきましたね」


 オーレインの言葉に玲治が馬車を進めている先を見ると、街道の右側には崖があり、左側には深い森が広がっていた。

 まだ遠目にしか見えないが、丁度崖と森の間を塞ぐような形で人工的な建造物が建っているのが見える。


「あれが魔族領との国境ですか」

「はい、こちらからだと一つの建物しか見えませんが、あれは教国側の建物で奥にもう一つ魔族領側の建物があります」

「教国側の建物で出国の手続きを、魔族領側の建物で入国の手続きをするそうです」

「一つの建物で出来ないんだな」


 テナの補足に疑問を挙げる玲治だが、二国間で出国と入国の手続きをする以上はむしろそれぞれの国で建物を設けるのは自然な構造であるとも言える。

 しかし、事前に彼が聞いていた両国の友好関係を加味すれば、もっと簡略化していても不思議ではない。

 それでも敢えてこのような形を採っている背景には、世知辛い理由があった。


「あの建物自体、ここがフォルテラ王国領だった時に魔族と対峙するために建てられた砦をそのまま使ってるだけなんです。

 その名残で、向き合うような二つの建物で手続きを行う形になっているみたいですね。

 神聖アンリ教国は魔族領とは友好関係にあるので、今は一つの建物で運用することも出来る筈なんですが、取り壊しとかの手間や費用が勿体無いということになって……」

「なるほど、敵対していた時は最前線だったわけだから、お互いに相手の侵攻を防ぐような構造になっているのは当然だな」


 テナが教えてくれた話に納得の意を示した玲治だが、ふとその視線が関所の横に広がっている森へと向けられた。


「しかし、あれじゃ森の中を通れば手続きしないでも通れてしまうんじゃないか?」


 確かに、右側は切り立った崖になっており通れそうにないが、左側の森は中を突っ切ることは出来そうだ。

 関所の塀は森の中までは設けられていないため、玲治が言うようにそちらは自由に通行出来てしまいそうに見える。

 玲治の言葉に、オーレインとテナは彼と同じように森の方を向くと、鬱蒼と生い茂った木々を眺めながら答えた。


「あの森の中には凶暴な魔物が数多く生息しているそうです。

 余程の力量が無ければ通るのは自殺行為でしょう」

「それに、今の国境はそれほど厳しいチェックはしてないそうなので、わざわざそんな危険を冒すよりは普通に手続きした方がラクですよ」

「天然の防壁ってわけか」


 話をしているうちに、遠目にしか見えていなかった関所が目の前で見える程度にまで近付いていた。

 遠目には小さく多少心もとない建物に見えたが、近くまで来ると思ったよりも大きく威圧感がある。

 これまで玲治が聞いた話では簡単な手続きで通れるということだったが、この関所を見ると不安が込み上げて来た。


 他に出国しようとしている人影は居らず、関所の門前に建てられた手続き用と思われる建物には兵士だけが立っている。

 馬車をその建物の前に止めると、兵士達の中で最も年配の壮年の男が前に進み出てきた。おそらくはこの国境を守る部隊の隊長だろう。

 隊長は三人のうち、真っ直ぐにテナの方を向いて深々と一礼をする。


「ようこそ御出で頂きました、テナ様」

「え?」


 予想と異なる対応に、三人は思わず首を傾げる。

 まずは誰何されるものだと思っていたのに、いきなり素性を言い当てられたためだ。

 しかし、すぐにテナが理由について思い当たった。


「あ、もしかして教皇さんが連絡してくれてたんですか?」

「はい、聖下よりテナ様がここを通って魔族領に向かわれると連絡を頂いております」


 玲治達の旅のことはアンリニアに行った際に教国の上層部へも報告しているため、教皇が気を利かせてくれたのだろう。

 色々と難がある人物だが、普通にしていれば能力は非常に優秀な人物でもある。色々と難がある人物だが。


「それでは、一応手続きですので大変恐縮ですが身分証明をご提示願います」

「分かりました」


 心から申し訳なさそうに告げて来る隊長に応えて、三人はそれぞれ冒険者カードを懐から取り出すと彼に渡した。

 教国の重要人物相手であっても特別扱いせず、職務に対して忠実な様は逆に好感が持てた。

 隊長は渡されたそれぞれのカードを軽く流し見ると、一つ頷いて返した。


「確認致しました。

 それから、出入国許可証はお持ちでしょうか」

「あ、はい。持ってます」

「拝見致します」


 アンリニアで旅のことを報告した際に持たされた用紙をテナが取り出して、隊長に渡す。

 隊長は記載内容をざっと確認して、後方のテーブルに用意されている印を許可証の下部に押した。


「お返し致します。

 これで出国手続きは終了です。

 出入国許可証はあちらでの入国やご帰国される際にも必要になりますので、大切にお持ちください」

「ありがとうございます」


 印を押した許可証をテナに渡すと、隊長は門の方へと手で合図を送る。

 それに答えて、門が軋む音を立てて開かれていった。


「それでは、お気を付けて」

「はい!」


 お辞儀をして見送る隊長に返事を返し、一行は馬車を進めて門をくぐった。




 隊長が顔色一つ変えずに居たおかげで、その場に居る兵士達が一様に変なものを見る目で玲治を見ていたことに、彼らは最後まで気付かなかった。




 ◆  ◆  ◆




「予想以上にスムーズに通れましたね」

「はい、教皇さんのおかげです」

「後は、テナさんの地位もですね」


 教国側の関所を抜けた玲治達は、馬車を進めながら話を交わしていた。

 先程までは隠れていて見えなかったが、前方にもう一つ砦のような建築物が築かれている。あれが、魔族領側の関所なのだろう。

 建物の構造としては教国側のそれと然程変わらず、崖と森の間を塞ぐように塀が伸びており、中央付近に門がある。

 一点異なる部分があるとすれば建物の向きだが、元々両国が対峙するために建てられたものだと考えれば、それも当然の話だった。


「普通はこうじゃないんですか?」

「そうですね、普通なら幾つか質問されたりはする筈です。

 それでも友好国同士であればそんなに厳しいことはないのですが」

「今回は教皇さんが事前に私達の旅の目的とかを連絡してくれてましたから、助かりました」

「テナさんが顔が知られた存在なので、身分証明もカードの確認だけで済まして貰えましたし」

「なるほど。

 そうだとすると、魔族領側はもう少し大変そうですね」


 玲治が言う通り、教国側はある意味コネによって簡単に通れたが、魔族領側ではそうもいかないことが予想される。

 玲治の言葉に、テナやオーレインは少しだけ難しい顔をするが、すぐに明るい表情になった。


「私も正直魔族領の方まではよく分かりませんが……正規の手続きをしてきてますし、紹介状もあるので普通よりはラクだと思いますよ」

「あと、アンリ様からも預かってきている物がありますし」

「預かってきている物?」

「ええと……あ、着いちゃいましたね」


 テナが胸元から何かを取り出そうとするが、その前に馬車は魔族領側の関所へと到着した。

 話が途中になってしまったが、関所に到着しながら関係のない話を続けて手続きを行わないような真似をすれば不必要に怪しまれてしまうので、三人は途中で切り上げてそちらの方へと注意を向ける。

 教国側と同じように手続きを行う建物があるが、教国側のそれよりもその場を警備する人数は少なかった。それは、少数でもこの場を取り仕切れるという自信の表れだろうか。

 警備を行っている兵達は当然のごとく魔族であり、銀髪と紅い目、そして人族のそれよりも若干長い耳と言う魔族の特徴を備えている。

 そのうちの一人が馬車へと近付いて来て、声を掛けてきた。


「旅人か……商人には見えないな。

 身分証明と出入国許可証を提示しろ」


 教国側と比較すると高圧的な印象だが、むしろ教国側のへりくだった対応の方が異常なものであり、こちらの方が普通だと言うべきだろう。

 警備兵の求めに素直に応じて、三人は先程と同じように冒険者カードと許可証を手渡した。


「あ、あと紹介状があります」

「それと、これも見せるように言われました」


 加えて、玲治がエリゴールから貰った紹介状を、テナが胸元から取り出した銀色のコインを取り出して見せる。

 テナが取り出した銀色のコインは、通貨として用いられている物よりも少し大きく、紅く何かの紋章が刻み付けられている。


「ん? ……こ、これは!?

 し、し、し、失礼致しました!」

「は?」


 玲治が差し出した紹介状の署名と、テナが見せたコインの紋章を見た途端、警備兵の態度が一変する。

 一瞬にして蒼褪めるとピシッと直立不動になり、両手を胸の辺りに沿えるような独特のポーズを取る。

 つい数秒前まで高圧的だった警備兵のあまりの変わりように、間抜けな声を上げながら固まる三人と一羽。

 他の警備兵達も応対した者の豹変に異常を感じたのか近付いてくるが、紹介状とコインを見た瞬間、同じようなポーズを取った。


「テナさん、そのコインは一体何ですか?」

「以前、アンリ様がレオノーラさんから貰ったもので、見せれば融通を利かせてもらえるって聞いたんですけど……」

「レオノーラさんって……現魔王だよな。

 テナ、多分だけどそれはあまり気楽に出さない方が良いと思う」


 テナが見せたコインは、現魔王のレオノーラが友人であるアンリに贈ったもので、言わば現魔王による直々の身分証明とも言える品である。

 現魔王の身分証明と先代魔王の紹介状となれば、警備兵達が緊張するのも無理は無かった。


「うぅ。やりすぎです、アンリ様ー!?」

「カァー……」


 教えられた通りに行動した結果思わぬ事態になってしまったことに、テナが黒薔薇邸の方向に向かって不満の叫びを上げる。

 それを聞いた鴉は、スッと目を逸らした。


「ええと、取り敢えず入国手続きをお願い出来ますか?」

「は、はい! 大至急!」

「いや、そんなに慌てなくても良いんですが……」


 玲治は呆れながらそう言うも、警備兵は大慌てでテーブルの上の印を許可証に押すと、冒険者カードと一緒に返してきた。


「さぁ、早く門を開けろ! お客人を待たせるな!」

「は、はい!」


 応対していた警備兵の叫びに、慌てて門が開かれてゆく。


「ようこそ、魔族領へ!

 どうぞ、お通りください!」

「あ、ありがとうございます」


 開かれた門に向かう彼らに道を開けながら、左右に一列ずつに並んだ警備兵たちが改めて先程と同じ両手を胸の前に出すポーズを取った。おそらくは、彼らの敬礼のようなものなのだろう。


 過剰とも言える魔族の対応に冷や汗を流しながらも、一行は魔族領へと足を踏み入れたのだった。

<登場人物から一言>

警備兵  「ところで、一つお伺いしても宜しいでしょうか?」

オーレイン「何ですか?」

警備兵  「何故、その方はずっと万歳をしているのでしょう?」

玲治   「……宗教上の理由です」

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