第15話:水光
ダンジョン「邪神の聖域」の入口である、魔物が出てこれない不可侵領域で、玲治パーティーはミーティングを行っていた。
四人は床に座り込み、話し合いを始める。
議題はアンリの画策によって異常に出現頻度が増した魔物への対処についてだ。
「それで、どうやって乗り切りますか?」
「正直、手が足りん。
もう少し戦力があれば状況も変わると思うが」
「そうすると……」
「うむ、そうだな……」
そこまで言うと、話し合っていたオーレインとエリゴールは玲治の方を向いた。
突然二人から視線を向けられ、玲治は思わず怯んでしまう。
「え? な、なんですか?」
「そなたにも戦力となってもらう必要があるということだ」
「そうですね。先程の感触であれば、あと一人か二人くらい戦力があれば対応できそうでしたから」
後退してきたといっても、先程の戦いではある程度戦線を維持することが出来ていた。
それを維持していたのはエリゴールとオーレインの二人のみであり、玲治やテナは戦闘には殆ど参加していない。
玲治はまだ戦う手段を得ていないためであり、テナはそんな玲治を守るために念のために玲治の傍についていた。
先程の戦いでは足手纏いだった玲治が戦力になれば、玲治の傍についていたテナも自由に動くことが出来る。
アンデッドには闇魔法が効き難いため、闇魔法を主力とする彼女は本領を発揮出来るとは言い難いが、それでも邪神の元巫女の持つ魔力は人族の域を超えたものがあるため、戦力として期待出来るだろう。
問題は如何に玲治を戦力とするか、そこに尽きた。
「バランスとしては前衛が欲しいところなのだが、いきなり剣で戦わせるのは難しいと言わざるを得ん。
技術はスキルの補助で何とかなるかも知れんが、近距離で敵と相対する胆力を最初から要求するのは無理があるだろう」
「ええ、仕方ないので前衛の補助は私が務めます」
「いけるか?」
「はい、弓使いの本領は後衛ですが、前衛で戦えないわけではありません。
補助程度であれば、こなしてみせます」
「ふ、いい答えだ」
後衛でありながら前衛で戦うと自信を持って告げるオーレインに、エリゴールがニヤリと笑みを浮かべた。
専門的な話になると玲治はまったく付いていけず、二人の話し合いを横から聞くことしか出来ない。戦闘が本業ではないテナについても、それは同様だった。
「となると、後衛か」
「そうなります。
遠距離武器の取扱いも剣と同じように短時間でどうにかなるものではありませんが、魔法であればイメージに左右されるものなので可能性はあります。
幸いにして、レージさんは光魔法スキルを保有しているそうなので、習得も早い筈。
このダンジョンに徘徊する魔物は殆どがアンデッド系なので、光魔法は相性も良いです」
「決まりだな」
そこまで話し合うと、二人は再び玲治の方を向いた。
漏れ聞こえてきた声で概ねこれから自分に課されることを理解しつつも、無茶振りを聞かざるを得なかった。
「ええと、つまり?」
「そなたには光魔法を習得してもらう」
「習得してもらうって……そんな簡単に覚えられるものなんですか?」
魔法など存在しない世界から来た玲治は魔法の知識など持ち合わせていないため、習得に際する難易度なども当然知らない。
しかし、この世界に来てから聞いた話の印象だけでも、そこまで簡単に習得できるようなものとも思えなかった。
「魔法スキルがあれば習得までの時間も短時間で済みます。
レージさんには光魔法スキルがあるんですよね?」
「は、はい」
魔法スキルは持っていないと魔法が使えないというものではなく、魔法の習得や使用を補助するスキルである。スキルレベルが高ければ高いほど、習得は容易になり、使用したときの威力も高くなる。
玲治の持つ光魔法スキルがあれば短時間で魔法を習得出来るはずというオーレインの見立ては正しい。
しかし、そう言われても魔法自体に馴染みの薄い玲治は不安を抱えていた。
「大丈夫ですよ、レージさん。
私も魔法スキルがあるおかげで短時間で闇魔法を習得することが出来ましたから」
「そっか、分かった。やってみるよ」
玲治の不安を見抜いたのか、使い魔の鴉の羽根を引っ張っていたテナが微笑みながらそう告げた。
その暖かな笑顔を見て、玲治の心から不安が少し消える。
「ふーん……」
自分が言ったときには不安そうだった玲治がテナの励ましでやる気を出したことに、オーレインはなんとなく面白くなくなりジト目で玲治を睨み付けた。
ちなみに、テナがアンリの使い魔の羽根を引っ張っているのは、アンリの画策によってダンジョンの難易度が引き上げられたことによる怒りによるものである。いつになく攻撃的なテナの行為が彼女の怒りの程を示していた。
使い魔の鴉は魔力によって構成されているため、たとえ羽根を毟られたとしても禿げ上がるようなことはないが、使い魔の向こう側では、従者の予想以上の怒りぶりに戦々恐々としている女性が居た……かも知れない。
◆ ◆ ◆
「魔法を使うには、魔力を操作する技術と効果をイメージすることの二つが必要です。
どちらも魔法スキルを持っていればスキルが補助をしてくれて容易に行える筈です」
ダンジョンの入口で、玲治に対してオーレインによる即席の魔法講座が開講された。
なお、当然のことながらこのダンジョンは貸し切りではないため、玲治達が魔法の講義を行っている横を何組かの冒険者パーティーがおかしな者を見る視線を向けながら通り過ぎて行った。
勿論、ダンジョン内はアンリの画策で魔物の出没頻度が引き上げられた状態のままである。
他の冒険者達にとってはとばっちり以外の何物でもないが、とても普通の冒険者が攻略出来るような状況ではない。
中に踏み込んだ冒険者達は間をおかずに脱落し、武器やアイテム、お金を奪われて部屋に放り込まれてきた。
最初はいちいち気にしていた玲治達だが、四〜五組目くらいから気にせずにスルーするようになった。
「魔法を使う時に行う呪文の詠唱は、魔法の行使を助ける効果があります。
慣れれば詠唱無しでも魔法を使うことは可能ですが、威力が落ちることが多いですね。
でも、無詠唱というのは戦闘中では非常に有効ですので、その辺りは戦術次第で切り替えると良いでしょう」
「なるほど」
「では早速実践をしてみましょう」
「え、もう?」
座学は一瞬にして終了した。
オーレインに促され、玲治は立ち上がって足を肩幅に開いて右手を前に差し出す。
彼女は差し出された玲治の手を両手で包み込むようにし、軽く指を曲げるようにして上に向ける。
「掌の中心に意識を集中して、全身を流れる力がそこに流れ込むようにイメージしてください」
玲治はその指示に従い、自らの右手に視線を向けてそこに意識を集中する。
しばらくすると、身体中に何かが駆け巡るような感覚を感じた。
先程のオーレインの指示に従って、その流れが右手に流れるようにより一層意識を傾ける。
「そうです、ゆっくりで構いません」
やがてある程度流れが集まったところで、オーレインは玲治の手を放した。
「とても飲み込みが早いですね。
これであれば、このまま魔法の行使も可能かも知れません。
私に続いて、初級の光魔法を唱えてみてください」
そのまま、右手を誰も居ない方に向けて、オーレインに続いて呪文の詠唱を行う。
呪文の詠唱とともに玲治の右手に集まった魔力は輝きを増し──
玲治の手から、光ではなく水が噴き出した。
「え?」
「は?」
意外な結果に驚いた玲治は、反射的に掌を確認するように上に向けてしまう。
その結果、玲治を中心に噴水のように水が放射され、周囲に降り注いだ。
遠目に二人の講義を窺っていたテナとエリゴールは無事だったが、玲治と近くに居たオーレインはまともにそれを被ってしまうこととなった。
「きゃ!?」
「うわ!?」
水はしばらくの間噴き出し続け、やがて止まったがその頃には二人は濡れ鼠となってしまっていた。
「うぅ、そういえば勝手に魔法が飛び出すんでしたね……油断してました」
「すみません……ッ!?」
オーレインに謝ろうとする玲治だが、彼女の姿を目にして硬直することとなる。
元々弓使いである彼女は身軽に動くために軽装鎧を愛用している。
軽さを優先した鎧の金属部分は肩や胸元、腰まわりのみであり、それ以外の部分は布と革によって護られている。
本来、彼女の性格を表すように露出度の低い格好なのだが、布の部分が水に濡れて身体のラインがハッキリと浮かんでしまっていた。
「───────ッ!?」
玲治の視線から自分の格好を確認したオーレインの顔が羞恥で真っ赤に染まった。
「す、すみませ……」
玲治が謝罪を言い終える前に、オーレインの振り下ろした弓が彼の脳天に激突した。
<登場人物から一言>
オーレイン「うぅ~……」