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召喚アトランダム  作者: 北瀬野ゆなき
【第二章】魔族猛襲編
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第23話:旅立ち

 剣を交えていたその場でしばらく鍛錬を続けるというエリゴールと別れ、玲治達は再び街の中へと戻り、店を回って旅の支度を整えていった。


「食糧はこれくらいあれば大丈夫ですね。

 持ち運ぶにはちょっと多いですけど、レージさんがアイテムボックスが使えるので助かりました」

「野営の道具と調理器具、毛布に水に回復薬……地図はアンリさんに貰ったものがありますので、後買わなければいけないのは馬車ですね」

「馬車、ですか?」

「はい。魔族領の奥地までとなるとかなり距離があるので、流石に徒歩では厳しいですから。

 馬車を買って乗って行きましょう」


 買い物を一段落させた三人は街中の広場に集まって、荷物の確認をしていた。

 しかし、その中で約一名先程からずっと様子がおかしい人物が居る。


「……ところで、その、オーレインさん?」

「はい? どうかしましたか、レージさん」


 その約一名とは、紫髪の女勇者オーレインだ。

 彼女の立つ位置が、これまでのそれとは異なっているのだ。


「その、何でそんな近くに?」

「え? あ、ごめんなさい。嫌でしたか……?」

「?」


 今、彼女が立っている位置は、玲治と顔がくっ付いてしまいそうな程の至近距離だ。実は、買い物をしている時から、ふと気が付けばそのような感じだった。

 ずっと気になっていた玲治が戸惑いながらもそれを指摘すると、オーレインは咎められたと思ったのか途端にしゅんとなり、一歩下がる。


「い、いえ! 別に嫌というわけでは……」

「本当ですか! 良かったです!」

「?」


 玲治としても、別にオーレインが近くに居ることが嫌というわけではない。

 ただ、綺麗な女性が間近に居て戸惑っているのと、ちょっと照れくさいというだけだ。

 それ故に落ち込む素振りを見せたオーレインに対して慌てて否定する玲治だったが、その途端、彼女はパッと笑顔になって再び玲治の近くに寄った。


「魔族領に着くまでに、少しでも距離を縮めておかないと……」

「え? オーレインさん、今何か言いましたか?」

「い、いえ! なんでもないです!」

「?」


 小さな声で何やら独り言を呟く彼女に玲治が問い掛けると、オーレインは冷や汗を掻きながら誤魔化した。

 テナはそんな様子がおかしい彼女の姿に、先程からずっと不思議そうに首を傾げている。



 オーレインの様子がおかしいこと、それはエリゴールが別れ際に放った爆弾発言が原因である。


『胸の大きな女子は好きか?』


 エリゴールが別れ際に放ったこの問い掛け。

 問い掛けられた本人である玲治は心当たりが無いため、単なる質問として受け取ったようだが、傍で聞いていたオーレインにはエリゴールの問い掛けの意図が瞬時に理解出来た。

 ──この親父、レージさんを娘婿に狙ってやがる、と。


 彼女が玲治の事を優良物件だと思ったように、エリゴールも娘婿として相応しいと感じたのだろう。


 オーレインは直接面識は殆ど無いが、エリゴールの娘であり現魔王でもあるレオノーラが非常に強大な戦力を有していたことは鮮明に記憶している。

 それを見た時、彼女は圧倒的な威圧感に思わずたじろいたものだった。


 横目でチラッと玲治の反対側に立っているテナの方を見るが、この金髪少女もレオノーラ程ではないにせよかなりのものを持っている。その上、彼女の年齢考えればこれからまだまだ成長する恐れもある。末恐ろしい程だ。


 それではと翻って自身を見ると、残念ながらその戦力には大分心許ないものがあると言わざるを得ない。有体に言えば……小さい。貧しいという表現は気に喰わないので、彼女は決して使わない。

 歳を考えても、残念ながら今後これ以上の戦力増強は望みが薄いことは、認めたくないが認めざるを得ない事実だ。


 結局、玲治はエリゴールの問い掛けには曖昧に言葉を濁すだけに終わったが、彼の嗜好によってはオーレインは一気に不利な状況へと追い詰められることになる。

 そこのところどうなのかと玲治に聞きたい気持ちはあったが、彼女にはそれを問う勇気はなかった。

 下手をすれば自分自身にとどめを刺すことになるのだから、躊躇するのも無理はないだろう。


 テナの存在だけでも不利だった状況に、新たに強力過ぎるライバルが参戦してくるかも知れない。

 そのことに危機感を抱いたオーレインは、今のうちにとばかりに積極的な攻勢に出始めたのだ。

 尤も、残念ながら彼女の行動はその方向性を大分誤っており、傍から見ると単なる奇行に見えてしまっている。玲治も若干引き気味の様子だ。


「カァー!」


 冷静さを欠いて暴走しつつある彼女を諌めるべく、その脳天に鴉のくちばしが突き刺さった。


「あいたぁ!?」

「か、鴉さん!? オーレインさんの頭をつついちゃダメですよ!」

「だ、大丈夫ですか、オーレインさん!?」


 あまりの激痛に頭を押さえて目に涙を浮かべながら蹲る彼女に、玲治とテナが慌てて駆け寄った。

 幸いなことに、その痛みによってオーレインは我に返り、その突然の悲劇により玲治の頭からも彼女の奇行は忘れ去られた。




 ◆  ◆  ◆




 色々バタバタした部分はあったもののその後何とか馬車も購入し、いざ魔族領へと旅立つ第一歩を踏み出した玲治一行。

 アンリ資金──心配性の仮面の女性がテナに持たせた大分多目な路銀──で購入した馬車は、二頭立てで幌付きの立派なものだ。

 荷台は人が四、五人程横になれるだけのスペースがある。

 車輪もがっしりとした太いものが用いられており、悪路であろうとも踏破出来そうだった。

 その分馬車の総重量は相当なものである筈だが、馬車を引く二頭の馬もその重量に負けない体格の良いものが選ばれていた。一頭は栗毛、一頭は黒毛だ。


 しかし、いざ馬車で出発という段になって新たに一つの問題が浮上する……それは馬車を操縦する御者をどうするかと言う点だ。


 神聖アンリ教国は人族領において魔族領との交易を行っている唯一の国だが、その交易もあくまで魔族領の中の比較的人族領に近い地域との間でのやりとりでしかない。

 この国の人々は他の国と異なり魔族という存在自体を忌避することはないが、それでも魔王城まで赴くとなると流石に敬遠され、御者として雇われることを受け入れる者が居なかったのだ。

 御者が居なければ、馬車で旅をすることは出来ない。


「一応、私も操馬は出来ますが……」

「私も、数回だけですがやったことはあります」

「……すみません」

「カァー!」


 旅慣れているオーレインは勿論、テナも御者の経験は多少あった。

 一方で、この世界に来るまで馬を直接見たことすらなかった玲治に御者の経験など存在しない。いきなり御者など出来るわけもなく、申し訳なさそうな表情をしている。

 テナの肩に停まる鴉が、気にするなと彼を慰めるように鳴いた。

 余談だが、使い魔の向こうに居る仮面の女性も御者の経験は無い。


「それでは、私とテナさんで交代しながら馬を進める形で良いですか?」

「あ、はい。私はそれで大丈夫です」

「待ってください!」


 交代しながら操馬することを提案するオーレインにテナは同意するが、そこに玲治が待ったを掛けた。

 それは、女性二人にだけ働かせて自分は後ろで寛ぐというのは気が引ける、というもっともな理由によるものだ。

 アンリ、エリゴールと相次いで力量不足を指摘され、これ以上足を引っ張るのは嫌だという思いもそこにはあったのだろう。


「今すぐには出来ませんが、俺も何とか覚えて手伝えるようになりたいです。

 だから、馬車の操り方について教えてもらえませんか」


 玲治の頼みにオーレインは一瞬だけ考えるが、すぐに答えを出した。

 玲治が御者を出来るようになれば、三人で馬車を運用することが出来る。二人交代よりも三人交代の方が一人当たりの負荷が減るのは間違いない。

 それに、彼女には彼の要望を受け入れるメリットがもう一つあった。

 オーレインはにやけそうになるところを努めて澄まし顔を保ち、玲治に返答する。


「それなら、私が御者をする時に隣に来てください。

 横で実際に操馬するところを見ながら、覚えてもらいます。

 テナさんも御者の経験はあるようですが、おそらく講師役としては私の方が適任でしょう」

「そうですね。

 私はあまり自信があるわけではないですから、教わるならオーレインさんの方が良いと思います」


 オーレインの提案にテナも賛同する。当然、玲治にも異論などある筈もない。


「分かりました、それでお願いします!」

「ええ、厳しく教えちゃいますから、覚悟してくださいね」

「あ、あははは……」


 さり気なく二人きりの秘密の特訓という口実を得たオーレインは内心でガッツポーズを決めているが、外面は完璧に取り繕われているため、そのことに玲治もテナも気付かなかった。


「フフフ、楽しい旅になりそうですね」

「カァー」


 結婚の誘惑に負けて邪神もどきに魂を売った女勇者とジト目の鴉が、密かにニヤリと笑みを浮かべた。

<登場人物から一言>

オーレイン「私だって好きで小さいわけではないんです!」

アンリ鴉「カァー!」


<作者からのお知らせ>

旅と言えば馬車……と考えるのは、やはり超有名RPGの影響でしょうか。

今回の玲治一行はあれとは異なり、外を歩くスタイルではありませんが。

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