第16話:力を求めて
「レージさん、わざとやってるんじゃないですよね?」
「わざとじゃないって! 信じてくれ……」
テナが乾いた布を玲治に手渡しながら、ジト目で尋ねた。
光魔法の特訓を行ってた筈なのに何故か噴水と化してずぶ濡れになった玲治は、その布を受け取ると髪を拭き始める。
テナの視線が冷たいのは、玲治がオーレインにも水をぶっ掛け、あられもない姿を晒させたためだ。
「そう言えば、アンリ様のスカートを捲り上げたりもしてましたよね」
「カァー!」
「ま、魔法が勝手に飛び出すんだから仕方ないだろう!?
痛っ、痛っ、突っつくな!」
鴉に突っつかれながらも必死に言い訳をする玲治だが、その時の光景を思い出して顔を赤くしていては説得力が欠片も無かった。
「あまりにもタイミングが良すぎると思うんです」
「う……それはそうかも知れないけど。
じゃ、邪神だ! きっと邪神の陰謀だったんだ!」
「じとー?」
「カァー?」
「勘弁してくれよ……」
わざわざ口に出してまでジト目を演出するテナに、同調する鴉。
玲治ががっくりと肩を落として懇願すると、テナも流石に本気ではなかったようで、苦笑いを浮かべて格好を崩した。
「ふふ、冗談です。
あ、でもオーレインさんにはちゃんと謝らないとダメですよ?」
「それはもちろん、そのつもりだよ」
テナの言葉に、玲治は神妙な顔で頷いた。
自身の意志ではなかったとはいえ、水をぶっ掛けた挙句、あられもない姿を見てしまったのだ。
ちゃんと謝るべきだというテナの意見は、同感だった。
「あの……」
そんな玲治のところに、エリゴールに火魔法で水気を飛ばしてもらったオーレインがおずおずと話し掛けてきた。
その姿を見た玲治は、開口一番で謝罪を述べた。
「すみませんでした!」
「ごめんなさい!」
「……はい?」
「……え?」
深々と頭を下げる玲治と同じように、謝罪される側である筈のオーレインも同時に頭を下げた。
お互いに頭を下げ合う状態になってしまい、二人はそれぞれ謝罪するつもりだったのに謝られたことに困惑の声を上げた。
「ええと、何故オーレインさんが謝ってるんですか?」
「その、つい気が動転して殴ってしまったので……本当にごめんなさい。
痛かったですよね……」
確かに、あられもない姿を見てしまった玲治は、直後にその脳天に彼女の弓を喰らっている。
その一撃は、女性の細腕で放たれたものとは思えない、強烈な威力を秘めていた。
「いえ、あれくらい大丈夫です。
それより、俺もすみませんでした」
「大丈夫ですよ。
もう、乾かしてもらいましたし」
「私の魔法は布代わりではないのだがな……」
服を乾かすのに強制的に協力させられたエリゴールはそういうが、鬼気迫るオーレインに圧されてすごすごと協力した後では威厳も半減していた。
「中断してしまってましたけど、光魔法の訓練をもう一度再開しましょう。
あ、今度は私は離れたところで見るようにさせてもらいますからね!」
「了解です。
流石に『オート魔法』もそんな連続で発動したりはしないでしょう」
楽観的なことを言った玲治は、案の定数分後に再び噴水を作ることとなった。
◆ ◆ ◆
「出来た!」
二度までも噴水と化した玲治だが、三度目の正直でようやく光魔法を放つことに成功した。
攻撃力のない周囲を照らすだけの魔法だが、玲治の手から放たれる光は力強く、屋内にも関わらず昼の屋外と同等の明るさをもたらした。
玲治は初めて自力で魔法を成功させた感動に、手を振っては放たれる光が揺れる様を見て喜んだ。
「おめでとうございます。
ちょっと予想外のアクシデントはありましたが、やはりスキル持ちの人は習得が早いですね。
折角ですから、このまま幾つか魔法を覚えてしまいましょう」
「え? あ、ちょ……」
が、たった数分前に初めて自力で魔法を放つことに成功した初心者に次々と課題を申し付けるスパルタ教官により、その感動も一瞬で崩れ去った。
その美貌に華やかな笑顔を浮かべるオーレインだが、やはり微妙にまだ怒りが残っていたのかも知れない。
彼女に促されるままに次々と光魔法を唱える玲治。
魔法スキルの効果は絶大であり、通常であればかなりの時間を費やさなければ覚えられない筈の魔法を、彼は次々と成功させていった。
しかし、当然それだけ魔法を連発すれば消耗する。
「はぁ、はぁ……ちょ、ちょっと休ませてください」
「え? あ! ご、ごめんなさい!
習得がスムーズなものだから、つい……」
魔法の使い過ぎでヘトヘトになった玲治が懇願すると、ようやくオーレインは小休止を入れた。
それを聞いた瞬間、玲治は崩れ落ちるように座り込んだ。
「お疲れ様です、レージさん。
はい、どうぞ」
「ああ、ありがとう。助かるよ」
少し離れたところで座りながら特訓風景を見ていたテナが駆け寄り、水の入った水筒を玲治へと手渡す。
玲治は礼を言いながらそれを受け取ると、グッと呷った。
「取り敢えず、魔法の習得は問題なさそうだな」
「ええ、予想以上です」
剣の素振りを行っていたエリゴールも、彼らが休憩に入ったのを見て近付いてきた。
「まずはそれで戦闘に参加させて、慣れさせることを最優先としよう」
「そうですね、それがいいでしょう」
「……そういえば」
そこまで言うと、エリゴールは座り込んでいる玲治の方へと向いて言葉を続けた。
「確か、もう一つ謎のスキルがあるんだったな。
一息ついたら試してみたらどうだ?」
「『ランダム召喚憑依』のことですか?
それは構いませんが、一度使ったら二十四時間は使えなくなりますよ」
「使えるかどうか事前に把握しておかねば、危なっかしくて使えんだろう」
「分かりました」
玲治はそういうと、座った姿勢から跳ね起きるようにして立ち上がった。
「もうよいのか?」
「はい、大分落ち着きました」
玲治は三人から少し離れたところまで足を進めると、そこで振り返った。
足を肩幅に開き、両手を降ろして自然体となり、目を閉じて意識を集中する。
このスキルを使用するのは初めてだが、この方法で使うことが出来ると自然に感じ取れた。
「ランダム召喚憑依」
言葉を紡ぐとともに、玲治は閉じていた目を開いた。
ランダム召喚憑依は会ったことのある者の力を召喚し行使するスキルだ。
呼び出される対象は文字通りランダムであるが、人型生物であること以外にも幾つかの条件がある。
その条件とは、「対象の名前を知っていること」「対象を視認していること」「対象と言葉を交わしていること」などだ。
この世界で生活しているものであればかなりの者が対象になるだろうが、異世界からこの世界に来訪した玲治にとっては、その条件に該当する人物はかなり限定される。
アンリやテナ、オーレインやエリゴール。
何れも現在の玲治よりは戦闘力では上回る者ばかりであり、誰が当たったとしても戦力として期待出来る。
エリゴールはそう考えて玲治にランダム召喚憑依を試させたが、果たして結果は……
玲治の少し上に半透明な人物の姿が浮かび上がり、吸い込まれるように同化する。
玲治の髪が白くなり、服装が軽装鎧から豪奢な法衣へと変わった。
と言っても、その法衣は外見だけの実体の存在しない立体映像のようなもので、感触は変わらなかった。
そして、玲治をじんわりとした腰痛が襲い掛かった。
「痛たたた! こ、腰が……っ!?」
予想もしなかった痛みに思わず悲鳴を上げ、前屈みになる玲治。
「だ、大丈夫ですか!? レージさん!」
痛みに呻く玲治を見て、慌ててテナが駆け寄り背中をさすった。
「一体、誰の力を召喚したのだ?」
「あの法衣……もしかして、聖光教の法王聖下でしょうか」
玲治の様子を眺めていたエリゴールは首を傾げるが、オーレインは玲治の身に浮かび上がった衣装に見覚えがあったらしく、力を召喚された人物の推測をすることが出来た。
この世界に召喚された時、玲治は法王と会って言葉を交わしている。
ランダム召喚憑依の条件はクリアしていた。とても残念なことに。
なお、聖光教の法王は選挙によって選出されるが、その基準は能力ではなく根回しが重要となる。
よって法王には特別な力など存在しないため、バッドステータスの腰痛だけが付与される結果となった。
ハッキリ言って、まったく役に立たない。
「咄嗟には使えんな、これは」
「確かに、戦闘中にこうなってしまっては致命的ですね」
「ダンジョンのボスに挑むなら、その前に試すことは出来ますね」
「なるほどな。良い結果が出たらボスに挑み、ハズレなら効果が切れるまで待つ、か。
それならいけそうだな」
冷静に分析するエリゴールとオーレインが玲治にとって酷な決定を下す横で、玲治は相変わらず痛みに呻き、テナはそんな玲治の頭を膝に載せて介抱していた。
「は、早く三十分経ってくれ……」
「し、しっかりしてください〜」
「カァー」
<登場人物から一言>
リリ「……ちぇ」