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召喚アトランダム  作者: 北瀬野ゆなき
【第一章】不憫召喚編
22/102

外伝02:黒薔薇邸の一夜

第1章外伝その2です。

なお、次話から第2章に突入する予定です。

 ダンジョンのある街に行くことを決めた玲治であったが、既にかなり遅い時間であるため黒薔薇邸に泊めてもらうことになった。

 夕食後に設けられたアンリとの会話からしばらく経ってから、彼はテナの案内で浴場へと案内された。


 黒薔薇邸にはアンリの希望によって大きな浴場が設けられているが、元々住民が女性ばかりであり男性は一人も居ないため、男湯と女湯に分けるようなことはされていない。

 そのため、玲治が泊まることを受けて、一つの浴場に順序を決めて入浴することになった。

 一応は客の位置付けである玲治だが、アンリの強硬な主張によって彼女達が全員入った後に入浴する順番とされた。

 玲治自身も特にそれに反論は無かったため、アンリの主張通りの順序となったのだった。


「ここが浴場です……って、あれ? アンリ様?」


 玲治を案内してきたテナだが、浴場の前でアンリの姿に気付いて声を上げた。

 玲治も同時に気付いてそちらを見るが、アンリはこちらに背を向けてしゃがみ込んで何かをしている。


 二人は横に回ってアンリが何をしているのかを覗き込んで見た。

 すると、彼女は浴場の前に立て札を設置しているところだった。

 立て札にはこのような文字が書かれている。



『男性入浴中! 間違えて入らないように!』



 なお、アンリは元々立ててあった立て札とこの立て札を交換していたらしく、横には元々立ててあったと思われる別の立て札が横倒しになっている。

 そちらの立て札には、このような文字が書かれている。



『女性入浴中! 覗きには死を!』



「怖っ!?」

「あはは……さっき入った時になんか変な立て札があると思ったら、アンリ様が立てられていたんですね」


 アンリが立てていた立て札の内容に引き攣った声を上げる玲治とテナ。ちなみに、この黒薔薇邸にはテナと玲治以外にはアンリとまだ幼いリリしかいないため、こんな立て札を立てる者がアンリ以外に居るわけがないのだが。


「立てておかないと、テナが服を脱いでる時とかに間違えて入ってきたりしそうだったから」

「そんなことしませんって」


 玲治の方を仮面越しに睨みながら、そう告げるアンリ。どうも、風魔法でドレスのスカートを捲り上げられたことをまだ根に持っているようだ。

 玲治は頭痛をこらえるように頭を押さえながら、それを否定する。


「もしかして、もっと幼い子の方が好み?

 リリにはあまり近付かないで」

「断じて違います」

 玲治の否定にアンリは斜め上の返しをしてきた。玲治の頭痛が更に強さを増した。


「それじゃ、私──」

「あはは……アンリ様、それくらいで。あ、玲治さんはごゆっくり」


「──待って、まだ話は終わってな……ちょ、押さないで」


 このままでは埒が明かないと考えたのか、なおも畳み掛けるアンリの話を途中で遮って、テナがアンリを押して強制的に退場させてゆく。


「何だったんだ、一体……?」


 後に一人残された玲治はその様子に茫然とするが、やがて気を取り直して浴場の中へと入っていった。


「覗いたりなんてしませんって」


 誰かに言い訳するかのように独り言ちながら、ちょっとだけその光景を想像してしまった玲治だった。




 ◆  ◆  ◆




 三十分程して玲治は入浴を終えて浴場から出てきた。

 女所帯のこの黒薔薇邸には当然男性用の着替えなど揃っている筈がないが、来客用のバスローブは辛うじて男女兼用のものだったため、それを借りて羽織っていた。


 玲治が廊下を歩いていると、先程まで居た応接間から明かりが漏れていることに気付く。

 不思議に思って少し開いている扉の隙間から中を覗くと、部屋の中では仮面の女性アンリが椅子に座って紅茶を飲んでいた。


「一人ですか?」

「テナもリリも、もう寝たから」


 そう言いながら、アンリはもう一つカップを用意して、紅茶を注いだ。

 どうやら、玲治の分も用意してくれたようだ。


「はい」

「ありがとうございます」


 玲治はアンリからカップを受け取ると、アンリの対角の席に座った。


「………………」

「………………」


 どちらからも話を切り出さず、しばらく沈黙の中で紅茶を啜る音だけが響いた。

 何を話せば良いか迷う玲治だが、先にアンリの方から問いかけてきた。


「いきなり他の世界に来て、不安はないの?」

「それは勿論不安ですけど、正直まだそこまで実感がないんです。

 街並みとか見た時には違う世界なんだと思いましたけど……追い掛けられていたからゆっくり見る暇もありませんでしたし。

 アンリさんはどうだったんですか?」

「不安だったけれど、色んなことに対処するのに追われてあまり考える暇がなかった」

「俺もそんな感じですね。

 時間が出来てしまうと色々考えてしまいそうですけど」


 厳密には少し違うが、似たような経緯でこの世界に来た共通点からしばらくアンリが過去の経験を玲治に教えるという形で話は続いた。


「おかわりは要る?」

「いえ、大丈夫です。

 それに、これ以上飲むと寝れなくなりそうなので。

 そろそろ、寝ます」

「そう、お休み。

 カップはそのままそこに置いておいて」

「はい、ありがとうございます。

 おやすみなさい」


 玲治はそう告げると、椅子から立ち上がって部屋から立ち去った。


「……悪い人ではなさそうだけど、でもそう簡単には認めない」


 玲治が立ち去った後、一人部屋に残ったアンリが誰にも聞こえない程の小さな声で呟いた。




 ◆  ◆  ◆




 はなれに用意してもらった部屋で、ベッドの中に入る玲治。

 異世界の寝床というものがどういうものか不安に思っていたが、布団の感触も柔らかく高級ホテルに泊まっているのと同じような感覚で眠ることが出来そうだった。

 しかし実際のところ、あくまでこの黒薔薇邸が規格外なだけであり、一般的な宿のレベルについては実は玲治の予想の方が正しかったりする。


 先程アンリに異世界に来て不安はないのかと聞かれた時には実感がないと答えた玲治だが、こうして慣れない寝床に入って天井を見ているとどうしても元の世界との差異を感じてしまい、じわじわと不安が湧き出てくる。

 一番の考え事は、元の世界に帰ることが出来るのかという点だ。

 当然、玲治には元の世界に家族や友人達が居る。突然離れ離れになることなんて想像もしていなかったし、もう会えないかも知れないなんて考えたくもなかった。

 それはきっと誰でもそうだろう。

 ニュースなどで事件などの報道を見ても、それが実際に自分に降りかかることを想像出来る者は少ない。

 それが、異世界への召喚のような通常では考えられない事態であれば、尚更だ。


 玲治が召喚された時、彼は学校の教室に居るところだった。

 クラスメートから見たら突然消えたように見えただろうし、実態としてもそうだ。

 あちらではどんな騒ぎになっているのか、家族達は今どんな想いでいるのか、考え事は尽きない。

 目を閉じて、元の世界の様子を想像する玲治。


 色々なことが起こって心も身体も疲弊していた彼は、いつしかそのまま夢の中に旅立つのだった。

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