第02話:英雄からの転落
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「ああ、勇者様!
よくぞお出で頂きました!」
「…………は?」
突然正面から投げ掛けられた喜びに満ちた声に、玲治は状況が全く把握出来ずに思わず間抜けな声を上げた。
気が付くと玲治は、広い部屋の中央に立っていた。
理解出来ないままに周囲をきょろきょろと見渡して、何とか理解を追い付かせようとする玲治。
地下らしく窓のない部屋に灯された篝火、床には巨大な紋様が描かれ薄っすらと光を放っている。
紋様の上には等間隔で四人の少女がおり、そのうち三人は跪いたままで、一人は立ち上がっていた。どうやら、その立ち上がっている少女が先程玲治に対して声を掛けてきた相手のようだ。
「うわ!?」
その少女の方へと注意を向けた玲治は、思わず視線を逸らして明後日の方向を向いた。少女の格好が際どく、直視するのがはばかられるものだったからだ。
水色の髪を腰まで伸ばしたその少女が纏っているのは白いワンピース状の衣だが、生地が薄く間近で見ると肌が完全に透けてしまっている。その上、彼女は下着を着けていないらしく、全てが露わになってしまっている。なまじ薄っすらと透けて見える分、裸よりも艶めかしい格好だった。
少女は玲治と同じくらいの年齢に見えるが、歳不相応に豊かな胸元が見えてしまい、玲治は顔を赤くした。
礼儀として目を逸らしながらも、ついチラチラと視線を向けてしまったのは、健全な男子としてやむを得ないだろう。
「え? あっ……!」
少女の方もそんな玲治の様子を見て自身の格好を思い出し、羞恥に顔を赤くしながら両手で身体を隠した。しかし、そんな仕草もまるで誘惑しているかのように見えてしまう。
なお、少女のこの格好は召喚の儀の儀式服として、正式に伝えられているものである。
召喚される人物は男性が多いため、第一印象で気を惹き味方に取り込むことを想定した故の色気を強調した格好なのだが、既にその経緯は失伝しており、ただ正式な儀式服として伝えられている。
召喚の儀を執り行った四人が皆、見目麗しい少女達であることも、その一環である。
「………………」
「………………」
気まずくなって赤くなりながら目を逸らして押し黙る二人、そこに少女の後方から咳払いの音が聞こえてきた。
「コホン!」
「あ!? し、失礼致しました!
召喚の儀、無事成りました。法王聖下、枢機卿猊下」
少女は咳払いの音にハッと我に返ると、慌てて後方に向き直り跪き報告を述べた。
それによって、玲治はようやくその場に少女達以外の人間が居ることに気付いた。
少女の後方、一段高くなった場所に豪奢な法服を纏った老人が座り、その周囲にも同じように法服を纏った者達が立っていた。他にも、長大な錫杖を構えた屈強な男性が数名、それらの者達の傍に控えている。
先程の咳払いは法服を纏って立っている壮年の男性によるものだったが、少女は玉座に座る老人に対して報告を行っていた。
状況を理解出来ない玲治にも、その老人がこの場で一番身分が高い存在であることは理解が出来た。
「うむ、ご苦労じゃった。
それでは、勇者殿をここへお連れしなさい」
「はい」
老人の指示を受け、少女は振り返ると玲治に対して手を差し伸べてきた。
「勇者様、どうぞこちらへ」
思わず反射的に手を合わせてしまった玲治を誘うように、少女はそっと手を引いて老人の方へと歩んでいく。
玲治は少女の肢体からなるべく目を逸らしながらも、逆らわずに歩いた。
老人の玉座から三メートル程離れた場所まで誘導すると、少女は玲治の手を放して下がった。当然、玲治はその場に留め置かれることになる。
身分の高そうな人物の前に連れて来られ、どのような姿勢を取れば良いのか分からず困惑する玲治は、結局立ったままその人物と話をすることになってしまった。
◆ ◆ ◆
「お初にお目に掛かる、異世界の勇者殿。
私はアルトリウス四世、聖光教の当代法王を務めている者じゃ」
「異世界の勇者? 聖光教? 法王?」
いきなり飛び出した単語の数々に、困惑を露わにする玲治。
先程の少女といい、自分が「勇者」と呼ばれていることは分かったが、それが何故なのか分からない。玲治は特別な血筋でもなければ、前世の記憶なども持ち合わせていない。
加えて、聞き慣れない「聖光教」という単語。字面から何らかの宗教であることは想像出来るが、これまで生きてきた中で一度も聞いたことがない名称だった。「法王」というのはまだ役職名として理解が出来るものの、聞いたことがない宗教のトップであると言われても、現実味が無かった。
異常な事態に混乱する玲治は、本来であれば気付くべき明らかな違和感を見落としていた。すなわち、どう見ても日本人には見えない目の前の老人や先程の少女と「日本語」で会話をしていることに。
「うむ、知らぬのも無理はない。
ここは今まで勇者殿が居られた世界とは別の世界なのじゃからな」
「別の世界……」
その言葉を聞いて、玲治の脳裏に『声』が蘇った。
『異世界からの召喚にだよ』
あの時の『声』はそう言っていた。まるで夢か何かのように現実味がなかった『声』とのやりとりが、玲治の頭の中で急速に鮮やかになっていく。
異世界からの召喚、つまりは異世界から呼ばれたということ。それは誰かが玲治を呼び、その結果としてこの場所に連れて来られたことを意味する。
「貴方達が俺をここに?」
「いかにも、その通りじゃ。
私達の窮地を救って下さる勇者殿を招くため、召喚の儀を執り行ったのじゃ」
「じゃあ、あの『声』も?」
「『声』……?」
不思議そうな表情をする法王に、玲治はここに来る前に起こった出来事を語った。
「ふむ、それはもしかすると聖女神様のお声かも知れぬの」
「聖女神様?」
「うむ、この世界を創りたもうた偉大にして慈悲深き女神様じゃな」
法王のその言葉に、玲治は疑問を感じた。結局姿すら見ることがなかった『声』だが、聞こえてきた『声』だけでも、とてもそのような聖なる存在には思えなかったからだ。
しかし、ここでそれを述べても話がややこしくなるだけということは、玲治にも理解出来た。そのため、話を元に戻そうとする。
「それで、どうして俺なんかを召喚しようとしたのですか?」
「先程も述べた通り、私達は今窮地に陥っておるのじゃ。
二年前に邪神が復活し、魔族達は動きを活発にしておる。
人心は乱れ、中には彼奴らに迎合する国も出る程じゃ」
「じゃ、邪神? それに魔族って……」
言葉で聞くだけでも不穏な方向に進む話に玲治は怯むが、法王はそれに気付きつつも取り合おうとはしない。陶酔するように続きを話し続ける。
「邪なる者達を押し留め、世界が正しき教えの下に管理されるようにせねばならぬ。
故に、今こそ私達聖光教は立ち上がり、世界を導くというその役割を全うするのじゃ。
勇者殿にはその旗頭として、邪神とその手先である魔王の討伐をして頂きたい!」
「ちょ、ちょっと待って下さい!
俺にはそんな力は……」
とんでもないことをさせられようとしていることに気付いた玲治は、慌てて法王を止めようと両掌を前に出して押し止めるような格好で、法王の言葉を止めようとする。
その瞬間、事は起こった。
玲治が差し出した両掌から、突如巨大な炎が放たれたのだ。
「うわあああぁぁぁ!?」
「のわあああぁぁぁ!?」
前に差し出すようにしていたため、炎はそのまま直進し、法王の頭上を掠めるようにして玉座と壁を焼いた。
法王は驚愕し、悲鳴を上げながら玉座から転げ落ちる。周囲の側近達や護衛の修道兵達が慌てて法王に駆け寄り、彼を助け起こした。
「え? あ? え? い、一体何が……?」
突然のことに混乱した玲治は棒立ちになり、成り行きを見守るしかない。
助け起こされた法王は、炎が頭を掠めたせいで髪を焼かれ、河童か落ち武者のような様相になってしまっていた。
「……えよ……」
「は?」
法王が何かを告げるが、その低い声は周囲の者達にも聞き取れなかった。
「捕えよ! その者を捕えるのじゃ!
勇者などではない! 召喚の儀を妨害せんと成り済ました、邪神の手先じゃ!」
突然の叫びに最初は周囲の者達も反応出来なかったが、すぐに法王の勅命を受けて護衛の修道兵達が数人前に出て玲治を取り囲む。
「え? ま、待ってくれ……違う、今のは俺がやったわけじゃ……!」
弁解しようとするも取り囲む修道兵達は聞く耳を持たず、その手に持った錫杖を構えて玲治を叩き伏せようとする。
「くっ!? 冗談じゃない!」
状況が把握出来ないながらも、このままでは碌な目に遭わないことだけは理解した玲治。脳裏には中世ヨーロッパの魔女狩りや異端審問がよぎっている。宗教のトップに邪神の手先などと呼ばれてしまっては、それと然程変わらない末路しか想像出来なかった。
「ぬ、待て!」
玲治は振り下ろされる錫杖をギリギリのところで身を捻ってかわすと、その場から逃走に掛かる。
数人に囲まれている状況ではすぐに捕まってしまいそうなものだが、半ば自棄になっていたのだ。
しかし、玲治本人や周囲の予想と異なり、玲治は驚異的な身体能力を発揮して修道兵を跳ね飛ばして囲みを突破した。
「な!? 身体が……軽い!?」
想像もしていなかった力とスピードが発揮されることに戸惑う玲治だが、すぐに『声』のことに思い当った。
『あ、安心していいよ? 身体能力は高めにしておいてあげるから』
あの時の『声』は身体能力を高めにすると言っていた。それがこれか、と。
「取り敢えず、今は助かる!」
玉座と正反対の方向に走った玲治は、その勢いのまま扉に肩口からぶつかった。仮に鍵が掛かっていても押し開けるようにという思いだったが、想像に反して扉自体が吹き飛んでいった。
「おいおい、マジかよ……」
予想以上に身体能力が高くなっていることに驚き、少し不気味に思う玲治だったが、今はそれどころではなかった。
扉の先にあった階段を駆け上がると、そこは静謐な聖堂の廊下だった。
行き交う人々が玲治の方に奇異の視線を向けて来るが、そんなことに頓着している余裕のない玲治は、出口があると思われる方向に向かって走るのだった。
<登場人物から一言>
法王「わ、私の髪が~!?」
<作者からのお知らせ>
言い忘れてましたが、「邪神アベレージ」の続編に当たりますので、当然「不憫転生シリーズ」の一環でもあります。ゆえに不憫です。
ただし、不幸にはならない安心設計ですので、その点についてはご安心ください。