第21話:課題
第二章開始します。
黒薔薇邸に泊まって迷宮での激闘で疲労した身体を休めた玲治達。本当は一泊だけの予定だったのだが、ランダム召喚憑依でエリゴールの能力を使った玲治が酷い筋肉痛に襲われて身動きが出来なかったために延泊したのだった。
二泊してようやく体調を回復することが出来た彼らは、その翌日、闇神からの課題を果たすために魔族領へと向けて旅立とうとして……何故か空中に居た。
「うわあああぁぁぁーーー!?」
「きゃあああぁぁぁーーー!?」
「いやあああぁぁぁーーー!?」
地上から二十メートル程の空中に浮かぶ玲治の腰の辺りに、両側からテナとオーレインがしがみ付いて悲鳴を上げている。
彼らが浮かんでいる場所としては、黒薔薇邸の入口からすぐのまさに目と鼻の先といったところだ。
何故彼らがこのような状況に陥っているかと言えば、それは玲治の厄介スキル「オート魔法」のせいと言う他ない。
邪神に植え付けられた勝手に魔法が飛び出す傍迷惑なスキルは、必ずしも攻撃魔法が飛び出すというわけではない。
実際、玲治が森の中でフォレストウルフから追われて逃げていた時には、転移魔法が発動して別の場所へと飛ばされたこともあった。
同様に今回は、それが飛行魔法だったというだけの話だ。
黒薔薇邸から出発してすぐ飛行魔法で玲治が空中に向かって飛び出し、転移魔法で離れ離れになることを防ぐために彼の服の裾を両側から掴んでいたテナとオーレインは、すっ飛んでゆく玲治の身体を反射的に掴んだため、そのまま一緒に空中散歩にご招待となった。
一人の青年に可憐な少女達が二人でしがみ付いているという絵図だが、今の彼らにはそれを喜んだり恥じらったりするような余裕は皆無だ。
この高さから落下すれば運が良くても骨折、下手をしなくても死んでしまう恐れがあるのだから、それも当然だろう。
勝手に発動した飛行魔法であるが故にいつ効果が切れるかも分からず、三人は迫り来る死の恐怖にただただ悲鳴を上げることしか出来なかった。
そして、無慈悲にもその瞬間は訪れた。
(落ちる……!?)
唐突に訪れた浮遊感に、玲治達はそれを悟った。飛行魔法が切れたのだ。
三人は数秒後に襲い掛かるであろう衝撃に備えて、ギュッと目を閉じて身を固めた。
しかし、落下は一瞬で終わり、彼らは予想していたのとは異なるフワフワした何かの上へと降り立った。
「あ、あれ?」
「一体何が……?」
「あ、これって……」
三人が落ちたのは黒い煙で作り出された階段の踊り場だった。ふわふわとしてはいるが、突き抜けて落下するような気配はない。高さとしては先程まで玲治達が浮いていた場所のすぐ下であり、この階段があったおかげで玲治達は地面に落下することを免れたようだ。
何かに気付いたテナが地面へと続く階段の下を見ると、そこには仮面を付けた黒いドレスの女性が立っていた。
「アンリ様!」
「早く降りて来て」
喜色に満ちた声を上げるテナに、頭痛をこらえるかのように頭を押さえたアンリは静かに指示を出した。
◆ ◆ ◆
「ふぅ、死ぬかと思ったぁ……」
「本当に、もうダメかと思いました」
「アンリ様、助けてくれてありがとうございます」
三人を助けるためにアンリが作り出した闇の階を降りると、玲治達はその場の地面に座り込んだ。
出発してほんの数分で命の危機に晒され、精神的な疲労は大きかった。
「………………」
「あの、アンリ様? あいた!?」
そんな三人に無言で近付くアンリの姿に疑問の声を上げたテナだが、次の瞬間アンリのチョップが脳天に炸裂する。
と言っても、殴るという程の強さではなく、たしなめる程度の形ばかりのチョップだ。
テナも反射的に痛いと悲鳴を上げて両手で頭を押さえたが、実際には痛みは殆ど無かった。
「ア、アンリ様!? 一体何を……」
「あの闇の階はテナも作れた筈。どうして使わなかったの?」
「そ、それは……すみません」
アンリが先程使用した闇の階を作り出す闇魔法は、テナも使えるし過去に実際に使ったことがある。あれを彼女が使っていれば、危機を自分達で乗り越えることが出来た筈だった。
アンリにそれを指摘されて気付いたテナは、反論出来ずに俯いた。
それを見たアンリは、今度はオーレインの方へと向き直る。
「わ、私もですか? あいた!?」
テナと同じように、オーレインの脳天にもチョップが落ちる。
オーレインもまた反射的に悲鳴を上げると、頭を手で押さえた。
「一番経験豊富な貴女が、一緒になってパニックに陥ってどうするの?」
「うぐ……面目ありません」
冒険者としても勇者としても経験の豊富な筈のオーレインだが、先程は二人と同じように悲鳴を上げることしか出来なかった。
彼女がもう少し冷静であれば、採り得る手段は色々とあったことだろう。
ロープを結んだ矢を木に打ち込んで落下を防いだり、テナに冷静さを取り戻させて足場を作らせたり、出来た筈だ。
痛いところを突かれたオーレインは、悔しそうにしながらも頭を下げた。
二人に軽い叱責を与えたアンリは、最後の一人の方へと向き直る。
「うっ!?」
仮面越しに真っ直ぐに見据えられた玲治は、思わず怯んでその場から逃げ出したくなったが、何度かその場に留まった。
先程彼らを襲った危機は、彼のスキルが原因だ。
玲治が意図したわけではないとはいえ、テナとオーレインの二人を危険な目に遭わせたことについて、玲治に責任があることは疑いようがない。
そう思った玲治は、アンリの叱責を素直に受け入れようと頭を差し出した。
しかし、いつまで経ってもアンリのチョップは彼の脳天には落ちて来なかった。
「……あの、アンリさん? 俺には叱らないんですか?」
不思議に思った玲治は頭を上げると、静かに佇んでいるアンリに向かって疑問を投げ掛けた。
「貴方に出来ること無いから、叱っても仕方ない」
疑問に対して返された言葉に、玲治はガツンと殴られたような衝撃を感じた。
テナやオーレインは、出来ることがあったのにしなかったから叱られた。
しかし、一方で玲治には出来ることなど無かったとアンリは言うのだ。
「──────ッ!」
カッと頭に血が昇って反論しそうになる玲治だが、ギリギリのところで踏み留まった。
地面に降りた後から振り返っても、実際玲治に何か出来たことがあったかと言えば、思い当たることは無かったからだ。
現状で彼が持つ手札は剣技と光魔法のみで、先程の危機を脱する手段になりそうなものは無い。
アンリの発言は極めて正論で、玲治は押し黙るしかなかった。
「………………」
「レージさん……」
無言になった玲治の姿に、頭を押さえていたテナが不安そうな声を上げる。オーレインも心配そうに玲治とアンリの姿を交互に見ていた。
「悔しい?」
「……悔しいです」
正論であることは頭では理解出来ていても、悔しいものは悔しい。
そんな感情が傍から見ても分かる程不服そうな顔をした玲治に、アンリは静かに諭した。
「悔しいのなら、もっと手段を持つこと。
貴方の『オート魔法』は厄介だけど、貴方自身がもっと採り得る手段を持っていれば避けられる状況もある筈」
火魔法が飛び出しても、水魔法が使えれば相殺出来る。
転移魔法で何処かに飛ばされても、同じように転移魔法が使えればすぐに戻って来れる。
飛行魔法で空中に放り出されても、玲治自身が飛行魔法を使えれば落下するようなことはない。
玲治がもっと色々とスキルを習得すれば、自動で飛び出す魔法に対処出来ることも出てくる。
そう助言するアンリの言葉に、玲治はハッと顔を上げた。
「魔族は人族よりも魔法が得意だから、魔族領で闇神の試練に挑戦するついでに、魔法も習得してくればいい」
「分かりました」
アンリの言葉に力強く頷く玲治。
その瞳には強い決意の光が生まれていた。
<登場人物から一言>
オーレイン「むむむ、頼れるお姉さん風の方が良いのでしょうか?」
<作者からのお知らせ>
ストックがゼロで不安一杯ですが、第二章突入してしまいました。
そして第一歩から躓く玲治一行……。




