第22話:激励
「取り敢えず、アンリニアに戻るんですか?」
街道の本道へ向かって連れ立って歩きながら、玲治がオーレインに対して問い掛けた。
三人のパーティの目的自体は玲治にあり中核を担うのは彼であるが、先導役はいつの間にか自然とオーレインとなっている。
玲治はこの世界の情勢などには当然詳しい筈もなく、テナも活動範囲がそこまで広くない。その点、勇者として各地を飛び回っているオーレインは先導役としては適役だった。
何故か異様なほどに彼女が張り切っていたという事情もあるのだが。
「はい、魔族領に向かうには色々と準備もした方が良いと思いますし、そもそも方角的にも経由することになります」
「そうですね、魔族領はアンリニアの反対側ですし」
「そうなのか」
オーレインの返答にテナも同意する。
黒薔薇邸はアンリニアの北東に建てられており魔族領はアンリニアの西側に位置するため、ほぼ反対側と言ってよい。
この世界の地理をまだそこまで把握していない玲治にとっては、二人がそういう以上は特に反論する余地もなかった。
「それに、エリゴールさんにも挨拶しないといけません」
「あ……」
その名前に、玲治は思わずぽつりと声を漏らした。
玲治はダンジョン攻略時に助勢してくれた先代魔王エリゴールとは、地下十階層のボスである黒龍と戦った時から会っていない。玲治は戦闘後意識が無い状態で黒薔薇邸まで運ばれ、エリゴールは街の宿に戻ったためだ。
「そうですね。俺も挨拶と……お礼をしたいです」
「折角なので、魔族領にも着いて来て貰えるように頼んでみますか?
あの方が着いてきてくださると非常に心強いですし」
テナの提案にしばし黙考したオーレインだったが、やがて首を横に振った。
確かに、先代魔王である彼が着いて来てくれれば魔族領への旅はかなりラクになることは間違いないのだが、それは無理だろうというのが彼女の結論だった。
「それは多分難しいと思います。
先代の国王が訪れるとなると大事になるでしょうし。それに彼の現在の目的はダンジョンの攻略ですから、あまり離れることは望まれないでしょう」
「そうですか、残念です」
「カァー」
残念そうにするテナを慰めるかのように、彼女の肩に停まっている鴉が一声鳴いた。
◆ ◆ ◆
「レージか。戦闘後意識が無かったので懸念していたが、どうやら無事だったようだな」
「はい、色々とありがとうございました!」
最初に会った時のように冒険者ギルドに居たエリゴールを見付けた一行は、ギルド内に設けられているテーブルへと場所を移して話し始めた。
「それで、そなたらはこの後魔族領に向かうのか?」
「はい。色々と準備をしてからになりますが、魔王城に訪れて当代魔王に会うつもりです」
「レオノーラさんに会うの、久し振りなので楽しみです!」
エリゴールの問い掛けにオーレインが頷き、テナが喜色を浮かべながら答えた。
エリゴールはその返答を聞くと、懐から一枚の書状と封筒をそれぞれ取り出してテーブルへと載せた。
「ならば、この手紙を娘に届けてもらえぬか?」
「それくらい、お安い御用です」
封筒の方を差し出しながら告げるエリゴールに、玲治は快く頷きながら手紙を受け取った。
玲治としては、恩のある人物からの頼まれごとであるし、大した手間でもないので断ると言う選択肢は無い。
「それと、こちらの方は紹介状だ。
私の名が書かれているこれを見せれば、途中の関で止められることもないだろう」
「え? よろしいのですか?」
「うむ、まぁ餞別代わりと言ったところだ」
「ありがとうございます」
書状をオーレインに渡しながら微笑みを浮かべるエリゴールに、三人は頭を下げて礼を言った。
彼はあくまで先代の魔王であり現在の政には関わっていないため公式な権力からは離れた身だが、それでも実質的な影響力は大きい。当代の魔王がそれを否定すれば話は別だが、そうでも無い限り彼の言う通り紹介状があれば色々と融通を利かせてもらえることだろう。
「それはそうと、レージ。少々時間を貰えるか?」
「え? はい、大丈夫です」
唐突に話を変えたエリゴールに戸惑いながらも頷いた玲治は、彼の先導に従って街の外まで足を運んだ。
街の外の開けた場所までやってきた一行は、エリゴールと玲治が対峙し、テナとオーレインがそれを見守るという立ち位置を取った。
「さぁ、抜くが良い」
黒い大剣を静かに構えながら告げるエリゴールに、玲治はどうして良いか分からずに戸惑った。
「ええと、何故突然?」
「出立前の最後の指南のようなものだ。それに、少々気に掛かってることもあってな」
ダンジョン攻略中で極めて短期間だったとはいえ、玲治はエリゴールに師事したと言える。
その師からそう言われれば否も無く、玲治は二本の剣をそれぞれ抜いた。
右手には普通の鋼鉄の剣、左手の運任せの剣の刀身は……鞭だった。
それも一本鞭ではなくバラ鞭だ。どう考えても剣の指南を受けるためには使えない。
「やり直せ」
「すみません」
最早、二人とも慣れたものだった。
玲治は自分の右腕を軽く打つと、鞭を鞘に納めて再度抜く。今度は正しく剣が出現した。
「よし、では来るがよい!」
「はい!」
鷹揚に構えるエリゴールに、玲治は二本の剣を携えながら踏み込んでいった。
大剣一本のエリゴールと二本の剣を振るう玲治、一長一短はあるものの手数としては玲治の方が有利だ。しかし、経験豊富なエリゴールは玲治の振るう剣の軌道を先読みして、大剣一本で余裕を持って剣撃を凌いでいる。
指南のためかあまり攻勢には出ずに防戦一方となっているエリゴールだが、そこには強者の余裕が垣間見られ決して不利なようには見えない。
何合か交わした後、玲治は後ろへと飛び下がった。
お互い剣は構えたままだが、一区切りと言ったところだろう。
激しく動いていた玲治の方は疲弊して全身から汗を流しているのに対して、ほぼ防戦に徹していたエリゴールの方は汗一つ掻いておらず、対照的だった。
しばらくそうして睨み合っていたが、やがてエリゴールの方から剣を降ろし、併せて玲治も全身から力を抜いた。
「悪くはないな」
「あ、ありがとうございます」
「剣筋も無駄が無く整っている、踏み込みも思い切りがある。剣技としてはまずまずのレベルと言えるだろう……剣技としては、な」
「え? それはどういう……」
含みのある言い方をするエリゴールに玲治が問い掛けるが、エリゴールはそれには答えず無言のまま剣を構え直した。
「もう一度来い」
「……分かりました」
何だか分からない玲治だが、エリゴールという人物に対して無意味なことはしないだろうという信頼感がある。これにもきっと意味があるのだと信じることにして、彼は再び剣を構えると踏み込んだ。
「せぃ!」
右手に握る鋼鉄の剣を袈裟切りに振り下ろすが、エリゴールはそれに大剣を併せて受け流す。
玲治は動きを止めずに左手に持った運任せの剣を薙ぐように振るおうとし……エリゴールに足を払われてバランスを崩した。
袈裟切りの勢いに乗せる形で両脚を左から右へと払われ、回転するように転倒する玲治。
「くっ!?」
突然天地が引っ繰り返ったことに動揺するが、剣を持ったままの両手を地面に叩き付け、その勢いではねとび何とか体勢を元に戻す。
しかし、そんな玲治に対してエリゴールは更に追撃に出る。
大剣を右手一本で唐竹に振り下ろすエリゴールに、玲治は左右に持った剣を交差させる形で受け止めようとする。剣の重量の差から一本では受け止められないと判断しての結果だ。
激しい金属音共に三本の剣が重なり合う。体勢が万全ではなかった玲治だが、二本の剣で何とかエリゴールの剣を防ぐことに成功した。
そのことに安堵した次の瞬間──
──玲治の鳩尾にエリゴールの左拳が突き刺さった。
「────っ!?」
突然の衝撃に、玲治は声も出せずにその場に崩れ落ちる。
剣を放り出して腹を押さえ必死に呼吸を取り戻そうとするが、中々息を吸えずに呼吸困難に陥り目尻に涙が浮かぶ。
「れ、レージさん!?」
「大丈夫ですか!」
離れて様子を伺っていたテナとオーレインも、地面に倒れてのた打ち回る彼の姿に流石にじっとして居られなくなったのか、慌てて駆け寄って介抱し始めた。
そんな三人の様子を見下ろしながら、エリゴールは大剣を鞘に納めると静かに話し始めた。
「分かったか? これが今のそなたの弱点だ。
スキルによって剣技だけを身に付けたが、それ以外が追い付いていない。
剣の腕だけを競い合う『試合』なら一流の相手とも戦えるだろう。
魔物などは基本的に単調な攻撃手段しか持っていないため、剣だけでもある程度は対処出来るだろう。
しかし、対人戦の実戦では今のそなたでは通用しない」
剣技スキルはあくまで剣技のスキルであって、それ以外の戦闘方法までは補助の対象とならない。
スキルの恩恵で短期間で戦う力を得た玲治だが、数日前までは戦闘経験など皆無だ。当然ながら、他の引出しは空の状態だ。
剣だけで戦っていれば一端に見えるが、それ以外を織り交ぜられると途端にボロが出てしまう。
「……はぁ、はぁ……剣以外の……戦い方を覚えろって、事ですか?」
荒い呼吸のまま何とか問い掛ける玲治だが、エリゴールはそれに対して首を横に振った。意外な反応に、玲治だけでなくテナとオーレインも不思議そうな顔をする。
ちなみに、玲治の頭はオーレインの膝の上である。
「そうとは限らん。格闘術を覚えるのも対処の一つだが、相手がどのような手段で来ても跳ね返せるだけの剣技を身に着けるのも選択肢の内だ。
強さを得るための道は一つではない。
ただ、今のそなたにはそういう弱点があるということを自覚させたかったのだ。
自身の弱みを知っているだけでも、大分違うであろうからな」
そう教え諭すエリゴールに、何とか呼吸を整えた玲治は立ち上がって深々と頭を下げた。
「分かりました。色々とありがとうございます」
「うむ」
こうして新たに課題を与えられながらも、一時的とは言え師弟となった二人の最後の指南は終わりを告げた。
「ところで一つ尋ねたいのだが……胸の大きな女子は好きか?」
「は?」
「はい?」
「──────っ!?」
一言の爆弾と共に。
<登場人物から一言>
エリゴール「いや、召喚された者は血族に迎え入れるのが慣例なのでな」
<作者からのお知らせ>
テナだけで業腹なのにこの上魔王様までとか認めない。




