第24話:揺れる世界
「不憫勇者のへっぽこ婚活記」にタイトル変えたくなってきました。
ガラガラと言う音を立てながら、馬車が街道を進んでゆく。
街道と言っても整備されているわけではなく、単に行き交う馬や馬車、人の足によって帯状に踏み固められた剥き出しの地面が伸びているだけである。
その部分のみ草花が生えていないことから辛うじて道であると分かるといった状態であり、大小様々な石が転がっている。
当然その上を走る馬車はかなり揺れることになる。
「す、凄い揺れですね!?」
「魔族領へと向かう道はまだまだ使う人が少ないですから!」
「十分踏み固められてないから、道が荒れてるんです!」
「カ、カ、カァー!?」
車輪の音もかなり大きいため、相手に聞こえるようにするには自然と叫ぶような形になってしまう。
玲治達はアンリニアの街で購入した馬車の御者台に三人並んで座っていた。
御者台はあまり広く無いが、ギリギリ三人が座れるだけのスペースはある。そこに玲治を真ん中にしてテナが右側に、オーレインが左側に座っている。
最初の御者はオーレインが務めることになったが、出発前のやり取りに従って玲治も操馬を学ぶために御者台へと座ることとなる。しかし、そうするとテナ一人だけが荷台に居ることになり、暇になってしまうことに気付いたのだ。結局、そのため彼女も御者台へと座り、三人仲良く御者台に並んで旅することになったのだ。
この時点で、オーレインが期待していた甘い時間は崩壊していた。
「(レージさんとの秘密の特訓が〜!?)」
当てが外れて内心で叫ぶオーレイン。但し、彼女はテナのことはライバルであるとは意識しても、別にテナ自身のことを嫌っているわけではなく、むしろその純粋な性格に好意を抱いている。そのため、邪険にすることも出来ず、涙を飲んで諦めることとなった。
尤も、それでなくても甘い雰囲気になるのは難しかっただろう。
最初の内は木で作られた御者台の上に直接座っていた三人だが、すぐにお尻の痛みに耐えられなくなって寝るために購入した毛布の一枚を折り畳んで腰の下へと敷いていた。
それで大分マシになったとはいえ、それでもまだ揺れる。
これだけ上下に揺さぶられている状態で甘い雰囲気を作ることが出来るかと言えば、難しいと言わざるを得ない。
要するに、立てた作戦が最初から甘かったと言うことだ。
そして、もう一つオーレインにとっての誤算があった。
彼女達を苛んでいるこの揺れが、彼女にとってとりわけ不利に働いているということだ。
それは玲治の視線に如実に現れている。
「………………」
気になっている異性の視線が何処に向いているか、誰だって敏感になってしまうだろう。
先程からオーレインは気になって様子を窺っていたが、玲治は万歳の格好のままチラチラと視線をテナの方に向けている。彼自身は無意識でやっているのかも知れないが、反対側に座る彼女には一目瞭然だった。
そして、その原因も一目瞭然だった。
「(ゆ、揺れてる……ッ!)」
座っている馬車が上下に激しく揺れれば、揺れるのだ。何がと言えば、オーレインでは決して揺れないものがである。
その様は同性であるオーレインから見ても大迫力で視線を奪われる光景だった。ましてや、異性である玲治が気になってしまうのも仕方ないことなのだろう。
なお、揺れないオーレインの名誉のために述べておくと、魔導士で鎧を着ていないテナと異なりオーレインは軽装とは言え鎧を着ている。軽装と言えど胸部と腰部は金属製のパーツで覆われている。だから、揺れないのだ。サイズは関係ない。
「こ、このペースで進むと魔族領に入るのは明日の夕刻頃になりますね!
今日は暗くなるまで馬を進めたら、街道横に馬車を停めて野営を張りましょう!」
「え、ええ!」
分かっていても、玲治の視線がそちらを向いていることが不満なオーレインは、玲治へと無理矢理話を振った。
テナの方に気を取られていた玲治は唐突に話し掛けられて焦りながら返事をする。慌てて明後日の方向に視線を向けて誤魔化しているが、バレバレである。
その後、途中でテナと御者を交代しながら、一行は魔族領の方角へと馬を進めるのだった。
余談として、玲治達は激しく揺られながらも幸いなことに乗り物酔いにはならずに済んでいたが、少し離れた黒薔薇邸ではとある女性が使い魔の越しに視界を激しく上下に揺さぶられて気持ち悪くなっていた。
◆ ◆ ◆
日が落ちて来た頃、一行は馬車を停めて街道の脇に火を熾して野営の準備をしていた。
アイテムボックスから取り出した食糧と調理器具でテナが夕食を作っている間に、玲治はオーレインに教わりながら周囲に簡易の結界を張る。
「こんな感じで大丈夫ですか?」
「ええ、十分です。
光魔法の基礎が出来ているから、習得も早かったですね」
「これで魔物が襲ってくるのを防げるんですか?」
「簡易の結界なので、弱い魔物なら弾けますが強い相手は無理です。
でも、多少の足止めにはなりますので、眠っている間に奇襲を受けなくて済むようになります。
結界が破られれば術者に伝わりますので、迅速に対処が出来るでしょう」
「なるほど、それなら安心ですね」
玲治とオーレインは張った結界の最終チェックをすると、火の回りへと戻ってきた。
「あ、レージさん、オーレインさん。もう出来てますよ」
「ああ、ありがとう」
「ありがとうございます、テナさん」
二人が戻ってきたことを確認したテナが、火に掛けた鍋から肉の入ったシチューを椀によそって差し出した。
二人は礼を言いながら受け取ると、丁度良い大きさの石に座って食べ始めた。
「ああ、暖まる」
「ふふ、旅の道中でこんなに美味しい物を食べられるのは有難いですね」
「いつもは違うんですか?」
自分の分をよそって座りながらテナが聞くと、オーレインは頷いた。
「今回はレージさんのアイテムボックスがあるので大量の食糧を運べてますが、普通はそんなことは出来ません。
必然的に少ない食糧でやりくりしないといけなくなりますから、味とかは二の次です。
保存の問題もありますので、専ら携帯の保存食が多くなります。
余裕があれば狩りをして獲物を獲ったりすることもありますが、いつも出来ることではないですからね」
「そうなんですね」
普段していた旅を思い出しながらしみじみと語るオーレインの実感の籠った言葉に、玲治とテナは若干たじろぎながら頷いた。
「ところで、明日には魔族領に入るということですが、国境とかはどんな感じなんですか?」
ふと思い付いたように、玲治が疑問を挙げた。
地続きの国境を持たないところから飛ばされてきた彼は、国境と言うものが元居た世界ですら今一つ実感出来ない。ましてや異世界であれば尚更である。
「私も行くのは初めてなのですが、この街道の先に砦があって、そこが神聖アンリ教国と魔族領の境になります。
簡単な手続きで行き来出来るそうなので、そんなに心配はないでしょう」
「元々ここが王国領だった時には敵対していたからそもそも通行自体が出来なかったそうですけど、今の国になってからは友好関係なので簡単なチェックで通れるようになったって教皇さんが言ってました」
テナの言葉に気になった部分を見付けた玲治は、彼女にそれを聞いてみることにした。
「元々あった王国は魔族と敵対関係だったのか?」
「フォルテラ王国が敵対関係というか、人族と魔族自体が本来は敵対種族ですからそれが自然な状態なんです。
レージさんはエリゴールさんと会ってるので中々想像し難いかも知れないですが、
魔族と友好的な国は教国だけで、他の国なら国内で魔族の人に会うことなんてありません」
「そんな……」
軽く目を伏せながら答えるテナの言葉に、玲治はショックを受けた。
彼にとってエリゴールは短期間ではあったが師事した存在で、恩を受けた相手だったからだ。
魔族といっても多少耳が長い程度で外見的には殆ど変わらないため、玲治も普通の人に相対するように接していたし、他の者から見てもそうだと思っていた。
「テナさんの言う通りです。
それに、勇者と言うのは本来魔族の長である魔王を倒すのが使命と言われてきたんです。
今でも、教国以外の場所ではそう思われているでしょう」
私は色々あってその気を無くしてしまいましたが、と自嘲気味に告げるオーレインの言葉が玲治の耳に深く残った。
「あ、でも大丈夫ですよ!?
神聖アンリ教国は建国以来魔族と敵対したことはありませんし、教国から来た人族であれば襲われることはないです。
それに、色々と紹介も貰ってますから」
暗い雰囲気になってしまった玲治を見てテナが慌ててフォローに入ったが、そのフォローにどれだけの効果があったかと言えば疑問だ。
玲治は明日訪れるという国境が無事に通過出来るか、果てしない不安を抱き始めた。
<登場人物から一言>
アンリ「まだ世界が揺れてるみたい……」
リリ「アンリ様、お水」




